88 授業③
雷の月1週目2の日。学院生活2日目。
今日は1限に音楽の授業があり、寮から直接講堂へ移動した。
「皆さまぁ〜!!!進級おめでとうございますぅ!!」
元気な声でビブラートをかけて挨拶をするはドロシア先生だ。大変ふくよかな体型で、くるくるの赤茶髪が特徴的な女性だ。今の一言でわかったが、たぶんめっちゃ声でかい。
「さぁ〜〜〜!!!!!皆さまぁ〜には!!2年生ではぁリュウとチェロを学んでいただきますぅぅ!!!」
『……相変わらずお元気そうだな…』
コルネリウスが苦笑いで言う。カールは最早耳を塞いでいる。
リュウというのは、シリウスが持ってる横笛だ。解名の藝をする時に使うやつだ。けどもちろんみんな藝を出せるわけではない。チェロは弦楽器の一つで、ヴァイオリンの大っきいやつだ。去年はピアノとヴァイオリンだったらしい。
「アグニさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!はああああぁいいぃ!!!」
びっくりした!!
びっくりしたぁ!!!!
大声こっわ!!ここ最近で1番びっくりした!!
急な大声での名前呼びに驚き俺も大声で答えてしまった。学年の子は俺の反応に思わず吹き出している。
「元気が良いですねぇぇ!!!良いことです!!!あなたはリュウとチェロをしたことはありますかぁ?!」
「あ、ありがとうございます!!リュウはあります!!チェロは無いです!!」
「まぁぁぁ!!リュウはご経験あるのですねぇ!立派ですぅぅ!!!」
「ありがとうございまぁぁす!!!」
大声での受け答え合戦に周りの子は下を向いて肩を揺らし始めた。カールは普通に大声で笑っている。
「今年はぁぁ!!まず始めにリュウを学び、年の後半でチェロを学びまぁす!!リュウは音を出すのがとても難しい楽器ですのでぇ!!まず音を出すことぉぉ!!!そして初級の曲を弾けるようになることがぁ!!目標ですぅう!!皆様、リュウは持ってきましたかぁ!?!」
楽器を習うにあたり、我々は楽器を購入しなければならない。こういうところはお金持ち学校なんだなって思う。そんないくつも別の楽器買ったところでどうせ使わなくてもだろうに…。
しかし…さすがは公爵邸だ。ほとんどの楽器が揃っていた。なので俺は公爵邸から拝借したリュウを学院に持ってきていた。
『アグニそれ誰の?どうして金の装飾が?』
コルネリウスに問われ手元のリュウを見て絶句した。黒い笛の上に蔦のように金の装飾がついている。まったく気にしていなかったがガッツリ付いていた。
「ほんとだやべぇ…!これって俺使っても平気?!」
『アグニが買ったわけではないなら…まぁ大丈夫だろうけど…それって宰相閣下のもの?』
「うん、借りたやつ。俺自分の持ってないから。」
『えっあ…そうなんだ…いや、なら使ってもいいんじゃないかな?』
「ん?なんで今どもった?やっぱだめなのか?」
コルネリウスが見せた戸惑いに疑問を抱いていると、しどろもどろになりながら謝ってきた。
『あぁごめん。別になんでもないんだ。ただ…僕、人から物を譲り受けたことがなくて…』
「え?」
コルネリウスの隣に座っていたパシフィオがため息をついて言った。
「リシュアール伯爵家はお下がりなんて経験したことがないんだよ。」
俺の隣に座っていたカールが驚きの声をあげた。
「コル、お前、三男だったよね?」
『うん。兄が二人いるね。』
「お兄さんが授業で使ってた楽器は?それを使わないのか?」
『兄には兄の楽器があるから…。これは僕のだよ。』
・・・・・・はっ!!!
やっと何言ってるか分かった!!
コルネリウスこいつ…バカ金持ちだ!!!!
「え?!こんないくつもの楽器を?!もう使わないかもしれないのに?!わざわざ自分の買ったの?!」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。コルネリウスは苦笑いで曖昧に答える。
『お兄様だって…軍部にいるから楽器なんてもう使ってないよ…』
「じゃあそれ使えばいいじゃんよ!!」
コルネリウスは気まずそうに答えた。
『うん、そうだね…。人の物を使うって、今までその発想がなかったな…』
少し遠くに座っていた同級生の女の子がコルネリウスに微笑んで言った。
「リシュアール伯爵家には3人分の楽器を提供させていただきましたわ。私の家が管轄しておりますの。コルネリウス、いつもありがとうございますね。」
『ああ。どの楽器もとても美しいし、良い響きだよ。』
「まぁ嬉しい!私の母も喜びますわ。」
・・・・・・いや何話変えてんだよ!!
パシフィオが笑いながら言った。
「俺は次男だから兄のを使ってるぞ。カールは?」
「僕は長男だから新しく揃えてもらったけど…次男だったなら確実に年長者のを譲り受けるだろうね。」
コルネリウスが少し興奮したように頬を染めた。
『けど…なんかいいなぁ、お下がり。みんなで一つの物を共有している感じが…温かい感じがするね。』
まったく嫌味の籠っていない純粋な目でそう言われ、俺はツッコむことができなかった。
まじのボンボンって、こういう浮世離れした感覚があるんだな…というのが最大の学びだった。
・・・・・・
次は選択授業の一つ、武術の授業だ。
授業を受ける人数、女子は3人、男子は15人。芸の授業より4人多い。
人数が増えた理由は簡単。この4人は芸が使えない。だから武術の授業のみ受けるのだ。
そして先生は芸の時と変わらず、バノガー先生だった。
「アグニ、もうお前のことは信用していない!!」
開口一番先生に言われた台詞がこれだ。
「え、なんでですか?俺何かしました?」
「しましたろぉ?!!初めて使った疑芸獣真っ黒にしてくれやがったろ?!!」
え?あぁ、あれか。
そんな昔のことは覚えとらんな。昨日だけど。
バノガー先生は手を組んではっきりと指示した。
「まぁそういうことで!アグニ!まずお前はコルネリウスと対戦しろ!」
「ん?コルネリウスと?」
俺的には全然構わないが……?
すると周りから悲惨そうな声が上がった。近くにいたパシフィオが小声で俺に教えてくれた。
「コルネリウスは武術の天才だ。武術ではシルヴィア様を超えるんだよ。父君が帝都軍総司令官なだけあって昔から訓練されてるし、圧倒的に才能がある。アグニ、あんま落ち込まずにな…?」
「え?お、おう。」
練習用の剣を腰に下げたコルネリウスがこちらにやってきて俺に手を差し出した。
『そんなこと言ったって、どうせアグニは強いんでしょ?僕も怪我したくないから、真剣にやるね。』
「おう、頼みます!」
俺とコルネリウスは一定の距離を開け、互いに向かい合った。
「………始め!!」
バノガー先生の声を聞き互いに距離を詰める。
俺は走りながら剣を抜き、下からの切り上げを試みた。コルネリウスは俺より後に剣を抜いたにもかかわらず剣をそのまま右に薙ぎ、弾いた。
後から抜いたのにスピードが追いついた?!
しかも、弾いた?!力が俺より強いのか?
………違う!!そうじゃない!
スピードに力を乗せるのが上手いんだ!
弾かれた剣を後ろで一周しそのまま左薙ぎに繋げた。結構意表を突く技だ。
しかしコルネリウスは動じることなく受け止めた。そしてそのまま剣を滑らせ、こちらに反撃を行う。
どの技もとても滑らかだった。
受け流すところは受け流し、こちらが堪え難いところは力で押す。戦いにくさはシリウスととても似ていた。
技術は明らかに俺より上。
けれどこれは……才能では無い。
これは、経験に基づき培った「感」だ。
以前シリウスが言っていた。
天才なんてこの世にいない、と…。あのシリウスが。
どれくらい努力を重ねて、ここまで上達したんだろう
けどな…ごめんな。 俺の師匠、最強なんだわ。
辛うじて見つけた小さな弱点。剣を持ち替えた時に、再度勢いをつけるために剣をわずかに後ろに引く癖。これは誰にでもある隙だ。
けどシリウスにはそれすらもなかった。
俺はその瞬間にぴったりと…相手からすると嫌な時間差で剣を押し込んだ。
『……っ!!』
コルの体勢がブレた。
今だ!!!
しかし、コルネリウスはやっぱ凄かった。
無理にブレた体勢を立て直すことはせず、片手をつき、体を反転させてしゃがんだままこちらに剣を突き上げてきた。
俺の剣はコルの頭に、コルの剣は俺の喉元に。
そこで両者、動きを止めた。
「…そ!そこまで!!!」
一瞬遅れてバノガー先生の声がかかった。
俺とコルは互いに体勢を正し剣をしまい、握手をした。
『やっぱ武術も強いじゃないか。』
「お前もな、コル。」
周りから歓声が上がった。
「すげぇ!!コルネリウスと張り合ったぞ?!」
「アグニ、あの編入生…あんなに強かったのか?!!」
「芸も武術もできるのかよ!!!」
コルネリウスが俺の腕をぶんぶん振りながら言った。
『アグニは動体視力が凄く良いんだね。あの隙をよく見つけたよ!』
「え?そうかな?………あぁ!!!!!!」
やっべぇ!!!まじでやっちまった!
いつも通り、目に身体強化かけてる!!!!
基本シリウスと戦う時は全身に身体強化をかけて戦う。その影響で全くの無意識で目に身体強化をかけていたらしい。
「ご、ごめんコル。俺…うっかり目に身体強化かけてた……」
コルネリウスはぶんぶん振っていた腕を止めた。
『え…身体強化?』
「う、うん。いつも戦う時かけてて…無意識に今もかけてた!ごめん!」
『え、アグニは身体強化が…できるの?』
「うん。」
『身体強化って…目だけとか…そういうこともできるの?』
「腕だけとか足だけとかもできるし、あぁもちろん体全体もできるよ。」
コルネリウスが握手していた俺の手を両手で握り、熱烈な告白をしてきた。
『お願い!!僕にも教えて!!!!』
「お?お、おう…全然いいけど…。」
俺はとりあえず両手を離しコルネリウスに向き合った。
「ならコルは、俺の対人戦の練習をしてほしい。」
『そうだね。逆に僕は対人戦しかしてこなかったからな…。アグニに身体強化教えてもらってる間、体術も教えようか?』
「あぁ!!頼む!!!」
俺とコルは、取引が完了した後のように再びきつく握手を交わした。
・・・・・・
その後昼食を挟み、『身体構造』という授業があった。
その名の通り、人間の身体構造についてだ。
俺らの芸はどこから出るのか、体にどんな影響があるのか、どうした方が効率的なのか、など。
もちろん臓器や脳や筋肉についての講義もある。それと簡易的な治療の仕方とか。芸で治癒ができるのがたぶん俺とシルヴィアしかいないので、包帯の巻き方とかを学ぶ必要があるのだ。
そしてダンスの授業があり、放課後に武芸研究会。
昨日は芸を練習する日で今日は武術を練習する日だ。
先程の授業の復習をコルネリウスと行い、何度も何度もコルネリウスと剣を合わせた。たまにシャルルやアルベルトらとも対戦した。
こんだけ体を動かして、思ったより疲れが溜まっていたのだろう。
次の日の1限、初めての歴史の授業で俺は爆睡した。
コルネリウスは対人戦と体術が得意で、アグニは対芸獣戦と芸が得意って感じですね。