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1562年4月 美濃との手切れ



永禄五年(1562年)四月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




義龍(よしたつ)殿が…死んだ…。」


 高秀高(こうのひでたか)は、伊助(いすけ)によってもたらされた報告に驚いていた。「斎藤義龍(さいとうよしたつ)稲葉山城(いなばやまじょう)にて急死。」義龍の死んだ日の夕方に届いたこの報告を聞いて、秀高も、そして秀高の書斎に集まっていた小高信頼(しょうこうのぶより)を始めとする重臣たちも一様に驚きを隠しきれなかった。


「…はっ。伊助によれば、昨夜のうちに義龍殿を始め、継室やその子たちすべてが急死したとの由にござる。」


「子供たちまでも…?」


 秀高は筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)よりの報告に引っ掛かると、同じく引っ掛かった山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高に意見した。


「殿、もしやこれは毒殺ではござらぬか?義龍殿だけならまだしも、継室や子供たちが同時に亡くなるなどありえませぬ!」


「如何にも。ここは直ぐにでも美濃(みの)に人を遣わし、状況を確かめるべきにござるかと。」


 盛政に続いて継意も意見すると、それに対して信頼が口を挟んだ。


「継意殿、それは余りに危険だと思います。美濃は当主が無くなって混乱の真っただ中。その最中に人を遣わせば何が起きるか分かりません。」


「しかし、兎にも角にも状況が分からんでは話にならんではないか!」


 と、盛政が信頼に反論していると、その書斎の襖の向こうから声が聞こえてきた。


「秀高殿!ただ今美濃からの使者が書状を渡してくれと申して参りましたぞ!」


 その声の主は木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)であった。藤吉郎は那古野城内にて匿われている帰蝶(きちょう)の命を受け、秀高の小間使いのような仕事を行っていたのである。


「藤吉郎殿か。中に入ってきてくれ。」


 秀高は襖の奥の藤吉郎に声を掛けると、藤吉郎は襖を開けて書斎の中に入り、美濃の使者が届けてきたという書状を秀高に手渡しした。秀高はその書状の封を解いて中身を見ると、一瞬で表情を強張らせて継意らにこう言った。


「継意、美濃が敵になった。」


「なんと!?」


 その言葉を受けた継意をはじめ、信頼や盛政、そして手紙を届けた藤吉郎もその事実を知って驚きを隠せなかった。継意は秀高が投げ捨てた書状を拾って中身を見ると、そこにはこう書かれていた。



高民部少輔秀高こうみんぶのしょうひでたか殿、父・斎藤義龍の後をついで斎藤家当主となった斎藤龍興(さいとうたつおき)である。父は昨日、急に苦しみだして死去し、不肖この龍興が斎藤家を相続致した。この父の死、(それがし)(いささ)か不信感を抱いている。秀高殿は既に三ヶ国の領地を支配し、将軍家の覚えもめでたい。その力を背景に美濃に侵攻するに及び、邪魔な父を暗殺したのではないかと。某は美濃を守るため、斎藤家を存続させるため、貴殿との同盟及び松平家康(まつだいらいえやす)との同盟を破棄する。 斎藤龍興】




「これは…容易ならざる仕儀かと。」


 継意が書状の中身を拝見して秀高にそう言うと、継意は隣の盛政らに書状を手渡しして情報を共有させた。すると、秀高は立ち上がって書斎の小窓を開けて外の中庭の風景を眺めた。


「美濃との同盟の破棄…義龍殿の死去。これを聞いて一番喜ぶのは…?」


織田信隆(おだのぶたか)にございまするな。」


 信頼が言った事に対して藤吉郎が言葉を被せると、盛政が藤吉郎の方を見ながらこう言った。


「信隆だと?ではこの暗殺を裏で仕組んだのは!?」


「いえ、信隆はあくまで関与したに過ぎないかと。今僕たちが持っている情報を勘案すると、信隆配下が義龍殿に手を下したのではなく、おそらくは斎藤家の中に下手人がいると思います。」


 信頼の推測を聞いていた秀高は、月夜の灯りに照らされた庭先を見つめながら言葉を発した。


「…恐らく、義龍殿を殺したのは龍興本人…」


「まさか?何故息子が父を殺すのですか?殺す道理がありませぬ!」


 盛政が秀高の言葉に対して反論すると、その盛政に対し継意が振りかえって言葉をかけた。


「…義龍殿は父・斎藤道三(さいとうどうさん)を討ち取っておる。その因果が巡り廻ったのやも知れぬな。」


「しかしそれでも、今の状況で龍興が義龍殿を殺しても、斎藤家に利などあってないようなものにござる!」


 盛政が継意に食い掛るように言うと、後ろにいた藤吉郎が盛政に対してこう言った。


「ご家老、斎藤家その物に利はなくとも、信隆に利はございまする。風の噂では龍興は凡庸にて、家中の信望を集めていないとのこと。もし斎藤家側近と信隆が通じ、斎藤家と信隆が示し合わせた上でこの尾張に攻め込んでくるのであれば…」


「…この尾張は戦火に包まれるな。」


 秀高は藤吉郎の言葉に被せるようにそう言うと、庭先を見つめながら継意たちに向けてこう言った。


「継意、俺が義龍殿との同盟を決意したのは、美濃と尾張が力を合わせて信隆を倒し、その上で近隣諸国を平定して天下統一をともに成し遂げたかったからだ。でも、その思惑は今、一瞬で粉々になった…」


「殿…」


 その場に胡坐で座り込み、外の風景を見ながら落胆する秀高を見て、継意はかける言葉を見失ってしまった。と、そこに中村一政(なかむらかずまさ)が現れて火急の要件を伝えた。


「殿、東濃(とうのう)に動きあり。」


「何?東濃に?」


 その報告を聞いた盛政が振りかえって一政に尋ねると、一政は情報の続きを伝えた。


「はっ。岩村城をはじめ、東濃全域に兵糧の買い占めや人足の徴用などが始まったとの事。我が頭の推測によれば、翌月上旬にも動いてくるとの事。」


「…来月か。ご苦労、下がって良いぞ。」


 秀高に代わって継意が一政に声を掛けると、一政はその場から消え去っていった。報告を受けた継意は、失意に陥っている秀高に対して声を掛けた。


「殿、敵は刻一刻と迫りつつありまする。急ぎ各城主に戦備えを命じませぬと。」


「…分かっている。」


 目を閉じながらも苛立ちを隠して答えた秀高に対して、藤吉郎が徐に声を掛けた。


「秀高殿、美濃をお取りなされ。」


「…美濃を?」


 秀高がその問いかけに対し目を開いて藤吉郎の方を振り向くと、藤吉郎は頷いて言葉を続けた。


「美濃は亡き御大将、信長(のぶなが)様が舅の道三公より託された土地にて、交通の要衝の地にありまする。「美濃を制する者、天下を制す」というように重要な土地。最早こうなってしまった以上は、秀高殿が美濃をお取りになるほかございますまい。」


「これ、出過ぎた事を申すな!」


 と、藤吉郎に対して盛政が制止するように声を掛けると、秀高は気を取り直したのか継意らの対面にある上座に座ってこう言った。


「…いや、藤吉郎殿の言う通りだ。美濃の斎藤家が敵に回った以上は容赦しない。これよりは信隆と共に龍興を討ち果たし美濃を手に入れる。それが、亡き義龍殿の無念を晴らすことだと思う。」


「…うん。秀高の言う通りだよ。」


 秀高の意見に賛同して信頼がそう言うと、秀高は信頼の言葉に頷くと継意らに素早く指示を下した。


「継意、犬山城(いぬやまじょう)安西高景(あんざいたかかげ)を始め、美濃国境沿いの各城主並びに、北伊勢(きたいせ)滝川一益(たきがわかずます)に斎藤軍の侵攻に警戒するように伝えてくれ。」


「しかと、承りました。」


 継意は指示を聞いて返事をすると、秀高は続いて盛政の顔を見てこう言った。


「盛政、今の兵糧並びに金銭はどれほど残っている?あとその残りでどれだけの軍勢を動員できる?」


「はっ。兵糧は八万石余り残っており、金銭も九千貫は残っておりまする。これほどあれば、那古野城下の足軽を動員する分には足りるかと思いまする。」


 盛政の意見を聞いた秀高はその答えに頷くと、盛政に対してこう指示した。


「分かった。じゃあ那古野城下の足軽たちだけに動員令をかけてくれ。今回は守勢の戦だ。敵が攻め寄せてきた城に後詰で向かう。その手筈を手早く整えてくれ。」


「心得ました。お任せくださいませ。」


 盛政は秀高に対してこう返事をすると、秀高は信頼の方を向いて声を掛けた。


「信頼、また今回も留守居になると思うが、くれぐれも那古野の事はよろしく頼んだぞ。」


「うん。僕に任せて。」


 信頼の言葉を聞いた秀高は、最後にその場に残ってくれた藤吉郎に対してこう言葉をかけた。


「藤吉郎殿、帰蝶さまにこの事、よろしくお伝えください。」


「ははっ、この藤吉郎にお任せあれ。」


 藤吉郎の返事を聞いた継意らは、秀高に対して頭を下げて一礼すると、スッと立ち上がって書斎から出ていった。そして一人書斎に残った秀高は、開かれた小窓から庭先の方に目を向けてこう思った。


(義龍殿…貴方の無念、きっとこの俺が晴らします。)


 月夜に照らされた庭先の風景は、どこか物悲しくも感じたが、秀高は亡き義龍の為にも、降りかかってくる災難を跳ね除ける覚悟を固めたのだった。





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