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1563年5月 寝返りの申し出



永禄六年(1563年)五月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




加賀井重宗(かがのいしげむね)が内通して参ったと?」


 時は永禄(えいろく)六年五月上旬。那古野城の重臣の間の中にて、こう言葉を発したのは築城奉行の任に就いている三浦継意(みうらつぐおき)に代わって評定の筆頭となっている森可成(もりよしなり)であった。


「あぁ、この通り書状を寄こしてきた。」


 と、重臣の間の中の上座に座る高秀高(こうのひでたか)は、重宗から来たという書状を可成に手渡しした。この加賀井重宗なる人物は斎藤龍興(さいとうたつおき)の家臣であり高家と斎藤家(さいとうけ)の国境である木曽川(きそがわ)西岸にある加賀野井城(かがのいじょう)の城主でもあったのだ。


「…この書状によれば、龍興の父殺しなどの不義理を見過ごせず、我が殿への帰順を申し出ておる。」


「なんと、重宗はこちらに寝返ると申すのでございますか。」


 と、その小規模な評定に出席していた山口盛政(やまぐちもりまさ)がこう言うと、可成はその問いに頷いて答えた。


「うむ、その証として加賀野井城並びに、対岸の斎藤家の拠点で自身の管轄下である竹ヶ鼻城(たけがはなじょう)を我らに明け渡すと申しておる。」


「竹ヶ鼻城まで、ですか…」


 と、その書状の内容を伝え聞いた小高信頼(しょうこうのぶより)が呟きながら、自身の目の前の床に置かれてある絵図の方に視線を向けてこう言った。


「もし、それが本当なら僕たちはこの大垣城(おおがきじょう)稲葉山城(いなばやまじょう)への橋頭堡(きょうとうほ)を確保したことになりますね。」


「あぁ、そうなったら俺らは容易に美濃へ攻め込めるってわけだな。」


「…だが、その書状何かが引っ掛かる。」


 書状の内容から察した戦況に喜んでいた大高義秀(だいこうよしひで)とは対照的に、上座に座る秀高はその内容を(いぶか)しんで聞いていた。


「もしその内容が本当なら、どうして義龍(よしたつ)殿亡き後にこちらに渡りをつけて来なかったんだ?いくら不義理をなじるって言ったって、一年余りはかなり不自然だと思うんだが…」


「おそらく、斎藤家中の監視の網が厳しく、渡りを付けようにも付けられなかったのではないかと。」


 と、可成が秀高に対して意見をすると、それに続いて盛政も秀高に対して意見を述べた。


「それに殿、もしこの寝返りが真であれば、我々は未回収であった尾張国内の斎藤領を駆逐する事が叶って尾張国の真の統一が為せますぞ。」



 前年、秀高が織田家(おだけ)より尾張を奪い取った際、秀高は尾張国全域を完全に手中に収めたわけではなく、尾張国、厳密にいえば木曽川西岸の尾張国内にあった斎藤領を除いて獲得したに過ぎず、斎藤家が敵となった今、重臣たちの間では第一の目標としてこの地域の制圧が題目に上げられていたのである。



「…お前たちの想いも全てわかっている。だがその想いだけで行動し、万が一のことがあった場合どうなる?俺たちは取り返しのつかない事態に陥るんだぞ?」


 と、秀高が重臣たちにそう言っていると、その重臣の間を閉じている襖の向こうから声が聞こえてきた。声を掛けたのは木下秀吉(きのしたひでよし)。その人であった。


「殿、ただいま長島城(ながしまじょう)より滝川一益(たきがわかずます)様が参られました!」


「そうか、ここに通してくれ。」


 秀高の言葉を聴いた秀吉は重臣の間の襖を開けると、後方にて待機していた一益に中へ入るように促した。一益はそれを受けると秀吉を通り過ぎて重臣の間の中に入り、それを見た秀吉は襖を閉じた。


「おぉ一益、重宗の一件は聞いているか?」


「はっ、既に我が家来がこの裏を調べ上げたところ、加賀野井城下では戦支度が始まっており、遠く稲葉山でも戦支度を始めているとの事。」


 重臣の間に入ってきた一益が秀高に対し、重宗離反の事についての情報を報告すると、その言葉を聴いて可成が秀高に対してこう言った。


「殿、もしそれが本当であれば重宗離反は真の事と思いまするぞ。」


「…稲葉山か。」


 秀高がその単語を口にすると、同じく一益の報告を聞いていた信頼が一益に対してある事を尋ねた。


「一益、戦支度を行っていたのは稲葉山城下だけなの?」


「いえ、稲葉山城下の他に大垣城や曽根城(そねじょう)北方城(きたかたじょう)などの西美濃三人衆にしみのさんにんしゅうなどの城下でも同様の戦支度を行っているとの事にございます。」


 すると、その報告を聞いた可成が隣に座る盛政に対してこう言った。


「となると、恐らく加賀野井城征伐の為に戦支度を行っているということか。」


「はっ、その可能性が大きいですな。」


 この可成と盛政の会話を聞いた秀高は、その場の重臣たちの空気を探った。可成初め重臣たちの中には重宗の寝返り間違いないという空気が醸成され、直ぐにでも戦をするような流れになっていたのである。


「殿!ここは速やかに木曽川西岸へ出兵し、竹ヶ鼻城を抑えて美濃攻めの橋頭保と致しましょうぞ!」


 と、評定の席に列席していた前野長康(まえのながやす)が秀高に対してそう言うと、秀高は重臣たちにある事を伝えた。


「…確かに今までだったら、この好機を見過ごさずに行動していただろう。だが美濃には竹中半兵衛(たけなかはんべえ)がいるんだぞ?もしこれが半兵衛の計略であったらどうするんだ?」


「何を気弱な事を仰せになられる。」


 と、そんな秀高の懸念を弾き飛ばすように可成が秀高に反論した。


「竹中半兵衛がいかような計略を施そうとも、当主である龍興が凡愚であれば何の意味も成しますまい。それに寝返ってきた者を見捨てては、今後の殿の名声に傷がつくことになりまするぞ。」


 その可成の自信満々な言葉を聴いた秀高は、どこか拭いきれない不信感を抱いたものの、重臣たちの手前承諾するしかなく、不安な表情を押し殺してこう言った。


「…分かった。そこまで言うなら竹ヶ鼻へ出陣する。だが信隆(のぶたか)への対策をしておく為にも多くは連れていけない。」


 秀高は重臣たちの意見を受け入れて出陣を決めると、心を入れ替えて出陣の陣触れについて伝えた。


「出陣するのは俺の旗本三千五百に森勢三千、前野勢二千五百に織田信包(おだのぶかね)の三千、それから北伊勢からの滝川勢三千だ。滝川勢は水路で木曽川を遡上し、加賀野井城で重宗と合流して竹ヶ鼻へ向かってくれ。」


「ははっ!」


 一益は秀高よりの指示を聞くと、秀高に頭を下げて会釈し承服した。それを確認した秀高は続けて言葉を発した。


「俺たちは清洲城に集結した後に木曽川を渡河し、竹ヶ鼻へと進み侵攻してくる斎藤勢を迎え撃つ。出陣は一週間後とする!各々、戦支度を始めてくれ!」


「ははっ!!」


 その場にいた重臣一同は秀高の言葉に答えるように声を上げた。ここに秀高らは重宗の内通を契機に斎藤領へと侵攻する事になったのだが、不幸な事にこの秀高の懸念は的中してしまうのだった。




「ほう、重宗は上手く取り入ったか。」


 その数日後、美濃の稲葉山城麓の館にて、当主である龍興は報告を受けていた。その報告をしていたのは、紛れもない竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるその人であった。


「はい、重宗殿の内応を受け入れた秀高勢は、数日後に出陣し木曽川を渡河して竹ヶ鼻まで参るとの事です。」


「さすがは半兵衛殿にございますなぁ。埋伏の毒、上手くいってございますぞ?」


 と、上座に座る龍興に対して龍興近臣の斎藤飛騨守(さいとうひだのかみ)がそう言うと、龍興は満足そうに微笑んで半兵衛に尋ねた。


「それで半兵衛よ、どこで敵を迎え撃つ?」


「…はっ、竹ヶ鼻から長良川(ながらがわ)を挟んだ西岸の森部(もりべ)が宜しいかと存じます。ここは川辺ではありますが周囲の見通しは悪く、伏兵を置くには格好の場所かと。」


 半兵衛が自身の足元にある絵図を使いながらの説明を聞いた龍興は、その策を聞いて満足そうに微笑むと半兵衛に対して扇で指しながら言い放った。


「そうか。半兵衛よ、仔細はそなたに任せる。見事秀高が首を取って見せよ。」


「…ははっ。」


 半兵衛は龍興からの下知を受け取ると、淡々と返事をした後に頭を下げて会釈をし、そのままその場を去っていった。すると飛騨守が何かを思い出したようにこう言った。


「そう言えば殿、信隆殿からもこの戦に助勢できないかとの申し出がございましたぞ?」


「ほう、信隆殿がか…良かろう、直ぐにでも受け入れる旨の返事を返せ。」


 その龍興の言葉を聴いた飛騨守はニヤリとほくそ笑んで会釈をすると、半兵衛の後にその場を去っていた。こうしてここに、高秀高と斎藤龍興の両者の思惑が入り混じった戦いが始まろうとしていた…





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