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忘れたふり男子と出来ないふり女子



「きゃあぁぁぁ!」


 私は居間で弟ラビィの手を取りくるくる踊る。

 母はニッコリ。父は少し呆れ顔で見ているが私はお構いなし。何故なら……


「家にルイスが来るのよ!ラビィの友達として!あぁ、なんて素敵なのかしら。私にラビィがいて良かったわ!ありがとうラビィ」


「僕の存在自体が役に立つとは思ってませんでした。姉上が嬉しそうで良かったです」


 立っていると身長もあまり変わらなくなったラビィが優しく微笑んだ。

 私の弟は子犬から天使に成長したみたい。


「でも大丈夫なんですか?ルイス様に婚約者はいないのですか?」


 天使の一言に胸がギリギリ。矢を束にして刺された気分よ。


「やめてぇええ!ラビィもニカと同じ心配をするのね?今お父様が調べて下さっている所なの……家で婚約者と言う言葉は禁句にしたらどうかしら」


 踊るのを止めて顔を覆うと父の声が聞こえて来る。


「リーハ、現実から逃げてはいけないよ。覚悟はしておきなさい」


 言われなくても分かっているのです。だから刺さった矢の束をグリグリ回すのは止めて頂きたいわ。


 ルイスが家に遊びに来るなんて夢みたいな出来事が起こると言うのに婚約者が……なんてしょぼんとしたくないのです。お父様が調べて結果が分かっても聞くのが怖いような気がするわ。現実を知るのが怖い……


「まぁ今はそんな事は置いておいて、どんな歓迎をしましょうか?」


「お母様……」


 母の一言にホッとする。そう、今はルイスが来る日の事を考えて用意するお菓子とか、一緒に弾く曲を考えたりしたいわ。


 一緒に弾く曲……自分の気持ちを伝える愛の曲を……きゃー!だめよ。そんなの恥ずかしくてバイオリンごと溶けちゃうかもしれないわ。


 2人きりも憧れるけどせっかくだからラビィとお母様も一緒に合奏するのもいいかもしれないわね。はぁ、楽しみ!



 *******



「お嬢様、本当に良いのですか?」


 朝からニカに3回目の確認をされる。これが最後の確認ね。

 鏡に映る巻き髪ハーフアップの自分。前髪もセットされ伊達メガネもない姿。


「ええ、良いわ!」


 もう悪評に乗るって決めたのだから目立たぬように地味にして行く必要はないと言う事に気付いてしまったの。イメージチェンジよ。どんどん意地悪そうな印象を与えればいいのだわ!


 それに、好きな人には少しでも綺麗な自分を見て欲しいと思って。正直その理由が99.9%ね。少しでもルイスが可愛いとか思ってくれたら嬉しいわ。


 と、思っていたのにルイスは私と目が合った瞬間、顔を逸らしたのです。見間違いかと思うほど避けられましたわ。

 ショックを隠しきれず見ているとルイスは真っ直ぐ前を向き黙って隣に腰掛ける。


 やはり見てもらえない。今日は機嫌が悪いのかしら?


「ルイス、おはよう……」


 確かめるように声を掛ける。ルイスはこっちを向いてくれたけど、「はぁ」とあからさまに溜め息を吐かれてしまった。


 私、何かした?気のせい?不安で体が熱くなるとルイスは私にノートを手渡して来た。

 ノート?何か書いてあるの?まさか愛の言葉とか?それでルイスは緊張して……


 あり得ない妄想に駆られた私はドキドキニヤニヤしながら急いで中を見ようとノートを開く。


 すると隣から「違う」の声。

 では何なの?と首を傾げて見るとルイスが機嫌悪そうに低い声を出した。


「それで顔、隠しといて」


 ノートで顔を隠す……?見たくないという事……?

 どういう意味なのか知りたくてルイスを見るが、ルイスはすぐ立ち上がり教室を出て行った。


 綺麗な姿を見せたいなんて浮かれていたけど、ルイスから見たら何かが不愉快だったのかもしれないわ。

 褒めてくれるとは思っていなかったけど顔を隠せと言われるとは……


 泣きたい気持ちになって思わず机に突っ伏す。

 これで顔が隠れますわ……


「リーハ様、何処か具合でも?」


 悶々としていると前の席のソニアの声が聞こえ顔を上げる。


「ソニア様おはようございます。何処も悪くないですわ。ただ今日はいつもと違う髪型をしてきたのですが隠したくなって……」


「隠す?勿体ない。とてもお似合いですわ!」


「ありがとうございます」


 ソニアは笑顔でそう言ってくれるけど肝心のルイスから見たらダメだったみたいなの。

 なんて心の中で付け加えているとルイスが足早に戻って来た。


「これかけて。俺のスペア」


 ポンと手渡された黒縁の伊達メガネ。

 やはりルイスは派手な姿がお嫌いなのかも知れないわ。ガッカリしながらメガネをかけて自分で前髪を重くした。


 泣きそうだから目が見えない方が良いでしょう?

 肩を落とし俯いているとルイスが大きな溜息を吐いた。


「悪い。学園で本当の姿を見せるのはあの場所でだけかと勝手に思ってた。秘密みたいで楽しかったからさ……押し付けて悪かった」


 ルイスはメガネを返せと言わんばかりに手を差し出して来る。


 でも私は返す気はないわ。だって秘密だと思ってくれていたのよ?楽しんでくれていたのよ?2人だけの秘密を!


 さっきまでのガッカリが嘘みたいに吹き飛んで心が一気にピンク色なの。


 2人だけの秘密。なんだか特別な間柄みたいに感じるわ。フフ。

 とたんに元気になった私は笑顔でメガネの代わりにノートを返す。


「メガネお借りします。秘密……大賛成ですわ!」


 私も理由は違うけどルイスの顔を皆に見せたくはないもの。2人の秘密にしてしまえば今後ルイスが皆に顔をさらす事は無いわ。


 知っているのは私だけ。イメージチェンジは褒めて貰えなかったけど最高の成果を上げたわ!

 抑えきれずニヤニヤしていると珍しくウィカが1人で近づいて来た。


「今日の髪の毛はどうなさったの?いつもの髪型の方がお似合いでしてよ?これで髪を結ってはいかがかしら?」


 差し出された淡いピンク色の2本のリボン。

 きっと派手な髪型が気に障ったのね。


「あなたは地味な髪型をしてなさいっ」て事だろうけど正直助かるわ。けどありがとうと受け取ってしまうと普通だわ。悪ではない。

 

 要らないと受け取らないのが悪なのでしょうけど2人の秘密の為にリボンは欲しい。

 

 そういえば昨日ルイスが悪に乗る時は秘密の合図を送れと言っていたわね……悪くなり過ぎるのも良くないと。


 どう対応しようかルイスに目を向け考えているとルイスは合図だと思ったのか、小さく首を横に振った。


 悪ぶってはダメという事ね?確かにリボンを受け取りつつ悪ぶるのはかなり無理があるわ。


「ありがとう」


 本気でウィカに感謝したのは初めてよ。

 お礼を言いリボンを受け取るとウィカは満足気に自分の席に戻っていく。するとルイスが何やらゴソゴソして再びノートを手渡して来た。


 不思議に思い受け取ると何やらさっきとは違う。ペンが挟まれたページがある。

 まさか、愛の言葉が?懲りずに勘違いしながら開くとこう書かれていた。


「さっき嬉しそうにノートを開いてたから書いてみた。そのリボンを持っていつもの場所で会おう」


 わざわざ書いてくれる優しさに胸がきゅんとなる。ルイスを見ると綺麗な口元が微笑んだ。


「髪、1人じゃ難しいだろ?手伝うよ」

 

 前にルイスから髪を解かれた時、私自分で結んだのだけどその事は忘れているのかしら?

 

 なんて幸運ラッキーなの!なら自分で出来るなんて口が裂けても言わないわ。


 そうしていつもの場所で会うとルイスは「全部俺に任せろ」と悪戦苦闘しながらも楽しそうに三つ編みをしてくれた。

 

 緩い三つ編みも不格好に結ばれたリボンも愛しくて仕方がないわ。

 時々寝坊したとリボンだけ持って髪の毛は下ろして来ようかしら?それでまた手伝ってもらうの。

 

 さすがにあざと過ぎるかしら…………そう思いながら意外と良い案なのでは?とゴクリと息を飲んだのはルイスにはバレないように致しましょう。




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