1562年4月 城持大名
永禄五年(1562年)四月 尾張国那古野城
高秀高が美濃の斎藤義龍に使者を送った翌日、秀高は心機一転して、評定の間において先月の伊勢志摩経略に関する論功行賞を執り行った。評定の間には、戦に参戦した前田・前野・佐治・久松などの諸将や、秀高の客将として参陣した北条家の面々が揃っていた。
「参陣してくれた皆、今回の戦、本当にご苦労だった。」
と、その論功行賞の冒頭、秀高は評定の間の上座から、参陣した諸将を労うべく声を掛けた。
「今回の遠征において、俺たちは伊勢と志摩の二ヶ国を手に入れ、押しも押されない大大名にのし上がった。これも皆の働きがあってこそだ。改めて、礼を言う。」
秀高が上座から諸将に向けて頭を下げると、諸将もそれに応じて頭を下げて一礼した。そして、秀高は諸将の一礼を受けた後に頭を上げて言葉を続けた。
「そこで今日は、諸将の働きを勘案して、ここに論功行賞を執り行いたいと思う。信頼、説明を頼む。」
「うん。分かった。」
と、取次役を務めている小高信頼が目の前の書状を取り出すと、その中に書かれてあった内容を朗読し始めた。
「まず、当家に恭順した長野工藤家についてだが、ここに仕置きを発表する。藤光殿、前に。」
「はっ!」
と、信頼に促されて秀高の御前に現れたのは、長野工藤家を代表して那古野まで来ていた細野藤光であった。藤光は秀高の目の前まで来ると、胡坐をかいて座り、秀高に向けて頭を下げて一礼した。藤光の姿を見た秀高は、頭を上げた藤光に話しかけた。
「藤光、長野工藤家については本領安堵とする。だがその代わりに条件がある。」
「条件とは?」
藤光が秀高の言葉に引っ掛かって問い返すと、秀高は下座の信頼に目配せをしてこう言った。
「藤光殿、長野工藤家は安濃津の陣城を城として改修し、長野城以外の支城を破却する事。」
「な、支城を破却せよと!?」
藤光が秀高に対してそう言うと、秀高はその言葉に対して頷いた。
「そうだ。長野工藤家はこちらの郡域制に従い、中伊勢に二城六郡の領地とする。今後は郡域に郡代を派遣し、その郡代がそれぞれの村落を治める事とする。これも、要らぬ小城を捨てて守備をしやすくする為だ。分かってくれ、藤光。」
「…畏まりました。元より秀高殿に従属すると決めたのです。詳しい事は主君・藤定と話し合って取り決めまする。」
藤光のその言葉を聞くと、秀高は微笑みながら頷いた。その後、長野工藤家は高家の統治制度を受け入れ、改修された安濃津城に藤光が城主として入り、ここに長野工藤家は長野城の長野藤定を当主に、中伊勢にてその勢力を保持するに至ったのである。
「続いて…北条氏規殿。」
「ははっ!」
藤光が秀高の意見を受け入れて御前から下がった後、入れ替わる様に御前に姿を現したのは北条氏規であった。秀高は氏規の姿を見ると、氏規や北条家中の面々を見回しながらこう言った。
「氏規、今回の伊勢志摩経略において、戦功第一は紛れもなく北条勢だった。その功績をたたえ、北条家に領地を宛がいたく思う。」
秀高が氏規に対してそう言ったのを聞いた信頼は、下座から氏規に対して論功行賞の内容を告げた。
「北条氏規殿、今回の戦功第一に際し、旧北畠領の南伊勢一帯を加増。城持大名として再興を認める。」
「なんと…我らに南伊勢を賜ると?」
氏規はその言葉に驚いて秀高に尋ねると、秀高はそれに対して頷いた。
「あぁ。今回の北条勢の働きを見て、これは城主を任せるにふさわしいと思い、今回の沙汰となった。与力として旧北畠家臣の藤方家と田丸家の面々を付ける。どうだ?受け入れてくれるか?」
その申し出を受けた氏規は、後ろに控える北条綱成ら家臣団の方を見た。すると綱成や北条綱高ら家臣団は一様に感激に満ちたような表情を浮かべ、その様子を感じ取った氏規は秀高の方を向き直し、頭を下げて返事を返した。
「ありがたき御沙汰。謹んでお受け致しまする。」
「そうか…そうか!氏規、よく言ってくれた!」
秀高はその言葉に喜ぶと、咄嗟に立ち上がって下座の氏規の傍まで歩いてくると、氏規の目の前に座って氏規の手を取って握手をした。
「氏規…これで亡き父上や一門衆の無念は少し晴らせただろうか?」
「はい。しかし我らの大望はまだ果たされたわけではありません。いずれ、越後の龍の首を見るまでは…。」
氏規のその言葉を聞いた秀高は、氏規の瞳に宿る闘志を確認すると、その言葉に頷き、固い握手を交わして今後の協力を誓い合った。かくして、旧北畠領の南伊勢には北条氏規が入り、氏規は諸城の打ち壊しを進め、山間部の霧山御所を改修して城郭にすると、綱成に城主を任命し、自身は大河内城で領内の統治を行うことになったのである。
その後、志摩には一族の仇を討つべく殴り込んだ九鬼嘉隆が志摩国主として鳥羽城主に任命され、その際、志摩国の英虞郡が伊勢国に編入となり、北条家は二城六郡、九鬼家は一城五郡の領域が確定された。
「続いて、滝川一益!」
「は、ははっ!!」
その論功行賞の席上、信頼から名前を呼ばれた一益は、驚いて返事をすると、粛々と秀高の御前に現れ、頭を下げて会釈をした。すると、その様子を見た信頼が一益に口頭で内容を伝えた。
「滝川一益。今回の戦いの功績大につき、旧北勢四十八家の領地全てを滝川一益に授ける。」
「な、北勢四十八家の領地全てですと!?」
その論功行賞を聞いた上で一益が大いに驚いた。更にその内容を聞いて諸将たちが色めき立ったのである。その中でも、秀高は驚いている一益に向けて声を掛けた。
「一益、今回の伊勢志摩経略、戦功第二はお前となった。お前は伊助と共に長野工藤や北畠内部に調略を施し、敵の短期間での降伏実現に漕ぎつけた。その功績は非常に大きい。よって、この仕置きを与える。」
「と、殿!しかし某には多大な領地をを捌き切れる家臣など…」
と、一益が謙遜してこう言うと、そこである武将が声を上げた。何を隠そう、一益の縁者でもある蟹江城主の前田利久であった。利久はスッと立ち上がると一益の隣に胡坐をかいて座った。
「殿!どうか某に一益殿のお手伝いをさせては頂けぬでしょうか?一益殿とは一族で付き合いがございます。どうか、お手伝いさせて頂けないでしょうか?」
その申し出を聞いた秀高は考えた。確かに一益は桶狭間以来の古参の家臣であったが、急成長した身分に伴う家臣を用意できていなかった。そのことを考慮した秀高は、その申し出に対してこう返した。
「分かった。その申し出を認める。では一益、お前は長島城に入ってくれ。そして利久、お前は亀山城を任せ、一益の与力を命ずる。」
「は、ははっ!利久殿が協力してくださるのであれば問題ありませぬ!その申し出、謹んで引き受けましょう!」
一益はそう言うと秀高の仕置きを受け入れ、隣にいた利久と協力を誓い合う様に固い握手を交わした。こうして、滝川一益は北伊勢を賜り、与力として付けられた利久が亀山城に入り、一益は自身の家臣たちと共に長島城に入った。ここに、二城十一郡を領する城持大名・滝川一益が誕生したのだった。
その後、秀高は佐治ら参戦した諸将に領地の加増を言い渡した。特に北伊勢侵攻で戦功を立てた前野・佐治・久松らは三千石の加増を賜り、その他の旗本たちにも二百石の加増が言い渡されたのだった。この論功行賞を受けた諸将たちは皆一様に満足し、こうして伊勢志摩の仕置きは完遂したのだった。
「…しかし殿、思い切った差配をなさいましたなぁ。」
論功行賞の終了後、那古野城の二層の天守閣の上階、高欄が張り出している場所に立って外の風景を眺めている秀高に対して、筆頭家老の三浦継意が発言した。
「思い切った差配とは?」
「前田家の事にござるよ。前田家は嫡子・利益の戦功著しく、どのようにご加増なさるかと思い申したが、結果前田家は滝川の与力になったものの、石高的には大加増ともいうべき厚遇でござった。」
「…ふっ、利益の力は計り知れないものがある。今後の事を考えれば、一族である一益の元で研鑽を積むのが上策だと思っただけだ。」
秀高が継意に対してそう言うと、継意がある事を思い返してこう言った。
「空いた蟹江城はどうなさる?」
「あぁ、あの周りは小さい川が入り組んでいて、それに南側は伊勢湾に面している要地だ。蟹江の城は破却し、その代わりに軍港を整備しようと思う。」
「ほう、軍港を…」
継意が秀高の考えを聞いてそう言うと、秀高は頷いて更に続けた。
「今回の戦で分かったが、俺たちには水軍戦力が少ない。これを機に日本中の海賊を招き寄せ、新たな水軍衆を構築したい。」
「確かに、今の大野の水軍のみでは心許なく思います故、その方策は理に適っておるかと。」
継意の言葉を聞いた秀高は頷き、外の景色を見ながら更にこう言った。
「それとそろそろ、この城の改修も進めなくちゃな。随分と手狭になってきた。」
「ほう…然らばその築城の奉行、某にお任せいただけませぬかな?」
その提案を聞いた秀高は驚いたが、すぐさま振り返って継意の顔を見てこう言った。
「継意、築城の経験はあるのか?」
「はっ、実は知り合いの宮大工がおりまする。その者と共に改修を行えば、きっと今の高家に相応しき城が出来ましょうぞ。」
その言葉を聞いた秀高は、継意の真剣な言葉を聞き、何かを感じ取ると継意の手を取ってこう言った。
「そうか…分かった。継意、築城の総指揮は任せるぞ。」
「ははっ、お任せくださいませ。」
継意と秀高は互いに顔を見合い、やがて二人とも自然と笑い始めた。こうして伊勢志摩の平定を為し、これを踏まえた秀高は今後に備えて、那古野城の大規模増改築を始めた。しかし、そんな秀高たちをよそに時代のうねりは大きくなり始めており、その一端が、隣国美濃で起きようとしていた…。