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些細な事を気にするご令嬢と些細な事でも叶えてあげたい王太子

 


 右手前方からじりじりと迫る2つの影に私は小さく溜息を吐いた。いつものお2人ですわよね。

 見上げると想像通りの2人が私とルイスの間に立った。


「リーハ様、いつの間にルチアーノ殿下とお約束をしていましたの?先日殿下が突然手を引いて出て行かれた時は驚きましたわ。何故だったのか今日教えて下さいましたのよ。同じ婚約者候補として私達も誘って下さればよろしいのに」


「ウィカ様、リーハ様には言っても無駄ですわよ。私達を出し抜いて自分が選ばれる事ばかり考えておられるのですから。誘って下さるはずないですわ」


 どうやらルチアーノ殿下が手を引いて走った件について「私と約束していた」と言ったそうですわ。ソニアに矛先が向かないように。


 そうすれば私に非難が集中しますでしょう?正直このお2人のお相手は面倒ですが巻き込まれたソニアを守る為ですわ。殿下のご判断が最善だったと信じましょう。


「……ではお2人も殿下とお約束すればよろしいのではなくて?私の事は誘わなくて結構ですので、どうぞ出し抜いて下さいませ」


「なっ」


 ウィカとスーザンの顔が一瞬で怒りの色に染まった。

 私に文句を言う係は決まっているのかスーザンが大きく口を開けた。


「私達は正々堂々と同じ条件下で選ばれるべきです!出し抜く事など出来る訳ないでしょう?そんな事をして平気なのはリーハ様だけですわ」


「ですから文句ばかり言っていないで、1度出し抜いた私と同じ条件下になる為にお2人もそれぞれお約束をすればよろしいでしょう?」


「いつもいつも屁理屈ばかり!ご自身のした事を反省なさるお気持ちは無いのかしら?私達にリーハ様みたいな卑劣な真似が出来るはずないでしょう!?同じにしないで頂けます?」


 人前だと言うのに本気で頭に来ているらしいスーザンの声が更に大きくなり顔が歪んだ。今にも手が飛んできそうな表情よ。


 どうやら煽り過ぎてしまったみたい。しかも今のスーザンの大声で注目が集まってしまったわ。あちこちからの視線とざわつきを感じ周りに目を向けると隣に座っているルイスが口を開いた。


「少し静かにしてもらえるかな?さっきからうるさいんだけど」


 スーザンはキッとルイスを睨みつける。きっと横から口を出して来たルイスに怒りを感じたのでしょう。

 私から見たら助けに来てくれたヒーローのように見えるわ。ルイスは本当にお優しいのです。


「またあなたなの?私は今リーハ様とお話をしていますの。口を挟まないで頂けます?」


「普通に話してるなら口出さないけどさっきからうるさいんだよ。特にお前」


 ルイスはスーザンに向かい面倒くさそうな声で言った。


 お前?お前なんて言葉を使うのね?いつも優しく話してくれるから意外だわ。ほら、ぶっきらぼうな言葉にスーザンはカチンときたみたい。目が吊り上がってしまったもの。


「お前ですって?なんて失礼な男なの……!」


 スーザンは顔を真っ赤にして拳を握り震わせた。

 まさかルイスの事を叩いたりしないわよね?立ってルイスとの間に入った方が良いかも知れないわ。

 慌てて立ち上がるとウィカもさすがに暴力沙汰はマズイと思ったのかスーザンの前に出た。


「あなた相変わらず教育がなっていませんわね。髪をセット出来るメイドと言葉遣いを教えてくださる家庭教師を派遣して差し上げましょうか?」


「気持ちだけ頂いておくよ」


 ルイスが答えるとウィカはフンっと鼻を鳴らし声を潜めた。


「今度私達や殿下に生意気な口を利きましたら痛い目を見る事になりますわよ」


 脅し文句を残して去って行ったウィカとスーザン。私はまたもムカムカしながら2人に文句を言いたい気分に駆られましたが、ルイスは以前と同じく笑いを堪えるように肩を揺らしていたのです。


「先程は助けて下さってありがとうございました」


「いいよ。大した事してないし。アイツほんと声大きいよな?」


 中庭のベンチに腰掛け眼鏡を外し髪をかきあげながらスーザンの事をアイツ。と呼び意地悪そうに笑うルイス。

 この意地悪そうな笑みがとてもカッコ良く見える私はおかしいでしょうか?


 眼鏡を外し髪を整えネクタイを緩める。いつもの順番。そして私の眼鏡を外し髪に手を伸ばし解いて髪に触れるまでがお決まり。

 でしたのに……私の眼鏡を外しベンチに置いて前髪を整えられただけなのです。


 今日は私の結ってある髪の毛を解こうとしません。何故でしょうか?飽きたのでしょうか?それとも順番を変えたのでしょうか?気になるけどもう少し様子を見てみましょう。


「……何故いつもあの2人と話した後は楽しそうに笑いを堪えるんですの?」


「あ~……ムカつくんだけどつい面白くってさ。またツボに入っちゃったんだよねぇ。ま、リーハが気にする事じゃないから」


 ルイスが少し首を傾げ微笑む。笑みながら目線が合う度にドキリとしてしまうわ。

 この表情も凄く好き。と言うかルイスが見せてくれる全ての表情が好き。

 はあ、見惚れている場合ではないわ。まだ髪を解かないのよ。何故髪を解かないのか聞くべき?いえ、まだ早いわ。


「そうですか……そういえばルイス、スーザン様の事をお前と呼ぶんですね。知りませんでしたわ」


「ん?そう言えば学園でリーハ以外名前で呼んだ覚えがないな。皆の事お前って呼んでる」


 なんですって!私だけ名前で他の方はお前と呼ばれていますの?

 名前が分からないと仮定したとしても私と初めて会った時は確か「君」と呼んだはずですわ。「お前」ではなく……何の差ですの?

 私はごくりと唾を飲む。君とお前……どう考えても君の方がよそよそしいと思うのです。


「何故私の事はお前と呼びませんの?」


「リーハの事をお前なんて呼べるわけないだろ?いきなりどうした?」


「だって君よりお前の方が親近感がありますでしょう!?」


「あ~!初めて話した日か!ハハハハハ!」


 ルイスは目を丸くして驚いたあと堰を切ったように笑いだした。

 もしかして変な事を気にするおかしな子だと思われたのでしょうか?

 ひとしきり笑った後ルイスは私の頭をぽんぽんと撫でる。


「今は君じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでるだろ?」


「そ、そうですが……その……私だけ皆と違うのはなんだか気になると言いますか……私も皆と同じように呼ばれたいと言いますか……」


「なるほど、自分だけ違うのが気になるんだな?」


 私がブツブツと話すとルイスは気付いたように頷き私に向き合ってくれる。

 ぽんと私の頭に手を置くと、まるで子供をあやすように優しい顔を見せた。


「お前は俺の特別だから」


 耳元で囁かれたのかと錯覚してしまいそうな程ゾクっとしてしまいましたわ……特別ってどういう意味ですの?

 聞き返そうとしたらすぐにまたルイスが口を開いた。


「お前は俺の特別……友達だから名前で呼びたいんだけど。ダメか?」


 友達だから特別なのですね?でもなんでしょうこの胸のくすぐったさは!はぁ。好きですわ。

 悶えると地面を転がりたくなるのには何か理由があるのかしら?


「ダメじゃありません!そうですわよね。私達お友達ですから呼び方が違って当たり前なのですよね」


「良かった。リーハの事は名前で呼びたいからさ。それにしてもそんな事を気にするとは思わなかった。君呼びがよそよそしいなんて考えた事もなかったな」


「あ……些細な事を気にしてしまっておかしいですわよね……」 


 ルイスにとってはなんて事ないのでしょうが気になってしまうのです。きっと好きだからですわね……


「いや?可愛いと思ったよ。リーハが気になるなら他の奴らの事は今日から君って呼ぼうかな」


 ルイスは自分に言い聞かせるように「君……」と何度か呟いていますが今私の事を可愛いと言ってくれたのではなくて?

 平然としているから深い意味で言ったのではないと思いますが……どうしましょう、髪を解かない事がどうでも良くなるくらい嬉しいです。



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