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1562年2月 将軍の御教書



永禄五年(1562年)二月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




「そうか…北畠(きたばたけ)も動いてくるのか…。」


 稲生衆(いのうしゅう)の忍び頭・中村一政(なかむらかずまさ)より尾張への侵攻を示している書状を受け取った高秀高(こうのひでたか)は、数日後に各城主を招いての臨時評定を開き、その席上で伊勢方面から情報収集を終えてきた伊助(いすけ)から細かな情報の報告を受けていた。


「はっ。北は北勢四十八家ほくせいしじゅうはっけと呼ばれる諸豪族が近江(おうみ)守護・六角義治(ろっかくよしはる)の指示で、南は伊勢国司(いせこくし)北畠具教(きたばたけとものり)が中伊勢の長野稙藤(ながのたねふじ)を誘い、この尾張へと攻め込んでくる様子にございます。」


「…殿、北畠が攻めてくるとなれば、北畠に従う志摩(しま)の水軍衆も動いて来ましょう。この状況では、とても東濃(とうのう)攻めなど…」


 伊助の報告に続いて、小牧山(こまきやま)城主を務める森可成(もりよしなり)が秀高に意見すると、秀高は苦悶の表情を浮かべながら呟いた。


「…まさか、北畠が兵を挙げてこの尾張を攻めてくるなんてな…」


「うん、想定外というか、何と言うか…。」


 その苦悶に満ちた秀高の言葉を聞いた信頼も、頭を抱えるように言葉を発した。すると、その中で大高義秀(だいこうよしひで)が何かを感じ取ったかのように秀高に意見した。


「なぁ、こりゃあ誰かの策略なんじゃないのか?」


「…誰かの策略だと?」


 秀高がその義秀の言葉を聞いて顔を上げると、義秀は顔を見せた秀高に視線を合わせ、秀高の言葉を聞いた上で頷くとそのまま続きを述べた。


「あぁ。俺たちが東濃にいる信隆(のぶたか)討伐を目標にしてるのを知った奴が、妨害の為に俺たちの邪魔を(けしか)けてきたんじゃないのか?」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。いったいどこの誰がそんなことをするというのだ?」


 と、可成が義秀の意見を聞いた上でこう反論すると、その意見を聞いていた犬山城主の安西高景(あんざいたかかげ)が意見を発した。


「殿、殿が東濃征伐を御決意なされた以降、各城主は戦支度を整えて参りました。その準備の際に情報が東濃の信隆に漏れたとするのも、不思議ではないかと。」


「…その可能性は低かろう。」


 と、その高景の言葉を聞いた継意が、その意見を杞憂と断じるように否定し、そのまま言葉を続けた。


「既に高山幻道(たかやまげんどう)はおらず、残っているのは信長(のぶなが)家臣の残党共だけじゃ。たとえこちらの情報を掴んだところで、その家臣たちだけで、伊勢の北畠を扇動できるような策士などおるはずがあるまい。」


 と、継意が腕組みしながら発した意見を聞いて、秀高がある事を思い返して伊助に尋ねた。


「…伊助、北畠は何といって攻めてくるんだ?氏真(うじざね)は父の敵討ちを名目に挙兵した。北畠の大義名分は何だ?」


「それが…」


 と、伊助は一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐに気を取り直し、尋ねられたことに対して答えを述べた。


「北畠は将軍の御教書(みぎょうしょ)を大義名分に掲げ、この尾張に攻めてくる様子にございます。」


「何…御教書(みぎょうしょ)だと!?」



 御教書…即ち(みやこ)室町幕府(むろまちばくふ)の将軍たる足利義輝(あしかがよしてる)の命令書とも呼べるこの書状は、いわば勅令(ちょくれい)の次に格の高い命令書としても知られ、その権威は絶大であった。この御教書が北畠に下されたという事は、将軍家の命令での出兵である事の証であった。




「殿!もし御教書が真であれば、こちらは賊軍に等しき扱いを受けるは必定にございまするぞ!」


「左様!ここは直ぐにでも京に使者を発し、事の真偽をお確かめなさいませ!」


 その情報を知った継意と末森(すえもり)城主である丹羽氏勝(にわうじかつ)がそれぞれ言葉を発して秀高に迫った。するとそこに、側近の津川義冬(つがわよしふゆ)が現れ、早足で評定の間に入ると正座して秀高に報告した。


「申し上げます。ただ今京より、兄・津川義近(つがわよしちか)が幕臣・細川藤孝(ほそかわふじたか)様をお連れになって参りました。」


「…何、藤孝殿が?」


 秀高は義冬の報告を聞くと身を乗り出し、すぐにその場に通す様に義冬に伝えた。その後、義冬はその評定の間に義近と藤孝を招き入れたのである。


「義近、それに藤孝殿、如何なされた?」


「殿、じつはここにおわす藤孝殿より、殿に言上したき儀があり、はるばる京からこの尾張まで早馬を飛ばして連れて参りました。」


 義近は秀高にそう言うと、隣にて秀高に頭を下げている藤孝に視線を送った。すると藤孝は頭を上げ、秀高の顔を見つめながら用件を伝えた。


「秀高殿、既にお聞き及びとは思いまするが、伊勢の北畠具教が上様の意思と称し、兵を挙げてこの尾張に攻めて参りまする。」


「待ってください藤孝殿。その、「意思と称す」というのは?」


 秀高からその言葉を聞いた藤孝は、待ってましたとばかりに懐から書状を取り出すと、そのまま秀高に書状を差し出した。


「実は此度の事について、上様より秀高殿への御教書を頂いております。」


「え?御教書?」


 その言葉を聞いた秀高をはじめ、居並ぶ重臣たちもどよめいていた。すると、藤孝はそのどよめきを察して重臣たちに向けてこう言い放った。


「ご静粛に!この御教書こそ正真正銘、上様直筆の御教書にございますぞ!」


 藤孝の毅然とした言葉を聞いた重臣たちはぴたりと静まり、その様子を見た秀高は下座へと下がり、上座を藤孝に譲ると、藤孝は立ち上がって上座に立ち、そのまま封を解いて中身を朗読した。



【高民部少輔(みんぶのしょう)秀高に命ず。北畠権中納言(ごんちゅうなごん)我の意思を(かた)りて兵を挙げ、(いたずら)に将軍家の威信を(おとし)める行い、全くもって許しがたき仕儀なり。よって民部少輔に命ず。偽書に従った北勢四十八家並びに北畠権中納言を討伐せよ。なおこれにつき、高民部少輔に伊勢・志摩両守護の職を与える。 将軍 足利義輝 代筆】





「…伊勢、志摩の守護職を下さるのですか?」


 藤孝が朗読する御教書の内容を、しっかりと聞き終えた秀高が頭を上げ、聞いた内容を確かめるように藤孝に聞き返した。


「その通り。上様は伊勢国司と伊勢守護の兼任を許していた北畠家の所業にお怒りになり、改めて秀高殿に伊勢、並びに志摩の守護をお与えになさると仰せにござる。」


「…つまり、北畠が名乗ってる御教書は偽物って訳だな?」


 と、頭を上げた義秀が藤孝の顔を見つめて尋ねると、藤孝は義秀の方を振り向き、首を縦に振って頷いた。


「如何にも。これで秀高殿にとって、伊勢へ攻め込む大義名分が出来たわけですな。」


「藤孝殿…」


 秀高が藤孝の顔を見つめながら呟くと、藤孝は御教書を懐にしまい、上座から下座に降りて秀高の目の前に着座すると、藤孝は秀高に温厚な口調で語りかけた。


「…秀高殿、上様は秀高殿の大器の片鱗を感じ取られ、秀高殿のお力をお借りして幕府を立て直したいと申されております。そのためには秀高殿、そなたに降りかかる災難を振り払い、他国の侵攻を寄せ付けぬ群雄の一人になって欲しいのです。」


 藤孝はそう言うと、秀高の手を取って握手を交わし、秀高と視線を合わせながら言葉を続けた。


「そのためにはこの細川藤孝、秀高殿の蕭何(しょうか)となって働きまするぞ。」



 蕭何…唐土(もろこし)、即ち中国の漢の時代、楚漢戦争(そかんせんそう)の際に項羽(こうう)と激闘を繰り広げた漢の高祖(こうそ)を兵站などの後方支援で補佐した名宰相である。藤孝は秀高の勢力拡大とそれを幕府再興に繋げるために、後方支援することを(いと)わぬ姿勢を示したのである。



「藤孝殿…そのお言葉、ありがたく思います。」


 秀高はそう言うと、藤孝の手を握り返して固い握手を交わした。その後、秀高は背後に控える継意ら重臣たちの方向を振り返ると、矢継ぎ早に指示を下した。


「…一益(かずます)!直ちに伊助と共に伊勢国内の豪族たちに揺さぶりを掛けろ!特に動員令を受けた中伊勢の長野稙藤や北畠の家中が狙い目になるはずだ。そこから内部工作を施してくれ。」


「ははっ!すぐにでも伊助と共に発ちまする!」


 滝川一益(たきがわかずます)は秀高よりの下知を受け取ると、伊助と共に評定の間から出て、伊勢国内に向かうためにその場を去っていった。続いて秀高は高景と氏勝の方を振り向いて指示を下した。


「高景、それに氏勝。お前たちはそれぞれの城に籠り、東濃の監視を行ってくれ。状況によっては可成も残すから、くれぐれも信隆に付け入る隙を与えるなよ。」


「ははっ!お任せくだされ。」


「すぐにでも城に戻って警戒に当たりましょう。」


 その秀高の下知を聞いた二人は秀高に会釈をすると、一益らに続いて評定の間から出ていった。そして秀高は坪内利定(つぼうちとしさだ)死後に黒田(くろだ)城主の職を継いだ前野長康(まえのながやす)の方を振り向いてこう指示した。


「長康、美濃(みの)斎藤義龍(さいとうよしたつ)殿に援軍を要請してくれないか?攻撃の際の援軍要請は同盟の項目にはなかったが、二千程度で構わないと義龍殿に伝えてくれ。」


「はっ。しからば先ほどの旨を合わせて義龍殿に伝えてみまする。」


 長康は秀高の命令を聞くと快く受け入れ、立ち上がって黒田城へと戻るべく評定の間を出ていった。その迅速な指示を傍目で見ていた藤孝は内心、やはり自分の目に間違いはなかったと確信したのであった。


「…それと義秀、お前は信頼と共に俺に付いて来てくれ。」


 と、秀高はその場に残っている義秀に一言こう言うと、それを聞いた義秀は疑問に思って尋ね返した。


「ん?どこかに行くのか?」


「あぁ。ちょっとした用事だ…」


 秀高はそう言いながら、遠くを見据えながら瞳に闘志を燃え滾らせるように見つめた。この時から、秀高は方針は伊勢志摩侵攻へと舵が切られ、秀高はその前にある問題を解決しようとしていたのである…





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