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1561年1月 京への工作



永禄四年(1561年)一月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 高秀高(こうのひでたか)主導によって高家の改革が始められた数日後、秀高は(きょう)の公家たちとの折衝を行っていた斯波義銀(しばよしかね)より、官位任官に向けての道筋がついたとの報告を受けた秀高は、那古野城の本丸館においてその公家たちの引見を受ける事になった。


「面を上げてください。」


 那古野城本丸館内、評定の間に隣接する客間において、秀高は二人の公家と顔を合わせた。一人は、先年三浦継意(みうらつぐおき)に旧領回復を薦めるために、上杉家(うえすぎけ)宇佐美定満(うさみさだみつ)と共に尾張へ来訪した近衛前久(このえさきひさ)。そしてもう一人の公家は、秀高も初めて会う人物であった。


「これは秀高殿。この義銀殿…いや、義近(よしちか)殿の周旋で、帝や上様も秀高殿への官位・役職の推任をお決めになられましたぞ。」


 前久はそう言うと、公家との折衝を行った義銀の顔を見ながらこう言った。実は公家との折衝を始めた数か月後、義銀は秀高に対して改名を願い出て、秀高から許可を得ると名を津川義近(つがわよしちか)に改め、心機一転に公家たちとの交渉を行っていたのである。


「殿、それがしや尾張・萬松寺(ばんしょうじ)の住職の大雲永瑞(だいうんえいずい)和尚の口添えの書状により、朝廷や幕府も殿の尾張統治の実績を認められ、此度の推任になりましたぞ。」


「そうか…よくやってくれた。義近。」


 秀高から労いの言葉を受けると、義近は頭を下げてそれを受け取った。すると、その言葉を聞いた上で前久が秀高にこう言う。


「しかし…少し問題がございましてな。」


「問題…ですか。」


 秀高がその言葉を繰り返すように口に出すと、前久はそれに頷いて更に続けた。


「秀高殿は尾張を見事に統治なされておりまするが、京ではどこの馬の骨とも分からぬ者が尾張を簒奪したと見ている者も多く、此度の官位推任も相当反発を受けておるのじゃ。」


「やはり…そうなりますか…。」


 秀高は前久からその言葉を聞くと、図星を突かれたように苦慮し、頭を抱えてしまった。




 尾張統一を成し遂げた秀高ではあったが、京の公家たちの間では、どこの馬の骨とも知れぬ者が勝手に高家を名乗って尾張を専横し、あまつさえ不遜にも官位役職を要求して来ていると見られていた。


 代々官位や役職を授かるのは源氏(げんじ)平氏(へいし)藤原氏(ふじわらし)などの古くから続く氏族の流れを汲む武家が授かっており、まるっきり無位無官の者が官位を得ることなど到底無理な事であった。




「…それについてですが、実は相談したいことがあるんです。」


 秀高は頭を上げて前久にそう言うと、その場にいた小高信頼(しょうこうのぶより)からある物を受け取り、それを前久の前に差し出した。


「実は祖先は新田源氏(にったげんじ)の産まれだと祖父母から聞かされておりまして、どうにかそれを利用できないかと思うんです。」


「…つまり、系図を書き換えると?」


 前久が秀高の発言の意図をくみ取ってこう言うと、秀高はそれに頷いて、前久の前に差し出した巻物を開いた。その巻物こそ、新田源氏の嫡流から傍流の全てが書かれた新田源氏の総系図であった。


「はい。そこでどうか、前久さまのお知恵をお借りしたいんです。もちろん、タダでとは言いません。」


 秀高はそう言うと、信頼から一つの桐箱を受け取ると、その中身を前久に開いて見せた。その中には、通貨である永楽通宝(えいらくつうほう)を一貫にして纏めた物が百貫分入っていた。


「こんなに…秀高殿も、以外にしたたかですなぁ。」


 前久は桐箱の中に納められた銭の束を見ると、その蓋を閉めて受け取るや、一歩前に進んで秀高にこう言った。


「分かりました。元より私も秀高殿には一目を置いておりますゆえ。ここにいる武家伝奏(ぶけてんそう)尹豊(ただとよ)殿から御知恵を借りましょう。」


 前久はそう言うと、後ろにいたもう一人の公家を秀高に紹介した。この公家の名は勧修寺尹豊(かじゅうじただとよ)。公家と武家を繋ぐ役目を持つ武家伝奏の一人で、勧修寺家も朝廷の要職を歴任する名家であった。


「ははっ。されば秀高殿、こうしては如何でしょうか。」


 前久から促された尹豊は秀高の傍に近寄ると、系図を指し示しながら教えを教授した。


「この新田源氏の支流の一つ、里見(さとみ)氏の一族である美濃里見氏(みのさとみし)の嫡流は、南北朝時代に途絶え、その養子の家系が出羽(でわ)天童(てんどう)氏に続いております。しかし、嫡流は観応の擾乱の際に没落しており、その末裔も行方知れずになっております。この家系を名乗るのがよろしいかと。」


「なるほど…しかし美濃里見氏は没落したんですよね?その家を名乗るのはちょっと縁起が悪いと思うんですけど…。」


 すると、その秀高の不安を拭うように尹豊がこう言葉を続けた。


「ご案じなさいますな。この美濃里見氏は別名を竹林氏(たけばやし)とも名乗っておりました。不安ならば、この竹林氏の流れを汲むことにすれば宜しいかと。」


「そうですか…それなら、こう言うのはどうでしょうか?」


 すると、尹豊の意見を聞いた上で、秀高は前久と尹豊に自身の考えを話した。


「今、私は高の名字を名乗っていますが、私の祖先をこの竹林氏の末裔の流れとし、その流れの名前を高林氏(たかばやしし)と変えて創姓したいんです。」


「なるほど…それでは竹林氏から枝分かれした、高林氏の高家という事にするのですな?」


 尹豊は秀高にその意見を加味した事を言うと、秀高はその意見に対して首を縦に振って頷いた。そして秀高は信頼に目配せをし、尹豊にも桐箱をスッと目の前に差し出した。その桐箱を見た尹豊は目の色を変えつつも、秀高の方を向いてこう言った。


「…分かりました。既にある家なら難しかったでしょうが、行方知れずの一族の末裔ならば些かやり易いでしょう。系図の件は、この尹豊にお任せあれ。」


「はい。私はしばらく尾張から離れる事が出来ませんが、京での工作の全て、何卒お任せします。」


 秀高は尹豊にこう言うと、尹豊はこくりと頷いて視線を前久に送った。前久は秀高の考えを聞くと、どこか感心した様子でいた。


「しかし、美濃里見氏とは言えどその本姓は新田源氏。なるほどその流れを利用するとはさすがにございますなぁ。」


「いいえ、かなり苦し紛れの策ですけどね…」


 秀高が前久に向かってどこかぎこちなさそうに言うと、前久はそれに首を横に振って否定すると、秀高に先程の官位役職の件を再び話し始めた。


「しかし、もしその工作が為せれば、官位と役職の任官も容易になりましょう。尾張守護(おわりしゅご)を譲渡する旨は、こちらの義近殿より承っておりますので問題はござらぬが、問題は官位と位階にございますな。」


 前久はそう言うと、その系図を見ながら大体の目論見を語り始めた。


「里見家の始祖である里見義成(さとみよしなり)殿は従五位下(じゅごいのげ)伊賀守(いがのかみ)に任官されており、他の新田源氏の方々も概ね従五位下に任じておられるので、位階は従五位下で決まろうが、問題は官位であるな…」


 前久がそう言うと秀高は信頼から更に桐箱を貰うと、それを前久の前に差し出してこう言った。


「聞けば、尾張守(おわりのかみ)は従五位下相当と聞いております。尾張守に任ずることは出来ますでしょうか?」


「…それは難しかろうな。尾張守の目安の位階は従五位上(じゅごいのじょう)相当じゃ。それに尾張守は、かつて陶晴賢(すえはるかた)が名乗ったことのある官位ゆえ縁起が悪かろう…」


 すると、前久からその事を聞いた秀高は、信頼から一つの小袋を受け取った。その中には、秀高が買い求めた佐渡金山(さどきんざん)から算出された僅かな砂金(さきん)が半分ほど入っていた。


「ならば、里見家の方々が一時受けていた、民部少輔(みんぶのしょう)はどうでしょうか?」


「ふむ…民部少輔ならば、小うるさい公家の連中も少しは納得しよう…。」


 前久は目の前に置かれた、砂金の入った小袋を受け取ると、秀高の顔を見ながらこう言った。


「しかし、ここまで金子を我らに下さったことが諸国に知れ渡れば、秀高殿は銭で官位を買ったと蔑みを受けますぞ?」


「構いません。」


 秀高は前久の言葉をきっぱりと否定すると、毅然とした態度で前久にこう言葉を返した。


「金銭は使い時に有効に使う物です。それにどんな蔑みを受けても、官位という大義名分の前には何の意味を成しませんよ。」


「…ほう、さすがは秀高殿にございますな。」


 前久は秀高の言葉を聞いてニヤリと笑うと、目の前の桐箱と小袋を受け取り、それを評定の間の中にいた自身の従者に手渡すと、秀高の方を向いてこう言った。


「創姓の件と官位位階の件、それに役職の件はこの我らにお任せあれ。遅くても半年後には成果が現れようで、その時にはよろしくお頼み申し上げますぞ。」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」


 秀高は前久に向けて頭を下げると、その場にいた前久と尹豊も同時に頭を下げて答えたのだった。こうして二人は義近と共にそのまま京へと帰り、京の洛中において朝廷や幕府相手に工作を始めたのだった。この成果は、それから半年後に現れる事になるのである…





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