表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/556

1559年9月 反乱の顛末



永禄二年(1559年)九月 美濃国内(みのこくない)




 大高義秀(だいこうよしひで)らが関城(せきじょう)に入って数日が経った九月五日、遂に氏家直元(うじいえなおもと)率いる三千の軍勢が到着した。義秀らは馬上からその軍勢の到着を見守っていると、その軍勢の先頭に立っていた直元が馬を進め、義秀の傍に近づいてこう話しかけた。


「義秀殿、遅れて申し訳ない。この氏家直元、軍勢を率いて参ったぞ。」


「おう!待ちくたびれたぜ直元!その武勇、是非とも見させてもらうぜ。」


 義秀が直元にこう語りかけると、直元は一礼してすぐに言葉を返した。


「はっ!いざ郡上郡(ぐじょうぐん)へと参りましょうぞ!」


「よっしゃ!皆よく聞け!」


 義秀は直元の言葉を聞くと、鞘から刀を抜いて高らかに掲げ、自身の後ろに控える軍勢全てに聞こえるように大きな声で語りかけた。


「これより郡上郡鎮圧に向かう!狙うは反逆者・遠藤盛数(えんどうもりかず)の首ただ一つ!皆、この俺に続け!」


「おぉーっ!!」


 その威勢良い義秀の呼びかけを聞いた兵士一同は、高らかに喊声を上げて義秀の意気に応えたのだった。こうして士気が高まった義秀ら総勢六千もの軍勢は、郡上郡攻略のために長良川(ながらがわ)を遡上し、深い谷間の中をくぐって郡上郡へと進んでいったのだった。




 義秀率いる軍勢が、郡上郡内に入って遠藤勢と対峙したのは、関城を発ってから五日後の十日の事であった。遠藤勢と対峙した場所は郡上郡の中心部、八幡付近で両者の軍勢は遭遇し、到着した義秀が構えた本陣からは、盛数の居城である郡上八幡城ぐじょうはちまんじょうが、足場となる骨組みや雨風をしのぐ布に覆われた状態でその視界に入っていた。


「ヨシくん、あの山の上にある城が、盛数が建てている八幡城よ。」


「あれがそうか…やっぱり完成してないみたいだな。」


 義秀が(はな)に促されてその光景を見ると、華が義秀に向かってある事を告げた。


「えぇ。しかも物見の報告によれば、ここから数里先に敵が布陣しているのだけど、士気は低くとても戦う覇気を感じられなかったそうよ。」


「そりゃあそうだろう。朝から晩まで城の築城に従事させられて、挙句の果てに俺らが来たら戦えって言われてるんだろう?そりゃあ疲れてて当然だぜ。」


 義秀が吐き捨てるようにそう言うと、そこに神余高政(かなまりたかまさ)が馬を走らせて近づいてきて、義秀の近くに着くと下馬してある事を報告した。


「義秀殿!ただ今敵方から遠藤盛数と名乗る者が、我が陣営に呼びかけて来ております!」


「なんだと?どういうことだ?」


 すると、その高政の報告を本陣の中で聞いていた竹中半兵衛(たけなかはんべえ)が口を挟むように間に入ってきた。


「義秀殿、おそらく盛数は義秀殿を舌戦(ぜっせん)に持ち込ませ、話し合いによって撤退に追い込ませるつもりで前面に出てきたのでしょう。」


「舌戦?口喧嘩みたいなもんか?」


「まぁ…その認識で大丈夫だと思うわよ。」


 義秀の言葉に華が同意するように意見すると、その会話を聞いて直元が義秀にこう言った。


「如何なさる?一応兵数はこちらの方が上でござる。盛数の呼び掛けに耳を貸さずに攻め込むことも出来まするが?」


「…いや、攻め込むのは話し合った後でいい。直元、とりあえず臨戦態勢を取らせるようにしておけ。」


「まさか、応じるつもりですか?」


 と、義秀の指図に驚いた坂井政尚(さかいまさひさ)が義秀にこう意見すると、義秀はその言葉にほくそ笑むと政尚にこう返した。


「応じるのは奴の顔を拝むためだ。奴は恐らく御託を並べてくるはずだ。だったらそれを受け流して戦に持ち込ませる。そうすれば元より士気が低い遠藤勢の事だ、物の数分で敗走するだろう。そうなれば…」


「…そうなれば、全ての事に決着が付くというわけですね。」


 義秀の言葉の真意をくみ取って、半兵衛が義秀に言葉を返すと、義秀は半兵衛の言葉をニカッと笑いながら受け取った。


「そうだ。そうなりゃあこんな騒ぎも直ぐに収まる。兵も多くを失わずに済むってわけだ。よし!俺の馬を持って来い!」


 義秀は本陣に控える諸将に自身の意見を言うと、足軽たちに自身の馬を持ってこさせ、それに跨ると近習から得物の槍を受け取って馬の脚を前線へ進めさせた。それを見て華も引っ張られてきた馬に跨り、義秀の後を付いていった。


「…おう!貴様が大高義秀とやらか!」


 その敵と味方が相対する前面で、敵陣の前面にいた盛数が、馬を進めてきた義秀の姿を見ると、喜び勇んでこう呼びかけた。すると義秀は馬の手綱を引っ張ってきてくれた足軽に得物の槍を預けると、握り拳を手で包み込んで鳴らしながらこう言った。


「という事は、てめぇが遠藤盛数だな?てめぇの野心のために東家(とうけ)を滅ぼし、あまつさえ郡上郡の領民に苦役を強いるとは、てめぇ血も涙もねぇな?」


「ほざけ!貴様の主こそ、己の野心のために尾張(おわり)を奪ったではないか!その事実を見ずに、我の不忠をなじるとは方腹が痛いわ!」


 すると、義秀は盛数の挑発を意に介さず、務めて冷静に言葉を返して反論した。


秀高(ひでたか)は織田家に仕えていたんじゃねぇ。秀高自身の大望の為に尾張を取ったんだ。てめぇは代々、東家に仕えておきながら、主家になり替わろうとするその野心を秘めていた。どっちが悪いのかは明白じゃねぇか。」


「くっ、それならばなぜこの美濃までしゃしゃり出てくる!?義龍(よしたつ)への恩義だとでも言うのか!?」


 すると義秀は、盛数の言葉を聞いて高らかに笑った。


「はっはっはっ!恩義?いいや、ちょっと違うな。俺はてめぇのような自分勝手な野心で、領民たちを苦しめる野郎をぶん殴りに来ただけだぜ。」


「ほざけ!郡上郡はこのわしの物だ!貴様らなどに誰が渡すか!者ども、敵は遠征で疲れ果てておる!一気に攻め掛かれ!」


 と、盛数は義秀の言葉に怒って背後に控える自身の軍勢に、攻め掛かるように呼び掛けた。しかし、盛数の軍勢は動きが鈍く、更には疲弊しきった表情を見せ、一歩もその場から動き出そうとはしなかった。


「はっはっはっ、その様子じゃもう戦にならねぇじゃねぇか。」


 義秀が盛数の軍勢の状況を見て、盛数に笑いながらそう言った後、義秀は大声で盛数の軍勢にめがけて呼び掛けた。


「盛数の後ろにいるお前ら!よく聞け!俺はお前たちを苦しめる悪人を退治しに来た!もうそんな奴の命令なんざ聞く必要はねぇ!解放されたいと思う奴は、俺と共に諸悪の根源である盛数を討つために力を貸してくれ!」


 すると、やがて盛数の軍勢内で騒ぎが起きた。その呼びかけに応じた足軽たちはこぞってその場所から逃げ始め、ぞろぞろと川沿いを沿って逃げ出していった。


「こ、こら!逃げるでない!攻め込んできた連中と戦え!」


 盛数は慌てて、馬上から逃げ出す足軽たちに呼びかけたが、足軽たちは意に介さずに逃げ続け、やがて盛数の周辺に数百の馬廻を残すのみとなった。


「どうした?それじゃあ戦にならねぇじゃねぇか。」


 その一部始終を見ていた義秀がせせら笑う様に盛数にそう言うと、盛数は歯ぎしりしながら義秀をにらみつけ、残った数百の馬廻にこう下知を飛ばした。


「ふざけるな!我ら遠藤家は貴様らに屈しはせん!者ども行くぞ!戦って美濃武士の意地を見せつけてやれ!」


 すると盛数の下知を聞いた馬廻は、義秀の軍勢に攻め掛かってきた。それを見た義秀は足軽から槍を受け取ると、付いて来た華と後方に控える自身の軍勢にこう言い放った。


「よっしゃ皆!わからずやの盛数に、どっちが正しいかを思い知らせてやれ!」


 義秀は軍勢にそう下知を飛ばすと、自らは馬を駆って率先して先頭に立ち、攻め込んできた盛数の馬廻を次々となぎ倒していった。それを見て華も、そして義秀の軍勢も少ない盛数の馬廻へ果敢に攻め込んでいった。こうなっては、多勢に無勢の盛数に最早勝ち目などなかった。


「お、おのれぇい!引くぞ!八幡城に立てこもる!」


 盛数は戦の趨勢を悟ると、いち早く戦う馬廻達にこう呼びかけて、一目散に城の方向へと逃げ去っていった。馬廻達も盛数の後に続こうとしたが、追撃してくる義秀の軍勢によって討ち減らされ、盛数が城に着いた時には馬廻の数は数十にも満たなかった。


「…よし!皆、余り追い打ちしなくてもいい!」


 義秀は逃げ去る盛数たちを見つめると、追撃しようとする軍勢を止めさせ、その場で停止させた。すると、そこに直元が馬を進めてきてこう意見した。


「義秀殿何故お止めになる!このまま攻め込めば、盛数の首はたやすくとれよう物を!」


「…いいや、もう首は取ったようなもんだ。な?半兵衛。」


 すると、義秀はその場に馬で近づいてきた半兵衛に呼びかけ、半兵衛もそれに頷いて応えるとこう言った。


「はい。もう盛数の味方は、城内にはいませんよ。」




「おぉ、新右衛門(しんえもん)新兵衛(しんべえ)か!」


 その頃、辛くも戦場から離脱した盛数は、八幡城の本丸館の中に入り、そこにいた兄・遠藤胤縁(えんどうたねより)の忘れ形見でもある新右衛門と新兵衛の姿を見て、喜ぶように呼び掛けた。


「二人ともよく来てくれた。父からの援軍を連れてきたのだろう?」


「…」


 この時、二人は遠藤胤好(えんどうたねよし)の命を受けて、表向きは盛数を援護するために手勢五百を率いて八幡城に来ていた。しかし、二人は喜び勇む盛数の言葉にも、寡黙な表情で聞いていた。


「その軍勢さえあれば、敵を押しとどめることも出来る。そうなればいずれ、三木(みつき)殿の援軍も来るであろう!それまではこの城で、敵を打ち倒そうぞ!」


 すると、二人は盛数の言葉に応えて立ち上がると、盛数に静かな口調でこう言った。


「はい…我らが敵はただ一つ…」


 新右衛門が盛数にそう言った直後、新兵衛は腰に差していた刀を鞘から抜き、そのまま一刀のもとに盛数を斬り捨てた。


「な、何をする…」


 その攻撃を受けた盛数は一歩下がって二人に呼びかけたが、新右衛門も刀を抜くとその切っ先を盛数に向けた。


「何をする?この父殺しが。貴様が信隆(のぶたか)と共謀して父を殺したくせにぬけぬけと…」


「な、何を言っている…」


 盛数はその場から去ろうとしたが、新右衛門の一刀を浴びてその場に倒れ込んだ。



 実は盛数は兄の死が信隆によるものという事実は露知らず、あくまで東家に殺されたと思い込んでいたのだ。その盛数からすれば、知らない事実を口にする二人の攻撃を受けて頭が混乱していたのだ。



「父殺しの罪、あの世で父に詫びて来い!」


「ぐ、ぐあぁぁぁ…」


 寝転んだ盛数に太刀を突き刺した新兵衛は、やがてその攻撃を受けて盛数が息絶えたのを確認すると、手早く盛数の首を取って城内にいる兵たちにこう叫んだ。


「皆聞け!主殺しを行った盛数は我ら兄弟が討ち取った!城門を開け!我らはこの首を持って降伏する!」


 そう宣言した新兵衛の右手にある盛数の首を見て、城内の兵たちは戦意喪失し、やがて二人の意見に従って八幡城の城門を開き、城外にいる義秀たちに分かる様に白旗を上げさせた。




 これら一連の事件、全て裏で糸を引いていたのは、他でもない義秀であった。義秀は事の顛末を知ると、半兵衛に命じて二人に接触し、盛数が城内に逃げ込んだときに首を上げて降伏するように促したのだ。


 この策略は見事にはまり、義秀は山城である八幡城攻めを行わずに盛数の首を取り、同時に郡上郡の反乱を鎮圧させた。義秀は二人の降伏を受け入れると、そこに直元の軍勢を残し、一路義龍の居城である稲葉山城へと帰還していったのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ