1561年6月 官位任官と将軍謁見
永禄四年(1561年)六月 山城国京
甲賀にて山中俊好の歓待を受けた二日後、高秀高ら一行はついに京へと到着した。秀高らは初めての京の風景に目移りしながらも、京での滞在先である勧修寺尹豊邸に着くと、その邸の中に通されて主である尹豊の出迎えを受けていた。
「これは秀高殿、遠路はるばるの御来訪、ご苦労様にございましたな。」
「尹豊殿、わざわざのお出迎え、ありがとうございます。」
秀高は尹豊にそう挨拶をすると、尹豊はすぐさま中へと通し、主殿にて秀高らの労を労った。
「秀高殿、早速ではございますが明日に、帝の勅使が参られて秀高殿に官位任官の勅許を賜る手はずになってございます。」
「はい。これも全て尹豊殿のお陰です。」
秀高はそう言って尹豊に頭を下げて会釈をすると、尹豊は扇で口元を隠しながら笑って言葉を返した。
「いえいえ、帝も公卿たちも近年の秀高殿のお働きを御認めになった故にございます。そのように謙遜なさいますな。」
尹豊は秀高にこう言うと、その場にいた二人の若い公家を秀高たちに紹介した。
「秀高殿、ここにおわすは身共の息子である晴秀と孫の晴豊にございます。」
「勧修寺晴秀と申しまする。以後、良しなに。」
「勧修寺晴豊にございます。」
晴秀と晴豊からそれぞれ自己紹介を受けた秀高は、二人に対して会釈をすると言葉を返した。
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
「…それで秀高殿、その任官の後なのじゃが…」
と、秀高に対して尹豊は一旦言い淀んだ後、直ぐに顔を上げて言葉を続けた。
「秀高殿の尾張守護職襲名に際し、上様が謁見したいと申されておるのじゃ。」
「上様とは…義輝さまの事ですか?」
その内容を聞いた大高義秀と小高信頼は、秀高の後方で互いに顔を見合わせて驚いた表情をした。そして秀高から尋ねられた尹豊も、すぐに頷いて言葉を返す。
「如何にも。上様は秀高殿の勇名を聞き、是非とも謁見されたいと申しておるのじゃ。」
「そうですか…長慶殿も謁見の場に?」
と、秀高は幕府にて実権を握っている三好長慶の所在を尹豊に尋ねた。すると、その問いに対して尹豊は首を横に振って否定した。
「いや、長慶殿は今河内にて畠山と対陣中ゆえ、その謁見の場には同席されぬ。」
「そうですか…分かりました。上様のお望みならば、是非とも謁見を受けたく思います。」
「そうか。そのお言葉を聞けて何よりじゃ。今宵はこの屋敷でゆるりと過ごされるが良い。」
尹豊の言葉を受けた秀高一同は、その言葉に会釈をして答えたのだった。こうして秀高らは尹豊邸で一夜を過ごし、その翌日、遂に尹豊邸に勅使が勅許を携えて来訪したのである。
「…高秀高、汝に従五位下・民部少輔の官位を授ける。」
「ははっ!身に余る光栄にございます。」
上座から立って秀高への勅許を読む勅使に対し、下座に控える秀高は声を発して返事した。そして勅使は秀高の姿を一回見た後、その勅許の続きを読み上げた。
「…なお、秀高の望みに従い、先の系譜の故事に不都合無きを認め、秀高が新田源氏の美濃里見氏の流れを汲む事を認める。よって今後は源朝臣の名乗りを許す。」
「ははっ!格別のご配慮、恐悦至極に存じ奉りまする!」
秀高は勅使に対してこう返事すると同時に、自身の身に付いた権威の重さを噛みしめるように頭を下げていた。ここに、尾張を制した高秀高は一人の簒奪者ではなく、美濃里見氏の流れを汲む高家当主・高民部少輔秀高として権威付けがなされ、後にこの叙位任官が大きな効果を生み出すことになるのである。
その翌日、秀高は勧修寺邸から供を連れて、尹豊の先導で勘解由小路町の烏丸にある将軍御所に来ていた。この将軍御所は新造されてから一年しか経っておらず、立派な殿舎の外に四方を堀で囲んだ立派な城とも呼べる物であった。
「…秀高殿、お初にお目にかかる。」
尹豊と共に将軍御所の敷地の中に通され、御所の中の一室に通された秀高は、そこで一人の幕臣より声を掛けられた。
「お初にお目にかかります。高民部少輔秀高にございます。」
「丁寧な挨拶痛み入る。細川兵部大輔藤孝と申す。以後お見知りおきを。」
と、その名を聞いていた秀高の後方で、元の世界でその名を知っていた信頼は感慨に浸っていた。目の前にいる藤孝という人物こそ、今後の秀高の大望の為の重要な人物として一目置いていた人物であったからである。
「…それにしても、秀高殿はその年で尾張を制され、二度の今川の侵攻も跳ね返し、そしてこの度めでたく官位任官が叶われた。誠、慧眼の至りにございまするな。」
御所の中の廊下を進みながら、将軍・足利義輝の待つ御座所まで向かう道中、先導する藤孝は秀高に対して語り掛けてきた。すると秀高は謙遜するように首を横に振った。
「いえ、全て私の力という訳ではありません。俺を信じてくれた、配下や民たち全てのお陰です。」
「ご謙遜なさるな。上様もその働き誠に凄まじいと申され、此度こうして謁見が叶ったのでござる。」
藤孝はそう言いながら前に進むと、顔を前に向けると秀高にある事を告げた。
「…しかしご存じの通り、秀高殿の事をよく思っていない幕臣がいるのも事実。かくいう某の兄、三淵藤英を筆頭に伊勢貞孝・一色藤長らも秀高殿への反感を強めております。」
「無理もないでしょう。なぜなら俺は織田家から尾張を簒奪し、あまつさえ官位を金銭で買ったんです。そう見られてもしょうがないですよ。」
「何を言われるか。」
と、その秀高の言葉を聞いていた藤孝がきっぱりと否定すると、直ぐに秀高に対してこう意見した。
「秀高殿は自身が秘める大望の為に立たれ、誹りを恐れずに権威を求められた。それは並大抵の武将が出来る事ではござらぬ。」
「そうですか…」
秀高が藤孝の言葉を聞いてこう答えると、藤孝は秀高を励ますように言葉を返した。
「自信を持ちなされ。自信を持てば自ずと配下も力を率先して奮うという物にござる。」
「…はい、そうですね。」
その藤孝の言葉を聞いて、秀高はどこか救われたような感情を抱いた。この一連の叙位任官の流れは他人から見れば、どのように映るであろうかと心の中で思案していた秀高であったが、この藤孝の言葉を受けてそのような懸念を振り払うことが出来たのである。
「…そなたが高秀高であるか。」
そして到着した義輝の御座所にて、下座にて頭を下げていた秀高に対して、上座にてどしっと座っている将軍・義輝が声を掛けた。秀高はその言葉を受け、緊張しながらも正確に受け答えをした。
「はっ。尾張国主・高民部少輔秀高にございます。」
「うむ。面を上げよ。」
その義輝の言葉を聞いた秀高は、ゆっくりと頭を上げて義輝と面会した。その義輝の顔は威厳が漂っており、髭を蓄えていたその風貌を見て秀高は並々ならぬ人物であると感じ取った。一方の義輝も、秀高の顔をじっくりと見た後、一言ポツリと言った。
「ふむ…やはり若いな。そなた、今年でいくつになる?」
「はっ、今年で二十三になります。」
すると、その秀高の年齢を聞いた義輝は感心すると、右手に持っていた笏を左手にポンと叩くと秀高に言葉を返した。
「ほう、その若さで織田家より尾張を取り、二度も今川の侵攻を跳ね除けるとは、正に麒麟児とも呼べる働きよな。」
「お言葉、痛み入ります。」
秀高が義輝に対して謙遜しながら返答すると、義輝は秀高の顔を見つめながらこう言った。
「だがその若さでは近隣諸国は侮り、国内の不満も抑えきれなくなるであろう。それゆえ、そなたは金銭を貢いでも官位という権威を欲したという訳か。」
「…はい。」
秀高は義輝の言葉を受け止めながらも、しっかりとした口調で返事をした。すると、義輝はふっとほくそ笑んだ。
「ふふ、面白い。若さゆえの力だけではなく、冷静な視点も兼ね備えている。そなたならばきっと、この麻の如く乱れた世を正すことが出来ような。」
義輝は秀高に向かってそう言うと、手にしていた笏を秀高の方に向けて言い放った。
「良かろう。望みの尾張守護職の一件、叶えてやる。今後は尾張守護職の名に恥じぬ働きを期待しておるぞ。」
「…ははっ!」
義輝の言葉を聞いた秀高は、義輝の顔を見た後に頭を下げて会釈し、義輝に対して感謝の意を示した。これによって秀高は尾張守護職という武家の権威も付与され、尾張国統治の正当性が得られた事になったのである。
「秀高、どうだった?」
御所からの帰り道、秀高に対して信頼が徐に尋ねた。すると、秀田は信頼の方を振り返ると、どこか信じられない様子でこう言った。
「…なぁ信頼、俺は本当に将軍に会ったんだよな?」
「うん。義輝殿…上様は秀高を認めてくれたんだよ。」
その言葉を聞くと、秀高の目に一つの涙が浮かび、それを手で拭うと信頼や義秀に向けて呟いた。
「…これを教継様たちが聞けば、どれだけ喜んでくれたんだろうな…」
「…きっと、よくやったって言ってくれんじゃねぇのか?」
と、義秀は秀高の意を汲み取って言葉を返した。すると秀高は義秀の言葉を聞くと微笑んで、自身に言い聞かせるように呟いた。
「上様の期待に応える為にも、これからも一歩ずつ進んでいかなくちゃならないな。」
「…そうだね。」
その言葉を聞いて、信頼はしみじみとした感情をこめて返事した。京の町に夕日が差し込み始め、日が傾きつつあった中で、秀高らは宿所である勧修寺邸へと戻っていったのだった…。




