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1556年8月 別離と敗走、そして…



 弘治二年(1556年)八月 尾張国(おわりのくに)稲生原(いのうはら)




 「おお、殿。もう宜しいのですか?」


 稲生原近くの廃寺の本堂。織田信勝(おだのぶかつ)高秀高(こうのひでたか)らを見送って本堂に入ると、そこには林秀貞(はやしひでさだ)がすでに鎧を脱ぎ、一枚の白装束の肌着の姿になっていた。


「うむ。秀高らは…鳴海(なるみ)に送った。」


「そうですか…山口教継(やまぐちのりつぐ)ならば、申し分ないでしょうな。」


 秀貞の言葉を受けながら、信勝も鎧を脱ぎ、秀貞と同じ白装束姿となった。


「秀貞…兄上に降らないで良かったのか?」


 信勝が秀貞にこう尋ねると、秀貞は高らかに笑ってこう言った。


「いや、この老人が信長殿のお役に立てることなど、もうありますまい。」


「…そうか。その忠節、恩に着るぞ。」


 信勝はこう言って、秀貞の忠節を労った。と、そこに津々木蔵人(つつきくろうど)が刀を片手に入ってきた。


「蔵人…そなたはどうする?」


「…私は勝家様を頼ります。勝家様がもし、信長に降伏していてでも、私はただ勝家様を信じます。」


 蔵人の言葉を受けた信勝は、その言葉の裏に何かが含まれていることを感じ取ったが、それを口には出さず、蔵人にこう言った。


「そうか…好きにせよ。」


「…はっ。」


 蔵人はそう言うと信勝の背後に立ち、刀を構えた。そして信勝は脇差を抜いて切っ先を腹にあてた。


「…ふっ、兄上。あの世で兄上の覇道、しっかり見させていただきます…。」


 信勝はそう言うと腹に脇差を刺して自害した。そして苦しむ信勝の背後から蔵人が刀を一振りで下ろし、介錯したのであった。


「…蔵人、後は頼むぞ。」


 信勝が自害した後、秀貞もそれに続いて自害。それを見た蔵人は秀貞を介錯した後、二人の御首(みしるし)を布に包んで持ち出し、本堂から出て本堂に火を放ったのであった。




————————————————————————




「…蔵人、すべて、終わったのか。」


 それからしばらく後、織田信隆(おだのぶたか)から依頼されてやってきた柴田勝家(しばたかついえ)は、信勝がいた廃寺の辺りに軍勢を引き連れてきた。しかしすでに廃寺の本堂は火に包まれ、勝家はすべて終わったことを悟り、本堂の前にたたずんでいた蔵人にそう言った。


「…はい。秀貞さま、…それに信勝様。いずれも見事な最期でございました。」


 その蔵人の手には信勝・秀貞の御首、それに亡くなった林通具(はやしみちとも)の御首の三つを手に持っていた。その首を見た勝家は目を閉じて信勝らを悼み、声を振り絞って言った。


「信勝様…この身の不忠…なにとぞお許しあれ…。」


 勝家は馬上から、その燃え盛る本堂を見て、自身の不甲斐なさを、天に召された信勝に詫びるように呟いたのだった。




————————————————————————




「…秀高くん、あれって…」


 一方、鳴海へと向かう最中の秀高らでは、(れい)が後ろを振り返って廃寺の方向を見た。


「…終わったんだな。すべてが。」


「…いや、終わっちゃいないさ。」


 秀高が信勝の無念を噛みしめるようにそう言うと、傍にいた小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高へ否定するようにこう言った。


「確かに兄弟相克のこの争いは、歴史通りに信長が勝った。でも、信長は史実以上に家臣を失い、それ以上に自身の母までも死に追いやってしまった。これは必ず、今後に影響していくと思う。」


「…俺たちは、利用したのか?信勝様を…」


 秀高が悔やむように、信頼に聞いた。すると、信頼は即座に首を横に振った。


「ううん。これは歴史の修正力が働いた結果だ。僕たちがこの世界に来たとして歴史を変え始めても、これだけは必然の結果だったんだ。」


 信頼はそう言うと、秀高に向かって自身の考えを述べた。


「これから歴史が大きく変わろうとしても、最初の段階では結末は変わらない。この兄弟相克の結果がそうだ。たとえそれが利用したように見えたとしても、僕たちはその悪名をも抱えて生きていかなきゃならない。全ては、僕たちの大望のためさ。」


「…天下統一、か。」


 秀高の言葉を、信頼は首を縦に振った。


「そうだよ秀高くん!今はこんな結果になって悔しいかもしれないけど…私たちが願う未来のために、そして信勝様が託してくれたその赤ちゃんのために!精一杯頑張ることが信勝様への手向けになるよ!」


 信頼に続いて、玲も続いて秀高を励ますように言った。すると、秀高は気を取り直し、それまで下を向いていた顔を上げ、二人にこう言った。


「あぁ、そうだな。こんなことでくよくよしてたら、信勝様に怒られるな。」


「そうだぜ!今は生きるための辛抱だ。どんな苦杯も飲んでやろうじゃねぇか!」


 義秀が秀高にこう言うと、秀高は頷いて義秀たちにこう言った。


「よし、まずは鳴海へと向かおう。そこで再び、これからについて考えよう。」


 秀高の言葉を聞いた義秀らは、それに頷いて先頭を行く秀高に付いて行った。




————————————————————————




 それから秀高たちは夜の中を鳴海へと向かって歩き、途中の山々で野宿を取りつつ、目的地の鳴海城(なるみじょう)に付いたのは、翌日の朝の事であった。


「止まれ!貴様ら何者か!」


 鳴海城の大手門にあたる木戸の前。城内に入ろうとした秀高らは門番の衛兵に止められた。


「我らは織田信勝が家臣、高秀高(こうのひでたか)ら一族郎党である!城主、山口教継(やまぐちのりつぐ)殿に御目通り願いたい!」


 すると、その木戸の奥から初老の武士が現れ、物言いをした信頼の前に立ってこう言った。


「そなたら…今、高秀高(こうのひでたか)と申したか?」


「はい。我ら高秀高(こうのひでたか)一族郎党にございます。」


 すると、その初老の武士はおぉ、と感嘆して信頼に言った。


「聞けば先の戦において、目覚ましい働きをした高秀高(こうのひでたか)郎党であるか!直ぐに我が主に取り次ごう!ささ、中へ。」


 そう言うと初老の武士は門番に秀高らを通す様に指示し、秀高はその初老の武士に誘われるように城内に入り、主殿の評定の間にて、秀高らは正座して待っていた。


「おぉ、そなたらが信勝殿の家臣か!」


 すると、そこに廊下を渡ってその上座に座ったのは、その初老の武士と同じ年代の武将と、それよりも若いもう一人の武将であった。


「わしが鳴海城主・山口左馬助教継やまぐちさまのすけのりつぐである。で、この隣はわしの息子の…」


「教継が嫡子・山口九郎次郎教吉やまぐちくろうじろうのりよしでござる。」


 教継と教吉が名を名乗ったことを受けた秀高らは頭を下げ、代表して秀高がこう言った。


「お初にお目にかかります。教継殿、教吉殿。私が高秀高(こうのひでたか)でございます。そして傍にいるのは我が郎党の…」


大高義秀(だいこうよしひで)。何卒よろしく。」


小高信頼(しょうこうのぶより)にございます。」


 秀高から促された、義秀と信頼も名を名乗った。すると教継は、秀高らの面構えを見てうむうむ、と何度もうなずくと喜ばしい表情をして秀高に言った。


「なかなか良き面構えじゃ。さすがは初陣で信長方の諸将を討ち取っただけはある。」


 教継が秀高らにそう言うと、秀高は信勝からの書状を懐から出し、初老の武士を通じて教継へと手渡しした。それを受け取った教継は書状の内容を見た。


「…そうか。信勝殿が自害したことは聞き及んでおったが…いざ亡くなれば、悲しいものじゃな。」


 教継はそう言うと書状を地面に置き、秀高に本心を打ち明けた。


「秀高、わしはな、信勝殿が信秀(のぶひで)さまの跡を継いで織田家の家督を継いでおれば、わしは今川なんかに付かず、織田家に忠節を尽くしておったであろう。織田から離反したのは、(ひとえ)に信長への反感からよ。」


 教継がそう言うと、教吉は頷いてそれに賛同した。


「いかにも。あのうつけ者に尾張を託すなど、身の毛がよだつ思いにござる。」


 教吉の言葉を聞いた教継は、首を縦に振って秀高にこう言った。


「秀高、書状の内容は拝見した。信勝殿は、このわしにそなたら託すように頼んできた。わしは信勝殿の意思に報いたい。」


 教継はそう言うと、秀高にある事を提案した。


「秀高、わしはそなたを家臣として迎えたい。しかも城下住まいの家臣ではなく、領地持ちの領主として迎え入れようと思う。」


 教継の提案を聞いた秀高は驚いた。今まで信勝のもとでは城下に屋敷を持っていたが、教継から提示された提案は、一領主として領地経営にあたる破格の条件だったのだ。


「の、教継さま、いくらなんでもそれは…」


 秀高がそれを誇示しようとすると、教吉はそれを制してこう言った。


「秀高、私も父同様、そなたを領主として迎える事に賛成である。そならたが先の戦で示した戦功と武勇。それに比例すれば、領地持ちとして申し分なかろう。」


「それにそなたは、信勝様から遺児を預かっておる。それを加味すれば、現実的であると思うがな。」


 教継と教吉からそう言われた秀高は後ろを振り返り、義秀たちを見た。すると義秀や信頼、そして(はな)たち三姉妹も次々に頷いて賛同した。


「…分かりました。その提案。しかと受けましょう。」


「おぉそうか!これはめでたい!早速じゃが、領地の宛行(あてがい)は決まっておる。ここに控える継意(つぐおき)に領地への案内を任せておる。継意、頼むぞ。」


 教継からそう呼ばれた初老の武士は、改めて自己紹介をした。


「遅れ申した。某、三浦継意(みうらつぐおき)と申す。以後お見知りおきを。」


 継意から名乗りを受けた秀高らは一礼し、継意は早速にも秀高らをその領地へと案内すべく評定の間を後にした。秀高らはそれに付いて行くべく、教継と教吉に一礼してその場を去っていった。




————————————————————————




「それにしても、秀高殿らの武勇、まさに我が家にとっては百人力にござるよ。」


 その領地への道中、馬に跨る継意は同じく馬に乗る秀高にこう言った。


「いえ、これらもすべて、皆で頑張った結果です。」


 秀高が謙遜してこう言うと、継意はあることを語り始めた。


「いや、実は(それがし)、父の名を三浦義意(みうらよしおき)と申し、元は相模国(さがみのくに)の出身でござる。某が幼子の頃に父は北条早雲(ほうじょうそううん)に討たれ、幼子の某は乳母に伴われ、乳母の故郷であるこの尾張に落ち延び、教継殿に仕えたのでござる。」


「…そうだったんですか。」


 継意の経緯を聞いた秀高はそれに頷いていると、徒歩で歩いていた信頼がこう聞いた。


「恐れながら、継意殿に御子息は?」


「あぁ、二人おる。一人は継時(つぐとき)と言い、もう一人は今年元服(げんぷく)を済ませ、名を継高(つぐたか)と申す。」


 そう言いながら継意は笑い、汗をぬぐってこう言った。


「この二人とも、なかなかにやんちゃ坊主で腕白であり、このわしも手を焼いてござるよ…。」


「そうですか…なかなか、大変ですね。」


 継意に秀高がこう言うと、やがて継意が馬を止め、秀高の方を向いてこう言った。


「着きましたぞ。ここが秀高殿の領地、「桶狭間(おけはざま)」じゃ。」


「桶狭間…!?」


 継意が口にした領地の名を聞いて、秀高らは皆驚いた。桶狭間という地名。元の世界において、織田信長が今川義元(いまがわよしもと)を討ち取った歴史的有名な戦いの戦場の名そのものだったのだ。


「いかがなされた?」


「い、いや…こちらの事情です。お構いなく。」


 そう言われた継意は気に構うことなく、秀高にこう言った。


「まぁ、最初のうちは経営に苦労することもござろう。某もしばしば顔を出すゆえ、ご案じめさるな。」


「はい。よろしくお願いします。」


 秀高からそう言われた継意は首を縦に振って頷き、微笑んでその門出を祝ったのだった。



 こうして、秀高は信勝という主を失ったが、信勝から託された意志と共に、新天地にて更なる飛躍を誓う様に奮起するのであった…。





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