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1561年5月 夜中の祝宴



永禄四年(1561年)五月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)四年五月二十日。知立(ちりゅう)の戦いから数日後の夜、高秀高(こうのひでたか)の居城である那古野城にて、先日の知立の戦いで働きを見せてくれた諸将を労うべく、盛大な宴を催すべく秀高は配下を呼び集めていた。同時に、戦後に秀高の食客(しょっかく)となった北条家の面々と、秀高との同盟交渉のため那古野を来訪していた松平元康(まつだいらもとやす)らも招待し、ここに一同が揃ったのである。


「…皆、今日はこうして集まってくれてありがとう。」


 その宴の始め、那古野城の本丸館の大広間の上座から、秀高は勢揃いした諸将に向けて挨拶を始めた。


「今日の宴は先日の戦いのねぎらいと、新たに俺たちの仲間になった者達との交流を図るために開いた。今晩はどうか心の底から楽しんで欲しい。」


「ははっ!」


 諸将は秀高の挨拶を受けると一斉に返事をして、そのまま目の前の盃に満たされた酒を飲み干した。その後に諸将は各々で話し合い、時には立ち上がって相手の席に向かい、相手に御酌をするなどの者もいて、しだいに宴は和やかな雰囲気になっていった。


「殿、改めて此度のご戦勝、誠におめでとうござりまする。」


 その中で、秀高の席に近づいて声を掛けてきたのは、筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)であった。継意は秀高の席に置かれていた銚子を取ると、それを秀高が手にしていた盃へと注いだ。


「継意、ありがとう。今回の戦は継高(つぐたか)が奮戦して、敵将を多く討ち取る武功を立てた。親としては、嬉しいんじゃないのか?」


「なんの、三浦家の者なれば、それくらいの武功は当然にござるよ。」


 秀高に酒を注いだ後、自身の側に銚子を置いた継意は、にこやかに微笑んでそう言った。すると、秀高の隣に座っていた(れい)が、秀高に対して語りかけた。


「…聞けば、義秀(よしひで)くんも大きな戦功を立てたんだよね?」


「えぇそうよ。敵将・岡部元信(おかべもとのぶ)の討ち取り。今川家中でも重臣の一人に上げられる元信を討ったのだから、十二分に誇れる戦功よ。」


 と、玲とは正反対の位置に座っている静姫(しずひめ)の言葉を聞いた秀高は、飲み干した盃を目の前のお膳に置くと、少し表情を曇らせて継意にこう言った。


「…しかし、戦国の習いとはいえ、元信殿が死んでしまうとな。」


「はっ…元信殿は亡き教継(のりつぐ)様と面識があり、このわしも見知った仲にござれば、些か悲しく思いまする。」


 継意はそう言うと、固くしていた表情を柔らかくすると、再び微笑むと銚子を手に取り、秀高に酒を注ぐ素振りを見せながらこう言った。


「されど、その亡き元信殿の為にも、我らは大望に向けて邁進せねばなりますまい。」


「…あぁ。そうだな。」


 秀高はそう答えると、再び盃を手に取って継意から酒を受け取ったのだった。一方、その様子を傍で見ていた元康は、手にしていた盃に汲まれた酒を飲みながら、元康に同行して来ていた石川数正(いしかわかずまさ)に向けて話した。


「…それにしても、継意殿と秀高殿は、まるで水魚の交わりのような間柄であるな。」


「はっ。聞けば継意殿は、秀高殿が山口教継(やまぐちのりつぐ)に仕えた時から、親しい関係を構築しており、両者ともに腹を割って話せる間柄との事。」


 それを聞いた元康は、後ろの席でこの場の雰囲気を俯瞰で見ていた本多重次(ほんだしげつぐ)の方を向きながら、ふふっと微笑んだ。


「そうか。さしずめ、この私と作左(さくざ)のような物か。」


「…殿、何をおっしゃる。殿とわしとは、腐れ縁のようなものですわい!」


 その視線を感じた重次が元康にそう言うと、元康は高らかに笑い、その隣の数正もつられるように笑った。すると、重次は盃の中の酒を一息に飲み干した後、辺りを見回しながら元康に言った。


「しかし殿、秀高殿は随分と家臣たちに気を配っているようですな。この宴の雰囲気、まるで君臣の関係を取っ払うかのような雰囲気ですぞ。」


「まぁ、家臣と一致団結して国を造り、成長していくためには、必要な事であろう。」


 元康は重次にそう言うと、ふと上座の秀高の方を向くと、呟くようにこう言った。


「…だが、人というのは、皆が皆納得できるわけではない。無限にわき続ける不満をどこまで対処できるのか。秀高殿にはそれが問われてくるであろうな。」


 元康のつぶやきを聞いた数正は深く頷き、後ろにいた重次はふん、と鼻で笑って再び盃を口に付けて飲み干した。元康は秀高の才能には感心していたが、反面に危機管理がどこまで出来るのかという見定めを、この時密かにしていたのだった。




 そんな継意と秀高の下に、高家に食客として迎えられた北条氏規(ほうじょううじのり)が進んでやって来た。すると、それに気づいた継意が氏規の顔を見て語り掛けた。


「…氏規殿、三浦継意じゃ。」


「継意殿…やはりこの尾張に三浦の末裔がいるというのは本当でしたか…」


 氏規は継意と顔を合わせながらこう言った。氏規の実家である北条家では、三浦義意(みうらよしおき)の末子が尾張へと落ち延びたという噂が広まっており、その動向を北条家の代々の当主が注視していたというのだ。


「はっはっはっ。まぁ、今や御覧の通りに老けてしまい申したがな。」


「御冗談を…」


 氏規が継意の言葉を聞いてすぐに返すと、継意は銚子を取って氏規の盃に酒を注いだ。氏規は盃の中の酒に口を付けると、一口飲んだ後に継意にある事を尋ねた。


「…しかし継意殿、継意殿の出生からすれば、さぞ我らに並々ならぬ思いを抱いていると思いますが…」


「何を仰せになられる。」


 継意は氏規の問いかけにきっぱりと否定すると、氏規に向けてこう言った。


「我が父とそなたの曽祖父であらせられる早雲(そううん)公が戦って数十年が経っており申す。それは若い時はわだかまりをもってはおり申したが、今はそのような気持ちなど更々ござらん。」


 継意はそう言うと氏規の顔を見つめ、毅然とした態度で言葉を発した。


「今後は同じ主を抱く者として、過去の怨恨を水に流して共に戦おうぞ。」


「はい。継意殿。」


 氏規はそう言うと継意から注いでもらったお酒を飲み干し、今度は氏規が銚子を取って継意の盃に酒を注いだ。そしてそれを継意が一息で飲み干すと、二人は互いに見つめ合って微笑んだ。その光景を、上座の秀高は微笑ましく見つめていたのである。




 その後、継意が自席に帰った後に、その氏規の背後に板部岡江雪斎いたべおかこうせっさいによって駿府(すんぷ)から連れられてきた春姫(はるひめ)が座った。それを見た秀高は、改めて氏規に対して戦への協力を感謝するように申し述べた。


「改めて氏規殿。今回の戦の協力に感謝したい。」


「お言葉、忝く思いまする。」


 氏規が秀高にそう返事をすると、近侍する侍女の(らん)が、氏規が右手に持っている盃に銚子で酒を注いだ。すると秀高は後ろの春姫に視線を送ると(おもむろ)に尋ねた。


「春姫、お酒の方は飲めますか?」


「はい。頂戴致します。」


 春姫はそう言うと、蘭から酒を注がれ、それを口に運んで飲んだ。すると、秀高はその春姫の様子を見た後に氏規に向けてこう言った。


「氏規殿、とりあえず貴方と綱成(つなしげ)殿や江雪斎(こうせっさい)殿以下北条家の面々は、食客として当家に迎え、後々新たな領地を得た時に知行として宛がい、正式に家臣として迎えようと思っています。」


「格別のご配慮、誠に痛み入りまする。」


 氏規は秀高の提案を受け入れると、直ぐに頭を下げて会釈をした。


「…それで秀高殿、折り入ってお願いがあるのですが…」


 氏規はそう言うと、後ろにいた自身の姉でもある春姫の方を振り返りながら、秀高に一つ提案した。


「どうか私の姉を、秀高殿の下にお加えいただけないでしょうか?」


「氏規殿、それはどういう…」


 氏規の突拍子もない提案を聞いて驚いた秀高であったが、氏規はいたって真剣な表情で、秀高に向けて話の続きを語った。


「…藪から棒のような話であることは承知しております。しかし私の姉は氏真(うじざね)の正室として嫁ぎ、かかる仕儀によって離縁しました。再婚相手を前提に探す場合、今後の高と北条の付き合いを考えれば秀高殿の下で養っていただければと思います。」



 氏規のこの提案は、言うなれば人質を預けるという意味合いも込められていた。食客として高家に迎えてもらう氏規ら北条家の面々にとって、秀高は将来の主君になる人物であり、没落した北条家が再興するためには、将来の主君・秀高と昵懇(じっこん)の間柄になるしかないと思っていたのである。



「…玲、それに静はどう思う?」


 と、返答に困ってしまった秀高は、両脇の玲と静姫に尋ねた。すると、その問いかけに即答で答えたのは、他ならぬ静姫であった。


「良いんじゃないかしら?氏規の申し出なら断る理由もないし、それこそ側室として迎えれば、後々秀高の一存で正室に格上げすることも出来るわ。」


「それに…」


 と、静姫の反対方向の玲が話しかけてきたのを聞いて、玲の方を振り向いた秀高は、玲の言葉に耳を傾けた。


「最終的に決めるのは秀高くんだよ。どんな判断をしても、私たちは秀高くんの意見を尊重するよ。」


 そう言われた秀高は二人の意見を加味した後、氏規の方を振り向いて返答を伝えた。


「…分かった。その申し出を引き受けよう。良いですか?春姫。」


「はい。北条と高の繋ぎ役、見事果たして参りたいと思います。」


 春姫はそう言うと、秀高に向けて頭を下げた。そして玲と静姫も、新たな一員となった春姫の姿を温かい目で見守っていた。こうして春姫は秀高の側室として迎えられ、当面の間は子供たちとの交流や教育を侍女たちと共に担うことになったのである。





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