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1564年1月 新しい風に見送られて



永禄七年(1564年)一月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)七年一月二十二日。高秀高(こうのひでたか)の居城である那古野城では昨年から進められていた中濃(ちゅうのう)地方への侵攻を行うために、この日いよいよ出陣する予定となっていた。


「…(れい)、また寂しい思いをさせてしまうけどごめんな。」


 那古野城の本丸館にある居間において、小姓たちに鎧を装着させてもらっている脇で、当主の秀高は正室である玲に向けて語り掛けた。


「ううん、秀高くんは目標の為に戦っているんだから、どこに行こうと私は全然寂しくないよ。」


「そうか…くれぐれも徳玲丸(とくれいまる)や子供たちの事、よろしく頼むな。」


 と、秀高は玲に語り掛けつつも、母親である玲に同伴して父・秀高の見送りの為に居間にいた徳玲丸をはじめ子供たち一同に向けて話しかけた。すると誕生日を迎えて七歳となった徳玲丸が父に向けて言葉をかけた。


「父上、ご武運をお祈りいたします。」


「あぁ、俺の華々しい戦果を期待していてくれ。」


 と、兄である徳玲丸が声を掛けられた横で、弟の熊千代(くまちよ)が父の秀高に向けて声を掛けた。


「父上!戦から帰ってきたら一つ手合わせをお願いいたします!義秀(よしひで)殿より良い手ほどきを受けたのでござる!」


「はっはっは、お前はまだ五歳だぞ。随分とやんちゃな事を言うもんだな?」


 と、秀高はその脇に控えていた熊千代の傅役である大高義秀(だいこうよしひで)に視線を送った。すると、それに気が付いた義秀が秀高に対してこう意見した。


「何を見ているんだ?俺はあくまで武士としての手ほどきを教えてやっただけだぜ?」


「…ヨシくん?本当にそれだけでしょうね?うちの力丸(りきまる)と熊千代を互いに手合わせさせて参ったって言うまで戦わせているって言うじゃない。」


 と、義秀の正室である(はな)からの情報を聞いた母である玲は、驚いて義秀に向かって詰め寄った。


「えっ!?それって本当なの義秀くん!」


「まぁ落ち着いて聞いてくれ!曲がりなりにも二人とも武士の子供だ。手荒だろうが武芸の手ほどきは早いうちに叩きこんでおいたほうが良いに決まってる!なぁ秀高?」


 と、義秀から話を振られた秀高は義秀の顔を見つめながら話を聞いていたが、やがてはぁとため息をつくと微笑みながらこう言った。


「…あぁ、全くお前らしいよ。くれぐれも二人に無茶はさせるなよ?」


「おう!分かったぜ!」


 と、秀高の言葉を受けて義秀は笑いながら答え、それを聞いた玲はどこか不安そうな表情を浮かべた。すると、その様子を見ていた静姫(しずひめ)がある事を思い出しながら語り始めた。


「…そういえば、義秀のところの嫡子も六歳になって、熊千代も五歳を迎えたのね。」


「あぁ。ここ数年は目まぐるしく状況が動いていたからな。改めて聞くと結構年数が経っているもんだよ。」


 秀高が静姫の方を振り返ってそう言っていると小姓たちが秀高に鎧の装着を終え、居間から退出していくのと同時に家臣の毛利長秀(もうりながひで)が居間の前の廊下に現れて中にいる秀高に向けて報告した。


「殿、山口盛政(やまぐちもりまさ)様が出陣に際し殿にお目通りを願っております。」


「何、盛政が?分かった。ここに通してくれ。」


 秀高の下知を受け取った長秀は会釈をすると立ち上がり、居間の中に盛政を通させた。すると盛政はもう一人、若武者を引き連れて秀高の目の前に来ると胡坐(あぐら)をかいて座り秀高に頭を下げた。


「殿、この度は申し上げたき事があり罷り越しました。」


「盛政、その脇にいるのはもしかして…」


 と、秀高から話しかけられた盛政は頭を上げると、盛政に続いて頭を上げた若武者の方を振り返りながら秀高に向けて紹介した。


「はっ。実はこの度亡き山口重俊(やまぐちしげとし)の遺児・熊丸(くままる)がめでたく元服の儀を終え、立派な武士となりましたのでご挨拶に上がりました。これ、殿に挨拶をせよ。」


 盛政から促された熊丸は秀高やその場の一同に向けて改めて自己紹介を行った。


「殿、この度元服を終え殿の配下となるべく罷り越しました、熊丸改め山口重勝(やまぐちしげかつ)と申しまする。養父として育ててくださった叔父・盛政殿のように殿の覇業を御支えしたく存じまする。」


「山口重勝か…うん、良い名前だな。」


 熊丸改め重勝の自己紹介を聞いた秀高はその名前の響きを気に入ると、微笑みながら頷いて重勝にこう言った。


「重勝、元服して早々だがお前には早速今回の戦で初陣を飾ってもらう。そして初陣後になって約束通り父の職務であった評定衆の席に加える。若いお前にとっては重責だろうが、先輩の皆からいろいろ学んで吸収するんだぞ?」


「ははっ。ありがたきご配慮を頂き恐悦至極にございます。今後は父の名に恥じぬ働きを致しまする!」


 重勝が秀高の言葉を聞いて答えた後、秀高は重勝の姿を見つめながら義秀に向けてこう言った。


「それにしても義秀、重俊が亡くなったのは六年前でそこからようやくこうして子供が元服を終えることが出来た。何か感慨深いものがあるとは思わないか?」


「あぁ、つくづく時が経つのが早いと実感させられるよ。」


 と、義秀も重勝の容姿を見つめながらそう言うと、そこに小高信頼(しょうこうのぶより)が居間の中に入ってきて秀高に報告をした。


「秀高、今さっき清洲(きよす)より織田信包(おだのぶかね)殿の軍勢二千五百が到着して、信包殿が目通りを願っているよ。」


「そうか着いたか。よし、直ぐに通してくれ。」


 秀高の言葉を聞いた信頼は自身に同道していた信包を居間の中に通した。すると信包は信頼の案内の元で秀高の前に来ると跪いて一礼した。


「殿、我ら清洲勢二千五百。ただ今到着いたしましたぞ。」


「そうか。今回の戦には清洲勢にも参戦してもらう。その戦果を期待しているぞ。」


 と、秀高は跪く信包に対して言葉をかけると、信包は顔を上げて秀高の脇に控えている徳玲丸ら子供たちの顔を見るとこう言った。


「…おぉ、これなるは御嫡子様にございますか。いやはや凛々しいお顔立ちになられましたなぁ。」


「そうか、そう言ってくれると嬉しいよ。ところで於菊丸(おきくまる)は今年で八歳になるだろう?元気にしているか?」


 秀高は清洲城にて養育されている於菊丸の事を信包に尋ねると、信包は微笑みながら頷いて答えた。


「ははっ。今は一門の信治(のぶはる)信興(のぶおき)の養育を受けて健やかに成長致しております。特に近頃は武芸や弓術をたしなみ、その腕前に磨きをかけておりまする。」


「おぉそうか。於菊丸にはこの徳玲丸を支える文武両道の武将になって欲しいものだな。」


 秀高は信包に対してそう言うと、自身の子供たちである徳玲丸や於菊丸など秀高から見て次代を担う者達が順調に成長しているのを感じ取り、同時に頼もしく思ったのだった。


「秀高、そろそろ出陣の刻限だよ。」


「あぁ、分かった。」


 やがて信頼の言葉を聞いた秀高は居間の中に置かれた床几(しょうぎ)より立ち上がると、義秀夫妻や玲たちと共に居間を出て、縁側から中庭へ出ると広場へと向かって用意された馬に跨った。するとそれを見た筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が秀高に対してこう進言した。


「殿、殿がお帰りになるころにはこの那古野城の改修が全て終わっておりまする故、何卒良きご報告をお待ちしておりまするぞ。」


「あぁ。継意、那古野城の留守居は任せたぞ。」


 馬に跨った秀高からこう言われた継意は頭を下げて一礼して会釈をした。その継意に続いて静姫が馬上の秀高に向けて言葉を投げかけた。


「秀高、今回の中濃侵攻必ず勝ってくるのよ?」


「私たちも秀高くんの勝利を祈っているからね。」


 静姫に続いて玲も秀高に対して言葉を発すると、それにつられて徳玲丸たちも父である秀高に対して頭を下げた。するとそれらを見た秀高は微笑んで玲や静姫に向けてこう言った。


「玲、静。必ず勝ってくるよ。」


 秀高は二人に向けてそう言うと、手にしていた軍配を振りかざして広場に集合していた全軍に前進を下知した。やがて下知を受けた軍勢はそのままぞろぞろと広場から門を潜っていき、秀高が乗る馬や義秀たち一行もその広場を後にしていった。その様子を残る玲たちは消えていく秀高の後姿をじっと見つめつつ、心の中で勝利を祈願するのであった。



 こうしてこの日、那古野城を出陣した秀高本軍七千余りは森可成(もりよしなり)小牧山城(こまきやまじょう)を経由して一路前線地点である安西高景(あんざいたかかげ)の居城・犬山城(いぬやまじょう)を目指すのであった…





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