1556年4月 命の予感
弘治二年(1556年)四月 尾張国末森城下高秀高邸
弘治二年四月上旬。秀高と玲が結婚してから更に半年が過ぎた。その間、秀高と玲夫婦は仲睦まじい様子で過ごし、義秀や華たちもこれまで通り、日々の暮らしをつづけていた。
この日、秀高ら男性陣は、主君・織田信勝よりある密命を受け、遠い所へ出向していたため、暫くの間、玲ら三姉妹と梅たち女中たちが屋敷を守っていた。
「ねぇ舞、気が付いたら、もうこの世界に来て一年が経つのよねぇ…。」
華が縁側で座りながら、太陽が高く上がる青空を仰ぎ見て、ぽつりと一言漏らすように言った。
「うん、この一年、駆け足みたいに早かったね。」
その隣で正座で座る舞も、華の一言に反応するように頷いて、言葉を返した。
「でもまぁ、私たちの中で一番最初に結婚したのが、まさか玲とはねぇ…」
「うん、でも玲お姉さま、今すごく幸せそうだよ?」
舞が華に、今の玲の様子を思い浮かべ、楽しそうに話をしていると、そこに庭先から玲が歩いてその場に現れた。
「あ、二人ともここにいたんだ。」
「あら、玲。丁度良かったわ。ここに座って。」
華に促された玲は、縁側に座る華の隣にひょっこりと座り、二人の談話に参加した。
「二人とも、何の話をしてたの?」
「いえ、私も舞も、この中で結婚が早かったのは、まさか玲だったなんてね、っていう話をしていたのよ。」
その華の発言を聞いた玲は、少し照れくさそうにして、頬を赤らめて言いよどんだ。
「そ、そんな…姉さんに改めてそんなこと言われたら、私、恥ずかしいよ…」
玲の発言を聞いた華は、その発言を聞いてふふっと微笑んだ。そして玲の肩に手を回すと、優しく語りかけた。
「いいえ、恥ずかしがることはないわよ。それで、ヒデくんとはうまくいってるの?」
すると、そう聞かれた玲はビクッと驚いた後、少し照れて二人ににあることを報告した。
「実は…今朝、顔を洗ってたつわりがあって…もしかしてと思ったら、妊娠したみたいなの。」
「玲…おめでとう!良かったわねぇ。」
その玲の報告を聞いた華は自分の事のように喜び、続いて舞も玲に対して祝いの言葉を述べた。
「玲お姉さま、おめでとうございます。」
「うん。二人とも、ありがとう。」
「…となると、産み月は大体十ヶ月後になるのかしら。玲、これからはお腹の子の為にも、しっかり栄養を付けないとね。」
華がそう言うと、玲は首を縦に頷いて優しくお腹をさすった。するとそこに、奥の台所の方から梅がやってきた。
「玲様。さっきの会話が聞こえてきましたよ。今回は、おめでとうございます。」
「梅さんまで…ありがとうございます。これでより、この子の為にしっかりしないといけないと思います。」
すると、華は舞の方を向き、うらやましく思ったのかこんなことを話し始めた。
「…それにしても舞、次は私とあなた、どっちが先に結婚すると思う?」
「なっ、何を言ってるの姉さん!?私なんかまだ、意中の人なんて…」
舞が謙遜するようにやんわりと否定すると、華は舞の答えを聞くと、代わりに自分の意見を端的に述べた。
「あら?私はいるわ。意中の人が。」
その言葉を聞いた梅は、そう言った華に対してその意中の人を尋ねる。
「おや、誰か好きな人でもいらっしゃるので?」
「えぇ。私は…ヨシくんが気になってるわ。」
その華の告白に驚いたのは、誰でもない玲たち姉妹であった。
この、華と義秀は元の世界、つまりお互いが有華と義樹と名乗っていたころは恋人というか、華の方が義秀に対して世話を焼いていた所があった。
その世話焼きの内容は、単に義秀自身の事を思っての内容であり、義秀もその世話焼きを受けても、満更でもない反応を示してはいた。だが、玲も舞も、その世話焼きなところは二人の幼馴染の仲からくるもので、決して好意によるものではないと思っていたのである。
「義秀くん…姉さん、それ本当なの?」
「えぇ。これは嘘でも何でもないわ。だって…ヨシくん、可愛いじゃない?」
その告白を聞いた玲は意外な言葉が出てきたことに驚いた。そもそも、義秀を今まで見てきた中で、可愛いという言葉が出てくるとは、思ってもなかったからである。
「言葉や態度では粗暴なイメージはあるけど…でもその内に秘めてる仲間想いなところや、自分が好きな人たちを守ろうとするその熱い心、私は全然、嫌いじゃないわよ。」
「姉さん…じゃあ、本当に義秀くんと?」
玲の本心を尋ねるような言葉を聞いた華は、それを聞いてさぁ?と首をかしげた。
「どうかしら…私はそう思っても、問題は彼の本心がどうかによるわ。」
そう言うと、華は立ち上がって縁側から庭へと出て、屋敷の塀から見える遠い青空を見つめながら一言、ポツリと漏らした。
「あとは、彼の本心と決意が固まってくれれば、良いのだけどねぇ…。」
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「へぇっくしゅん!!」
一方こちら、信勝の密命を受けて末森から北方向へ歩いていた秀高らは、義秀の突然のくしゃみに驚いた。
「な、何だよ義秀、風邪でも引いたのか?」
「いや、何でもねぇんだが…誰かが噂話でもしてんのか?」
義秀は聞いてきた秀高にそう言うと、鼻をこすってそれを紛らわせた。すると、信頼は義秀にある事を告げた。
「また、華さんが義秀を気にかけて、噂話でもしてたんでしょ?」
「ま、まさか…俺もいい年だぜ?子供じゃねぇっつうんだよ。」
鞘を切っ先に付けた槍を肩にかけながら歩いていた義秀は、信頼の憶測にこう反論した。
「でも、その割には華さんからそうやって言われても、そんなに満更じゃないでしょ?」
「ば、馬鹿言え!そんな訳が…」
と、義秀がわかりやすく動揺していると、それを見ていた秀高も話に加わった。
「なぁ、俺も玲の想いを受け止めて結婚したんだ。もしお前にその気があったら、別に一緒になっても良いんじゃないか?」
「な、何だよ秀高、お前も玲に告白するまでは、正直になれなかったくせに!」
「まぁそんなこと言うなよ。確かに俺も、少し背けていた所もあったさ。でもお互い真っ向から向き合えば、以外に答えは簡単なもんだぜ?」
秀高の想いをぶつけられた義秀は、歩きながらその答えを噛みしめるように上を向き、秀高にある事を聞いた。
「あ、そうだ。お前、玲との間に子供はできたのか?」
義秀の問いに一瞬驚いた秀高ではあったが、秀高はそこで、出発前に玲から伝えられた、自身と玲との間に新しい命を設けたことを報告した。
「おいおいマジか…お前が子持ちのパパになんのかよ…。」
「驚くとこそこなんだ…」
義秀の言葉に信頼がそう言い返すと、秀高は義秀にこう言った。
「ま、まぁなんだ、こうしてお互いの間に新しい命を設けられたからこそ、お互い、相手を大事に思う気持ちが芽生えるんだ。だがら、お前も華さんに正直になれれば、こうやって穏やかな生活ができると思う。」
「ふぅん…」
秀高の言葉を聞いて何か思ったのか、義秀はある事を尋ねた。
「そういやぁ、玲に告白した時、なんつって告白したんだ?」
「あぁ俺か?そうだな…「俺と一緒じゃ、ダメか?」って言ったんだ。」
「…言い切らなかったんだ…何とも秀高らしい…」
信頼の一言に、もう少し言い方はあったんじゃないかと思い、何か恥ずかしくなった秀高であったが、逆に義秀にはあることを決意させたのである。
「…よし、俺がもし、告白する時には、もっと強く言い切ってやるぜ。」
「ほう、言ったな?じゃあその時を楽しみにしてるよ。義秀。」
「まぁ、お前みたいにもごもごするつもりはないがな?はっはっは!」
そう言われた秀高は怒り、笑いながら走っていった義秀の後を追うように走っていった。それを見た信頼はため息をつき、しかし安心した表情を見せて二人の後を追って行った。
彼ら、秀高たちが向かうのは尾張の隣国・美濃国。三人は仲睦まじく談笑しながら、一路美濃へと向かって行ったのである…




