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1559年10月 祝いと静姫の願い



永禄二年(1559年)十月 尾張国(おわりのくに)鳴海城(なるみじょう)周辺




 この日、高秀高(こうのひでたか)鳴海(なるみ)周辺の領民たちより豊作祝いの祭りへの招待を受け入れ、僅かな家臣と(れい)静姫(しずひめ)の二人を伴い、鳴海周辺の村落へと赴いていた。


「おぉ、殿様!お久しゅうございますなぁ!」


 やがてその場所に秀高が姿を現すと、その姿を一目見た農民たちは、かつてこの地域を治めていた領主の姿を懐かしむように歓迎し、秀高の傍に近寄ってきた。


「お前たち…元気そうで何よりだ。それ以降は息災でいたか?」


「へぇ!ここを治めてくださっている為景(ためかげ)様のお力もあって、この辺りは例年以上の豊作になっただよ!そのお陰でこの村や周囲の村々のみんなも、何不自由なく過ごせてるだ!」


 農民の一人が秀高の手を取ってこう言うと、その豊作祝いの祭りに付いて来ていた森可成(もりよしなり)が、秀高に対してこう進言した。


「無論この地域だけではありませぬ。春日井郡(かすがいぐん)海東郡(かいとうぐん)も豊作になった村々があり、皆一様に殿の治政を褒め称えておりまする。」


「うん。そっちの方には俺の代理として義秀(よしひで)信頼(のぶより)が向かってくれている。大きな台風もなかったし、皆無事に山を乗り越えてくれたな。」


 秀高の言葉を聞いて可成が頷くと、領民たちは到着した秀高らを案内し、その村の中心部へと連れて来てくれた。中心部では実を刈り取った稲穂の束が山積みに積まれており、その周囲を、田楽の音楽に合わせて田楽踊りを踊る村々の人々が、円を描くように回っていた。


「さぁ、どうぞこちらにおかけになってくだせぇ。」


 農民の一人は秀高らを長椅子に座るように促し、秀高らはその言葉を聞いて長椅子に腰を下ろした。すると村の娘たちが秀高らの目の前にささやかな膳を持ってきてくれた。


「あら、これは…」


「へぇ、それはこの村からのささやかなおもてなしですだ。どうか召し上がってくだせぇ。」


 その農民の言葉を聞いた静姫は、目の前の膳から盃を取ると、その盃に村娘がどぶろくを注いだ。静姫はどぶろくに一口付けると、その味わいに感動した。


「うん。とても美味しいわ。」


「ありがてぇお言葉ですだ。これも実った米のお陰ですだ。」


 静姫に続いて秀高やほかの家来たちも、村娘からどぶろくを注いでもらい、各々それを口に運んだ。すると皆一様にどぶろくのおいしさに満足し、その味を以って豊作の実感を更に高めたのだった。


「そう言えば殿さま、この村で余った米なんだけども、本当に収めなくてもいいだか?」


 農民の一人がふと、秀高にこう告げてきた。秀高が領主時代に施行した定免制(じょうめんせい)は尾張一国を有して以降、尾張全土にも適用されて余った米は村の蔵米として各自蓄えておくように命じられていたのだ。


「もちろんだ。その蔵米は今後の不作の時に大いに役立つ。それまでは村で大事に保管しておけ。きっと役に立つ時が来るさ。」


「へぇ、殿さまがそう言うなら分かっただよ。」


 農民が秀高の言葉を聞いて、納得して引き下がると、それを聞いていた山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高にこう進言した。


「殿、尾張全土の農民たちは、今までの税制とかなり違う定免制について、半ば不信がっている農民も多いと聞きまする。ここは現地の代官や奉行に命じてその意義をしかと教え込むのが必要かと思われますが?」


「そうだな…代官や奉行に、その旨を伝えておいてくれ。」


「ははっ。」


 盛政に秀高がこう告げているさなか、農民たちは秀高の目の前に臼を用意し、その中にふかしたもち米を放ると、そのまま杵を取り出してもち米を突いた。その餅込めがつかれるたびに農民たちは声を上げて応じ、その光景を見て秀高らも自然と声を発した。


「お待たせしました。胡桃餅にございます。」


 農民たちはそう言うとお手製の胡桃餅を秀高らの目の前に献上し、秀高らはそれを受け取ってそれを食べ始めた。その胡桃餅を食べた秀高は一言、手短に味の感想を農民たちに伝えた。


「うん、美味いぞ。」


「おぉ、それはありがてぇ言葉ですだ!ささ、皆さまもどうぞ…」


 と、農民たちは秀高の周りにいる家臣たちに胡桃餅を食すように勧めた。すると可成ら家臣たちも一様に胡桃餅の味わいに舌鼓を打ち、皆満足した表情を見せたのだった。やがて農民たちは田楽の音色につられるように、再び輪になって集まり田楽踊りを踊りだした。すると、その踊りを見ながら玲と静姫の二人が秀高の傍近くに近づいた。


「本当に、いつみても心が落ち着く風景ね。」


「あぁ。そうだな。」


 静姫の言葉に秀高が優しい口調で答えると、その隣にいた玲も秀高に声をかけた。


「この風景を共有出来て、私も嬉しいな。」


「うん、俺もみんなとこの喜びを分かち合えて、とても感謝しているよ。」


 そう言うと秀高は農民からどぶろくが入った徳利を受け取ると、それを空になっていた静姫と玲の盃に注いだ。二人はそれを受け入れると、その盃を口に持ってきて飲み干した。


「また、こんな風に喜び合えたらいいね。」


「うん。俺もそう思うよ。」


 この玲と秀高の会話を聞いて、静姫も微笑みながらその田楽踊りを見つめていた。こうして華やかな祭りの時間は過ぎていき、いつしか夜も更けて秀高らは今宵の宿泊地でもある鳴海城(なるみじょう)へと入城した。




「おぉ、殿。よくぞお越しになられました。」


 鳴海城の城門前では、城代の佐治為景(さじためかげ)と息子の佐治為興(さじためおき)が秀高らを出迎えた。秀高は二人の目の前で下馬して二人に近づくと、声をかけてきた為景に言葉を返した。


「二人とも、出迎え感謝する。また農民たちの喜ぶ声を聞けて、とても満足しているよ。」


「左様にございますか。今日は寝所を用意しております。ささ、中へ…」


 秀高は案内する為景の後を付いて行って城内に入った。やがて本丸の中に入ると、可成ら家来の皆は別の一室に案内され、秀高らはかつて自身が済んでいた居間へと通されたのだった。


「では、何卒ごゆっくり…」


 案内した為景はそう言うと、居間の襖を閉めてその場から立ち去っていった。今の中には一つの蝋台と敷き布団が二枚敷かれており、秀高と玲、そして静姫の三人はその布団に腰を下ろしたのだった。


「ふぅ、今日はとても楽しかったな。」


 秀高が身に付けていた着物の上着を脱いでそう言うと、少しほろ酔い加減の静姫がそれに頷いた。


「えぇ、今日は秀高に付いて来て正解だったわね。」


「そうか?二人はずっと徳玲丸(とくれいまる)熊千代(くまちよ)の世話をしていてくれただろう?偶には羽を休める時間があっても良いと思ってな。」


 この時、秀高の二人の子供は那古野城(なごやじょう)にて乳母(うば)(とく)が預かっており、更に侍女の(うめ)(らん)親子も付きっ切りで二人の世話をしてくれていた。そのお陰で静姫と玲は心機一転で秀高に付き従ってくることが出来たのである。


「まぁ、それもそうだけど…」


 すると、静姫は小袖を脱いで下着の着物一枚になると、秀高をまるで誘惑するようにこう言った。


「私としては、ついに好機が訪れたと思ってね。」


「な、何がだ?」


 その静姫の姿と言葉を聞いて、一瞬動揺した秀高は急に姿勢を正してその理由を聞く。それと同時に、それを見ていた玲も頬を赤らめて呆気に取られていた。


「何がって…分かっているくせに。」


 そう言うと、徐に秀高に近づいた静姫は体を密着させる距離まで近づき、耳元で囁くようにこう言った。


「あんたとの子を作ることよ。」


「…!?」


 その言葉を聞いて秀高は驚き、囁いてきた静姫の顔を見つめた。すると静姫の瞳は真っ直ぐ秀高を見つめ、それと同時に右手を秀高の胸に添えるとこう言った。


「もう、あんたとの付き合いも長いじゃない?でも、あんたと玲の関係や、二人との子供たちと接していると、だんだん私もこう思って来たの。「私にも、あんたとの子供が欲しい」ってね。」


「…静。」


 秀高が静姫の名前を呼ぶと、それに反応して静姫は微笑み、更に言葉を続けた。


「今までは、折り合いが悪くって出来なかったけど、丁度いい機会だし、ここであんたとの子を成したいと思っているのよ。」


 そう言う静姫の言葉を受け止めた秀高は、静姫の顔を見つめ返すと、尋ねるように聞いた。


「…本気なんだな?」


 すると、静姫は聞いてきた秀高に対して咄嗟にこう返した。


「ここまでしておいて、それが嘘なんて私が言うと思っているの?」


 その静姫の言葉を聞いた秀高は、静姫の肩に手を置いた。すると、それを見ていた玲が二人の間に入ってきた。


「ま、待ってよ秀高くん!」


「あら?玲、まだ貴女も子供が欲しいの?」


 その慌てた様子を見た静姫が、玲に対してこう言うと、玲も小袖を脱いで下着の着物一枚になると、秀高や静姫に対してこう言った。


「二人の気持ちはよくわかるよ。でも…それを傍で黙って見ているなんて出来ないよ。」


「ふふっ、貴女も正直ね。」


 静姫が玲の回答を聞いて微笑んだ後、視線を秀高に送った。すると秀高は二人を見つめると、呟くようにこう聞いた。


「二人とも、それで良いんだな?」


「うん。静と一緒なら、なんの心配もないよ。」


「私も…玲と一緒なら不満はないわ。」


 その言葉を聞いた秀高は、敷き布団へと倒れ込むように二人に抱き付いた。その後、三人は薄暗い蝋台の灯りの中で、翌朝になるまで互いに身体と心を交わし合ったのだった。





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