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1560年8月 大名としての子供たち



永禄三年(1560年)八月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)三年八月中旬。小高信頼(しょうこうのぶより)(まい)の婚姻から一か月余りが経過したこの日、那古野城内の本丸館において一つの産声が上がった。


「殿!殿!(れい)様、めでたく男子をご出産にございます!!」


 館内の高秀高(こうのひでたか)の居間において、今や遅しと出産の報告を、首を長くして待っていた秀高の元に、側近を務める津川義冬(つがわよしふゆ)が居間に駆け込んできて、第一報となる男子出産を秀高に伝えた。


「おぉ、そうか!再び男の子か…」


「おめでとうございまする!」


 と、喜びを爆発させた秀高に対し、同じく居間にて待機していた月番家老の三浦継意(みうらつぐおき)が秀高に祝いの言葉を述べた。


「ありがとう。それで義冬、玲の様子はどうだ?」


「はっ、玲さまはいたって平穏にございます。今、ちょうど同じころに陣痛が始まった静姫(しずひめ)様に侍女たちがお産の手伝いに向かっておりますので、今なら面会が出来るかと。」


 義冬が出産した玲の状況を聞いた秀高はそれを受けて頷くと、そのまま継意と共にお産を終えた玲が寝ている部屋へと向かって行った。


「あら、ヒデくん。」


 秀高が継意と共に玲が寝ている部屋に入ると、そこには(はな)が一人で玲に付きっきりで布団の側に座っていた。


「華さん、玲の様子はどうですか?」


「ええ、今は疲れたのか寝ているけど、しっかり頑張ってくれて産んでくれたわ。」


 華は隣に座った秀高にそう言うと、秀高は玲の横で寝る小さな赤子の顔を見ると、ふと微笑んで華にこう言った。


「しかし、今度の子は顔がどこか玲に似ていますね。」


「そうかしら。でも…そう言われてみると、どこか似ているかもしれないわね。」


 秀高と同様に華も赤子の顔を見つめるようにしていると、ふと目を閉じて寝ていた玲が目を覚まし、そこにいた秀高に気が付いた。


「あ、秀高くん…」


「あぁ、そのままで大丈夫だ。」


 と、玲が気がついて起きようとしたところを秀高は制して止め、そのまま横になるように促した。そして玲が再び横になると、秀高は視線を例に向けて優しく語り掛けた。


「玲、お疲れ様。また立派な子を産んでくれてありがとうな。」


「…うん。この子もきっと、徳玲丸(とくれいまる)熊千代(くまちよ)のような立派な子になってくれるよ。」


 玲が横にいる赤子を見つめながらこう言うと、秀高はその意見に賛同するように頷いた。するとそこに、徳玲丸と熊千代の世話をしていた大高義秀(だいこうよしひで)が入ってきた。すると、その姿を見た継意が義秀に語り掛けた。


「おぉ、義秀ではないか。若君を連れて参ったな?」


「あぁ。是非ともこの子らにも、赤子に触れさせてやりたいと思ってな。」


 義秀は継意から席を譲ってもらって秀高の隣に座ると、手を握っていた徳玲丸を秀高に預け、自身は座り込んだ膝上に熊千代を乗せた。


「分かるか徳玲丸。それに熊千代。」


 と、秀高も胡坐をかいていた膝の上に徳玲丸を座らせると、隣の熊千代にも言い聞かせるように語りかけた。


「この子はお前たちの新たな弟だ。これからもっと弟や妹が増えてくるかもしれないが、その時でも仲たがいや喧嘩をせず、共に仲良くするんだぞ。分かったか?」


「はい!」


 と、その言葉を聞いた徳玲丸が元気よく声を上げて返事をすると、隣にいた熊千代もその秀高の言葉を理解したのかうんと首を縦に振って頷いた。


「おぉ、良き返事にございますなぁ殿。」


 と、その光景を見て微笑ましく思った継意が秀高にそう言うと、秀高もその光景に微笑ましく思い、満足するように微笑んだ。


「そうだ。この子の幼名なんだが…すでにある程度考えてあったんだ。」


 秀高は徐にそう言うと、懐から何枚かの紙を取り出した。その紙の中には赤子の名前が書かれてあり、それを自身の目の前の床に置いた。


「折角だから、徳玲丸。この中から一つ選んでみろ。」


「はい。」


 すると徳玲丸はすくっと立ち上がり、自身の目の前にあった紙の中から真ん中の一枚を取り、それを父でもある秀高に手渡しした。秀高はそれを受け取ると、その中身を見た。


「…そうか。これはこの子に相応しい幼名だな。」


「どういう幼名なの?」


 玲が秀高に尋ねると、秀高は玲や継意らに見せるように、その紙の名前が書かれた方向を玲たちに向けた。


「名付けて「友千代(ともちよ)」だ。この子にはこの名の通り、兄弟みんな、友達のように仲良くして協力し合い、困難に立ち向かって行ってもらいたい。その念を込めて名付けようと思う。」


「友千代…良き名にございますな。」


 継意が秀高が示した名前を復唱するように言うと、それを聞いていた徳玲丸が友千代の傍によって小さな顔を触れながらこう言った。


「友千代…」


「そうだ徳玲丸。この子がお前の弟の友千代だ。熊千代共々、仲良くしてやれよ。」


 秀高が友千代の顔に触れる徳玲丸に対してこう言うと、徳玲丸は秀高の方を振り返ってこくりと頷いた。それにつられて一歳の熊千代も義秀の胡坐の中で赤子に振れたそうに腕を振っていた。


「殿!殿!」


 すると、その場に静姫のお産に当たっていた乳母の(とく)が現れた。その血相を変えた表情を見て、ただ事ではないことを察した秀高が徳に尋ねる。


「徳?静がどうかしたのか!?」


「いいえ、静姫様、めでたくお子様を御産みになられましたが…」


 徳は静姫が無事に出産したことを伝えたが、その場でなぜか言いよどんでしまった。秀高はその様子を見ると徳に再び尋ねるように聞いた。


「まさか…死産したとでも!?」


「いいえ…それが…」


 徳は秀高の言葉を否定すると、意を決して顔を上げて秀高にある事を伝えた。


「静姫様、男の子二人の双子を御産みになられました!」




「…しかし驚いたよ。まさか静が双子を産むなんてな。」


 玲が寝ている部屋とは離れた部屋において、玲の部屋に徳玲丸ら子供たちを華に預けて、やってきた秀高が横になって寝ている静姫に語り掛けた。すると静姫はそれを聞くとふふっと微笑んで秀高に言葉を返した。


「まぁね…でもお陰で立派な子供たちを産むことが出来たわ。」


 そう言うと静姫は横に寝ている二人の赤子を見つめた。それにつられて秀高も赤子の顔を見つめると、ある事に気が付いた。


「この…左側の子は俺に似ているな。」


 秀高がそう言ったのは、秀高から見て左側、すなわち静姫の近くで横になっている赤子の顔を見たからであった。静姫がその言葉を聞いてその赤子の顔を見ると、はにかむように微笑んだ。


「…そうね。どことなく、あんたに似ているわね。」


 すると、その言葉を聞いていた義秀がもう一人の赤子の顔を見つめると、二人に向かってこう告げた。


「じゃあ、こっちの方は静姫にどことなく似ているな。」


 その言葉を聞いて、静姫と秀高がもう一人の赤子の顔を見た。するとその顔は確かに、どことなく静姫の面影を感じさせるような面相をしていた。


「確かにな…こっちの子は間違いなく、凛々しく成長してくれるだろう。」


「そうね。でも、あんたに似ている方も、きっと立派な武将になってくれるわ。」


 秀高と静姫は互いに言葉を掛け合うと、二人ともふふっと微笑み、静姫と秀高との間に生まれた二人の命を温かい目で見守ったのだった。


「で、秀高。この子たちの名前はどうするの?」


「あぁ…名前か…」


 ふと、静姫から赤子の名前を聞かれた秀高は、懐に残っていた名前の書かれた紙を探った。先ほど徳玲丸が取った一枚を除いて何枚残っているかを探ると、丁度二枚の紙が残っていたのである。それを秀高は一枚ずつ確認するように中身を見た。


「すごいな…こんな見事に二人にぴったりな名前が残るんだな。」


「どういう名前なの?」


 静姫が秀高にその理由を尋ねると、秀高はその中から一枚の紙を静姫に見せるように名前が書かれた方を向けた。


「まず、お前に似ている赤子の方だが、静千代(しずちよ)というのはどうだろうか?その名の通り冷静沈着に物事を見て、しっかり対処してほしいという願いを込めて付けたんだ。」


「静千代…私の名前が入っているわね。」


 秀高の名前を聞いて静姫が感心してそう言うと、秀高はもう一人の赤子、自身の面影を残している赤子の方の名前を静姫に示すようにその紙の内面を見せつけた。


「それで俺に似ている方の赤子の名前は秀千代(ひでちよ)だ。武芸だけじゃなく学問にも秀で、それを世の為に使ってほしいという願いを込めた名前だ。」


「静千代に秀千代…こんなに二人にうってつけな名前は他にないわね。」


 静姫が微笑みながら、二人の赤子の顔を見つめていると、静姫がある事を思い出して秀高の顔を見つめながら尋ねた。


「…秀高、じゃあこの子の中から、私の実家の名跡を継がせてくれるの?」


「…もちろんだ。それはお前に似ている、静千代にいずれ託そうと思う。だから静、それまではしっかりと育て上げ、一廉(ひとかど)の武将にしないとな。」


 秀高が静千代の方を向きながらこう言うと、静姫もそれに頷いた。それを見つめていた継意や義秀らも、この日のうちに新しく生を受けた子供たちが生まれた瞬間を、秀高たちとともに味わっていたのだった。





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