リーハ・ハイドリア。趣味はお菓子作り、特技はバイオリンです。皆様仲良くして下さると嬉しいですわ
気付けばもうあっという間に学園の入学日。
専属メイドのニカが朝から張り切って髪を巻き、ハーフアップにしてくれる。
ニカは赤髪おさげで琥珀色の瞳。幼く見えるけど手先が器用で髪型のセットが上手なの。いつも大きい笑顔をくれるから朝から元気になれる。
「出来ました!絶対お嬢様が誰よりも美しいです」
自信ありげに微笑むニカの表情。どうやっているのか分からないけれど華やかに纏められたアップの部分。下され巻かれた髪の毛は柔らかそうでまさしく子犬ラビィの姉。
流石の出来栄えだわ。でもよく考えて。こんな髪型で行ったら目立ってしまうんじゃないかしら。
学園のワンピースデザインの制服にハーフアップの巻き髪はいかにも貴族令嬢。
散々ついた悪評フィルターを通した目で見たら物凄く意地悪な人に見えるかもしれない。顔を隠した方が良いかもしれないわ。
「ニカ、フェイスベールを出して頂戴」
「フェ、フェイスベールでございますか?」
「ええ、黒いレースのベールがいいわね。顔を隠せるから良いと思って。目立たないでしょう?」
「お嬢様……顔は隠せますが学園では逆に目立ちますから……折角セットしましたがお嬢様が目立ちたくないとおっしゃるのであれば変えましょう」
ニカは両手を交差させポーズを決めると後ろの髪をひとつに纏める。そして首を傾げた。
「これはひとつ結びと言いましてシンプルイズベストなのでございますが……お嬢様はやはり私達と違います。後ろでひとつに纏めると地味に見えたりするのですが、お嬢様の華やかさが消せていません!ここはさらに伊達メガネをしてみたらどうでしょう?」
「伊達メガネ?それで目立たないのならお願いするわ」
ニカが何処かへ走り伊達メガネを持って戻って来た。黒くて太いフレームの眼鏡を手渡される。レンズに度が入っていない為視界が歪む事は無いらしい。
「どう?目立たないかしら?」
かけてドキドキしながら訊ねるとニカは悔しそうに首を横に振った。
「ダメだわ!お嬢様は眼鏡をかけても美しいんですものっ。眼鏡が大きく見えて顔の小ささと輪郭の美しさが強調されてしまうんです!こんなの、つい目が行ってしまうに決まっているじゃない……こうなったらフェイスベール……いえ、だめよ。お嬢様の為に私の技術を駆使してお嬢様が目立たぬよう変身させます!」
ニカは唸りながらひとつ結びを解き耳の高さから三つ編みおさげにした。サイドを緩め絶妙に横顔が全開にならない程度に隠れるようにセット。前髪は厚めに下ろし顔を隠す。そして眼鏡。
「これなら何処から見ても勉強を学びに来た真面目な学生にしか見えません。リーハお嬢様だと気付かれないと思います。ただ、前髪を上げるとお嬢様の綺麗な瞳が見えてしまいますのでお気を付けください」
鏡に映る初めて見るような自分。本を両手で抱えて歩くのがとても似合いそうだわ。ニカの言う通り誰も私だなんて思わないはず。
「素敵だわ。ありがとうニカ」
あとは学園で3年耐えれば良いだけだ。
ルチアーノ殿下は学園での3年間で婚約者を決める事になっているから。
誰かの策略で候補から外れられないのであれば目立たず騒がずウィカとスーザンに関わらず、3年間平穏無事に過ごす事を目標とするの。
学園に到着するとすぐに人に紛れる。少し背を曲げ伏し目がちに歩き案内表示に従いクラスに向かう。何処から見ても悪名轟く公爵家の娘だなんて思えないはずよ。
教室に入り身を小さくして座席を確認。嬉しい事に目立たない一番後ろの窓際の席だった。
しかも隣の席は知らない人。もさっとした黒髪頭に黒縁眼鏡の男子生徒が座っている。ウィカとスーザンとルチアーノ殿下は離れた右斜め前方の席に集中していた。
私、なんてツイているのかしら。これはもう別人のふりをして3年間過ごせるのでは?私は今日からリーハじゃないわ!
1人大興奮しておりましたが私は重要な事を失念していたのです。名前が……名前なのでした。
「リーハ・ハイドリア」
先生に呼ばれたら返事をしないわけにはいかない。
「はい」
別人を気取っていた手前、小さく返事をしたのですが教室内がどよめいたのです。
皆さん一斉に振り返り私の顔を確認されました……終わったわ。
「思ったより気弱そうなご令嬢ですね」
「ええ、かなり地味ですわ」
コソコソしていますけど思い切り聞こえていますわよ。だって目の前の席ですから。貴族って陰口が出来ない人種よね。もしかして聞こえるように言うように家庭教師から教えられているのかしら。バーシアに確認してみなくちゃ。
でも、これこそ私が求めていた反応よ。地味で気弱で目立たない。野道に咲く野草のように。そんな女性に私はなりたい。
なーんて思ってたの。先生が出て行くまでは。自由時間になったとたん近付いて来た2つの影。確認せずともウィカとスーザンでございましょう。
「ごきげんようリーハ様」
ウィカが礼をすると間髪入れずスーザンが大きな声を出した。
「まぁ、ウィカ様が挨拶しているのに返事もなさらないなんて!」
はぁ、来たわよ……いちいち声が大きいのはどうにかならないのかしら。
「挨拶を返そうとしたのですがその前にスーザン様が大声を出されたのですわ。挨拶された瞬間に返事を返さないといけませんの?」
言い返したら逆効果。それは分かっているのについ、言い返してしまった。
新しい学園の始まりの日にクラスメートからの冷たい視線を浴びるのはキツイものがあるんだもの。
「指摘されたら屁理屈で返すなんてやはり人間性を疑いますわ!ウィカ様は同じ学園に通う貴女と仲良くしたいと挨拶申し上げましたのに。ウィカ様、リーハ様が怖いからとへつらう必要はございません!いつもみたいに嫌がらせをされたらわたくしが守って差し上げますから!行きましょうウィカ様!」
スーザンとウィカが去っていくと振り返って見ていた前の席の女子は目を合わさないように顔を逸らし席を離れていった。
今のやり取りを見ていなかったのかしら?それともやはり私が悪者に見えるのかしら。
友達の1人ぐらい出来たらいいなと少し思っていたけど無理そうね。
はぁとため息を吐きフラフラと教室を出る。あとは自己紹介が残っているけどもう皆嫌と言うほど私が悪女だと分かったでしょう。
だから自己紹介なんてしなくて良いのよ。私の趣味や特技を聞きたがる人はきっと学園にいないでしょうしね……あ、自分で思った事なのになんだかとても切なくなってしまったわ……
少しだけ滲んた視界に今すぐどこか1人になれる場所に行きたくなった。それに今後の事を考えて1人で心の修復、復活ができる場所を見つけておきたい。
私は校舎から出て、教室に行く時横切った中庭に向かい歩みを進めた。




