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1559年9月 労いの宴



永禄二年(1559年)九月 美濃国(みののくに)稲葉山城(いなばやまじょう)




 郡上郡(ぐじょうぐん)の一連の反乱を鎮圧した大高義秀(だいこうよしひで)率いる軍勢は九月十七日、降伏してきた新右衛門(しんえもん)新兵衛(しんべえ)兄弟と遠藤盛数(えんどうもりかず)の首を引っ提げて稲葉山城へと帰還した。




「よくやってくれた。義秀。被害を最小限にとどめ、策を以って盛数の首を取るとは見事よ。」


 稲葉山城本丸御殿の中、評定の間において下座に控える義秀に、上座に座る斎藤義龍(さいとうよしたつ)が働きを褒め称えるように話しかけた。すると義秀はその言葉を一礼して受け取ると、頭を上げて義龍にこう言った。


「へっ、俺の事はともかく、今回はこの半兵衛(はんべえ)も目覚ましい働きをしてくれた。今回の戦果は半兵衛の協力があってこその戦果だぜ。」


「ほう…半兵衛が役に立ってくれたか。よくやってくれた半兵衛。ご苦労であった。」


 義龍は義秀の言葉を受けて、下座に控える半兵衛にも労いの言葉をかけた。すると半兵衛はその言葉を受け取ると、義龍にある事を言上した。


「殿、畏れながら今回、盛数の首を実際に取ったのは、ここに控える新右衛門と新兵衛の兄弟にございます。」


「うむ…話は良通(よしみち)から聞いておる。」


 半兵衛の言葉を受けて、義龍は稲葉良通(いなばよしみち)から聞いた事情を加味して両兄弟の顔を見た。


「聞けばそなたらの父は信隆(のぶたか)の策謀の贄となり、それを好機と受け取った盛数の反乱に繋がってしまった。全て糸を引いていたのは信隆であるが、東家(とうけ)を根絶やし、我らに反旗を翻した盛数の罪も免れる物でもない。」


「はっ…。」


 若き新右衛門と新兵衛は、頭を下げながら義龍の言葉を聞いていた。すると義龍は、控える二人に対してこう言った。


「新右衛門、それに新兵衛。お主らは直ちに元服して遠藤家の家督を継げ。聞けば盛数の妻子は行方知れず。そうなれば二人でそれぞれの家の家督を継ぐが良かろう。」


「は、ははっ!」


 二人は義龍の提案を受けると、喜びを隠しつつも神妙にその申し出を受け入れた。


「新右衛門、お前は父である遠藤胤縁(えんどうたねより)の家督を継ぎ、これからは遠藤胤俊(えんどうたねとし)と名乗るが良い。」


「ははっ!身に余る光栄に存じ奉りまする!」


 そう言って新右衛門改め胤俊が頭を下げて義龍に感謝の意を示すと、義龍は胤俊の言葉に頷いて返し、続いて新兵衛の方を見てこう言った。


「新兵衛、お前は遠藤胤基(えんどうたねもと)と名乗り、木越城(きごしじょう)の城主にする。八幡城(はちまんじょう)の兄を補佐し、郡上郡を治めてゆくが良い。」


「ははっ!ありがたき幸せに存じます!」


 新兵衛も兄同様、義龍に感謝の意を示すように頭を下げた。義龍は二人の返事を受け取ると、兄の胤俊にこう付け足した。


「なお当面の間は、お主らの祖父の胤好(たねよし)の補佐を受けよ。今後はこの斎藤家に忠義を尽くせよ?」


「ははっ!!」


 胤俊の返事を受け入れた義龍は、その場にいた良通の方を振り返ると、義秀らの目の前にあった盛数の首が収められている首桶を指さしてこう指示した。


「良通、盛数の首を稲葉山の市中に晒せ。それと同時に高札(こうさつ)を立て、奴の所業を市井(しせい)の人間どもに見せつけてやれ。」


「ははっ。しかと承りました。」


 良通の言葉を聞いた義龍は頷くと、その場にいた義秀らに向かってこう言った。


「よし、皆、今日は宴の準備をしておる。さあ、ゆるりと過ごそうぞ。」


 義龍はそう言うと、立ち上がって義秀らを率先して先導し、本丸御殿から稲葉山麓の館に向かった。この館は主に儀礼や宴会が行われる際に使われる館であり、義龍はその館の中に宴の準備をさせていたのだ。




 義龍が義秀らを伴ってその館に着いた頃には、既に日も暮れて夜の闇が覆い始めていた。館の外の庭には松明(たいまつ)が灯され、館内の大広間から見える庭先にある能の舞台も松明で照らされていた。義龍はその場に着くと、義秀らを大広間に通させて、代表として義秀に自身の横の席に座らせると、それに寄り添う形でそれぞれの家臣が左右に分かれて着座した。


「義秀、今宵は存分に飲んで構わんぞ?」


「そうか?じゃあ遠慮なく飲ませてもらうぜ。」


 義秀は盃を義龍の前に差し出すと、義龍はその盃に酒をなみなみと注いだ。すると義秀はその盃をあおり、中身の酒を一口で飲み干した。


「ほう、中々の飲みっぷりではないか。気に入ったぞ。」


「これはどうも。さぁ、俺の酒も飲んでくれ。」


 そう言うと今度は義秀が、義龍の盃に酒を同じくなみなみと注いだ。すると義龍も義秀と同じように盃の中の酒を一気に飲み干したのだった。


「へっ、義龍殿も飲める口だな?」


「なんの、まだまだ若造のお前には負けんぞ。」


 義龍が義秀にそう言うと、二人は自然と噴き出して笑いあった。その雰囲気を見た両家の家臣たちも和やかな雰囲気になった。その後、能の舞台で能楽師たちが能を披露し始めたのだった。


「…ヨシくん、退屈そうにしないでじっとしてるのよ?」


「分かってるって。」


 義秀の隣の席に座っていた華が、義秀の耳元でささやくと、義秀も小声で華に言葉を返した。その後、能楽師たちは厳かな雰囲気で能を披露し、その荘厳な光景に義秀も圧倒されて見入っていた。


「…どうだ?これほどの能を見た事はなかったであろう?」


 と、義秀の隣の義龍が能の最中に、義秀に近づいてに話しかけてきた。すると義秀は感嘆したのか義龍に対してこう返した。


「…あぁ、見事なもんだぜ。」


「ほう、これが分かるとは、なかなか風流な感性を持っているのだな?」


 義龍が義秀の反応を聞いてこう言うと、義秀は少し微笑んで義龍に言った。


「そうか?良いもんは良い。その感性が大事だと思っただけさ。」


「…ふっ。素直になれん男よ。だが嫌いではないぞ、その言葉。」


 義秀の言葉を聞いた上で義龍はこう言うと、再び義秀と共にその能の内容を鑑賞した。やがて能が終わると、再び両家の家臣たちはそれぞれに談笑をはじめ、今までの厳かな雰囲気から一転して和やかな雰囲気がその場を包み込んだ。


「…そう言えば義秀、お主らには子がおるのか?」


「あぁ。今年で二つになる男の子がいるぜ。」


 義秀が義龍の尋ねにこう返すと、義龍はふふっと微笑んでこう言った。


「そうか…その年頃は特にかわいいものよな。それに比べ、我が子と来たら…」


「うん?義龍殿の子がどうかしたのか?」


 義秀が義龍の言葉に引っ掛かって尋ねると、義龍はふっとほくそ笑んで義秀に自身の子である喜太郎(きたろう)の事について語った。


「いや、喜太郎は今年で十二になるのだが、些か凡庸でな、闘鶏(とうけい)(うつつ)を抜かしてばかりだ。それを止めるべき斎藤飛騨守(さいとうひだのかみ)も酷いものでな、そこの半兵衛に小便をひっかけた事もある。」


 と、義龍は遠く離れている半兵衛の方を向きながらそう話した。それを聞いた義秀は義龍にこう言った。


「…ならなぜ、そんな奴を子供から引き剥がしてやらないんだ。」


 すると義龍は、手にしていた盃をお膳の上に置くと、少しうつむき加減に下を見つめながら語った。


「…それが出来たらとうにやっておる。義秀、お主も秀高(ひでたか)と共に長良川(ながらがわ)の戦いに来たのであろう?あの戦いで我が方の武将たちは討たれ、その損害もままならない。今ここで飛騨守を追放して、一人でも欠けるのは今の斎藤家の現状では厳しいのだ。」


 その言葉を聞いて義秀は黙ってしまった。自身も秀高に付き従い、長良川の戦い後に訪れた義龍の姿を鮮明に覚えているため、義龍の真意を聞いて何も言うことが出来なくなった。


「我が父を謀叛で討っておきながら身勝手かもしれないが、せめて我が子との間には諍いなく、平穏に美濃を託したい。今は無理かもしれないが、いずれ状況が好転するのを見守るしかないのだよ。」


「…そうか。大変なんだな。父親も。」


 義秀は義龍にそう言って一口盃を飲むと、義龍はその言葉を聞いてふっと微笑んでこう言葉を返してきた。


「まぁ、領主の親子というのはな、特に難しいものだ。お主のような、家臣の身分ならば状況はもっと違うのだろうがな。」


「そうだな。だが俺はこう思うぜ。」


 と、義秀は徐に盃をお膳の上に置き、義龍の方を振り向いて真っ直ぐな気持ちで言った。


「父親として言うなら、絶対に子供の事を信じてやる。それだけは身分が違っても、唯一出来る事だと思うぜ。」


「…ふっ、まさか貴様に教えられるとは、このわしもまだまだよな。」


 義龍は義秀の言葉を聞いて微笑み、手にしていた盃をあおった。それを見ていた義秀は気を取り直すように徳利を取ると、義龍に向かってこう話しかけた。


「さぁ、そんな湿っぽい話はやめにして、また飲みなおそうぜ。」


「…あぁ。そうだな。」


義龍は義秀の言葉を微笑んで受け取ると、義秀から酒を盃に貰って再び飲み始めた。その一連の会話を後ろの方で聞いていた華も、どこか満足そうに微笑んでいたのだった。


 こうして華やかな宴会は盛大なうちに幕を閉じ、翌日義秀らの軍勢は稲葉山を発って尾張(おわり)へと帰還していった。その稲葉山を去っていく義秀の軍勢を、義龍は山上の天守閣の高欄から、後ろ髪を引かれるように見送っていたのだった。





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