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1559年10月 実りの秋



永禄二年(1559年)十月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)二年十月初旬。那古野城内の高秀高(こうのひでたか)の書斎には、重臣たちが各々の書類を持ち合い、収穫し終えた農村からの米の収穫高を報告し合っていた。


「…以上、合計すると今年の収穫高は総合で五十七万六千二百三十石と八斗。これから各支城の予備米と農村部の蓄えを覗くと那古野城の蔵米に入るのは、二十三万二二五〇石と一斗だね。」


 米の収穫高の帳簿を見ながら小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高に収穫高の総数を言うと、信頼は近くに控えていた(まい)に帳簿を手渡しした。舞は秀高の書斎で帳簿の取り出しや書類の管理を行っており、特別にこの席に同伴を許されていたのだ。


「そうか…貞勝(さだかつ)、尾張一国の石高から見て、今回の収穫高は適正な値だろうか?」


 と、秀高は上座の席に設けられている机の前で、腕組みしながら家臣の村井貞勝(むらいさだかつ)に収穫高についての所見を尋ねた。


「そうですな…尾張侵攻などの戦があってすぐの年とはいえ、殿が打たれた方策の影響が出たのか、一国総数の石高としては概ね平均的な収穫高になったかと思われまする。」


「そうか。俺が行ったことが結果的に実を結んだんだな。」


 秀高が貞勝の所見を聞いてしみじみとこう言うと、下座にいた月番家老の丹羽氏勝(にわうじかつ)が秀高の言葉に賛同するように意見を発した。


「左様ですな…可成(よしなり)殿に命じられた堤防の修繕のお陰で嵐の季節を難なく乗り越えることが出来、尚且つ農兵たちの軍役免除の効果も見込まれた結果でございますな。」


「如何にも。民の力なくしては国は成り立たぬ。殿の信念のお陰で通常通りの収穫になったのは、重畳と申してよいかと思いますぞ。」


 氏勝の言葉に続いて、その席にいた森可成(もりよしなり)も秀高に意見を言った。そして山口盛政(やまぐちもりまさ)も秀高に対して自身の所見を申し述べた。


「殿、これで殿が目指す、富国強兵への道筋がつきましたな。」


「いや、むしろここからが始まりだ。この収穫で得た米を元手に、様々な方策を打ち出していく。美濃(みの)との同盟が成ったおかげで、両国の商人の往来も盛んになっている。いよいよ交易に力を入れる時だろう。」


 秀高はそう言うと、以前蟹江(かにえ)帰蝶(きちょう)の庵を訪れた帰りに木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)から差し出された一本の針を取り出した。その針を見て、盛政が呆気に取られながらこう言った。


「それは…針にございますか?」


「あぁ。この針を使う織物、即ち木綿の織物を作るんだ。藤吉郎が言うには、知多郡(ちたぐん)一帯は綿栽培に向いているらしい。その一帯で綿栽培を開始し、出来た綿で織物を作ろうと思う。」


「なるほど…綿織物ならば普段使いに重宝しやすく、ほとんどの季節に使える着物になりましょう。栽培して損はないかと思われまする。」


 秀高の考えを聞いて可成がこう意見すると、秀高は可成の言葉を聞いて微笑みながら頷くと、我が意を得たように話を続けた。


「実は皆もそう言うと思って、今回為景(ためかげ)配下の足軽武士が木綿栽培に長けているらしく、今回その者に栽培の一切を任せようと思う。入ってきてくれ!」


 秀高は居並ぶ重臣たちにそう言うと、書斎の外に向かって一言呼び掛けた。するとその書斎の襖が開き、その書斎の中に一人の武士が入ってきた。武士はその書斎に入ると、入り口の辺りで正座して座り、重臣たちに向かって一礼した。


「お初にお目にかかります。佐治為景(さじためかげ)様に仕える足軽武士、平野萬右衛門(ひらのばんえもん)と申します。」


「萬右衛門は今回の申し出を聞いて、事前に為景の許しを得て来てくれた。萬右衛門、その綿栽培に長けている地域はどのあたりか?」


 すると萬右衛門は一歩前に出ると、上座の秀高に向かって自身の見通しを語った。


「畏れながら…かつての為景様の居城があった大野(おおの)の辺りが宜しいかと思いまする。大野の辺りは綿栽培に適しており、また港も近くにありますれば、将来的に輸出をする際にとても便利なものになるかと。」


「大野か…そこを起点に知多郡一帯に綿畑を広げていくわけだな?」


 その萬右衛門の見通しを聞いた可成が、萬右衛門に尋ねると、萬右衛門はその言葉に首を縦に振って頷いた。


「如何にも。ゆくゆくは知多郡の丘陵地帯を有効活用し、綿畑を広げて綿栽培の一大地点にしたいと思いまする。」


 その萬右衛門の言葉を聞いた後、秀高は重臣たちの顔色を窺った。重臣たちは萬右衛門の言葉に納得したのか、各々顔色を明るくしてそれぞれ頷きあっていた。


「皆、異存はないようだな。よし、萬右衛門。お前を大野村の村長とし、綿栽培一切を任せる。今後は綿屋六兵衛(めんやろくべえ)と名乗り、綿栽培と同時に綿織物の商人として活動してくれ。」


「ははっ!ご下命、しかと承りました!」


 萬右衛門改め六兵衛は、秀高からの指図を受け取ると、頭を下げて拝命し、その場を去っていった。その六兵衛が去った後、盛政は秀高にある事を尋ねた。


「それにしても殿、どうして綿栽培などを思いついたので?」


「あぁ、昔の文献を見ていたら、遥か昔に三河(みかわ)天竺人(てんじくじん)がたどり着き、そこで綿の栽培を伝えたと見たんだ。もしかすれば、気候も近いこの尾張でも栽培が出来るんじゃないかと思ってな。」


 秀高の考えを聞いた盛政は、その理由を聞いて納得すると、秀高は更にもう一つの理由を語った。


「…それに綿にはもう一つの価値がある。」


「もう一つの価値?」


 秀高の言葉に引っ掛かったように、氏勝がその言葉を復唱するように言うと、秀高はある事を言った。


「綿は鉄砲の火縄の原材料にもなっているんだ。もし鉄砲の需要が増大すれば、それと同時に木綿の需要も広がる。そうすれば…」


「…その利益は大きいものになりますな。」


 秀高の言葉を補足するように言った可成の言葉を、秀高は頷いて応えた。


「それだけじゃない。実はゆくゆくは、この尾張にも鉄砲鍛冶を招聘し、国内で鉄砲の生産を行いたいと思っているんだ。」


「なんと…鉄砲鍛冶を招聘なさると?」


 この秀高の考えを聞き、盛政が一番驚いた反応を示した。



 この時期、鉄砲を生産している一大産地は和泉国(いずみのくに)(さかい)近江国(おうみのくに)国友(くにとも)、それに紀伊国(きいのくに)根来(ねごろ)など、畿内各地に分散していた。


 それらから一旦鉄砲を購入するとなれば、手数料を含んだ多額な金銭を必要としていた為、戦国大名たちは、独自の鉄砲鍛冶を抱えて安い金銭で鉄砲を手に入れる方策を模索し始めていたのだ。



「もし鉄砲鍛冶が招聘できるようになって、この木綿を用いた火縄を駆使することが出来れば、俺たちの戦力の増強に益々拍車がかかるようになるだろう。その為の布石を、今ここで打っておこうという目的もあるんだ。」


 その秀高の言葉を重臣たちは自然と食い入る様に聞きこんでいた。その中で唯一、可成は秀高に対して言葉を発した。


「いずれにせよ、木綿の栽培には害は一つもないという事ですな。」


「そう言う事だ。あとは六兵衛に任せて成果を待とう。」


 秀高の言葉を受けて、重臣たちは頷いて応えた。その後、秀高は先に話し合われた灌漑のための水路計画について貞勝からある報告を受けた。


「そう言えば殿、水路計画についてですが、名主たちの協力を取り付け、早ければ来年の年初から工事に取り掛かれますぞ。」


「何、それは本当か?」


 秀高が貞勝の言葉を聞いてこう尋ねると、貞勝はそれにはいと答えてその場に絵図を広げ、水路計画の練られた内容について語った。


「概ね用地の収用並びに水路の敷設用地の確保は進み、あとは人足の確保とそれに伴う費用の算出のみとなっておりまする。道のりとしましては、先般申し上げた通りの行程を進みまするが、それについて一つ提案したき議がありまする。」


「提案?なんだそれは。」


 貞勝の言葉を聞いた秀高が反応し、貞勝に尋ね返すと、貞勝は絵図を指さしながら秀高に対して進言した。


「実はこの水路開拓に伴う名主たちとの話し合いの中で、水路の取水に必要な(いり)の技術を取得させるため、腕のある大工を治水技術の盛んな山城国(やましろのくに)へ派遣してはどうかという提案があったのでござる。」


「杁か…」


 ここで言う杁とは、平たく言えば水門の事である。この頃こうした水門の建築技術は限られた地域にのみ伝播しており、一たび導入しようと思えば山城国のような治水技術に長けた地域に職人を派遣するのが常道となっていたのである。


「分かった。その技術は今後の水路開拓のみならず、今後の治水や灌漑の際にも役立つ技術に違いないはずだ。貞勝、直ちに腕の立つ職人を選抜して山城国に派遣してやってくれ。その際、費用などの必要なものはその都度に申し出るように言い渡してくれ。」


「ははっ。しかと承りました。」


 貞勝は秀高からの指図を受けると、頭を深々と下げてその命令を受け入れた。こうして秀高が思い描く国造りも着々と進み、秀高は目の前に広げられた絵図を見入るように見つめると、その先に見える、尾張の豊かな将来が見えた気がしたのだった。






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