表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/554

1560年1月 年始の始め



永禄三年(1560年)一月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 明けて永禄(えいろく)三年一月の元旦。那古野城の評定の間では、高秀高(こうのひでたか)三浦継意(みうらつぐおき)ら譜代の重臣一同を集めて年賀の拝礼を執り行っていた。


「殿、新年、明けましておめでとうございまする!」


「おめでとうございまする!!」


 評定の間の下座にて、上座に座る秀高と真正面に座る重臣一同は、継意の音頭に合わせて秀高に年始の祝いの言葉を述べた。その重臣たちの先頭には、秀高に対して頭を下げる大高義秀(だいこうよしひで)夫妻に小高信頼(しょうこうのぶより)らの姿もあった。


「うん。皆ありがとう。昨年における皆の働きは見事だった。今年も去年と変わらぬ忠勤を期待するぞ!」


「ははっ!!」


 秀高は下座の重臣一同に向かってこう声をかけると、重臣一同は再び頭を下げてその言葉を受け取った。その後、同じ評定の間において、ささやかな年始を祝う宴会が行われ、重臣たちの前には(うめ)たち女中たちが丹精込めて作った正月料理が運び込まれた。


「皆、今日は無礼講だ。新年とこれからの高家の繁栄を祝い、大いに飲み交わしてくれ。」


「ははーっ!」


 重臣たちは秀高よりその言葉を受けると、各々に用意された徳利を手に取ると、隣同士に座る者達と酒を酌み交わし始めた。その中で、筆頭家老でもあり、秀高に近い位置に座っていた継意は、次席家老でもある森可成(もりよしなり)から御酌を受けた。


「継意殿、どうぞ一献。」


「あぁ、かたじけない可成殿。どうかな?この高家の空気に慣れましたかな?」


 継意は可成から御酌を受け取り、盃を持ちながら話しかけた。すると可成は徳利を床に置くと、上座で(れい)静姫(しずひめ)らと和やかに談笑している秀高を見つめながらこう言った。


「えぇ。最初はどうなるかと思いましたが…いざ加わって見れば殿の慧眼と才能に触れ、やはりあの選択は間違ってはいなかったのだとつくづく思いまする。」


「左様か。いやしかし、可成殿にも見えぬところで、きっと殿も些か苦労されておると思う。」


「…というと?」


 継意の言葉を聞いて可成が継意に聞き返すと、継意は盃の酒を一口に飲み干してつぶさにこう言った。


「…知っての通り可成殿は元織田家の家臣。尾張統一以降、この高家は元織田家の家臣と山口家の家臣、それに殿の股肱の家臣の寄り合いとなった。この三すくみが対立し、内部分裂に至らぬよう、きっと殿は知らないところで苦慮されておると思うてな。」


 その継意の真意を聞いて、可成はどこか腑に落ちたのか考え込んだ。




 確かにこの数年の間、秀高の家臣たちやその領土は飛躍的に増えており、いつその歪みが噴出するのか不思議ではなかった。元の世界で大名家内部での内紛を信頼から聞いていた秀高は、家臣たちの不和を解消するために領地争いや訴訟の案件を信頼に任せ、両者の顔が立つように取り計らうように命じていたのだ。


 また尾張統一後、秀高は家臣たちに不要な内部対立を厳しく禁じ、その監査役として軍目付(いくさめつけ)滝川一益(たきがわかずます)をして家中の統制を図っていた。これによって元織田家家臣と高家家臣の内部紛争の芽は噴出しなくなっていたのである。




 それらの施策の効果があって、このように正月の宴会でありながら、その場の雰囲気は全体が和やかな空気に包まれ、元織田家家臣も高家家臣も互いに胸襟(きょうきん)を開いたようにすっかり打ち解けていたのだ。


「確かに、尾張統一からわずか一年でありながら、これまでに打ち解けた雰囲気を出させるには、並々ならぬ苦労があったでしょうな。」


「如何にも。しかしそのお陰で、わしはこうして可成殿と和やかに酒を酌み交わすことが出来ておる。今はその喜びを、共に味わおうではないか。」


「…そうですな。継意殿。」


 そう言うと可成は微笑み、盃を手に取ると継意から酒を受けたのだった。このように宴会は華やかにすすみ、やがて重臣たちがそれぞれ秀高の前に進んで、各々言葉を交わし始めた。


「殿、改めて新年誠におめでとうございまする。」


 その中で、織田信勝(おだのぶかつ)の遺児・織田於菊丸(おだおきくまる)の後見を務めている織田信包(おだのぶかね)が、秀高に向かって挨拶を行った。


「おぉ、信包。於菊丸は元気にしているか?」


「ははっ。この頃は養育係に文字や作法を教えられておりますが、全ての呑み込みが早く、この頃は自発的に平仮名の書物を読んでおりまする。」


「そうか。それは将来楽しみだな。」


 秀高は信包から於菊丸の現況を聞いて微笑んで喜ぶと、信包はふふっと微笑んで秀高にこう言葉を返した。


「楽しみと申せば、お二人の奥方もめでたくご懐妊為されたではありませんか。」


「あ、そうか。それもそうだな。」


 信包からこう言われた秀高は、不意を突かれながらも照れながら言葉を返した。


「まぁこれで静も初めて子を宿したことになる。でも今は俺だけじゃなく、子供を産んだ経験がある玲も静の事を補佐してくれている。これほど静にとって心強い事はないと思うよ。」



 この時、玲と静姫のお腹の中には、新しい命が宿っていたのである。懐妊したのは今からおよそ二ヶ月前。鳴海城(なるみじょう)にて三人一緒に一夜を過ごしてからしばらくしてからの事であった。



「あら、それじゃあまるで私が出産を不安に思っているみたいじゃない。」


「そ、そうか?そう言うつもりで言った訳じゃないんだけどな…」


「秀高くん、もっと言い方を考えないと駄目だよ?」


 と、玲が発言した秀高を注意すると、静姫はお腹に手を当てて玲に対してこう言った。


「玲、良いのよ。誰だって最初は不安に思うわ。でも、このお腹の中にいるのは、間違いなく秀高との子供。絶対に丈夫な子を産んで見せるわ。」


「あぁ、俺も静との間の子を楽しみにしているぞ。もちろん、玲、お前との新たな子もな。」


 秀高はそう言うと、静姫とは真向いの位置に座る玲の方を向き、優しく語り掛けた。


「うん。今度も立派な子を産んで見せるから、楽しみにしててね。」


「これは、さぞご誕生の時が楽しみになりましたな。」


 そのやり取りを見て、信包が嬉しそうに秀高にこう言うと、秀高はその言葉に首を縦に振って頷くと、やがて手にしていた盃に信包から酒を貰い受け、それを一口に飲み干したのだった。


「殿、新年あけましておめでとうござりまする。」


 その後、その場を立った信包と入れ替わって、秀高の目の前に現れたのは、安西高景(あんざいたかかげ)であった。高景は秀高の目の前に座り込むと、上座に座る秀高らに向かって深々と頭を下げた。


「あぁ、ありがとう高景。」


 すると、高景は頭を上げると、秀高に向かって徐にある事を切り出した。


「実は、今年に我が子が元服を迎える事になりまして、何卒烏帽子親(えぼしおや)を殿に引き受けていただきたいのです。」


「何?烏帽子親を?」


 その頼みを聞いて、秀高は非常に驚いたのだった。



 この戦国時代において、俗に言う烏帽子親(えぼしおや)というのは非常に重みがある物であった。元服の儀式のおいて烏帽子親の役目は非常に重く、元服する者の前髪を剃り落とし、続いて烏帽子を被せるという重要な役目であったのだ。この役目を担うのはたいてい有力者や主君が主とされており、秀高にとっては初めて、元服の儀式に携わることになるのである。



「そうか…それならば今後のことも踏まえて、その役目を俺が担おう。」


 秀高は高景の頼みを聞き入れて快く返事をすると、高景はその返事に大層喜び、頭を一回下げた後に秀高に向かって感謝の言葉を述べた。


「ははっ、ありがたきお言葉にございまする!では後日、我が屋敷にてお願いいたしまするぞ!」


 秀高は高景の言葉を聞き入れると、微笑みながら頷き、その高景の盃に秀高自身で酒を注いだのだった。




 やがて後日、那古野城下の高景屋敷にて、高景の嫡子の元服式が執り行われた。秀高はその場に烏帽子親として臨席すると、前日に継意から教え込まれた作法通りに嫡子の前髪を剃り落とし、その頭に烏帽子を被せ、烏帽子に付いている紐を顎で留めた。


「うん。非常に凛々しいぞ。」


「はっ、ありがたきお言葉にございまする。」


 嫡子は秀高の言葉を聞いて手短に感謝の意を述べ、その様子を見ていた高景は感慨深い面持ちで見つめていた。その後秀高は高景の家臣から一枚の書状を受け取ると、それを嫡子の前で広げ、その中に書かれている名前を嫡子に見せた。


「お前に新たな諱を授けよう。俺の「高」の字と、安西氏の始祖、安西朝景(あんざいともかげ)殿の一字を拝領し、安西高朝(あんざいたかとも)の名を授ける。以後、この名を名乗ってくれ。」


「ははっ!ありがたき名、(かたじけな)く受け取りまする!!」


 その名を聞いた高朝は、秀高に向かって深々と頭を下げ、それを傍らで見守っていた高景も、日高の計らいに感激してその場で涙を浮かべていたのだった。


 こうして高景の嫡子、高朝はめでたく元服の儀を終え、高家の新たな家臣として仕え始めた。秀高は高朝を側近として使い始め、武士として、家臣としての振る舞いを身に付けさせるべく那古野城内での奉公を始めさせたのであった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ