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1562年3月 安濃津合戦



永禄五年(1562年)三月 伊勢国(いせのくに)安濃津陣城(あのつじんじろ)




 永禄(えいろく)五年三月二十五日。長野工藤家(ながのくどうけ)の降伏を受け入れ、中伊勢(なかいせ)を無血で確保した高秀高(こうのひでたか)は、細野藤光(ほそのふじみつ)細野藤敦(ほそのふじあつ)父子率いる長野工藤軍三千を連れ、先行していた佐治為景(さじためかげ)らが築いた安濃津の陣城に入城。そこで迫ってくる北畠政成(きたばたけまさなり)率いる北畠軍を迎え撃つべく待機していたのである。


「…高豊(たかとよ)、敵の陣容は掴めたか?」


 その日の午前、北畠軍が数里先まで迫った報告を受けて開かれた軍議の席上で、秀高は北畠の陣容を探っていた家臣の山内高豊(やまうちたかとよ)に対し、敵の陣容を報告させた。


「はっ。北畠政成を総大将に、北畠にその人ありと(うた)われた鳥屋尾満栄(とやのおみつひで)槍主水(やりもんど)の名を持つ家城之清(いえきゆききよ)、他には森本俊信(もりもととしのぶ)具俊(ともとし)父子に坂内具房(さかないともふさ)大河内具良(おおこうちともよし)などの北畠一門衆も加わっています。」


「へぇ…槍主水、ねぇ…」


 と、その陣容を聞いた大高義秀(だいこうよしひで)がその敵将の異名に興味を示していると、それを見ていた三浦継意(みうらつぐおき)が義秀を諭した。


「義秀、槍主水と呼ばれるからにはかなりの力を持っているはずじゃ。くれぐれも油断するでないぞ?」


「分かってるって。この俺が直々にそいつを討ち取ってやるぜ。」


 義秀が息巻いてこう言うと、それを聞いた秀高が義秀に対してこう言う。


「義秀、今のお前は旗本衆の大将を務める身だ。くれぐれも軽挙な真似はするなよ?」


「秀高、俺がそそっかしいと思ってやがるな?大丈夫だって。俺だって分別はわきまえているつもりさ。」


 義秀が秀高に対してこう言うと、秀高ははぁ、とため息をつきつつも、諸将の方を向き直し、気を取り直して言葉を発した。


「さて、北畠政成率いる軍勢は一万。こちらは長野工藤の軍勢を合わせて一万七千程となっている。ここは野戦に打って出て、敵の戦意を削ぎたいと思う。それで布陣だが…」


 と、秀高はそう言うと眼前の机に広げられている絵図を見つめながら、指示棒(さしぼう)を使って布陣を伝えていった。


「俺たちはこの岩田川(いわたがわ)を挟んだ南岸に布陣する。本陣を岩田(いわた)に据え、鶴翼(かくよく)陣形で敵を迎え撃つ。右翼先端を前田利久(まえだとしひさ)、右翼中央に久松高俊(ひさまつたかとし)、右翼付け根に佐治為景(さじためかげ)の隊を配置する。」


「ははっ。しかと承りました。」


 秀高の支持を受け入れて為景が返事をすると、秀高は更に言葉を続けた。


「左翼先端は長野工藤勢、左翼中央に前野長康(まえのながやす)隊、左翼付け根には北条氏規(ほうじょううじのり)隊を配置する。」


「心得ました。」


 秀高の下知を聞いた氏規は、手短な返事で答えた。すると差配を終えた秀高は諸将の方を向くと、諸将に対してこう告げた。


「良いか、数の上ではこちらが勝っているが、俺たちは数年前、桶狭間(おけはざま)今川(いまがわ)の大軍が負けた事を知っている。くれぐれも数の有利に油断することなく、万全の態勢で北畠軍を撃破するんだ!」


「ははっ!!」


 秀高の言葉を聞いた諸将は意気込むように喊声を上げた。こうして秀高軍は陣城に少数の守兵を残すと、岩田川を渡河して岩田の地点に布陣した。そしてその秀高勢の前に、北畠勢一万余りが姿を現したのは、それから一刻後の事である。




「…秀高、敵はどうやら衡軛(こうやく)陣形で来るみたいだよ。」


 北畠勢と高勢が向かい合った戦場にて、秀高本隊の中央にて馬に跨る秀高に、小高信頼(しょうこうのぶより)が馬を近づけてきて陣形を報告してきた。


「何、衡軛陣形だと?兵力が少ないのに衡軛陣形を敷いたのか?」




 衡軛陣形…衡軛とは牛車(ぎっしゃ)(ながえ)と呼ばれる二本の長い棒の先端にある、牛の首につける横木の事を言う。そこから派生して二列縦隊となって布陣する構図を取り、主に機動力に優れた陣形であった。


 しかし兵力が少ない場面では敷くことのない陣形であったため、その陣形を聞いた秀高はほくそ笑んでいたのである。




「…やはり、敵の大将は戦を知らない様だな。」


「うん。敵先鋒が迫ってきたら、両翼で挟むように包み込もう。」


 信頼の言葉を聞くと、秀高は直ぐに頷き、その場にいた早馬を、各隊に伝令として飛ばしたのである。その後、北畠勢から戦の火蓋を切って開戦したが、やはり数的不利な北畠勢は包囲され、衡軛陣形の利点を生かせぬまま包囲殲滅されていった。


「やあやあ!我こそは北畠に槍主水ありと謳われる、家城之清なり!我が槍の錆になりたい者は、かかって参れ!!」


 しかしその中でも北畠勢先鋒を務める家城之清の隊は勇猛果敢に秀高勢に攻め掛かり、次々と秀高本隊の足軽たちを討ち取っていった。そんな之清の前に立ちはだかったのは、何を隠そう大高義秀であった。


「おう、てめぇが槍主水って奴か!この鬼大高が、貴様を討ち取ってやるぜ!」


「ほう、そなたが鬼大高か。相手にとって不足なし。いざ参る!」


 そう言うと之清は義秀に駆け寄ると馬上から槍を合わせ、一合、また一合と打ち合った。最初は意気揚々と立ち向かった義秀であったが、その武勇を感じると徐々にその実力を感じ取った。


「へぇ、さすがは槍主水って言われるだけはあるぜ。」


「そなたもさすがは鬼大高と呼ばれるだけはある。だが次で決めてやるわ!」


 そう言うと之清は槍を構えなおし、馬を走らせて義秀目掛けて襲い掛かる。しかし、それまでの打ち合いで之清の攻撃を見切っていた義秀は、突き出された之清の槍を交わすと、太刀を咄嗟に抜いてそれを之清の懐に突き刺した。


「ぐはっ!み、見事…」


 之清はその太刀を懐に突き刺されると、やがて力を無くして槍を落とし、太刀を抜かれた反動で馬から転げ落ちた。その様子を見た義秀は太刀を収めると、付き従っていた桑山重晴(くわやましげはる)より槍を受け取り、自身に代わって重晴が之清の首を取った。


「殿、なかなか家城主水(いえきもんど)は手強い相手でしたな。」


「あぁ。こんな奴がいたとは、やはり世界は広いな。」


 義秀は重晴にそう言うと、重晴から首を受け取ると戦場中に響き渡らせるように叫んだ。


「敵将、家城之清!この大高義秀が討ち取ったぜ!!」


 その言葉を聞いた秀高勢の足軽たちは、息を吹き返すように大きな喊声を上げ、逆に北畠勢はその言葉に怖れを為し、それまで優勢だった戦況が覆り始めたのである。


「…高秀高!!」


 と、その秀高本陣の中央で、一騎の騎馬武者が秀高の目の前に姿を現した。秀高本陣の足軽たちを馬上から太刀で倒しながら、騎馬武者は自身の名を名乗った。


「我こそは北畠重臣、鳥屋尾満栄なり!貴様をここで討ち、北畠に大義がある事を知らしめてやるわ!」


 北畠勢先鋒を務めていた満栄は、之清の死の隙に単騎で秀高本陣に潜り込み、秀高の側近くまで迫っていた。満栄は声高らかに秀高にそう言うと馬を進め、秀高の周りにいた足軽たちを薙ぎ倒して接近した。その様子を見て秀高の太刀に手をかけたが、その時、満栄の側面に一騎が駆け寄り、その馬上の武将が満栄の脇腹に太刀を突き刺した。


「継意!」


 見ると、それは三浦継意その人であり、継意は満栄の脇腹に太刀を突き刺すと、そのまま満栄に飛び掛かって馬から落とさせ、そのまま満栄の手から太刀を振りほどくと、即座に脇差を抜いて満栄の首に突き刺した。


「不届き者め、殿には指一本触れさせぬわ!」


 継意は満栄にそう叫ぶと、手際よく満栄の首を取り、それを掲げて周囲の見方を安心させるべく宣言した。


「殿を狙った不届き者は、この三浦継意が討ち果たしたぞ!」


「おぉーっ!!」


 と、味方である秀高勢の足軽たちは奮い立つように声を上げた。そこに、騒ぎを聞きつけた息子の三浦継高(みうらつぐたか)が駆け込んでくると、継意は継高の方を振り向き、ニヤリと笑ってこう言った。


「どうした継高!この父に奪われるようでは、お主もまだまだじゃのう?」


「父上…ひやひや致しましたぞ。少しは自重してくだされ。」


 継高の言葉を聞くと継意は首を掲げながら高らかに笑い始め、その様子を見ていた秀高と信頼も、胸をなでおろして安堵し、その様子を微笑んで見つめていた。こうした事はあったが、大勢は既に決し、数刻後には北畠勢は負け、戦は秀高勢の大勝で幕を閉じたのである。





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