*4 私の火の神様
少し悲しいお話です。
「アリシアいい?絶対に目を見ちゃだめよ。喋ってもだめ。『掃除に伺いました』『終わりました。失礼します』あなたが喋るのはこの二言だけ。言ってごらん」
『そーじにうかがいました!おわりました!しつれーします!』
「…まぁいいでしょう。いい?アリシア。あなたは神様のお家をお掃除するのよ。絶対に神様の邪魔をしてはいけません。見ても喋ってもだめよ。わかった?」
『はい!おかーさん!』
懐かしい。
母にそんな事を言われ、私はあなた様のお住まいへ参ったのです。
1年に1度、よく晴れた春の日。
私達火の神の民は火の神様のお家を掃除しに伺います。
毎年1人だけ。村の人間が順番にその役をするのです。
本当は一つ下の妹の役目でした。けれど妹が高熱にうなされるほどの酷い風邪にかかってしまったので、同じような年齢の私が代役を務めることになったのです。
本来の私の最初のお役目は、30年後でした。
そして当時の私は10歳で…あぁ、よく覚えています。
何度も手順を確認し、何度も確認され、あなたのお住まいへ参りました。
・・・
『そーじにうかがいました!』
目をみないで、あたまをさげる!
あれ?いつそーじすればいいのかな…?
私が戸惑っていると、あなた様が仰ったのです。
「あ、はい。ありがとう。よろしくね。何か手伝えることあったらいってね」
えっ 火のかみさまってしゃべれるの?
ど、どうしよう。
でもしゃべっちゃだめっておかあさんが…
私は悩みに悩んで、結局、より深く頭を下げることしかできませんでした。しばらくそうしていると、あなた様の足音が遠のくのを感じて、やっと息ができたような気がしました。
言われた手順通りに掃除をしていきました。決してあなた様の邪魔をせぬよう。決して見ぬよう注意しながら。
カーーーン!!!
『ひっ!!』
突然の鉄を打つ音に驚いて、つい悲鳴を上げてしまったのです。そしてその当時、それが何の音かわからなかった私は周りを見渡してしまいました。
それが いけなかったのです。
「ああ、ごめんね。急に音出して。大丈夫?」
『あっ………!!!』
あなた様の
夜空のような黒髪と 陽のような金の瞳を
決して見てはいけなかった。
ど、どうしよう!おこられる…!!
かみさまがおこっちゃう!!!
どうしよう!!!!
私は混乱してあなたの顔を見たまま泣き出してしまいました。
「うわあああ!!!なになにどうした?!え?!そんな怖かった?!ご、ごめんね!!急に大きい音でびっくりしたよね!?」
あなた様も大いに取り乱してらして、私は少しだけ安心したのを覚えています。
『ぃ、いいえ…。ご、ごめんなさい!』
「全然大丈夫だよ。ほら!怖くないよ~!あ、そうだ。こっちきてごらん?』
私はあなた様の手招きに素直に従って、鍛冶場へ足を進めました。
「ほら、見てみ?綺麗でしょ?」
『………うん。きれい……。』
ええ、未だに覚えています。本当に綺麗でした。
あなたの火、あなたの炎は
本当に綺麗でした。
鍛冶中の炎を見せてもらったのです。その炎は私の家で、料理する時に使う炎とは全然違いました。大きくて、輝いていて、まるで生きているようで…
「でしょ?今からここで剣を作るんだ。でね、さっきみたいにカーンって大きな音が出ちゃうの。もし怖かったら耳栓…がどっかにあったはずだな……」
あなた様は立ち上がって私のために耳栓を探し始めてくれました。
『あ、だいじょぶです!こわくないです!』
「え、あそう?じゃあ、また音出しても平気?」
『へーきです!』
「そう。強い子だね。あ、お名前は?」
優しそうなあなた様のお顔が、未だに忘れられません。
『アリシア』
「そう、アリシアね。アリシアはいい子だね。鍛冶、見ててもいいからね。」
『………はい。』
あなた様はニコっと笑って、また鍛冶を始めました。なので私も、掃除をし始めました。
カーーーン
カーーーン
カーーーン
なんだかその音は心地よく感じて……
きっと、
あなた様の作る音だからそう感じたのでしょうね。
・・・
そうじおわっちゃった……
かえらなきゃ。でも、どうしよう。
何度も何度も練習した、『終わりました。失礼します。』がどうしても言いたくなくて、私はあなた様の方を振り返ったのです。
あ。 ほんとに…かみさまなんだ……。
あなた様の操る炎はまるで舞っているようで
あなた様を守ろうとしているようにも見えて
あなた様の瞳は炎の色を宿していました。
私はあの時やっと実感したのです。
あなたこそが「火の神様」であるということを
知りたくなかった。知ってしまったら、およそではないが一緒にはいられません。
知れてよかった。あなた様のその美しさはきっと一生忘れられません。
けど…あなた様に会えて、本当によかった
『そうじ、おわりました。しつれいします…』
もうあなた様の瞳は見れない。ああ、お母さん、あなたが正しかった。だから見てはいけないと言ったのね。だから喋ってはいけなかったのね。
そんな思いを抱えながら逃げるように去ろうとしました。しかし、あなた様がお声をかけてくれたのです。
「ああ、ありがとう!アリシア、またね!!」
私は、もう一度振り返ってしまいました。
あなたは輝くような笑顔で手を振っていました。
・・・・・・
あれから20年。もう私は30歳です。
何度か縁談のお話もありました。
けれどどれもお受けすることはできませんでした。
どれもこの村を去る縁談だったのです。
私は、あなた様のお住まいを掃除しに参る役目がありましたもの。この村を去るだなんて、そんなことはできませんでした。
『失礼します。掃除をしに参りました。』
顔を見ず姿勢も変えず、アグニ様が去るまで待つ。
「ああ、今日でしたね!よろしくお願いします。」
あぁ・・・!!!!!
あれから20年。あの頃のままのお声。
すべてが色鮮やかに蘇ってくる……
私は、迷うことなく顔をあげました。
あぁ、あなた様は本当に神様なのですね…
あの頃は、私より少し年上のお兄さんだったのに…今の私にはもう、随分と幼く見えます。けれど、あなた様のその黒髪も金の瞳も…一切の濁りもなく、あの頃のまま、輝いていました。
あなた様は少し驚いた顔をしておりました。私は何度も何度も練習した言葉を告げました。
『鍛冶をされていますよね。どうか私に気にせず、作業を続けてください。』
「あ、わかりました。ありがとうございます。」
カーーーン
カーーーン
カーーーン
涙が出そうなのを必死に堪えて、あなた様の出すその音を一瞬も聞き逃すまいと必死でした。
あなた様は陽の目を持つのに、鍛冶場では火の目になる。
きっと、その鍛冶場は神域。
あなた様にしか出すことのできない、色がある。
「……面白いですか?」
『………えっ!!!!あっ!!!』
すっかり掃除を忘れて見続けていたようです。あなた様が少し照れくさそうにこちらを見ました。
『大変失礼をいたしました……!!!』
私は膝をつき、謝罪の姿勢を取りました。するとあなた様は慌てたように言ったのです。
「ああ、全然構いません!この火、綺麗でしょう?それに剣作るとこってあんま見ないでしょうし、面白いですよね。」
『……はい。…あの、ア、アグニ様は……その…楽しいですか…?』
あなた様が好きでこのお住まいにおられるのか、それともここに居させられているのか…ずっと気になっていました。けれどあなた様は少年ような、満面の笑顔を見せたのです。
「楽しいですよ!!」
ああ、よかった。
ほんとに……よかった。
あなた様の笑顔が また見れた。
「僕の名前知ってるんですね!あなたのお名前は?」
『アリシアと………申します。』
「ん…アリシア…?あ、ごめんなさい、アリシアさん!良かったら見てってくださいね!」
私はお礼を申し上げ、あなた様はまた作業を再開しました。
そして、あなた様はおっしゃったのです。
「同じ名の子が村にいますよね?何年か前その子が掃除しにきてくれたんですよ」
ああ…!!!!
覚えて……いらっしゃったのですね…
私です…!! 私なのです!!!!
『っそれは…!わた』
「今いくつかな~。まだ小さいと思うけど。おっきくなってるかな~」
そう……そうね。
あなた様には告げられない。
その子は、私なんですよ…?
ああ、どうして あなた様は
思い出してしまったの…?
私のことは忘れてほしかった。けど覚えててくれて、こんなにも嬉しい。
私を思い出さないで。けど忘れないでいてください。
「あ、その子にまた遊びにおいでって伝えてもらえませんか?」
『………その子に、必ず、伝えます。』
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
あなた様はペコリと頭を下げたけど、私の頭があなた様より上にあるなんて、そんなのは許されません。私は急いで膝をつき、礼を取りました。あなた様は少し驚いていたけれど、あの頃と変わらない、幼い子どものような笑顔を見せて、また鍛冶を始めました。
なので私も掃除をし始めました。
カーーーン
カーーーン
カーーーン
この部屋に響く、鉄の音が気持ちよくて
まるで永遠の約束をする場のようで
私はやはり……あなた様を忘れられません。
・・・・・・
それからまた、30年近くが過ぎました。
もう私の腰は曲がり、杖が必要な年齢です。
もう私の母も父も妹も、この世を去っております。
そして
あなた様が、この村を去ると聞きました。
いつ去るかともわからぬため、夜明けの頃より村の前で待っておりました。
本当は、見送りをしてはいけなかった。
けれど、最期のわがままです。
どうか、どうか、、、
現れたあなた様は随分と幼く見えました。けど本当は、私よりもお兄ちゃんですものね。
『アグニ様。旅に出てゆかれるそうですね』
「あ、はい。これからいろいろなところを見て回ろうと思います」
『そうですか。……大変、おこがましいのですが…こちらを受け取っていただけますか?』
「え?なんですか?」
ずっと貯めていたお金で買った、芸石のブレスレット。
隣の家の子に遠くの街へ買いに行ってもらったのです。
全てのお金を使っても、金色の芸石のブレスレットは買えませんでした。なので全く違う、けど近い色で…黄色のブレスレットを。
あぁ、なんだか照れくさいわ。恥ずかしい。捨ててもらっても構いません。
けど……一度だけでいいので、手に取って……
「わぁ。綺麗です!ありがとうございます!」
あなた様は昔と変わらない、輝く光のような笑顔を見せてくれました。
『こちらこそ、受け取って下さってありがとうございます。どうか、旅の間、ご無事で過ごされますように。お祈り申し上げます。』
泣き出して倒れてしまいそうなのを抑えて、感情を見せないように、不信に思われないようにと、丁寧に挨拶をしたのです。なのに・・・
『……ありがとう。優しくしてくれて。名前を聞いてもいいですか?』
あぁ あなたは あなたは
何度 私の心を揺らすのですか。
『……アリシア。アリシアと申します。』
「…アリシア?」
どうか 私を思い出して
どうか 私を思い出さないで
「アリシアさん。この頂いたブレスレット、ずっと持ってますね。このブレスレットと一緒に旅をしますね。」
ああ・・・
あなた様のその一言で、
私の一生は もう、十分です……
『……どうか、どうかご無事で……いってらっしゃいませ……』
もう 堪えられません。
泣き顔など、決して見せません。なので…頭を下げ続けることをお許しください。
「いってきます!!!」
実はね、あなた様に花を送ろうかとも思ったのです。
けれど、どの花を差し上げればよいか
いつまでたっても答えが出ませんでした。
どうか 私のことは忘れてください
どうか 私のことを忘れないで
どうか、どうか、、
あなた様は私の神様でした。
あの日、あの時、あの場所で…
あなたのことを見てしまったから
私の火の神様、
あなたの進むその道が
火のように美しく、炎のように輝かしいもので
あり続けますように……
鉄を打つ音は、2つの音に似ています。そのうちの1つは、結婚式の鐘の音です。もう1つは取っておきます。




