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1564年1月 家名か忠義か



永禄七年(1564年)一月 美濃国(みののくに)堂洞城(どうぼらじょう)




 永禄(えいろく)七年一月二十四日。高秀高(こうのひでたか)の軍勢とは別れて勝山城(かつやまじょう)から北上し堂洞城を取り囲んだ大高義秀(だいこうよしひで)率いる軍勢は反対方向の山にある加治田城(かじたじょう)との連携を立つように布陣した。即ち堂洞城がある山と加治田城がそびえる山の中間にある平野に織田信包(おだのぶかね)の軍勢二千五百が布陣して連携を断ち、義秀の軍勢は堂洞城を真正面に睨む小山に本陣を置いた。


「…道勝(みちかつ)、久しぶりだな。」


 その本陣の中で義秀は床几に座りながら、この加治田・堂洞攻めに加勢に来た関城(せきじょう)の城主・長井道勝(ながいみちかつ)と数年ぶりに対面して道勝に声を掛けた。


「ははっ。義秀殿や奥方に会うのは五年ぶりになるでしょうか…」


「あぁ、俺たちが義龍(よしたつ)殿の要請を受けて郡上郡(ぐじょうぐん)遠藤盛数(えんどうもりかず)討伐の最中に立ち寄った時以来だな。」


 義秀が道勝に向けてそう言うと、道勝は義秀や華に対して発言した。


「…義秀殿、先代・義龍様が亡くなられて以降、当主・龍興(たつおき)殿は織田信隆(おだのぶたか)との関係を強め、あろうことかそれによって美濃に戦乱を招いておりまする。」


「そうだ。お前は龍興とは血も繋がっている言わば縁戚の間柄。それがどうしてこっちに寝返って来たんだ?」


 義秀にそう言われた道勝は義秀の方を見ると内心を吐露するように語り始めた。


「…もはや龍興殿では美濃の舵取りを任せられぬと判断し、半兵衛(はんべえ)殿や氏家直元(うじいえなおもと)殿の誘いに乗って寝返った次第にございます。」


「その言葉に偽りはないな?」


 と、義秀に尋ねられた道勝は義秀の瞳を見つめつつしっかりとした口調で言葉を返した。


「はっ。その証として既に秀高殿の本陣には我が老母を人質として差し出してございます。何卒これを持って我らが心証とさせていただきたく存じまする。」


 その言葉を聞いた義秀は道勝の顔をじっと見つめた後、横の華と互いに顔を見合わせて頷きあうと、道勝に対して言葉をかけた。


「分かったぜ。今後は秀高の為にその力を奮ってくれよ?」


「ははっ!この長井道勝、誠心誠意お働き致しまするぞ!」


 道勝は義秀の顔を見つめてこう言った後、深々と頭を下げて臣従を示した。ここに長井勢二千が加わったことによって長井勢は大高勢の前面に布陣して堂洞城攻めの態勢を整えた。その後、義秀は本陣に諸将を集めて堂洞城攻めの意見を諮った。


「さて、これより堂洞城攻めの軍議を行うが、何か意見のあるやつはいるか?」


「然らば申し上げまする。」


 と、その軍議の席上で発言をしたのはこの方面に従軍してきた客将の真田幸綱であった。幸綱は義秀の方を振り返ると城攻めの策を進言した。


「この堂洞城は曲輪の数が少なく城兵も千にも満たないとあらば、ここは搦手と大手門への二正面の攻撃によって落とすのが良策かと存じまする。ただ…」


「ただ?」


 と、義秀に代わって華が幸綱に対して尋ねるように聞くと、幸綱は今度は華の方を振り向いて言葉を続けた。


「城将・岸信周(きしのぶちか)並びに一族は召し捕えるのが良いかと存じまする。」


「それはどういう意味だ?」


 義秀がその言葉の真意を幸綱に尋ねると、幸綱は義秀の方を振り向いて詳細なことを話し始めた。


「この兵力差なれば攻城して数刻で城兵は逃げ出し始めましょう。その際わざと退路を開け放ち加治田城へと逃します。そこで城将の岸信周が役立つのでござる。我ら真田勢が敗残兵の中に紛れ込み、岸信周と共に加治田城へと潜り込みまする。そして時を見て内部で蜂起すれば…」


「…加治田城はひとたまりもあるまいな。」


 その策を聞いて信包が発言すると、義秀は幸綱の策を聞いた上で確認するようにこう言った。


「つまりは、岸信周とその一族を捕らえるのが第一って訳だな?」


「如何にも。この戦は堂洞城を早く落とすことにかかっており申す。敗残兵が二手に分かれて逃げ落ちれば加治田側も不審を抱きましょう。すばやく堂洞城を攻め落とすことが肝となりましょう。」


「幸綱の言いたいことは分かったぜ。」


 義秀は幸綱の策を聞くとすぐさま諸将に対して下知を飛ばした。


「よく聞け!これより堂洞城を攻め落とす!大手口を道勝の長井勢に任せて俺たちは搦手から攻め上がる!」


「ははっ!」


 義秀の下知を受け取った諸将はすぐさま行動を起こし、それから数刻後に長井勢は堂洞城の大手口に攻め掛かり始めた。堂洞城の将兵は長井勢を迎え撃つべく将兵を大手口に集中させたために搦手は防備が手薄となった。その搦手の様子を、義秀勢は息を殺しながら木々の陰に隠れつつ様子を見た。


「…義秀殿、どうやら搦手の将兵はかなり少なくなっておりまするぞ。」


「よし、一気に搦手を打ち破る。俺に続け!」


 幸綱の言葉を聞いた義秀は得物の槍をかざして配下の将兵たちに攻め掛かるように呼び掛けると、いの一番に躍り出て搦手に向かって行った。この後に続く義秀勢は一気呵成に搦手へと攻め掛かったのである。


「うわぁ!敵じゃ敵じゃ!!」


 この奇襲ともいうべき義秀勢の攻撃を受けた堂洞城の将兵たちはどよめき立ち、その間に義秀勢は搦手の門を打ち破って堂洞城の本丸内に侵入した。義秀は追いついて来た華や家臣の桑山重晴(くわやましげはる)と共に堂洞城の将兵たちを斬り捨てて本丸館へと進んでいき、それに後続の足軽たちも付いて行った。


「…てめぇが岸信周か!」


 と、その本丸館に踏み込んだ義秀が居間の中に敵将らしき姿を見かけると、その者に対して呼び掛けた。


「くっ、もうここまで来たのか!我こそは岸信周なり!いざ尋常に勝負!」


 その敵将が信周本人であることを確認した義秀は、槍を構えると踏み込んできた信周に対して槍の柄で信周の刀を払い落とし、槍を返して石突(いしつき)を信周の腹に突きだした。


「ぐうっ!」


 信周はその突きを喰らうとその場に倒れ込み、それを見た義秀は家臣の重晴に目配せをして信周に縄をかけて捕縛した。するとその様子を見た信周の息子である岸信房(きしのぶふさ)が義秀の目の前に現れた。


「き、貴様!父上をどうするつもりだ!」


 と、信房は刀を構えて義秀を問いただすように言うと、義秀は石突で床をドンと叩くと信房やその場の足軽たちに向けて言い放った。


「てめぇらの大将である岸信周は捕縛した!信周の命が惜しかったら、さっさと手にしている刀を捨てやがれ!」


 その言葉を受け取った信房は父である信周が気を失っているのを見ると、観念したのか刀を地面に落とした。それを見て堂洞城の将兵たちも各々の武器を置いて投降し、ここに堂洞城はいとも簡単に落ちたのであった。




「…道勝殿、それがしに佐藤忠能(さとうただよし)を裏切れと申されるのか?」


 その後、堂洞城の本丸館にて合流した道勝は捕縛した信周に対して説得する様に話しかけた。


「如何にも。佐藤忠能は信隆に通じている非道の男。ここは佐藤家の血筋を残すためにも我らに降伏してはくれないだろうか?」


「…断る。我らは忠能の養女を迎えている身。そのつながりを捨てることなどは出来ぬ。」


 と、信周が毅然とこう言うと、それを聞いていた義秀が信周にこう尋ねた。


「信周、てめぇは美濃の斎藤家にあくまでも義理立てするって言うんだな?」


「如何にも。我らの義心は変わることはない。その気持ちは義秀殿なら分かるであろう?」


 信周から話を振られた義秀は信周の固い決意を感じ取った。その意を汲み取ると幸綱に対してこう言った。


「幸綱、どうやら信周は味方になる気はないみたいだぜ?どうする?」


「…幸いまだ敗残兵は加治田にはたどり着いてはいない模様。ここは麓の信包殿にそれらを討ち取らせ、我らはこの捕獲した旗指物を偽って潜入いたしまする。」


 その幸綱の言葉を聞いた義秀は頷くと、幸綱の方を振り返ってこう言った。


「分かった。そっちの方はお前に任せるぜ。」


「ははっ。」


 幸綱は義秀よりの言葉を受け取るとそのままそこから立ち去っていった。すると義秀は捕縛された岸一族の方を見ると信周に対してこう言った。


「信周、お前の覚悟は分かった。もう俺も何も言う気はない。ここで腹を切って自害しろ。」


「…ははっ。ご配慮下さり誠に(かたじけ)い。」


 信周は義秀よりこの言葉を受け取ると、重晴らに脇を抱えられて外に連れていかれた。そして縄を解かれて自由の身となると、着物の襟元を開いて腹を出した。するとその様子を見た義秀が信周に向けて語り掛けた。


「…信周、俺はこの戦で初めてお前のようなやつと出会った。お前のような奴を重用していれば、きっと龍興もこのような事態にはならなかっただろうよ。」


「…そのお言葉、しかと胸に刻みまする。」


 信周は手短にそう言うと見事な作法で切腹を遂げた。それに続いて信房ら子息も腹を切り、ここに岸一族は滅亡したのである。


「…義秀殿、信周を説得できず申し訳ありませぬ。」


 岸一族の自害後、片付けが進む中で道勝が義秀に語り掛けた。すると義秀は信周が座っていた場所を見つめながら道勝にこう言った。


「良いんだ。いくら状況が悪くなろうと絶対に主家を裏切らない奴もいる。信周は主家の為に自害の道を選び、お前は家の存続の為に寝返った。どちらの判断も尊重されても非難されるべきじゃないと俺は思うぜ。」


「義秀殿…」


 道勝が義秀の言葉を聞いて言葉を発すると、義秀は道勝の方を振り返ってこう言った。


「道勝、お前はこの判断を後悔しているのか?」


「…いいえ、これも全ては長井家の為にございまする。」


「ならばその気持ちだけは忘れるなよ?それがここで腹を切った信周の為にもなるんだからな?」


 その言葉を聞いて道勝は深く頷いて答えた。義秀は道勝の肩に手を置いて励ます様に見つめると道勝は顔を上げて義秀の顔を見た。その道勝の目にはもはや迷いの感情など消え去って真っ直ぐな目をしていたのだった。





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