気付いた王子は悪いと思いながらも喜びに震えた
「確認したらあのウィカとかいう令嬢に2人きりで話したいって何度か誘われたけどルチアーノはずっと断ってたらしい」
「え?抜け駆け禁止と言っていたのに?」
「誘っても断られるからそう言う事にしたんだろ。とにかくルチアーノは2人で話す気はないらしい」
ルイスがお昼時間に報告してくれるのだけど……あの2人、あれだけ私の事を卑怯者呼ばわりしていたのに抜け駆け禁止は言い訳だったのね。
「でも、ウィカ様の事は断るのに殿下は何故私を連れて鬼ごっこをしたのかしら?」
「あ〜、あれね……あまりにも毎日断られるから少し話してみたくなったらしい。今後リーハから誘われても他の子と同じように断るって」
平等に扱うって事ね?
ルチアーノ殿下とウィカをくっつける作戦は練り直しだわ。
それにしても、俺がどうにかするって言ってちゃんとルチアーノ殿下に確認してくれるルイスの優しさが凄いと思うの。
「わざわざありがとう」
「お礼を言われる事じゃない……」
はぁ!なんて謙虚なのかしら。
「でも私、この先どうやって頑張ればいいのかしら?」
はぁと溜息を吐くとルイスも大きな溜息を吐く。
「今のままで十分じゃないか?毎日断ってれば印象は悪い……悪いからこそ少し話して見たかったんだと思うよ」
「そうかしら……」
早くウィカを選んで欲しいのにって言ったら何故かルイスが悲しげな顔をするから言えないわ。
言葉を止めるとルイスは私の気持ちを見透かしたかのように頭をポンポンと撫でる。
先週髪の毛に口付けされた時は心臓が止まるかと思ったけど、それ以後はまた髪すら解かなくなった。
でも私の撫でで欲しいと言う気持ちを知ってか頭を撫ででくれる回数が増えたのです。
「……リーハはさ、自由になって何かしたい事でもあるのか?」
頭を撫でたあと少し低い声で問いかけてくる。
あなたの婚約者になりたいですと言えないのが辛いわ。
ルイスの気持ちがもし私に向いてくれたら堂々と言えるのだけど。
「特に何もないのですがとにかく自由になりたくて……」
「そうか……」
ルイスはガッカリしたように肩を落とした。
ガッカリする理由が分からないわ。何か他のそれらしい理由を考えておけば良かったかしら?自分を持っていないとか思われたのだったらどうしましょう。
恋って本当に難しいわ。
お昼休憩の終りが近づくとルイスの背中を見送る。行きと同じく教室に帰るのも別々。すぐに教室で会えると言うのに見送る時は切ない気持ちになってしまう。
ルイスの背中が見えなくなって、少し間を置いてから私も教室へと戻る。
いつものように中庭を戻っていると丁度校舎からソニアとルイスが出て来たのが見えて思わず近くの木に身を隠してしまった。
私ってば何故隠れるのかしら?
そう思うのに心臓がドキドキして動けない。そういえば今日朝からやけにソニアが何か言いたげに何度も後ろを振り返ってきて不思議に思ってたけど……
ルイスが私以外の女子と2人でいるのを初めて見たわ。特に何をしている訳でもない、2人でいただけなのにあり得ないほど胸が痛む。
気になって顔を出して2人の位置を確認しようとしたら声が聞こえて来た。
「おい、なんだよ?わざわざこんな所に連れてきて」
私と話す時とは全然違うルイスの話し方に胸がドキリと鳴った。
と、言うか聞こえてしまうのだけどこのままで良いのかしら?盗み聞きしてるみたいで嫌だわ。出ていった方がいいかもしれない。足を踏み出そうとした時ソニアが声を張った。
「なんだよ?じゃないわよ!ガーレン家が私の婚約状況を確認したって聞いて驚いたんだけど、どう言う事?お父様が喜んじゃって大変なのよ」
思わず声が出そうになって息を止め口元をしっかりと押さえた。ガーレン家がソニアに……?ルイスお願い。間違いだと言って……
「おいおい、伝わるの早いな。全く何処から漏れたんだ……まだ進めるつもりは無いから黙っとけよ。で、用はそんだけ?」
ルイスの答えに聞き間違い?なんて心に浮かぶけど、確かに聞いた言葉に足まで震えてくる。
「そんだけ?って、なんなのよ!まだって事はそのうち本気で進めるつもり?何故私なのよ?」
「何故って、気に入ってたからなぁ。多分婚約者は君に決定だと思うよ?そのうち正式に話があるだろうからそれから騒いでくれ。今俺に言われても困る」
ルイスはソニアの事を気に入っていたんですのね……
私と話す時より大分ざっくばらんな話し方に親密度が伺えますわ。私が知らなかっただけでお2人は凄く仲が良かったのですね……
もうこれ以上聞きたくないのに足が動かないのですが。
「何よその他人事みたいな言い方!どうでも良いわけ?そんな事より納得いかないわ。リーハ様はどうするのよ?」
「何故リーハの名前が出てくるのか分からないけど今は詳しく話せないから落ち着いてくれるとありがたい。とにかく、本格的に話が来てから言ってくれ。じゃ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
遠ざかって行く2人の声にヘナヘナとその場にへたり込む。ソニアはもしかしたら私がルイスを好きな事を気付いていたのかもしれない。だから私の名前を出した……
力いっぱい潰された心が尋常ではないほど痛んで吐きそう。どうして聞いてしまったの?
メガネを外して目を思い切り押える。涙が溢れて来ないように。
どんなに好きでも相手が他の人を好きなら幸せを願うのが愛なのよね?ロマンス小説で見たわ。
じゃあ私は愛じゃないのかもしれない。決定的な事を聞いてしまったのにまだ私の事を好きになって欲しいって思ってるもの。
この諦めの悪いどうしようもない気持ちをどうすればいいの?
強く押さえても滲んでくる涙。後数分で授業が始まるから泣いたらダメなのに。
地獄に迷い込んだのかいつもは優しく撫でてくれる風まで私を突き刺してるみたいに痛い。
なんとか学校が終わるまで普通にしていないと……心が整理出来ないのにとにかく普通にしていなければと言う考えばかりが浮かんでくる。
私、混乱してるみたい。動けないでいると「リーハ」と私を呼ぶルイスの声が聞こえて来た。
「見つけた。戻ってこないから探しに来た。具合でも悪いのか?」
ぽんと頭を撫でられ顔を上げると前髪を横に流したルイスがしゃがみ心配そうに顔を覗き込んでくる。
「すぐに医者を呼ぼう」
目が合った瞬間立ち上がったルイスの手を思わず掴む。
「お願い、まだ婚約しないで」
行かないでと言いたかったのに口から出たのは心で強く思った事。
「はっ?」
ルイスは今まで聞いたことないほど驚きの声を上げた。
突然こんな事を言われたら驚くに決まっている。
「ごめんなさい、さっきソニアと話してるのを偶然聞いてしまったの……」
正直に言うとルイスは相当驚いたのか口をポカンと開けて私の顔をじっと見つめてくる。
私の気持ちがバレてしまったかもしれない。でも、これで拒否されたらスッパリ……は無理かもしれないけど諦めるように頑張るわ。
ルイスはこめかみを指で押さえ何か考えるように眉根を寄せた。
「えーと……もしかして、今泣きそうになってるのは俺が他の子と婚約するのが嫌だからって事?」
歯を食いしばりゆっくり頷く。きっと私は今にも死にそうな顔をしていると思う。
でもルイスは私と正反対の、とても嬉しそうな表情を見せた。自然と溢れてくるかのような綺麗な笑み。
「俺はソニアと婚約しないから……泣くな」
ルイスは私の手を引き立ち上がらせると引き寄せ慰めるように後頭部を撫でた。初めて会った時より優しく感じる手に胸が張り裂けそうよ。
「ついさっき言っていたのに……?」
「詳しく言えないけどさっき聞いた話は全部誤解だと思ってくれ。俺はソニアと婚約しないと誓うよ」
ルイスを見上げると綺麗な笑顔のまま。
誓ってまでくれたけど、私の気持ちに気付いて気を遣っているのかもしれないわ。ルイスはとても優しいから……ソニアの事を気に入ってたと言っていたのに。
またギリっと胸が痛み、混乱していたとは言え自分で言い出した身勝手な言葉に申し訳なさが募る。
「私ルイスと1番仲良いのは自分だと思っていたから取り乱してしまったみたいでごめんなさい。だから……その、気を遣って誓ったりしなくても……」
「……もう何も言わなくていい。大丈夫だから、心を落ち着けて一緒に教室に戻ろうか」
優しく頭を撫でてくれる手と言い聞かせるような優しいルイスの声に小さく頷いた。正直、心がまだ混乱していて全然落ち着いてくれそうにありません。




