初恋に溺れ中
「はぁ……ルイス……はぁ……」
「お嬢様、本日の溜息は気持ちが悪いですよ。時々ルイス様のお名前を挟むところとか」
「仕方ないじゃない!だってそれはもう見事に恋に落ちてしまったんだもの。名前ぐらい挟みたくなるわ。ニカは知ってた?恋をしても溜息が出るって……」
自室のソファに腰掛けニカが準備してくれた紅茶を飲みウットリと話す。とにかくルイスの事が話したくて仕方がないの。
ニカはヤレヤレと言わんばかりに首を横に振る。
「お嬢様、こんな事を言っては何ですが……恋に落ちてしまったのならルイス様には近づかない方がいいのでは?」
「嫌よ!何故そんな事を言うの?」
「お気持ちは分かりますがお嬢様は王太子殿下の婚約者候補ですから。2度も断りを入れたのに辞退させて頂けないんですよ?もし、万が一選ばれたら……」
「きゃあぁぁぁぁぁ!不吉な事を言わないで頂戴。そんなの絶対嫌よ!選ばれないように今まで以上に頑張るつもりなの。悪役になろうと思ってるくらいなんだから」
そう、仕立て上げられた悪役にね!って張り切ってはみたもののニカは意味ありげにゆっくりと首を横に振る。
「お嬢様、現実を見ましょう。もしそれが上手くいって選ばれなかったとします。ですが肝心のルイス様のお気持ちは?貴族家のご子息ですから婚約者様がいらっしゃる可能性もあります」
「きゃあああああああぁぁ、やめて!もうその響きだけで胸が、胸が痛いわっ」
考えたくもない説がいきなり来たわ。
婚約者とか婚約者とか婚約者とか!いたらどうしようかしら。想像しただけでもう生きていけないわ。
しかもそのお相手が幼い頃から想い合っている方だったりしたらもう……
「私生きて行く自信がないわ……」
「何をおっしゃるのですか。お嬢様には長生きしてほしいですわ」
「うぅ……」
ルイスを他の人に渡したくない。ルイスの素顔すら他の人に見せたくない。
婚約者がいると決めつける事もいないと決めつける事も出来ないわ。考えたら気が狂いそうよ。恋ってこんなにも命がけなのね。
知りたい。ルイスの事がもっと、沢山。靴は右から履くとか些細な事でもいいの。
「そうだわ、お父様に聞いてみましょう!」
ある程度この国の貴族家の情報は把握してるはずよ。私と同じ歳の男子だし、婚約者候補として名前が上がったことがあったりしないかしら?
思い立ったら即行動。廊下を急ぎ足で進む。恋ってパワーが湧いて来るのね。両開きの扉を開けて居間に入ると父と母は赤茶色の皮張りソファに腰掛け紅茶を飲みおくつろぎ中でした。
「お父様、お母様、私恋に落ちてしまいましたの!」
ソファに駆け寄り元気よく言ったわ。だってルイスの事が話したいんですもの。
お父様とお母様は驚き過ぎて固まってしまいましたが。
「ま、まぁ……リーハがとうとう……初恋ね」
まずは母が引きつった笑顔で答えてくれた。
「相手は……」
父は困ったように眉間に皺を寄せた。
「ルイス・ガーレンよお父様!何かご存じですか?婚約者がいるだとかいないだとか!とっても重要な事なんです」
「南側の国境を守るガーレン辺境伯の息子だな……よりによってガーレン家か。現王妃様のご実家だ」
王妃様のご実家という事はルイスとルチアーノ殿下は親戚になるのね?偶然かと思ったけど朝一緒に来ていたんだわ。
王家は国ぐるみでハイドリア家を嵌めようとしている疑いはあるけど……でもあんなに私に優しくしてくれるルイスだもの。絶対に一味ではないわ。そう信じたい。それより今は現実的な心配をしなくては。
「私ルチアーノ殿下の婚約者に選ばれなかった後ルイスと婚約する事は可能かしら?」
「まぁ、選ばれなければ問題はないだろう。しかしその子に婚約者がいるかいないかは分からないぞ。一応確認はしてみよう」
「お願いしますお父様。私もう好きすぎて何も手に付かないのです。1日中ルイスに夢中になってしまい……授業中もあのもさもさ頭を撫でたくて……」
ルイスを思い出しウットリしながら言うと母の表情が一瞬で変わった。目から本気を感じる鋭さですわ。
「……リーハ、恋をして浮かれる気持ちも分かりますけど、しっかり勉強をしないと恥ずかしい思いをする事になりますよ」
母の言葉に私はごくりと唾を飲む。
確かにお母様の言う通りよ。浮かれすぎてテストで最下位とか取ってしまったら軽蔑されてしまうに決まっているわ……でも逆に上位だったら褒めて貰えそうね。フフフ。
「お母様、私、上位になれるように勉強頑張りますわ。そしてルイスに褒めてもらうの」
褒めて貰っている所を想像すると自然と顔がほころんでしまうし、とてもやる気がでるわ。
父はそんな私をじっと見つめ腕を組んだ。
「……ふむ、リーハがそこまで夢中ならどんな子なのか直接見てみたいものだ。今度そのルイス君をラビィの友人として家に招待できないかね」
「ありがとうございますお父様!誘ってみますわ。それで私、ルチアーノ殿下に早くウィカを選んでほしくてスーザンのでっち上げに乗ってみようと思っているのですが……私がそんな事をしても家は大丈夫でしょうか?」
これだけは確認しようと思っていたの。悪女に乗ってしまったら益々評判が下がるでしょう?皆に迷惑はかけられないわ。
父は眉間に深い皺を寄せ暫く考えている素振りを見せたが軽く頷いてくれた。
「いいだろう、だが手を上げた事にされた時は決して乗らないように」
「分かったわ。ありがとうお父様。私頑張ります」
家に迷惑をかけないためにも早く決着をつけてやりますわ。
**********
教室に入ると真っ先に隣の席に視線が行ってしまう。これはもう本能ね。
座っているもさもさ頭のルイスの姿にキュンとなる。
他には目もくれず真っ直ぐルイスの元へ向かう。
「おはようルイス」
「おはよ、リーハ」
瞳は見えないけれど綺麗な唇とその短い言葉だけで身体がとろけそうですわ。
自分の席に座りウットリとルイスを見つめていると前の席の女子が振り向いた。
私の事を意外と地味だと言って下さった方よ。彼女の視線がキツイわけではないので勇気を出して声を掛けてみようかしら。
「あの、おはようございます。お名前をお伺いしても?」
訊ねると少し口を尖らせ一瞬困ったような表情を見せた。だが確認するように周りに目を向けた後口を開いてくれた。
「ソニア・ロマンよ」
怖がらず、蔑む視線を送る事も無く普通に答えて下さったわ。
「ソニア様!私リーハ・ハイドリアと言いますの。ご存じでしょうけど私とても悪名高いのですわ!これからよろしくお願い致しますね」
私がソニアに挨拶をすると隣で聞いていたルイスが突如「ブッ」と吹き出した。
「何故笑うのですか?」
「いや、自分の事悪名高いとか言うから……」
「だって本当の事でしょう?私これからその評判に恥じないように悪名に乗っかって行こうと思っているのですわ」
ルイスが笑ってくれたわ。フフフ。
なんて心からくすぐったさを感じているとソニアが不思議そうに首を傾げる。
「失礼ですが何故そのような事を?」
「そ、それは……」
ルイスが好きだからよ。ってさすがに言えるはずないわ!だって隣でルイスが聞いているもの。
念のためチラッと隣を確認するとルイスはじぃっとこちらを見ているみたい。瞳が見えなくても、もうこの存在、フォルムだけでもカッコイイのよ。誰かに伝えたいけど絶対に言わないわ。はぁ、素敵。
赤くなっているかも知れない頬を両手で押さえソニアに返事を返す。
「内緒ですわ」
ルイスが隣で聞いていなくても言えませんけどね。私が言ってしまう事でルイスに注目が集まったらライバルが増えてしまうかもしれませんもの。
ソニアはチロチロと私とルイスの顔を交互に見て頷いた。その時、右側から視線の圧を感じ息を飲む。見るとウィカとスーザンが近づいて来ている。
きっと私がお喋りをしているのが気にくわなかったのでしょう。
私の視線の先に気付いたのかソニアはすぐに前を向いた。
私とルイスの間に立ったウィカとスーザンはニヤリと笑み、見下ろしてくる。
「リーハ様、今日ウィカ様が一緒にお昼ご飯を食べましょうと誘っておられるわ。勿論同じルチアーノ殿下の婚約者候補としてご一緒しますわよね?」
こういう場合お誘いに乗るのじゃなくて断れば悪者にされるからそれに乗ればいいのよね?
断ろうと口を開いた瞬間、先にスーザンが声を出した。
「まぁ!せっかくウィカ様がお誘いになったのに断るなんて酷いですわ。一体何歳になったらウィカ様のお気持ちを分かって下さるのかしら。12歳の頃からライバル視ばかりして」
まだ何も言っていないのに……なんでいつもこうなのかしら。内心呆れるとすぐにウィカが声を出す。
「スーザン様、そうリーハ様を責めないで下さいませ。きっとわたくしに悪い所があるから一緒にご飯を食べたくないのですわ……」
「そっ、そのとおりですの。ウィカ様とお昼をご一緒するなんてとんでもないですわ!ですのでお昼はどうかスーザン様とお2人で……いえっ、是非ルチアーノ殿下と3人で行って下さいませ」
ウィカの言葉に間髪入れず言う。
「お昼をご一緒するなんてとんでもない」なんてとても失礼な言葉だわ。まさかウィカが本気で傷ついたりしたらどうしましょう?
傷つけてしまっていないかと少し心配になりながら顔見上げるとウィカもスーザンも楽しそうに笑った。どうやら余計な心配だったみたい。
「そんな酷いお返事をなさるなんて本当、リーハ様の性格は理解できませんわ。行きましょう、ウィカ様」
わざとらしく項垂れたウィカをスーザンが連れて去っていく。
初めてにしては上出来の返しだったのではないかしら?
私はすぐにルイスに向かって問いかける。
「今の私、どうかしら?とても感じ悪かったわよね?」
「ん〜……それより突然悪ぶりたくなった理由を教えて欲しいかな。てことで今日の昼も昨日の場所で待ち合わせしようか?」
ルイスの言葉に何度も頷く。
フフフ!今日も約束をしてしまったわ!悪ぶる理由はルチアーノ殿下の婚約者に選ばれたくないからって答えればいいかしら?と言うかそれしかないわよね。




