表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/554

1561年1月 二人の成果



永禄四年(1561年)一月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 一月下旬、高秀高(こうのひでたか)は兵制改革を主導で行っていた大高義秀(だいこうよしひで)と、検地を進めていた小高信頼(しょうこうのぶより)から報告がある旨を聞くと、那古野城本丸館の評定の間に、二人と月番家老の三浦継意(みうらつぐおき)、それに森可成(もりよしなり)山口盛政(やまぐちもりまさ)を呼び寄せ、二人からの報告を聞くことにした。


「二人とも、面を上げてくれ。」


 上座の秀高から声をかけられた義秀らはそれぞれ頭を上げると、秀高と互いに顔を見合わせた。すると、開口一番に発言したのは兵制改革を担当した義秀であった。


「秀高、待たせたな。ここにいる可成のおっさんや、政尚(まさなお)と話し合って概ねの内容を取り決めたぜ。」


「そうか。よし、是非ともお前の口からその内容を聞かせてくれ。」


「おう!」


 義秀は元気よく返事をすると、秀高の目の前に尾張全域の地図を広げ、参列していた者達に円になって座るように促すと、円を描くように一同が座った後に、上座に秀高に向けて内容を話し始めた。


「まず大事な城割についてだが、俺たちや氏勝(うじかつ)らと話し合った結果、この那古野を含めた九つにまで城を減らし、もしくは新規に築城することを決めた。」


「九つとな…?義秀、この尾張には城はいくつある?」


 その説明を聞いて継意が義秀に尋ねると、義秀は即座にその数を伝えた。


「数えなおしたところ主な城でざっと十二。これに小城や砦を含めると九十以上にもなるぜ。これじゃあ兵力を分散させすぎていざというときに各個撃破されて終いだぜ。」


 義秀はそう言うと、手元にある硯の中の墨を筆で取り、床に広げられた絵図に印をつけながら説明を始めた。


「それでまず残す城は、清洲(きよす)犬山(いぬやま)鳴海(なるみ)坂部(さかべ)蟹江(かにえ)。それと新しい城として岩崎城(いわさきじょう)の機能を移転させた末森城(すえもりじょう)松倉城(まつくらじょう)の機能を移転させた黒田城(くろだじょう)、そしてこの小牧山(こまきやま)にも城を築き、この九城を主要な拠点として扱って行くぜ。」


「ほう、この九城のみにするのか。しかしそれでは、各地の農村の統制が効かなくなるのではないか?」


 その説明を聞いた継意が義秀にこう言うと、義秀は継意の意見を聞くやその不安を取り除くように方策を述べた。


「まぁそれに付いては心配しないでくれ。そこでこの信頼と相談のうえで、各地の農村や集落の区域を新たに引き直し、この高家独自の郡として纏める。その上で郡を収める陣屋(じんや)を設け、そこに郡代を派遣してそれぞれの統治を任せようと思う。」


 義秀の言葉を聞いて信頼が賛同するように頷くと、義秀は懐から一枚の紙を取り出した。その中には軍制の細かい項目が書かれていた。


「で各郡は郡内の統治や政務のみを任せ、その郡から算出される米と金銭を元にして、各城主はそれぞれの足軽の雇用を決め、その足軽たちはそれぞれの城の城下に住みつき、いつでも動けるようにしてもらうんだ。そうすればいざ戦になった時に動員にかかる時間も少なくなるし、その分迅速な行動が出来るってわけだ。」


 その義秀の考えを聞いた秀高はよく考えられた方策だと考えた。もしこの方策を実行すれば農民たちが戦場に立つことが無くなり、戦は戦うことに専門的な足軽や武士たちの身が請け負う事で、精強な軍勢を組みやすくなると思ったのだった。


「そうか…それで義秀、どれくらいの郡に分けるつもりだ?」


「あぁ、こっちで試算したところだと…概ね二十五前後の郡に分けようと思っている。詳しい割り振りは信頼から聞いてくれ。」


 義秀からこう言われて話を振られた信頼は、検地帳とは別に編纂した尾張一国の分郡帳と呼ばれる行政区分を纏めた書物を秀高に献上すると、その分郡についてある一つの事を提案した。


「秀高、その分郡した後の郡代の人事なんだけど…例えば今、城代で赴任している継意さんたちを正式に城主に任じて、その城の管轄下になる郡代をそれぞれの子供たちや家来たちに優先的に振り分けさせるのはどうかな?」


「確かにな…その方が各地の城主もやりやすくなるだろう。どうかな?継意やみんなの意見を聞いておきたい。」


 その信頼の意見を聞いた上で秀高がそれ以外の家臣たちに意見を求めると、その中で率先して手を上げたのは、他でもない継意であった。


「であれば…この際にわしから殿に申し上げたき儀がございます。」


「そうか、遠慮なく言ってくれ。」


 すると、継意は秀高の方を振り向くと、手を床についてある事を頼みこんだ。


「どうかこのわしが任命されております、犬山城代の職を退きたいと思っておるのです。」


「どうしてだ?何か不満でもあるのか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが…」


 継意は秀高の言葉を受けてそう言うと、継意はその理由を語り始めた。


「そもそも、このわしが犬山城代の職に就いたのは、美濃(みの)の監視を目的としていたためにございます。しかし既に美濃とは同盟も結ばれ、東濃(とうのう)の方も美濃と互いに見つめておりますれば、何も問題はありますまい。それに何より…」


「それに何より?」


秀高が継意にその言葉の続きを尋ねると、継意は少し照れくさそうにしながらこう言った。


「それにわしにはやはり、殿のお側で仕えた方が身にあっておりまする故。」


「なんだじいさん、結構可愛いところあんだな。」


 と、義秀が継意に対してこう言うと、秀高はその言葉を聞いて高らかに笑い、継意を見ながらこう言葉を返した。


「はっはっは。まぁ、継意らしいな。分かった。これまで犬山城代の職、ご苦労だった。今後はこの那古野で政務に携わってくれ。」


「ははっ。この老骨の頼みを聞いて下さり、感謝申し上げまする。」


 と、継意が秀高に感謝して頭を下げると、その様子を見て可成が秀高にこう言った。


「では…殿、代わりの犬山城主を決めねばなりますまいな。」


「そうか…城主の職をか…」


 そう言うと、秀高は側近の津川義冬(つがわよしふゆ)が持ってきた各城の配置表を見ると、目の前にいる家臣たちと相談を始めた。


「今、清洲には織田於菊丸(おだおきくまる)、鳴海に佐治為景(さじためかげ)、坂部に久松定俊(ひさまつさだとし)を置いている。これとは別に荒子(あらこ)前田利久(まえだとしひさ)を蟹江に移し、松倉の坪内利定(つぼうちとしさだ)は黒田、岩崎の丹羽氏勝(にわうじかつ)を末森に移すとして、残るは犬山と新たに築城される小牧山の城主か…」


 秀高が配置表を見ながらこう言うと、それを聞いていた継意がこう進言した。


「殿、その犬山城の城主にござるが…安西高景(あんざいたかかげ)殿に任せてはいかがか?高景殿なれば、東濃の監視を難なく行えるかと思われまする。」


「そうか、高景か…分かった。高景を犬山城主の職に据え、その管轄下のうちの一つの郡代を息子の高朝(たかとも)に任せよう。それで残るは小牧山だが…」


 秀高はふと、隣に座る可成に視線を合わせると、徐にこう尋ねた。


「可成、この小牧山城主の役目、やってみる気はないか?」


「なんと、この某に…ですか?」


 その不意の提案を受けた可成は、最初驚いた様子で聞いていたが、次第に落ち着きを取り戻すと、秀高の意見に首を縦に振って頷いて答えた。


「…分かりました。小牧山なれば那古野と連携も取りやすくなりましょう。そのお役目、お引き受け致す。」


「そうか…じゃあ小牧山の事、よろしく頼むぞ。」


 秀高は可成に向けてそう言うと、その場の一同の方を振り向いて自身からこの制度施行に補足するようにこう指示した。


「それと、今まで行っていた月番登城制だが、今後は城主に格上げするので、この那古野に来るのは敵の侵攻時や他国への出兵など、重要な案件のみ招集をかけるので、その時に登城するように改める。」


「分かった。早速にも為景殿らにそう伝えておくよ。」


 秀高の指示を聞いて信頼が頷いて答えると、秀高はそれを聞いた上で盛政の方を向いてこう言った。


「盛政、築城の際は廃城にした建材を再利用させるが、もし人足が足りない場合はすぐに言上するように氏勝や利定らに伝えておいてくれ。」


「ははっ。幸い鳴海時代の建材も余っておりますので、容易に築城は捗ると思いまする。早速その旨をお伝えいたす。」


 盛政は秀高に対してこう言うと秀高は即座に頷き、そしてその場の一同に対してこう言った。


「よし、ならば来月にでも直ぐにこの軍制に移行させよう。義秀、引き続き軍奉行としてそれらの遂行を頼むぞ。」


「あぁ。直ぐにでも取り掛かるぜ。」


 義秀は秀高の指示を聞くや、胸をポンと叩いてそれを引き受けた。するとそれを聞いた後で信頼が秀高にまとめ上げた検地帳を提出した。


「秀高、その郡代配置の目安となる検地も、ご覧の通り完了したよ。検地の結果、この国の実質的な石高は五十七万九千三百石程となるよ。」


「…やはり新田開発をしないでそれだけの収入しかないのか。」


 秀高が信頼からの報告を聞きながら、信頼らが纏めた検地帳の中身を見た。見るとやはり水路開拓を行っている尾張北東部の地帯や尾張西部の川沿いの地域の石高は少なく、とてもではないが潜在的な石高には到底及ばないものであった。


「うん。でも集落の開発や水路の開拓など、それだけを行うだけでより大きな石高も見込めるよ。これからは新田を開発したたびに村長に報告してもらい、その都度奉行を派遣して農地の検地を行うようにさせるよ。」


「そうか…分かった。信頼もご苦労だった。」


 秀高は信頼を労うようにそう言うと、その場の一同に向けてこう言った。


「皆、聞いてくれ。二人の働きによって尾張の実情も分かり、またそれに向けての制度刷新も開始した。これからこの高家も飛躍的に発展するだろう。皆もそれに向けて精一杯働いて欲しい!これからも、どうかよろしく頼む!!」


「ははっ!!」


 その場にいた一同はそう言って返事をした。こうして信頼と義秀によって纏められた物は、結果的に尾張の国力増加に繋がる物となり、新田開発の目安や兵制改革といった抜本的な構造改革が、秀高の指導の下で始まろうとしていたのである…





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ