表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/537

1556年10月 新たな土地の日々



弘治二年(1556年)十月 尾張国(おわりのくに)桶狭間おけはざま




 高秀高(こうのひでたか)稲生(いのう)の戦いにて敗れ、山口教継(やまぐちのりつぐ)の元に身を寄せて桶狭間(おけはざま)の領主となってから二ヶ月が経過した、弘治(こうじ)二年十月のことである。


 その間、近隣の領主でもあった三浦継意(みうらつぐおき)からの支援や教導を受け、四苦八苦しながらも領地経営や、民政のイロハ等を次々と吸収していったのである。




(れい)お姉様、もうお腹も大きくなってきたね。」


 桶狭間の高秀高の居館。その館の縁側にて膝を崩して座る玲に、(まい)がふと話しかける。すると、玲が大きくなったお腹をさすって呟いた。


「うん。もうこんなに大きくなって、生まれる時が今から楽しみだよ。」


「あぁ、玲、それに舞もここにいたのか。」


 と、そこに縁側の奥から、秀高(ひでたか)小高信頼(しょうこうのぶより)や館に来ていた継意と共に歩いてきて、秀高は玲の隣に座り込んだ。


「あ、秀高くん。今ね、ちょうどこの子のことを話していたんだ。」


「おぉ、秀高殿にいよいよ子が生まれ申すか。おめでとうござる。」


 と、その事を聞いた継意が秀高に祝意を述べた。


「いや継意殿、まだ嫡子と決まったわけでは…」


「いやいや、子はたくさんいた方がようござる。某も、倅が二人、娘が一人の合わせて三人おり申すが、これでも少ない方でござる。」


 継意がそう言って頭をかくと、それを傍で聞いていた信頼が継意に尋ねた。


「畏れながら、継意殿には娘殿がいるので?」


「あぁ、まだ赤子ではあるが…実はこの度、わしの方でも妻が懐妊した。これで四人目となるな。」


 その話を聞いた秀高は、その話を聞いてめでたいと思うと共に、継意の子供への熱意に感心した。


「やはり…子供というのは大事ですか?」


 秀高にこう尋ねられた継意は、秀高の方を向いて一回、首を縦に振って頷くとこう言い切った。


「うむ。子は宝であると同時に我が一門の柱じゃ。我が一門を後世に繋げるには、子を多く設け、丈夫に育て上げることが大事じゃ。それが、武家である我らの務めよ。」


 その話を聞いていた秀高らは、元の世界との子供への考えの乖離に直面した。


 秀高らがいた元の世界では、赤子が生まれた時には最先端の医療によって手厚く保護され、大きな病気がなければ成年まで成長できるのが普通であった。だが、医療が発展していない戦国時代では、出生後数年で亡くなることがあり、その為にも特に武家では子を残すために、様々な試行錯誤が繰り返されていたのである。


「ところで、秀高殿も立派な領主。これからは正室(せいしつ)とだけではなく、側室(そくしつ)を娶ることを考えては如何か?」


 と、いきなりの継意からの提案に、秀高ほかその場にいた面々は驚いた。というのも、一夫一妻制に親しんでいる秀高らから見れば、あり得ない提案だったからである。


「いや、これも全ては秀高殿、そなたとその家臣たちの為じゃ。正室である(れい)様が産める子供の数は限られておる。もしその間の子供たちに不慮の事態があれば、お家は断絶となろう。」


 継意が言うことを聞いて、歴史オタクであった信頼と舞はその意味合いが理解できた。つまり、お家断絶を防ぐために側室を迎え、その間に子を産ませて万が一の後継者とせよ。と言ってきているのである。


「つまり、側室を娶るというのは、家臣たちを守るためでもある。というのですか?」


 秀高が継意にこう尋ねると、継意はすぐに頷いた。すると、継意は秀高に対して言葉を続けた。


「まぁ、直ぐにというわけではない。今後、身分が大きくなった時には、そういう手段もある。ということじゃ。」


 継意の言葉を聞いて、秀高は妻である玲の方を見た。すると、玲は苦い顔をしてるどころか、決意した表情を見せてこう言う。


「…秀高くん、確かに元の世界のままだったら許せなかったけど、私たちは今、戦国時代で暮らしてる。継意さんの言うように、それで私たちの血が受け継がれるのなら、その時は、私に遠慮しないで側室を娶ってほしい。」


 玲の意外な決意を聞いた秀高は驚き、確かめるように玲にこう言った。


「…玲、本当にいいのか?それで…」


「…でも、私はまだまだ十代だよ?側室を娶る前に、私との子供は…まだまだ欲しいかな。」


 その言葉を聞いた秀高は、ふぅ、と落ち着いて、どこか安心した表情をすると、継意に向かってこう告げた。


「…継意殿、ご意見かたじけなく思います。でも今のうちは…玲との間を大事にしたいと思います。」


「…はっはっは!いや、これはぶしつけなことを提案した。許してほしい。」


 継意はそう言って今までの事を秀高に謝ると、継意は玲を見てこう言った。


「それにしても、これほど立派な奥方ならば、さぞや生まれるお子もたくましく成長しましょうな。」


「はい。必ず、たくましく成長すると思います。」


 玲は自分のお腹を見ながら、手でさすってんでこう言った。すると、何かを思いついたように信頼がある事を言った。


「あれ?そう言えば義秀は?」


 すると、信頼の隣にいた舞が、信頼に答えを返した。


「あぁ、義秀さんならさっき、姉様と一緒に領内を見回るって言って、馬に跨って出かけて行きましたけど…。」


「あの二人…いくら付き合ってるからっていっても、まさか何も言わないで行くとはね…」




————————————————————————




「はっくしょい!!」


 と、どこかで噂をしているのを感じたように、馬に跨る大高義秀(だいこうよしひで)が大きなくしゃみをした。


「あら、どこかで噂でもしてるのかしら?」


「あぁ…絶対信頼だろ…あいつなら言いそうだからな。」


 と、義秀は隣で同じく馬に跨る、(はな)に対してその予想を告げた。


「まぁ、ヨシくんとノブくんは昔から、いつも顔を合わせては喧嘩ばかりしてたわねぇ…」


「へっ、あいつ、俺が何言ったって言い返してくるんだから、なかなか普通の奴じゃねぇぜ。」


 義秀は、信頼の事をそういう風に例えると、今二人がいる丘の上から桶狭間一帯を見つめながらこう言った。


「にしても、ここがあの桶狭間か…信頼が口酸っぱく桶狭間の戦いの事、俺に話してきてから、ある程度の事は分かってたがなぁ…。」


 そう言いながら、義秀は馬上からの景色をもう一度眺めた。




 ここ、桶狭間は周囲を山に囲まれた窪地に位置し、秀高が住まう館を中心して、付近には何軒かの集落と田畑が広がり、一つの村を形成していた。


この村を、東から西に繋がる様に大高(おおたか)へと通ずる大高道(おおたかどう)という道があり、村の西部には桶狭間山(おけはざまやま)という小高い山があり、村を挟んで東側には同じく清水山しみずやまという小高い山がそびえ、窪地でありながら交通の中間地点にある一個の村落として機能していたのである。




「まぁ、今川義元(いまがわよしもと)が休息するぐらいだから、ただの平野ではないと思ってたけどねぇ。」


「へっ、面白れぇじゃねぇか。」


 義秀はこう言うと、馬を降りて付近の木に手綱を括り付けると、華に向かってこう言った。


「いっそのこと、俺らで義元を討てば、信長の天下なんざ、あり得なくなる。ってこった。」


「…あら、ずいぶん大きく出たわね。ヨシくん。」


 華が感心するように義秀に言うと、義秀は胸をポンと軽くたたいてこう言い放った。


「おう、俺は本気だぜ。ここで奴を討ち取れば、逆に俺たちに天下取りの好機が巡ってくる。ってわけだ。これをやらねぇ奴がどこにいるんだ?」


 すると、華はふふっと笑うと、同じように馬を降り、手綱を括り付けると義秀に近寄り、胸に手を当ててこう言った。


「なら、私も支えるしかないわね。ヨシくんの伴侶として。」


「おうそうだろう!…って、なんだって?」


 華から出た言葉を聞いた義秀は、聞き間違いかと思って華にもう一度尋ねた。


「あら、聞こえなかったかしら?伴侶として、支えると言ったのよ。」


 その言葉を聞いた義秀は呆然としてしまい、言葉を失ってしまった。だが、直ぐに気を取り直した義秀は、恥ずかしそうに頭をかきながらこう話し始めた。


「…へっ、これじゃあ秀高の事、何にも言えねぇなぁ。」


「あら、あなたが告白するつもりだったかしら?ヨシくん。」


「…あぁ。だが、これで俺も気持ちは決まった。華さん、いや華、俺と一緒になってくれないか?」


 義秀は決意を決めると、華に自分の気持ちを率直に伝えた。すると、華はそれを受け止めて、ふふっと微笑んで義秀に返事を返した。


「えぇ。こちらこそよろしくね。ヨシくん。」


 こうして二人は気持ちを確かめると、そのまま抱きしめあって愛情を表現しあったのであった。




————————————————————————




 と、その直後に二人がいた茂みの向こうで、ガサガサと草が揺れる音がした。義秀はそれを聞きつけると、その茂みの前に出て、刀に手を掛けた。しかし、そこからでてきたのは…


「う、うぅ…」


 それは紛れもなく人であった。その人物は外見に主立った外傷はないが、とても衰弱しきっており、茂みから現れた直後にその場に倒れこんでしまった。


「おい、おい!大丈夫か!」


 義秀がそれを見て刀から手を放し、その人物に駆け寄って介抱すると、その人物はうわごとのようにある事を言った。


「だ、誰か…ご飯を…ご飯をくれ…」


 その発言を聞いて、一瞬呆気に取られた二人であったが、直ぐにその人物を助けると、そのまま馬に乗せ、馬を駆けて館へと戻って行ったのであった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ