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1561年12月 両雄決意す



永禄四年(1561年)十二月 美濃国(みののくに)岩村城(いわむらじょう)




 永禄(えいろく)四年十二月。ここ、岩村城の本丸へと続く石段を、一人の武士が一歩ずつしっかりとした足取りで進んでいた。その武士は凛々しい面立ちで、一つの太刀を腰に差しながら、石段の先を見つめるような目つきで昇っていた。




 その頃、武士が目指す岩村城の本丸館内の一室では、織田信隆(おだのぶたか)の配下たちが各々謀議を巡らしていた。


「…そうか、遠藤盛数(えんどうもりかず)の妻子は平穏にしているのか。」


 と、中心に据えられた囲炉裏を囲いながら前田利家(まえだとしいえ)が腕組みして、堀秀重(ほりひでしげ)からの報告を聞いていた。


「はっ。特に三郎四郎(さぶろうしろう)殿には教唆を施しており、一族への遠藤胤基(えんどうたねもと)胤俊(たねとし)兄弟への恨みを募らせています。」


 この三郎四郎というのは、二年前に斎藤義龍(さいとうよしたつ)に反旗を翻して討ち取られた遠藤盛数の嫡子である。彼は盛数自害後に遺臣たちに庇護され、秀重の手引きで母や妹と共に岩村城へと落ち延びて来ていたのである。


「そうか。かといって幼子を騙すのは…(いささ)か性に合わんがな。」


 利家がそう言うと、利家の正反対の位置に座っていた丹羽隆秀(にわたかひで)が利家に向けて反論するように言った。


「何を言われるか。利用できるものは最大限利用する。それこそが殿の悲願に繋がるのではないですか。」


「それはそうだが…」


 利家は隆秀からの言葉を聞きつつも、その部屋にある小さな小窓から、外を覗くように立っていた信隆の方を振り向いて視線を送った。


「…それに景任(かげとお)殿によれば、明知(あけち)城主となった者も協力を拒み、美濃の斎藤義龍と誼を通じている由。これはかなり厳しい状況になるでしょうな。」


「…ここまで味方がいないのも、歯がゆいものですね。」


 と、それまで一言も発しなかった信隆がポツリと言うと、そのまま振り返って囲炉裏の一角まで歩いてきて、そこに置かれてあった(わら)の座布団に座った。


「今のところ、こちらに付く味方を増やすべく工作を施していますが、それ以降味方が増える気配もない。ここまで嫌われると、むしろ気持ちいいくらいですね。」


「しかし…このままではいつまで経っても挙兵に及べませんぞ。如何なさる?」


 隆秀が信隆に苦しい現状を吐露するように進言すると、信隆は腕組みして囲炉裏の中の火を見つめた。すると、そこに家臣の岡本良勝(おかもとよしかつ)が襖を開けて信隆に報告した。


「殿、ただいま殿にお目にかかりたいという方が来ています。」


「…ここに通しなさい。」


 信隆はその報告を受けて一瞬考えた後、直ぐにこの場に通すように良勝に告げた。良勝はその言葉を受けて頷くと、信隆がいる一室の中にその人物を招き入れた。


「…信隆殿、お久しぶりです。」


「あなたは…光秀(みつひで)殿!」


 その人物の姿を見た信隆は喜び、立ち上がってその人物の手を取った。そう、この人物こそ、先程岩村城の石段を登ってやって来た凛々しい人物であり、その名を明智十兵衛光秀あけちじゅうべえみつひでと呼ぶ武将であった。


「お久しぶりです光秀殿。今は何を?」


「はっ。今は越前(えちぜん)朝倉義景(あさくらよしかげ)殿のお世話になっていまして、こうしてたまに故郷に残っている母を訪ねてきているのです。」


 光秀は信隆の手を取りながら近況を語った。この光秀という人物は、もとは斎藤道三(さいとうどうさん)の家臣であり、長良川(ながらがわ)の戦いで道三が義龍に討たれた後は、家臣たちを連れて故郷を落ち延びていたのである。


「そこで亡き信長(のぶなが)様の姉上がこの岩村にいると聞き、居ても立っても居られずにまいった次第です。」


「そうですか…どうぞ、お座りを。」


 信隆は光秀から言葉を受けた後、囲炉裏の一角に座布団を用意させてその場に座るように促した。すると光秀はその言葉に頷き、粛々とその座布団の上に着座した。そして光秀は座るなり、信隆に向かってこう進言した。


「…信隆様、信長様が無くなられた後の一件すべて、越前にて事細かに聞き及んでおりました。信長様を討ち取り卑劣な手段で尾張(おわり)を簒奪した高秀高(こうのひでたか)の蛮行、見過ごすわけにはいきません。」


 光秀はそう言うと、信隆やその場にいた一同に向けて頼み込んだ。


「既に義景殿には話を通して来ています。亡き道三様が見込んだ信長様の仇を討つため、そして尾張に織田の旗を立てる為にも、この光秀、信隆殿のお手伝いをさせてはいただけないでしょうか。」


 その願いを聞いた信隆やその場の一同は驚き、信隆は光秀の真剣な表情を見た後に、光秀の手を取りながら返答した。


「そんな、願ってもない言葉です。光秀殿が加わっていただけるのなら、こんなに嬉しい事はありません。こちらこそ、よろしくお願いします。」


「はっ。ありがたきお言葉。この明智光秀、身命を賭してお仕えします。」


 光秀は手を取ってくれている信隆に対してそう言うと、手を取り返して互いに固い握手を交わした。ここに光秀が信隆の配下に加わることになり、信隆にとっては頼もしい見方が増えた事に感激していた。


「…ですが光秀、今の私たちの状況はよくありません。尾張侵攻の為の兵を得るどころか、味方を確保するのにも難渋しているのです。」


 と、信隆が座布団に再び腰を下ろした後、自身たちの苦しい状況をつぶさに語った。すると光秀はふふっと微笑むと、信隆や一同に向けてこう言った。


「ご心配には及びません。このような状況、我が家臣たちと信隆殿の虚無僧たちを駆使すれば、直ぐにでもひっくり返ります。」


「なんと、そのような事が出来るのか?」


 と、その光秀の啖呵を聞いた上で利家が驚くと、光秀は利家の方を振り向くと、直ぐに頷いて答えて言葉を続けた。


「はい。上手くいけば、ものの一年で状況は整うことが出来ます。」


「光秀、その方法というのは…?」


 と、信隆が光秀に尋ねると、光秀はその場にいた一同に、自身の腹案の全てを伝えた。すると、それまで暗い雰囲気だったその場の空気が、一転して変わって明るい雰囲気になった。


「…なるほど、それが上手くいけば、尾張への侵攻もあり得るぞ!」


「はい。その為にも下地作りは直ぐに始めなくてはなりません。信隆殿、虚無僧をお借りしてもよろしいですか?」


「分かりました。光秀、差配の全てを任せますよ。」


 その信隆の返答を聞いた光秀は直ぐに頭を下げて会釈した。その光景を見た信隆にとっては、亡き高山幻道(たかやまげんどう)が蘇ったかのような感動と実感を得ていたのである。こうしてこの小さな一室から始まった信隆の反撃が、高秀高、引いては東海道全土に波乱を呼び起こすことになるのである…




 一方、その高秀高が居城を置く那古野(なごや)城では、秀高が家臣たちを招集し、臨時の評定を開いていた。


「皆、面を上げてくれ。」


 那古野城本丸館内の評定の間において、上座に座る秀高は下座に居並ぶ家臣一同に向けて声を掛けた。


「数年前、俺たちは織田信隆を打倒して尾張を平定した。その後数年にわたり、俺たちは国内を安定させるべく尽力してきた。その結果は徐々に表れ、国力も回復することが出来た。」


 秀高は上座から数年にわたる内政の成果を語り、その場の家臣たちに向けて次にこう言った。


「よってこれからは、外に目を向ける事にする。依然東濃(とうのう)には信隆が居座っていて、虎視眈々と尾張への侵攻を画策していると聞く。いよいよその息の根を止める時が来た!」


 秀高は勢いよくそう言い放つと、家臣たちに向けて堂々と宣言した。


「来年春、斎藤義龍殿と図り合わせた上で、東濃侵攻を開始する!この一戦で織田信隆を葬り去り、信長から続く因縁を断つ好機だ!皆もその心づもりでいてくれ!」


「ははっ!!」


 その宣言を聞いた家臣たちは大きな喊声を上げて秀高に答え、因縁決着に向けて闘志を燃やし始めた。ここに秀高らも信隆征伐へと舵を切ることになり、家臣たちはそれぞれその目標に向けて動き始めたのである。




「…ここにいたんだ。」


 と、その評定後、那古野城にある二層の天守閣の最上階にいた秀高を見つけたのは、小高信頼(しょうこうのぶより)と幼き茶々丸(ちゃちゃまる)を抱きかかえていた(まい)の夫妻であった。


「あぁ、信頼か。いよいよ、俺たちの因縁に決着をつけるぞ。」


「うん。いよいよ信隆の息を止めないとね。」


 高欄から周囲の風景を眺めていた秀高は信頼の言葉を聞くと、部屋の中に入ってきて舞の腕の中で眠っている茶々丸の顔を覗き込みながら言葉を発した。


「…そうすれば、この子たちに苦労を掛けさせることも無くなるだろうな。」


「はい。そうですね。」


 舞が秀高の言葉を受けて微笑みながら返すと、そこに(れい)大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻も現れた。華は階段を昇ってくると、秀高の姿を見るなり声を掛けた。


「ヒデくん、いよいよ攻勢に出るのね。」


「はい。信隆の息の根を止め、次の一歩に踏み出さなきゃなりませんからね。」


 秀高が華の方を振り返ってそう言うと、その隣にいた義秀が怪訝な表情を浮かべて秀高に意見した。


「だがな秀高。俺にはどうも…そう簡単にいかない気がしてならないんだ。」


「…珍しいな。お前がそんなに弱気になるなんてな。」


 秀高は珍しく発した義秀の言葉に微笑みながら答えると、義秀に向かって毅然と反論した。


「大丈夫だ。奴に従うのは僅かな者達しかいない。それにどんな状況になろうとも、その都度対処すれば大丈夫だ。」


「…だと良いんだがな。」


 義秀はその秀高の言葉を聞くと、腕組みしながら視線をそらして答えた。すると、玲が秀高にこう言った。


「秀高くん、これで私たちの全ての因縁が終わるんだね。」


「あぁ。その通りだ。」


 秀高は玲の言葉を受けてこう言うと、そのまま部屋を出て高欄へと出て外の風景を眺めながら、中にいる玲たちにこう言った。


「信隆を討ってこそ新たな一歩が始まる。今度の戦いで…奴との因縁に決着をつける!」


 秀高が強い口調でそう言うと、その高欄に玲たちも出てきて、秀高と共に青く澄み渡る青空の先を見つめた。


「…継意(つぐおき)、見なさい。あれ。」


 と、その天守閣の下部にある館の中庭にて、高欄に立つ秀高たちを静姫(しずひめ)が見つけ、その場にいた三浦継意(みうらつぐおき)に指差しながら言った。


「おぉ、殿にございますな。」


「えぇ。まるで未来までも見据えているみたいね。」


 静姫の指先の光景を見た継意の言葉に、静姫は微笑みながら答えた。すると、継意も微笑みながら静姫にこう言った。


「…きっと、殿や皆の未来は明るいものでしょうな。」


「えぇ。そうであって欲しいわね。」


 と、継意の言葉に答えるように静姫はそう言うと、継意と共に高欄に立つ秀高たちを見上げていた。こうして信隆討伐を決意した秀高は、来年春の出陣準備に取り掛かり始めた。



 美濃の信隆と尾張の秀高。両者の思惑は絡み合い始め、そして歴史までも大きく揺り動かしていくことになるのである…





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