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1562年7月 新たな城と藤吉郎



永禄五年(1562年)七月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)五年七月の中旬。織田信隆(おだのぶたか)との犬山城(いぬやまじょう)攻防戦から二か月余りが過ぎた。この間、東濃(とうのう)美濃(みの)斎藤龍興(さいとうたつおき)などに主立った変化はなく、尾張国内は平穏を取り戻していた。


 その間を見計らい、高秀高(こうのひでたか)の居城である那古野城において改修築城工事が始まっていた。普請奉行を務めるのは犬山城の戦いにおいて大規模改修によって織田軍撃退に貢献した筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)で、継意ら築城奉行衆は那古野城本丸館の評定の間を普請奉行の本陣としてここから築城の指揮を執っていた。


「かなり大規模な工事になるんだなぁ…」


 と、本丸館の評定の間前の縁側から先に見えている、本丸を拡張するための土台工事を行っている風景を見ながら大高義秀(だいこうよしひで)がポツリと漏らした。すると、その言葉を聴いた継意が頷いて答えた。


「うむ。此度の築城は大まかな土台作りも兼ねておる。そのためどうしてもかなり大規模な物になってしまうのじゃ。」


 継意はそう言いながら、盾で作られた机の上に置かれた大きな築城模型を見ながら細やかな箇所の取り決めを行っていた。すると、義秀や小高信頼(しょうこうのぶより)と共にこの築城の様子を見に来ていた秀高が継意にこう言った。


「しかし、今回の工事はかなり大規模みたいだが…金子や人足は大丈夫なのか?」


「ご案じなさいますな。金子に関しては伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)を始め商人たちから資金の献上を受け、また人足についても那古野の足軽をはじめ、鳴海(なるみ)坂部(さかべ)より足軽を招集し、これらに人足を合わせた二万人態勢で行ってございまする。」


 継意のこの言葉を聴きながら、秀高は目の前にある模型に視線を移していた。



今回の大規模改修では本丸の区画拡張を行い、従来の那古野城の大きさの二倍ほど本丸を拡張すると同時に、本丸の北西側に突き出す形で正方形の曲輪を配置する物であった。その曲輪は本丸より小高く造成され、さながら新しい本丸を造成するのを予感させるようなものであった。



「それにしても継意殿、この北西部の曲輪が新しい本丸になるのですか?」


「いや、そこは今のところは曲輪として整備するが、一応天守台は築いておくつもりじゃ。」


 と、質問してきた信頼に対して継意が返した言葉を聴いて、秀高が継意に尋ねた。


「新しい…天守台?」


「はっ。殿いずれ大望を為されるお方。此度の改修工事でその土台となる基礎を固めておけば、今後勢力が大きくなった際に有意義に働きましょう。これはその為の布石にござる。」


 継意はそう言うと、その模型の中、本丸の区画の一角に当たる場所に木で作った天守閣の模型を置くと秀高にこう言った。


「今まで天守として扱ってきた物は櫓に転用し、新しく造成した南東方向の隅に三層四階の天守閣を(こしら)えまする。そして新しく造成した区画に新御殿を築き、そこを殿たちの住まいや政所(まんどころ)と致しまする。」


「…今までの那古野城よりは規模も大きくなるな。」


 と、義秀が継意の説明を聞いた上でそう言うと、それに信頼が反応して頷いた。


「うん。これが完成すれば、秀高の威信はより大きくなるだろうね。」


「…継意、こんな城を作ってくれてありがとう。俺には勿体ないくらいだ。」


 と、秀高が継意に対して謝意を述べると、それを聞いて継意は高らかに笑って返した。


「はっはっはっ。何を仰せになられまする。殿はいずれ美濃(みの)を手に入れ、四ヵ国の太守になられるお方。これくらいの城を整備しても何の不自然もござりますまい。」


継意は秀高にそう言うと、視線を模型の方に移しながら言葉を続けた。


「それにこの老骨に出来るのは、このような城を整備できることしかありませぬ。殿、どうかこの城にも負けぬ大望を果たしてくだされよ。」


「…ありがとう。継意。」


 秀高が継意にそう言って謝意を述べると、継意の手を握って固い握手を交わした。その様子を義秀と信頼は黙って見つめ、やがて義秀が小声で信頼に語り掛けた。


「…なんか、今まで以上におっさんと秀高の仲が縮まってないか?」


「そうかな?僕はいつも通りだと思うけど…」


 信頼が義秀に小声で言葉を返すと、そこに津川義冬(つがわよしふゆ)が現れてある事を報告した。


「殿、申し上げます。帰蝶(きちょう)様がお目通りを願っております。」


「…何?帰蝶さまが?分かった。居間に通してくれ。」


 秀高の下知を聞いた義冬は頭を下げるとその場を去っていった。その後、秀高は義秀や信頼と共に継意と別れると、その足で居間へと向かって行った。




「…それにしても、此度の工事はかなり大規模な物ですね。」


 秀高の居間の中で、秀高に面会に来た帰蝶が庭先から聞こえてくる作業音を耳にしながらこう言った。


「えぇ、家老の継意がかなり張り切っていまして、無事に完成すればこの尾張の中でも一番の城郭になるでしょう。」


「そうですか…この城はその昔、信長(のぶなが)様と婚姻を結んだ場所にて、その城が秀高殿によって生まれ変わる姿を見られるのは、なんとも喜ばしく思います。」


 帰蝶が秀高の方を振り返ってそう言うと、秀高は帰蝶に対してある事を提案した。


「…そこで帰蝶さま、工事が終わって新しい御殿が完成した暁には、この本丸館全部を帰蝶さまに差し上げたいと思っています。」


「まぁ…この館を全部ですか?」


 帰蝶が秀高の提案に驚くと、秀高は首を縦に振って頷いて言葉を続けた。


「はい。帰蝶さまは織田信長(おだのぶなが)の正室であり、また今は亡き義龍(よしたつ)殿の妹でもあります。信隆(のぶたか)の魔の手から守るためにも、どうかこの地にて不自由なく過ごして欲しいんです。」


「…そこまでの事をしていただけるとは、ありがたき幸せです。」


 帰蝶は秀高に感謝するようにそう言うと、ふと何かを決心したように一回頷き、秀高に対してこう言った。


「ならば、こちらもお返しをしなくてはなりませんね。」


「お返しとは?」


 帰蝶の発した言葉の中の単語に引っ掛かった秀高は、復唱してその真意を尋ねた。すると、帰蝶は後ろに控えていた木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)小一郎(こいちろう)の兄弟を見ながらこう言った。


「秀高殿、この藤吉郎と小一郎を召し抱える気はありますか?」


「えっ?藤吉郎殿と小一郎殿を…ですか?」


 その想いもがけない提案を聞いて秀高は驚き、傍にいた信頼と視線を合わせた。元の世界から来た秀高たちにとって、藤吉郎と小一郎の兄弟の素性は知っており、その才能をも知っていた為に驚きも大きかったのである。


「もう信長様の三回忌も過ぎました。藤吉郎の才能は亡き信長様も重用するほどの才能を持ち、その弟の小一郎も同様です。どうか秀高殿の末席にお加えいただけないでしょうか?」


 その言葉を聴いた秀高は少し考えこんだ。確かに藤吉郎や小一郎の才能を知る秀高にとっては魅力的な提案である事は間違いない。だが藤吉郎の出世欲を聞いている秀高にとっては、藤吉郎の加入で家中がどのような空気間になるのか全くつかめていなかったのだ。


「秀高殿、少し宜しゅうございますか?」


 とその時、本人である藤吉郎が言葉を発し、考え込んでいる秀高に対して意見を述べた。


「亡き御大将である信長様がその才能を惜しんだ秀高殿に仕える事は何よりの喜びにございます。秀高殿を置いて、この麻の如く乱れた乱世を静める英雄はおりませぬ!どうか、この藤吉郎もそのお手伝いをさせてくだされ!」


「この小一郎も兄同様、秀高様の覇道を御支え致しまする。」


 藤吉郎と小一郎の心のこもった請願を聞いた秀高は、その言葉を聴いた後に頷いてこう言った。


「…分かった。そこまで言うなら俺も止めはしない。今後は俺に仕えてその力を振ってくれ!藤吉郎!小一郎!」


「ははっ!!ありがたき幸せにございまする!」


 藤吉郎は秀高に対して謝意を述べると、小一郎も兄に続いて頭を下げた。その様子を見た帰蝶も満足そうに微笑み、信頼と義秀も藤吉郎加入に驚きつつも秀高同様に受け入れ、ここに木下藤吉郎が隠遁期間を経て高秀高に仕官する事になった。




「兄者、本当にこれで良かったのか?」


 秀高との面会を終え、帰蝶と別れた後に小一郎から話しかけられた藤吉郎は、話しかけてきた小一郎の方を振り返るとこう言った。


「あぁ、これで良い!秀高殿はいずれ大きな事を為されるお方じゃ。信長様への義理立ても済んだ今、わしの夢はただ一つ!秀高殿を覇者に押し上げ、この日の本を統べる存在に仕立て上げる事じゃ!」


「…まぁ、兄者ならそう言うと思ったわ。分かった。この俺も兄者の願いをかなえるために力を振おう。」


 小一郎が頭をかきながらそう言うと、藤吉郎は工事を行っている方角を振り向きながらこう言った。


「のう小一郎、秀高殿の家中は鳴海(なるみ)時代からの譜代に尾張統一後に仕えた家臣とで構成されておる。わしはこの中をうまいこと掻い潜り、秀高殿随一の家臣となるぞ!」


「ず、随一の家臣じゃと!?」


 藤吉郎の途方もない夢を聞いて小一郎は驚いて声を上げた。すると、藤吉郎は小一郎の方を振り向いてニカッと笑いながらこう言った。


「おう!それには明日から死に物狂いで頑張らねばならぬ!期待しておるぞ、小一郎!はっはっはっは!」


「あっ、待ってくれ兄者!」


 高らかに笑いながらその場を去っていく藤吉郎を、小一郎は必死になって追いかけていった。後日、藤吉郎は秀高より許しを得て「秀」の一字を拝領し、名を「木下秀吉(きのしたひでよし)」と改め、弟の小一郎も兄同様の秀の一字を貰い、「木下秀長(きのしたひでなが)」と名を改めたのだった。





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