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1561年5月 知立の戦い<二>



永禄四年(1561年)五月 尾張(おわり)三河(みかわ)国境 境川(さかいがわ)周辺




 高秀高(こうのひでたか)への本陣へと殺到する今川(いまがわ)勢一万三千。その中で坪内利定(つぼうちとしさだ)を討ち取って、意気軒昂に秀高本陣へ攻め掛ってくるのは、岡部正綱(おかべまさつな)率いる岡部勢と後方から続いてきた瀬名氏詮(せなうじあき)朝比奈元長あさひなもとながの軍勢合わせて七千の軍勢であった。


「兄上!敵が迫って参りますぞ!」


 その岡部勢が目指す先である秀高本陣。その前面に構える秀高が率いる本隊四千の軍勢の前面。敵の攻撃を防ぐべく置かれた竹束(たけたば)の陰から馬廻の山内一豊(やまうちかずとよ)が迫ってくる敵を一目見た後、後ろを振り返って兄でもある山内高豊(やまうちたかとよ)に話しかけていた。高豊は得物の槍の穂先を手入れしながら一豊に向けてこう諭した。


「分かっている。焦れていては命を落とすことになるぞ。」


「しかし、既に前面の利定殿の部隊は総崩れ、側面の織田(おだ)勢も劣勢というではないですか!なぜそうも平然としていられるのです!」


 一豊が高豊に近づいて息巻いた様子でこう言うと、それを近くで聞いていた神余高政(かなまりたかまさ)が得物の十文字槍を持ちながら一豊に声をかけた。


「一豊殿、今更じたばたしたところでどうにもなりますまい。我らが今なすべきことは、殿の御首(みしるし)を狙う今川の奴らをねじ伏せる事にござる。」


「兄の申す通りです。」


 と、今回の戦でめでたく初陣を飾った、高政の弟である神余高晃(かなまりたかあきら)が高政の後方から一豊に向けて言葉を発した。すると、その言葉を聞いた高政が後ろを振り返って高晃に意気込みを尋ねた。


「甚三郎、そなたはこの戦が初めての初陣だ。くれぐれも軽挙妄動は慎めよ?」


「分かっており申す。今はただ、目の前の敵を倒す。そうでしょう?兄上。」


 高晃がそう言いながら得物の槍の柄を地面に叩くと、その様子を見て高政は深く頷いて答えた。すると、その近くにいた深川高則(ふかがわたかのり)が、手拭いで槍の穂先を拭った後、切っ先を空に昇る太陽に照らしながらこう言った。


「…なるほど、これはこのわしも負けているわけには参らんな。」


「ほう?高則殿も自信がおありで?」


 と、その言葉を聞いた高政が高則にこう尋ねると、高則はいきなり立ち上がってその場にいた面々に勢いよく宣言した。


「おう!此度の戦で必ずや大将首を上げ、殿より格別の恩賞を賜ろうと思っておる!そのためにも、まずは目の前の敵を討ち減らし、大将の元へたどり着かねばな…!」


「野郎共!間もなく来るぞ!!」


 と、その場に本陣の方向から来た大高義秀(だいこうよしひで)が馬に乗ってやってきて、それに三浦継高(みうらつぐたか)毛利長秀(もうりながひで)が付いて来ていた。義秀は馬から降りて馬を従者に託すと、足軽から得物の槍を受け取ると、その場にいた高政らにこう言い放った。


「良いか!利定は討たれちまったが、これ以上秀高の元に来させるわけにはいかねぇ!ここで俺たちが踏ん張って、今川の連中に目にもの見せてやろうぜ!」


「おぉーっ!!」


 その義秀の呼び掛けを聞いて、高政や高則ら馬廻、そしてその周囲にいた足軽の者達に至るまでが、呼び掛けに対して大きな喊声で答えた。その言葉を聞いた義秀は竹束の傍まで来ると、味方が放っていた矢玉の雨が止んだのを確認した後に、槍を掲げて味方に下知した。


「よし、行くぜぇーっ!!」


「おぉーっ!!」


 その言葉と同時に飛び出した義秀に続いて、高政ら馬廻一同と足軽たちが、迫りくる岡部勢を迎え撃つべく飛び出していった。そして両軍が互いに激突すると、高勢の足軽たちの多くが一撃で向かってきた敵兵をなぎ倒し、そのまま鬼気迫る気迫を見せて奮戦したのである。




「ぐっ、さすがは敵の本陣…備えは厚いか!!」


 一方、攻め掛かった岡部勢の大将でもある正綱は、馬上から迫ってくる高勢の足軽を倒しながらその様子を察していた。既に両軍がぶつかってから僅かな時しか経過していなかったが、既に旗色は徐々に悪くなりつつあった。


「正綱殿!このままでは敵本陣に辿り着けませんぞ!!」


 と、馬上の正綱にこう呼びかけたのは、正綱に同行していた今川家臣の松井宗恒(まついむねつね)であった。今川氏真(いまがわうじざね)同様に父を秀高の戦で亡くした宗恒は、氏真から本陣強襲の任を負った岡部勢に同行していたが、ここに来て秀高配下の旗本たちの奮戦の前に、苦しい表情を浮かべていた。


「ええい怯むな!何としてもこの囲みを突破し、秀高の本陣を衝かねば…」


 しかし、正綱の言葉はそこで止まってしまった。何故ならばそう呼び掛けていた相手の宗恒の胴体に槍が刺され、馬上から転げ落ちて雑踏の中に消えていったからである。その様子を見た正綱は一瞬動きが止まってしまい、次の瞬間、乗っていた馬の脚が切られて崩れ落ち、正綱は馬上から転げ落ちてしまった。


「ぐっ…おのれ!!」


 落馬した正綱が兜を直しながら直ぐに立ち上がると、その正綱の前に高則が立ちはだかった。


「おう、大将首と見ゆる。我が名は高秀高が家臣!深川市之助高則ふかがわいちのすけたかのり!名を名乗れ!」


「ふん!下郎が!この岡部正綱の前に死ぬが良い!」


 正綱は高則の名乗りを鼻で笑うと、得物の刀を構えてすぐさま斬りかかったが、高則はその攻撃を見るや一歩下がって距離を取ると、その攻撃を避けて右に回り、そのまま槍の切っ先を正綱の脇腹めがけて突き刺した。


「ぐふっ!おのれ…」


 正綱がその突き刺さった槍を掴んでこう漏らすと、高則は素手の状態の正綱を体当たりで突き倒し、短刀で正綱の首筋を切って息の根を止めた。


「…敵将!討ち取ったり!!」


 やがて正綱の首を取った高則が周囲に響き渡るようにそう言うと、その言葉を聞いた岡部勢の足軽たちは浮足立ち始め、そして得物を捨てて戦場から逃げ出していった。その高則の近くに、高晃が腰に首級を収めた布袋を付けて現れた。


「…おう、甚四郎殿。初陣で首をお取りになったか。」


「はっ。松井宗恒の首にございます。それは岡部正綱の…」


「その通りよ。」


 高晃から尋ねられた高則は自信満々に言葉を返すと、そのまま槍を構えてこう言った。


「さぁ、まだまだ戦は終わりではござらんぞ。まだ今川勢は攻め掛かって参る。気を引き締めて参ろうぞ。」


「ははっ!」


 その言葉を聞いた高晃は再び気を引き締め、高則の後に続いて岡部勢の後から来た朝比奈・瀬名勢の迎撃に当たったのである。


「…高政!聞いたか?そなたの弟が首を上げたそうではないか!」


 朝比奈・瀬名勢の足軽たちと戦っているさなか、高政と共に戦っていた高豊が風の噂で聞いた事を高政に言った。すると高政は素早い手つきで敵の足軽を薙ぎ倒すと、構えなおして高豊にこう言った。


「如何にも。甚三郎ならばいずれは武功を上げると、信じておりましたからなっ!!」


 高政は高豊にそう言いながら、向かってきた足軽の一人にめがけて槍を突き刺した。すると、その後方の方である叫び声が聞こえてきた。


「…山内一豊!敵将・富士信忠(ふじのぶただ)を討ち取った!」


「ほら、高豊殿の弟殿も頑張っておられるではありませんか?」


 その言葉を聞いた高政が高豊に向けてこう言うと、高豊がふっとほくそ笑んで静かに言った。


「…これは、兄として負けていられんな。」


 高豊がそう言うと、その目の前から馬に乗った武者が現れた。その武者は二人の姿を見ると、馬上から槍の切っ先を二人に向けてこう言った。


「おう!我こそは今川家臣にして、安部(あべ)七騎が筆頭!朝倉河内守在重あさくらかわちのかみありしげである!我と打ち合うものはおらんか!!」


 その名乗りを聞いた高豊は一歩下がると、高政の耳元でこうささやいた。


「…高政、お主は馬を頼む。奴が転げ落ちたら私が突き刺す。」


「心得た。」


 高豊の提案を聞いて頷いて答えた高政は、一目散に在重の前に出て馬の後ろ脚の付け根に槍を刺すと、馬はいななきながら立ち上がって在重を振り落とし、転げ落ちた在重が立ち上がる前に高豊は槍を胴元めがけて強く突き刺した。


「ぐはあっ!!」


 在重は突き刺してきた高豊を睨みつけながら血反吐を吐くと、そのまま息絶えてその場に寝転んでしまった。それを見た高豊は手際よく短刀を抜くと、素早く在重の首を取ってこう叫んだ。


「高秀高が家臣!山内高豊が朝倉在重を討ち取ったぞ!」


 その声を聴いた高勢の足軽たちは喊声を上げて奮い立ち、かえって今川勢はその言葉に恐れ(おのの)いた。その後、高豊は援護してくれた高政に近づいてこう言った。


「甚四郎。助かったぞ。そなたのお陰でこうして首を取れた。」


「いえ、お気になさいますな。お互い弟を持つ者同士、譲れぬ思いという物がありますからな。」


 高政が高豊にこう言うと、高豊は目を閉じた上で微笑み、再び目を見開くと、槍を構えなおして目の前の敵を薙ぎ倒していった。こうした秀高らの旗本たちの奮戦で、一時は苦戦を強いられた秀高本隊も、徐々に敵を押し返しつつあったのである。





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