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本気な王子のお宅訪問


リーハ視点


******


ルイス(ルチアーノ視点)になります


 


 午後の授業に身が入らない。なんて言ったらまたお母様に怒られてしまいそうだけど身に入りそうにありません。


 何故なら心臓がうるさいほど鳴っているからです。

「落ち着いて教室に戻ろう」と言うお言葉に頷きはしましたが、心の整理が出来ずに動けないでいると再びルイスが私の顔を覗き込んできました。何がそんなに嬉しいのでしょうか?と聞きたくなるほどにこやかな表情で。


 私は深いショックを受けておりましたので、黙って口を結びルイスを見返しました。

 目が合うとルイスは困った様に小首を傾げましたが表情は緩んだまま。頭をぽんぽんと撫でるとギュッと手を握って来ました。


「大丈夫だって言ってるだろ?」


 そう言って指先にキスをされた瞬間、世界が止まったかと思う程の衝撃を受けました。

 ルイスは指先から少し唇を離し私を見つめると「行こう」と一言囁きましたの。


 全ての想いが胸に集まり爆発し消滅したように迷いが吹き飛びましたわ。

 代わりにウットリから抜け出せなくなりましたの。指先にキスされた事で頭がいっぱい。手を引かれるまま教室に戻ると椅子を引き座らせてくれた上に教本とノートまで準備して開いてくれたのです。ここまでされたのは初めてですわ。


 目の前にソニアがいると言うのに心と身体がフワフワしてもう悩む必要なんてない気がします。


「リーハ、帰りの馬車まで送るよ」


 授業が終わるとすぐに声を掛けられて心臓が跳ねる。

 一体どうしたと言うのでしょう。見送りなんて初めてですわ。

 しかも2人で並んで歩いて教室を出たのです。そういえば今気付きましたが、教室に戻った時も堂々と私の手を引いていましたわ。大丈夫なのかしら?


 不安の芽が少し出たけど夢見心地な私はそのまま馬車まで見送られる。


「じゃ、明日の午前中に挨拶に伺うから」


「はい」


 小さく手を振って馬車に乗り込みましたがちょっと待って下さい。確かに明日は待ちに待った約束の日ですが挨拶って何でしょう?言い間違えたのでしょうか?

 気にはなるけどルイスにキスされた指先に自分の唇を「近付けては離す」を繰り返し夜は更けて行きました。


 そして翌日。ルイス到着の知らせに沸き立ち家の玄関ホールで出迎える。


「お招きありがとう。やっと来れたな」


 出迎えた私に向かいルイスはにこやかに微笑んだ。

 いつもの制服姿ではなく薄いグレーの立ち襟のジャケットに黒のズボンを履いた私服姿。ジャケットは飾りボタンが並んだだけの凄くシンプルな物なのに髪の毛を綺麗にセットして眼鏡もかけていないからか周囲を圧倒してしまう程の存在感を放っている。一言で言うと綺麗。


 とても珍しいルイスの瞳のようなスカイブルー色のバラの花束を抱えた姿はまるで王子様みたい。花束をサッと私に差し出してくれる。


「これをリーハに」


「ありがとうございます。こんな素敵な色のバラ初めて見ましたわ」


「俺の瞳の色に似てるだろ?だからこれにした。部屋に飾ってよ」


 そんな言い方をされるとまた勘違いしてしまいそう。でも勘違いだって自覚した勘違いはきっと許されるわ。


 いつもと雰囲気が違うルイスに胸がキュンキュンと締め付けられる。バラを受け取り照れているとお父様が声を掛けて来た。


「いらっしゃい。君がルイス君か」


「ルイス・ガーレンと申します。お招きありがとうございます」


 ルイスは緊張する素振りも見せず礼をして微笑んだ。

 そんなルイスに家族全員が品定めするような視線を向ける。そんなに見たらルイスに穴が空いてしまうわ。


「見すぎ!」口をパクパクさせ目元に指を当てて合図を送るとルイスは私が送った合図に気付いたのか平気そうに笑う。


「俺は大丈夫だよ」


 ボソッと隣に立っている私に聞こえるくらいの声で呟いた。

 こんな事でも男らしさを感じてしまうのね。いちいちときめいてしまうわ。

 くすぐったい感情に埋もれていると父がルイスの後ろに立っている人物に目を向け驚いたように目を見開いた。


 ルイスの背後に立っているのは一緒に来たお知り合いの画家さん。フードを被り赤色の立派な髭を蓄えた男性。


「知り合いの画家が一緒に来るとは聞いていたが……かの有名なジャレット・ブロンテに見えるんだが……」


 ジャレット・ブロンテの名は私も聞いたことあるわ。有名な宮廷画家で王族のお抱えだとか。


「あ~、実は彼はジャレットの弟子なんです」


 ルイスが引きつった笑顔を見せると画家も頷いた。


「デレクと申します。師匠にあやかりたいと見た目から真似してしまいまして……間違われて光栄です。ハッハッ!」


 小さい口をモゴモゴと動かし笑うと「勝手に描きますから自由にしておいて下さい」と言い一歩下がった。

 モデルと言うから1、2時間はポーズを取るつもりだったのだけど。さすがジャレットのお弟子さんだわ。そんな方にルイスと2人の絵を描いて貰えるなんて私は幸運ね。


「よろしくお願いします」


 一歩下がったデレクに向かい頭を下げると目を細め小刻みに頷いてくれた。

 きっと良い絵が出来上がるわ!


 居間に移動し家族に混ざってお茶を飲むルイス。興味深々と言った父と母の問いかけにもニコニコと答える姿はまるで結婚の挨拶に来た婚約者みたいよ。


「ご家族で演奏されるんですよね?私も是非一緒に弾かせてもらいたいです」


 バイオリンの話になるとルイスが母に向かって言った。


「あら、勿論ですわ」


「ありがとうございます。そう言えばリーハ自慢のバイオリンをじっくり見せて欲しいと思ってたんだけど……良かったら持ってきてもらえるかな?」


「いいわ!少し待ってて」


「今日は時間がたっぷりあるからゆっくりで大丈夫だよ。慌てて転ばないように気を付けて」


 やはりルイスは細かい所までお優しいわ。走ったりしないから大丈夫よ。

 家族の前だからかいつもより少し綺麗な言葉遣いのルイスに向かって頷き私は居間を出た。



 ***********



 白いワンピースのスカートを大きく揺らし身をひるがえしたリーハが居間を出て行くと俺はしゃんと背筋を伸ばした。


「実はリーハ嬢に知られないよう内密にお話したい事があります。私の本当の名前はルチアーノ・スッシャー。こちらは先程公爵がおっしゃった通りジャレット・ブロンテです」


 自己紹介とジャレットを紹介するとリーハの父上であるハイドリア公爵が立ち上がった。


「はぁぃ!?」


 公爵が素っ頓狂な声を上げるとリーハの母上と弟はポカンと口を開けた。リーハにそっくりだ。弟の頭をつい撫でたい気分になるのは抑えるようにしなければ。


 本音を言えばリーハにも打ち明けたいところだがそれは出来ない。婚約者を発表した時にリーハ1人だけ俺の正体を知っていたとなるとフェアじゃないなど言い出す輩が必ずいるからだ。ただご家族にはきちんと挨拶と説明をし、許しを貰っておきたかった。嫌な思いをさせただろうから。


 俺は全てのいきさつを手短に話し謝罪し深く頭を下げた。

 立ち上がったまま聞いていた公爵は力が抜けたようにドッとソファに腰掛けた。


「はぁ……」


 驚いて声も出ないらしい。まぁ普通そうなるだろう。だが俺は急いでいる。リーハが戻ってくるまでに許して貰わなければならないのだ。


「ポルトナス家とコルトナーレ家には然るべき処罰を与えようと思っています。それに私はリーハ嬢を心から愛しています。婚約者として指名する事をお許し願えませんでしょうか?」


「僕凄く驚いたけど……今の言葉を聞いたら姉上が飛び上がって喜ぶと思う。凄くルイ……殿下の事好きだもん」


 弟がポツリと零すと公爵も夫人もようやく頷いてくれた。

 弟がこう言うという事はやはりリーハは俺の事を想ってくれているんだな?

 昨日気付きはしたがこうやって確信するとじわじわと喜びが胸に滲んで来る。


「そうだな。リーハの事だから屋敷中を転げまわって喜ぶだろう……殿下が身分を偽ったいきさつに驚きはしましたが納得は出来ます」


「殿下、初めての顔合わせの日リーハの事を見てくれていてありがとうございます」


 公爵、夫人が弟に続くように言い立ち上がると3人揃って俺に向かい頭を下げて来た。


「うちの娘をよろしくお願い致します」


 俺も立ち上がり3人に頭を下げほくそ笑んだ。

 やったぞ!これでもう俺に待ったをかけるものはない。ようやくリーハに堂々と自分の気持ちを伝えられる。すぐに婚約者を発表してやるぞ。


 リーハが戻って来ると一生懸命バイオリンの説明をしてくれる。

 席を外して貰う為に言った事なのにごめんな。今すぐ頭を撫で抱きしめたいが我慢だ。


 ピアノが置いてある部屋に移動しリーハと弟とバイオリンを構える。

 夫人の伴奏に合わせて有名なワルツ曲を弾き始めるとリーハの音が良く聞こえる気がする。愛ゆえかな?俺の音も同じようにリーハに届いていると良いが。


 目線を向けるとリーハも丁度俺の顔を見た。照れたような笑みを浮かべたリーハはまるで女神のよう。俺も負けない位微笑み返す。

 周りに目を向けると弟も夫人も楽しそうに弾いていて公爵は嬉しそうに微笑み俺達を見ている。


 3年前に抱いた夢が叶ったよ。ああ、もうすぐ沢山の夢が叶うんだな。俺の事を好きになってくれてありがとうリーハ。




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