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1560年1月 宴の裏で



永禄三年(1560年)一月 美濃国(みののくに)岩村城(いわむらじょう)




 高秀高(こうのひでたか)が年始の拝礼を行っている頃、美濃国の岩村城内の館の一室では、織田信隆(おだのぶたか)が配下を集めて密議を行っていた。


隆秀(たかひで)、尾張の状況はどうなっていますか?」


 信隆は、その場にいた一人の武将に話を振った。



 この武将、名を丹羽隆秀(にわたかひで)という。隆秀は元は丹羽秀重(にわひでしげ)という名を名乗っており、兄・丹羽長秀(にわながひで)の家臣として仕えていた。


 しかし尾張(おわり)侵攻の際に兄は自害し、弟である秀重は単身美濃岩村まで落ち延びてきて、そこで再会した信隆から一字を拝領し、丹羽隆秀と名乗って丹羽家の家督を継いでいたのである。




「はっ、近々尾張国内では秀高の命により、犬山(いぬやま)から庄内川(しょうないがわ)に至るまでの水路開拓が行われようとしております。早ければ今月中にも、工事が開始される模様です。」


「…そうですか、隆秀、その際に秀高を襲撃することは出来ますか?」


 薄暗い雰囲気の中の一室にて、絵図を囲むように座る信隆は、真向かいで報告していた隆秀に秀高襲撃の是非を問うた。


「畏れながら…秀高は尾張を制して以降、忍び衆の強化に取り組んでおり、国内には秀高配下の忍びが所狭しと配備されておりまする。いくら工事の最中とはいえ、秀高を襲うことは極めて難しいかと…」


 苦悶の表情を浮かべながら話す隆秀の説明を聞いて、信隆は苦虫をかみつぶすような思いでいっぱいだった。信隆にしてみれば、千載一遇の好機に暗殺が実行できないのはもどかしく思っていたからである。


「殿…秀高はかなり用心深い男。秀高に狙いを絞っての暗殺は極めて難しいかと思います。」


 と、信隆の隣に座り込んでいる前田利家(まえだとしいえ)も、信隆に秀高襲撃の難しさを説いた。


「もし、虚無僧たちの腕が確かな物であれば、かかる苦労はしなかったものを…」


 そう言いながら信隆は手にしていた扇を強く握りしめ、悔しい気持ちを露わにしたのだった。すると、それを聞いて堀秀重(ほりひでしげ)がある事を信隆に進言した。


「殿、ここは秀高ではなく、秀高配下の城主に狙いを定めてはいかがでしょうか?」


「配下の城主ですか…」


 信隆は秀重の意見を聞くと、そのまま視線を絵図に書かれている城の名前へと移し、見入るように見つめた。すると、その秀重の言葉を聞いて利家が反論した。


「しかし犬山の三浦継意(みうらつぐおき)鳴海(なるみ)佐治為景(さじためかげ)などは身辺に抜かりなく、他の城主も警護をしっかりしていると聞くが?」


「いえ、一つだけ、僅かなねらい目がありまする。」


 秀重は利家にそう言うと、その自信の思惑を元にした、狙い目の城主が掛かれている場所を指さした。


「何、それを狙うのか?」


「…確か虚無僧たちからの情報では、その者は国境の見張りに注力するあまり、自身の近辺は少し用心が足りてないと聞きますね。」


 その指さされた場所に書かれてある城主の名前を見て、信隆も虚無僧たちが集めてきた情報をその場の皆に話した。


「はっ。されば好機があるとすれば、この者を置いて他にないかと。」


 信隆の顔を見つめながら、秀重は付け足すようにこう話した。すると信隆は利家に向かってある事を命じた。


「では、この者の襲撃を行うとしましょう。利家、虚無僧たちにこの者を襲撃するように命じなさい。期間や方法に制限はありません。機を見計らい、確実な方法で仕留めるようにしなさい。」


「ははっ。しかと承りました。」


 利家は信隆からの命令を受け入れると、そのまま一礼して立ち上がり、外に控えている虚無僧たちにそのまま命令を伝えたのだった。その命を受けた虚無僧たちは方々へと散っていき、命じられたものへの襲撃の段取りを始めたのだった。


「…これで秀高に損害を与えることが出来ます。成功すれば、秀高も戦略の練り直しを迫られることでしょう。」


 信隆が残った者達にそう言うと、そこに利家が戻ってきた。その利家は部屋に入る前に早馬からある書状を受け取り、部屋に入ってくると信隆に報告した。


「殿、先程早馬がこれを届けて参りました。」


「え?早馬が?」


 信隆は利家からその書状を受け取り、徐に封を切ってその中身を見た。すると信隆はそこに書かれてあったことを見てほくそえみ、そのままその場の者達にこう伝えた。


「皆、聞きなさい、長尾景虎(ながおかげとら)北条(ほうじょう)征伐を行うそうよ。」




「そうか…やはり景虎殿は動いて来たか。」


 所変わってここは三河岡崎城(みかわおかざきじょう)。本丸館において松平元康(まつだいらもとやす)本多重次(ほんだしげつぐ)から同じように長尾景虎の動きを伝えられていた。


今川(いまがわ)殿の早馬によれば、長尾勢は昨年秋から上野(こうずけ)に留まり、関東諸将の切り崩しと参集を行っていた様子。それに応じ、関東全域の諸将が景虎の元に集まったそうじゃ。」


「関東全域だと?」


  元康が重次の言葉を聞いて驚くと、同じく報告に来ていた酒井忠次(さかいただつぐ)が元康の言葉に反応してこくりと頷くと、そのまま元康に向かって話し始めた。


常陸(ひたち)佐竹(さたけ)氏に上総(かずさ)里見(さとみ)氏、それに下野(しもつけ)宇都宮(うつのみや)氏に下総(しもうさ)千葉(ちば)氏など、関東の名だたる諸将が各々軍勢を率い、上野の景虎の元に集まったそうでござる。その数、およそ十三万。」


「十三万!?それほど多くの軍勢が集まったのでござるか?」


 と、その報告を聞いていた本多忠勝(ほんだただかつ)が忠次に聞き返すように尋ねた。


「うむ。対する北条殿についた国人は数えるほどしかおらず、北条家譜代の家臣のみが北条方に残り、それ以外はすべて景虎の方についたそうじゃ。」


「…これは、いささか氏康(うじやす)殿とて苦戦するであろうな。」


 忠次の言葉を聞いた元康は、腕組みをしながら自身の意見を述べた。すると重次が我が意を得たように床をドンと叩き、元康にある事を報告した。


「そこじゃ殿!聞けば今川殿は国内の不和を理由に、氏康殿からの派兵要請を断ったそうじゃ!」


 その報告を聞いて元康は内心呆れ返った。今川氏真(いまがわうじざね)が述べた国内の情勢というのは方便で、実際のところは長尾勢有利と見た氏真が、怖気づいて援軍要請を断ったのだ。と元康は解釈した。


「…些細な理由で断るとはな。氏真殿らしくもない。」


「殿、ここに至りては、そろそろ今川を見限る準備を始めませんと…」


 と、石川数正(いしかわかずまさ)が元康に対して頭を下げ、暗に独立を促してきた。すると元康は腕組みを解き、数正の方を向いてこう言った。


「いや、今独立するのは得策ではない。刈谷(かりや)水野忠重(みずのただしげ)上ノ郷(かみのごう)鵜殿氏長(うどのうじなが)も、氏真殿の命令を受けてこの岡崎を見張っておる。それに未だ家臣たちの掌握が済んでない今では、独立してもひねりつぶされるだけよ。」


「しかし殿!それではいつまでこの状況を耐えよと仰せになられるおつもりか!」


 重次は元康の言葉を聞くと、元康を睨むように見つめ、自身の思いをそのまま元康にぶつけるように言い放った。すると元康はふっとほくそ笑むと重次に向かってこう言い返した。


「落ち着け作左。何も十年二十年耐えろと言っている訳ではない。判断するのは小田原の状況如何で決める。」


「小田原の状況如何、ですか。」


 忠次が元康の言葉を聞いてオウム返しのように言うと、元康はそれに頷いて言葉を続けた。


「そうだ。それと一回、秀高殿と話をしておきたい。」


「なんと、高秀高と会われるというので!?」


 その元康の考えを聞いて忠勝がいの一番に驚いた。すると、元康は忠勝の言葉に対して頷いた。


「独立するとなれば、後背の尾張、すなわち秀高殿とは同盟関係を施しておきたい。その為にも秀高殿と単身で話し合い、その本心を窺っておきたいのだ。」


 元康はそう言うと、数正の方を向いてある事を指示した。


「数正、服部半三(はっとりはんぞう)に命じ、尾張の秀高殿と接触する機会を作るように命じよ。そうすれば秀高殿の事、きっと会いに来てくれるに違いない。」


「しかと、承りました。」


 数正は元康の命令を聞くと、それに承服の意を示すように頭を下げた。その後元康は重次らの方を振り向いてこう言った。


「秀高殿の話し合い、そして小田原の戦況如何で、独立する状況は変わる。それに対応できるように、家臣団の掌握を進めてくれ。」


「ははっ!」


 その元康の命令を受けて、重次らは頭を下げたのだった。こうして、尾張で秀高らが宴会を催している中で、美濃と三河でそれぞれの思惑が動き始めようとしていた。そして関東での長尾と北条の戦いが、それからの歴史の行く末を大きく変えることになろうとは、この時誰も予想していなかったのである。





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