1556年8月 稲生原の戦い<二>
弘治二年(1556年)八月 尾張国稲生原
秀高らが左翼の岩倉織田勢と合流したのは、犬山織田勢が壊滅し、既に劣勢になりつつあるときであった。
「おぉ、そなたらは、陣幕で会うた者どもらか!」
岩倉織田勢の大将・山内盛豊が馬上で指揮を振るいながら、加勢しに来た秀高らを見つけ、こう声をかけた。
「ははっ!この高秀高ら一同、信勝様の命を受け、ご加勢に参りました!」
「そうか!救援かたじけない!」
盛豊は馬上からそう言うと、秀高らに今の現状を見せつけた。秀高から見れば、盛豊の奥の方から既に敵が迫ってきており、すぐ先に敵がいるように見えたのである。
「ご覧のあり様じゃ!直ぐにその腕を振るってもらいたい!が、二人は飛び道具持ちか…」
そう言うと盛豊は、ある人物の名を呼んだ。
「十郎!十郎は居るか!」
盛豊のその呼びつけを聞き、秀高らの前に現れたのは、秀高らよりも少し若い、りりしい若武者であった。
「これはわしの嫡子の十郎じゃ。十郎、この飛び道具の二人の護衛をしてやれ。」
「ははっ。お初にお目にかかります。盛豊が嫡子、山内十郎にございます。以後お見知りおきを。」
十郎から挨拶を受けた秀高は、挨拶もほどほどにその護衛を受けることになった。そして眼前に敵がやってくるのを見た義秀は我先にと駆け出し、敵へと向かって行ったのである。
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一方その頃、敵の佐久間勢では馬上から佐久間信盛が攻勢を強める為、指揮を振るっていた。
「よし!既に犬山織田勢は総崩れじゃ!このまま敵を破り、側面より信勝殿の本陣を突くぞ!」
信盛がこう叫んだその時、前方にいる兵たちから、ざわめきが起こり始めた。信盛はそれを不思議に思い、馬を前線に進めると、そこには二人の武士が得物を片手に、味方の兵たちを次々となぎ倒していくのを目にしたのである。
「な、なんじゃあれは!?怯むな!包んで討ち取れ!」
信盛は味方に対し、その二人を包囲するように指示したが、二人は息の合った連携を見せ、次々と味方をなぎ倒していく。
「あ、あれは一体、何なのだ!?」
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「へっ!こんな連中に押されていたのかぁ!?岩倉織田も大したこたぁねぇなぁ!!」
その二人の一人、即ち義秀はそう叫ぶとまた得物の槍を振り払い、前方にいた足軽を斬り払った。
「あらヨシくん、敵を甘く見ていてはいけないと、言ったはずよ?」
もう一人こと華は義秀にそう優しく言うと、薙刀を振り下ろして対面していた鎧武者を一刀両断した。その後はすぐに後ろに立った足軽を斬り、また脇から来た武士の胸元を突いて倒したのである。
「へいへい…お怒りはあとで受けますよっと!」
義秀はそう吐き捨てると、槍を前に突き出して武士を一突きに刺殺した。すると、その二人の目の前に、見覚えある武将が槍を片手に立ちはだかった。
「…あなた、まさか…」
「てめぇ…大学か!信勝様を裏切りやがったな!?」
そう、その人物こそ戦の前に信勝を裏切った佐久間大学盛重、その人であった。
「ふん、やはり信長殿こそ尾張の主に相応しい。信勝殿に恩はあれど、恩だけでは尾張は治められぬ。そう思ったまでよ。」
「…うるせぇ!この俺がたたっ斬ってやる!」
義秀は怒り狂い、盛重と打ち合いを始めた。しかし、怒りのまま攻撃を繰り出す義秀に対し、盛重は冷静にそれを捌き、遂に義秀の槍を払って義秀を追い詰めた。
「…恨みはないが、死んでいただく。覚悟!」
盛重がそう言って槍を突こうとしたその時、華が脇から薙刀を突き出し、義秀を助けた。それを見た義秀は咄嗟に槍を拾い、華の傍に駆け寄った。
「だから言ったでしょう?油断しないでって。」
「…華さん、ここは共闘してこいつを倒すぜ。」
義秀の言葉を受けた華は頷き、二人で盛重に打ち掛かった。一対一では、場数が多い盛重に分があったが、二人となれば話は別で、やがて一瞬の隙を突かれた盛重は攻撃を食らい、膝を付いて得物を落としてしまった。
「ぐっ、このわしが…負けるなど…」
「へっ、裏切りの後悔、あの世でするんだなぁっ!」
義秀はそう言うと、脇に差していた刀を抜き、盛重の首をはねた。それを見ていた周りの兵士たちは驚き、委縮して二人から離れ始めた。
「…ヨシくん、大手柄ね。」
盛重の首を拾った義秀に対して、華が動揺せずにそう言うと、義秀は首を掲げて宣言した。
「敵将・佐久間大学!大高義秀が討ち取った!」
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「すごい…義秀が、敵将を討ち取ったよ。」
その義秀たちの後方に控える信頼は秀高に対して、驚きに満ちた感想を述べた。
「うん…やっぱり、あいつは強いなぁ。」
秀高がそう言うと、信頼は装填を終えた火縄銃を敵の騎馬武者に標準を合わせ、弾を放ってそれらを打ち抜いた。
「これは、僕たちも負けていられないね。」
「…あぁ、そうだな。」
そう言うと秀高は矢を取り出し、弓を引き絞って同じく騎馬武者を標準にして打ち抜いていった。
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「も、申し上げます!佐久間大学様討死!」
「な、何だと!?そんなことが!!」
早馬から、その報告を受けた佐久間信盛は驚愕した。そしてその動きに合わせるように、目前の岩倉勢が息を吹き返し、再び反撃してきたのである。
「ええい、怯むなっ!!何としても岩倉勢を破るのだ!!」
しかし、信盛配下の兵士たちの動きは鈍く、次第に優勢だった戦況は瞬く間にひっくり返されたのである。
「申し上げます!飯尾定宗・尚清父子、矢玉に当たり討死!織田玄番様、敵に打ち取られました!」
「な、何だと…これは、こんなことがあろうはずが…」
早馬から報告された信じられない内容に信盛は青ざめた。このわずかな間に、優勢だった戦況を一気にひっくり返されたのである。それはどれだけ恐ろしい事か、それを信盛は身につまされて分かっていたのである。
「も、もはやお味方総崩れ!!ここは…ぐっ!!」
「!!」
「へっ、どうやらてめぇが敵の大将のようだなぁ!?」
信盛の目の前にいた早馬を、義秀は一突きにし、その刺さった早馬を払う様に馬上から投げ落とした。
「き、貴様ら…何者か!?名を名乗れぇ!」
「…あら、あなたに名を名乗っても、いずれ死ぬ人に教える義理はありませんよ?」
その華の言葉を聞いた信盛が、華の方を見ると、華の腰には布で包まれた幾つかの首が付けられていた。そして義秀の方も、幾つかの首が同じように腰に付けられていたのである。
「き、貴様らがすべてを…」
「あぁ。討ち取ったぜ。さぁ、今度はてめぇだ!覚悟しな!」
義秀の一突きに、信盛は交わす間もなく脇にそれを受け、そのまま馬上から落ちてしまった。それを見た信盛の配下たちは恐れをなして逃げかえり、そのまま戦線離脱するように戦場から撤退していく。
「ふぅ…これで勝ったのか?」
「えぇ…まぁ、勝ちすぎてもいけないわ。ここでヒデくんたちと合流しましょう。」
華がそう言ってその場を去ろうとしたその時、信盛が最後の力を振り絞って立ち上がり、刀を振りかざして華の背後に斬りかかった。
「し、死ねぇぇぃ!!」
その不意打ちの前に、華は咄嗟の事に身動きが取れず、それを避けるのは不可能であった。
「くっ…!?」
華がその一太刀をを浴びようとしたその時、横から一本の槍が信盛の首に突き出され、その槍は信盛の首を貫通していた。そしてその槍が抜かれると、信盛は力が抜けたように倒れこみ、今度こそ息絶えたのである。
「…大丈夫か!?華さん!」
その槍を突き出した人物こそ、義秀であった。華はそれを見た後に、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。それを義秀は手を取り、華の腰に手を据えて助けた。
「…ごめんなさい、腰が抜けちゃって…」
「…良かった。」
「え?」
腰が抜けたことに恥ずかしく思っていた華は、声をかけてきた義秀から出た言葉を聞き、思わず呆気に取られた。
「…華さんがいなきゃ、俺はこの世界で生きてる意味はねぇからな。」
その義秀の内心を聞いた華はふふっと笑うと、しっかりと立ち上がって義秀に言った。
「あら?それは告白、かしら?」
「ち、ちげぇよ!そんな訳じゃ…」
義秀が否定するように言うと、華は義秀を優しく抱きしめ、義秀の耳元でこう言った。
「…まぁ、あなたなら私のすべて、捧げてもいいわよ?」
「…!?」
義秀はその言葉を聞き、小恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「ちょっ、華さん!人をからかうもほどほどに…!!」
「あら、これは、私の本心よ?」
華の顔を至近距離で見て、その想いを聞いた義秀は一瞬落ち着いた後、静かにこう言った。
「…本気、なのか?」
その言葉を受けた華は、静かに首を縦に振った。
「…分かった。この戦が終われば、付き合ってくれるか?」
「…ふふっ、いいわよ。」
義秀と華はそう言うとお互い手を取り合い、後から来た味方の岩倉織田勢と合流したのである。
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「何?佐久間勢が壊滅だと?」
この信じられない報告を受けたのは、他でもない信長であった。信長は早馬からその報告を受けると、早馬はその続きを述べた。
「はっ、佐久間信盛様をはじめ、佐久間盛重様、飯尾定宗・尚清父子、織田玄番様、皆悉く討死なされました!」
その報告をした早馬は、信長の前から去っていった。
「まさか、岩倉勢に信盛が負けたというのか?」
すると、信長の脇に控える一人の老練な武将が、信長にこう言った。
「信盛殿に、慢心があった故負けたのでしょう。」
「しかし…こんな簡単に負けるなど…」
信長がこう言うと、早馬が来て信長に報告した。
「申し上げます!岩倉織田勢、この本陣めがけ進軍してまいります!」
すると、早馬の報告を聞いたその老練な武将が信長の前に出て、ある事を意見した。
「殿、ここは拙者にお任せあれ。岩倉織田勢を食い止めますゆえ、殿はこのまま敵中央へ突撃なされよ。」
「三左衛門…そなたの手勢で十分か?」
信長は自身の懸念を、その武将の名前を呼んで伝えた。
この三左衛門という人物、その名を森三左衛門可成と言う。美濃の出身であり、その武勇をもって尾張統一に功績を挙げた老臣であり、後の世で、森長可・森蘭丸の父として知られる人物である。
「お任せを。不安ならば、毛利新介らをお貸しくだされ。必ず、敵を食い止めて見せましょうぞ。」
可成の言葉を受けた信長はその決意を受け取り、その意気に応えた。
「よし、そなたに手勢二百を与える。必ずや岩倉勢を食い止めよ。」
「ははっ。お任せを。」
可成はそう言うとその手勢二百を率い、こちらに向かってくる岩倉勢へと向かって行った。信長はその背後を見届けると、自身の配下の母衣衆にこう告げた。
「よし!ここが勝負時だ!このまま中央突破をし、信勝の本陣を突くぞ!」
「おおーっ!!」
母衣衆は信長の言葉に応えると、一丸となって信勝軍の中央へと突撃していったのだった…