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1561年6月 京への道中



永禄四年(1561年)六月 伊勢国(いせのくに)鈴鹿峠(すずかとうげ)




 永禄(えいろく)四年六月下旬。夏の陽気が差し込むようになってきたこの日、伊勢と近江(おうみ)を結ぶ東海道(とうかいどう)の難所、鈴鹿峠を一つの一行が京方向に向かっていた。


「…信頼(のぶより)(みやこ)ではどこに宿泊をするんだ?」


「うん、武家伝奏(ぶけてんそう)勧修寺尹豊(かじゅうじただとよ)殿が、自身のお屋敷で宿泊してくれと言ってきているんだ。だから僕たちは京にいる間、勧修寺殿のお世話になる手はずだよ。」


 そう、この面々こそ、先月に今川氏真(いまがわうじざね)の侵攻を跳ね除けた高秀高(こうのひでたか)一行である。彼らは先般、京の公家である近衛前久(このえさきひさ)に官位任官の周旋を頼んでいたが、この度正式に官位任官が為される旨が届くと、秀高は僅かばかりの供を連れて初の上洛の途に付いていた。


「そうか。勧修寺殿のお屋敷ならば何の問題もなさそうだな。」


「しかし…京の情勢はかなり厳しいんだろう?」


 と、前を馬に乗って進む秀高の隣で、同じく馬に乗っている大高義秀(だいこうよしひで)が、隣の小高信頼(しょうこうのぶより)に京の情勢について尋ねた。


「うん、この時期はかなりややこしくてね…」


 信頼はそう言いながら、乗っている馬の上から義秀に情勢を説明した。


「今、京には将軍・足利義輝(あしかがよしてる)殿がいるけど、実際の京の支配者は三好長慶(みよしながよし)殿で、その勢力は畿内を中心に七ヶ国に勢力を得ているんだ。その京では将軍派と三好派の暗闘が繰り広げられていて、義輝殿は表向き長慶殿と協調関係を取っているけど、裏では幕臣を介して他勢力に三好征伐を(けしか)けているという噂もあるんだ。」


「…まぁ、足利将軍家から見れば、三好は元々細川(ほそかわ)の家臣筋。その面々が将軍を傀儡のように据え、権勢を振っているともなれば、内心忸怩(じくじ)たる思いがあるのも致し方ありますまい。」


 と、信頼の下にて手綱を引きながら進んでいる三浦継高(みうらつぐたか)が、得物の槍を肩にかけながらそう言った。この秀高一行を警護していたのは、先月の知立(ちりゅう)の戦いで多大な戦功を立てた、知立七本槍(ちりゅうしちほんやり)の面々であった。その中で、秀高が乗る馬の手綱を引く山内高豊(やまうちたかとよ)が、前方に何かを見つけた。


「…殿、どうやら要らぬ迎えが現れたようです。」


「何?」


 と、秀高が高豊の声に反応して前を向くと、目の前に山賊の集団が道を塞ぐように立ちはだかっていた。この鈴鹿峠は東海道の要衝であったが、同時にこのような山賊の巣窟としても知られ、往来する行商達や旅人を襲っていたのである。


「おい、てめぇら!ここを通りたかったら、身ぐるみすべて置いて行け!」


 と、その山賊の集団を率いる頭のような人物が、得物の刀を秀高らに向けて脅した。すると、それを見ていた七本槍の面々は秀高らの前に進むと、それぞれの槍の鞘を取ると、その切っ先を山賊たちに向けた。


「殿、相手は二~三十人ほどはおりますぞ。」


「分かっている。皆、余り深追いはするなよ。」


 秀高が話しかけてきた深川高則(ふかがわたかのり)にそう言うと、高則らはその言葉を聞くと、じりじりと山賊たちに近寄り始めた。


「なんだぁ?やろうってか?てめぇら!やっちまえ!」


 頭はその光景を見ると手下の山賊たちに対し、秀高らに斬りかかるように命じた。その命を受けた山賊たちは続々と秀高らに襲い掛かっていったが、知立の戦いにてその武勇を誇った高政らの前に、山賊たちは一人、また一人と倒されていった。


「ひ、怯むんじゃねぇ!たかが十人だろうが!!」


 それまでは余裕を持っていた山賊の頭であったが、徐々に手下が討ち減らされていく光景を見ると、その余裕をなくして慌てふためき始めた。そして、ついに山賊の集団は山賊の頭ただ一人にまで減ってしまったのだ。


「ひ、ひぃぃ!お助けぇっ!!」


 そう言うと、山賊頭はその場から蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたが、山賊頭は逃げきることが出来なかった。なぜならその山賊頭の背中に、一本の矢が突き刺さってその場に倒れ込んでしまったからである。その矢を放ったのは、他でもない秀高であった。


「…秀高、まだまだ腕は衰えちゃあいねぇな。」


「当たり前だろう?日々時間を作って鍛錬していたんだ。」


 秀高は話しかけてきた義秀にそう言うと、手にしていた弓を近寄ってきた毛利長秀(もうりながひで)に手渡しした。すると、その山道の反対側から一つの武士の集団が現れた。


「御免!お怪我はありませんでしたか!?」


 と、その武士の集団を率いていた武将が、馬上から秀高たちに声を掛けてきた。すると、七本槍の面々が槍の穂先を鞘に納めている中で、秀高がその武将に対して返事を返した。


「えぇ。こちらは無事です。あなたは?」


「申し遅れました。某、この鈴鹿峠の警備を仰せつかっております六角(ろっかく)家臣・山中俊好(やまなかとしよし)にござる。」


 と、俊好の素性を知った秀高は驚いて馬を前に進めると、俊好に対して自身の名を名乗った。


「俊好殿でしたか。私は尾張那古野(おわりなごや)城主・高秀高です。」


「おぉ、あの高秀高殿か。お噂は聞いております。」


 と、秀高の名を知った俊好は感嘆すると、その秀高が連れている面々を見回した後に納得してこう言った。


「なるほど、ではその者達は秀高殿の家臣にございましたか。であれば、この山賊たちは不運であったとしか言えませぬな。」


「そうですね…ところで俊好殿、ここから京まではどれほどありますか?」


「ここから京へは些か距離がありまする。もう日も暮れます故、今日は我が屋敷に留まられると宜しかろう。」


 俊好から思いもかけない提案を聞いた秀高は、後方の信頼や義秀らの顔を見た後に俊好にこう言った。


「そうですか。ではお言葉に甘えたいと思います。」


「それは何より。山賊どもの後処理は部下に任せておくゆえ、我が屋敷に案内いたす。」


 そう言った俊好は、引き連れてきた武士の半数に山賊たちの後処理を任せると、自身は残りの部下と共に秀高を連れて自身の屋敷へと案内していった。




「ささ、どうかご一献。」


 その夜、甲賀(こうが)にある山中屋敷に着いた秀高は、そこで俊好からのささやかな歓待を受けた。上座に座る秀高は隣にいる俊好から、手に持つ盃の中に酒を受け取ると、どこか警戒した様子で辺りを見回した。すると、それを察した俊好が秀高にこう言った。


「…ご心配なく。このお酒には痺れ薬など入ってはおりませぬ。」


「そ、そうですか。」


 俊好からそう言われた秀高は、ゆっくりと酒に口を付けた。すると、通常通りの味がした酒に安心したのか、ついに緊張した面持ちを解いて肩を落とした。


「…美味しいです。」


「それは何より。ささ、配下の方もどうぞ。」


 その言葉を受けた義秀ら一行も、どこか警戒した様子で酒に口を付けた。すると、義秀らも警戒を解いて安心し、そのまま酒食に手を付け始めた。


「…しかし、俊好殿は六角の家臣でしょう?当主に無断で我らを迎えても良いんですか?」


 秀高が俊好に銚子(ちょうし)で酒を酌みながら尋ねると、俊好はふふっと笑って秀高にこう言った。


「いえ、秀高殿の下に伊助(いすけ)という忍びがおりますでしょう?彼は私とは同郷でしてな。その縁で迎えたのでござるよ。」


「何?伊助と…?」


 秀高がその言葉に驚いていると、そこに急に伊助が現れ、俊好の姿を見ると懐かしむようにこう言った。


「おぉ、俊好殿!ご無沙汰にござるな!」


「伊助ではないか!あの腕白が秀高殿の忍びになるとは…立派になったなぁ。」


 俊好は近づいてきた伊助と固い握手を交わし、見つめ合って再会を喜び合った。すると、俊好は秀高に向かってこう言った。


「秀高殿、実はこの甲賀は六角の勢力下ではござるが、我ら甲賀衆は国人の扱いを受けており、言わば協力関係にあるのです。鈴鹿山警固役(すずかやまけいごやく)たる我ら山中家が甲賀を代表して六角家臣となり、甲賀と六角家の橋渡しを行っているのでござるよ。」


「そうだったんですか…」


 秀高が俊好の説明を聞いていると、俊好がある事を思い出して秀高に言った。


「そうだ。実は秀高殿、昨今の秀高殿のお噂を聞いていた望月出雲守(もちづきいずものかみ)殿より、秀高殿の下に新たな忍びを派遣したいと申し出ておられるのです。」


「えっ?新たな忍びを…?」


 俊好の突拍子もない提案を聞いて秀高は驚いたが、それを秀高の側で聞いていた伊助が秀高に意見した。


「殿、実は我が稲生(いのう)衆の下忍(げにん)たちは集まっては来ているのですが、それを束ねる忍び頭の数が足りていないのです。よって此度の出雲守殿の提案は、某にとっては渡りに船とも言える提案かと思います。」


「そうなのか…」


 伊助の言葉を聞いた秀高は、直ぐに即答するように俊好の方を向いて返事をした。


「俊好殿、出雲守殿の提案、引き受けるとご返事ください。」


「おぉ、それを聞けば出雲守殿も喜びましょう。そのお言葉、(かたじけな)く思いまするぞ。」


 俊好はそう言うと安堵するように微笑み、銚子を手に取って秀高の盃に酒を注いだ。それを受けた秀高はその酒を飲み干し、俊好の手を取って握手しながら微笑んだのだった。この後、甲賀から秀高の元に新たな忍びが送られてくることになるが、それはまた別の話である…





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