77 必要な準備
ダンディな紳士につづいて荘厳な階段を上り、赤銅色と茶色と金色で統一された応接間に入った。豪華だけど品がある内装だ。
シリウスとシーラは迷うことなく一人掛けのソファに座った。俺が入口で突っ立っているのを見て、シリウスが声をかけた。
『アグニ、ほらこっち座りなさい。』
「あ、はい。」
シリウスの隣にある一人掛けのソファに座ると、テーブルを挟んで向かい側に紳士が座った。
『自己紹介をしてもいいかな?』
紳士がシリウスとシーラに聞く。
「いいわよ。」
『どうもありがとう。アグニ、私の名はシャルト。見ての通り、天使の血筋の一人だ。ディヴァテロス帝国、帝都センチュリアで宰相職を任されている。2人とは旧知の仲でね。もちろん君のことも知っているよ。』
「ほぉ…あ、よろしくお願いします。あの、シャルト様が俺…じゃなくて僕の保護者だと聞いたんですけど、本当ですか?」
俺の質問に紳士は笑いながら答えた。
『そんな口調はよしてくれ。どうかシリウスやシーラと同じように私にも接してほしい。』
斜め前に座るシーラが俺に教えてくれた。
「彼は公爵位なのよ。だから多くの人は「公爵」や「宰相」って呼んでるわよ。」
「シーラはなんて呼んでるの?」
「公爵」
「じゃあ俺も公爵って呼びます。いいですか?」
『もちろん構わないよ。好きに呼んでくれ。』
紳士…改め公爵は肩を竦めて言った。
『そして先ほどの質問だが、そうだ。私が君の保護者だ。』
「え、なんでですか?」
『シリウスにそうしろと言われたからね。』
公爵はシリウスの方を見て言った。隣に座るシリウスが足を組んで答えた。
『言ったね。』
「なんで?」
『一番「確か」だからさ。』
「何が確かなの?」
俺が質問するとシリウスは俺の方を見ながら言った。
『立場だよ。』
「立場?」
『いいかい?第1学院はこの帝国の中でもトップクラスの身分の人間が集まるところだ。稀に貴族ではない家柄の者もいるけど、そういう家はそういう家で、並々ならぬ権力を持ってる。コネも身分も無く、まだ能力を示していない君が一人で太刀打ちできる場所じゃないんだよ。』
「………ほぉ……?」
『天使の血筋だと証明されてない今の君の立場はとても脆い。脆すぎる。だからこそ、「保護者」が必要なんだ。』
「……ほぉ……」
シーラが付け加える。
「そういう意味で一番確かな後ろ盾が公爵なのよ」
「なるほど……?ん?でもシリウスとかシーラが保護者になればよかったんじゃないの?」
俺の質問にシーラが艶やかな笑顔を作った。
「そんなことをしたらあなたの周りの空気が淀むわよ?」
「えっ」
空気が淀む?そんなことある??
公爵が困ったように笑いながら教えてくれた。
『シーラに近づきたい者が君の周りに寄ってくるだろうなぁ。君となんとかお近づきになろう、気に入ってもらおうとみんな必死になるだろうし、学院生活が楽しめなくなりそうだ。』
え、そんなやばいの?え、そんな??
「じゃ、じゃあシリウスは?」
俺がシリウスの方を見ると、こちらも妖艶な笑顔で答えた。
『誰にそんなめんどくさいことさせようって?』
「えええ~……」
めんどくさいこと公爵にさせていいのかよ。
てか公爵が面倒を押し付けられたのか。
「公爵、なんか……すいません。」
俺が申し訳なさそうに頭を下げると公爵は笑いながら答えた。
『あははっ。慣れているから気にしないでくれ。』
・・・
どこからか現れた女中さんが紅茶や焼き菓子を運んできてくれたので一旦休憩を取り、その時間を楽しんだ。アーモンドプードルが入った焼き菓子が美味しすぎていくつかお持ち帰りしたい。
暫くしたとこで、公爵が話を始めた。
『アグニ、コール・ハーローは知っているだろう?』
「あ、うん。ハーローさんって洋服店のでしょ?」
この前制服を注文したばっかだし、何度かお店に行ったことあるからもちろん知っている。
俺の答えに公爵は笑いながら言った。
『洋服店のハーローか!なかなか愉快な印象だなぁ、シリウス?』
シリウスはニヤリと笑いながら紅茶を飲んだ。
『その方が気軽でいいでしょ?』
『まぁそうだがな。…アグニ、彼が男爵位なのは知ってるかい?』
「知ってるよ」
『彼の家は代々繊維業を営んでいるんだ。我々の…帝国全土の衣服を作るのに貢献しているとして爵位が与えられた家柄だ。帝都で運営している洋服店は彼の事業のほんの一部でしかない。』
「えっ…そうなんすか……」
やっべぇ。
「洋服屋のおっちゃん」って認識だった。
めっちゃ偉い人だったのか。
『君は彼の遠縁の子ということになっている。』
「え???あれ?保護者は公爵なんすよね?」
『ああ、そうだ。彼の遠縁の子を私が直接保護しているということにしている。天使の血筋に「遠縁」なんてものはないからな。』
天使の血筋は直系しか存在しない。俺が公爵の家系ではないことは明らかだ。だからこそ別の誰かの家柄だとする必要があるんだろう。
「ハーローさんはそれでいいって言ってるんですか?」
ハーローさんがその設定に了承しているのか、こっちの無茶に付き合ってくれているのかが気になった。
『ああ、大丈夫だ。彼は喜んで了承したよ。』
「え?本当ですか?なんで?」
『まず第一に、遠縁の子を私が保護したとなると、周りの人間は私と彼の間に太いパイプがあると思うだろう?そうなると、私に睨まれたくない人間は彼にも優しくなる。近々彼の爵位が子爵に上がるんだ。つまり今、一番やっかみが多い時期なんだよ。だからこそ彼は、私と懇意だという噂が今一番欲しい時なんだ。それに彼には君と同学年の娘がいるからね。娘の立場固めのためにも君と仲が良いと思われるのは得策なんだよ。』
『娘さんの婚期は遅れるだろうけどね。』
『彼は娘しかいないから彼女が爵位を継ぐだろう。婿を探すのであればさほど苦労はしないさ。』
なるほど。その娘さんが子爵位となって社会に出た時に「公爵に保護されている遠縁の子」と仲良くすることで間接的に娘さんも公爵の庇護下に入れるってことか。
今の話を聞いていると……公爵様、相当な権力をお持ちのように思えるんだが?
公爵が手を組んで前のめりになって俺に告げる。
『しかしいくらハーロー男爵の遠縁だとしても私が保護している以上は「公爵家の子」として認識される。アグニ、君には来年度までの間に、公爵家の者としてふさわしい立ち居振る舞いを覚えてもらわなければならない。』
「えっ………まじすか」
『学院が始まるまでこの家で生活し、色々なことを学んでもらう。』
「ええええええ~!!!!」
なんてこったい。
そんな話今までなかったじゃないか!
公爵は構うことなく話を続ける。
『指導する人間を数人用意した。音楽に関しては…シリウス、頼めるな?』
「え?シリウスが教えるの?」
この人の教え方の下手さを良く知っている俺は軽く絶望だ。けれどシリウスは笑顔で頷いた。
『もちろん、そのつもりだよ。』
「え、そのつもりだったの?」
『僕ほど音楽も教えるのも上手な人はいないからね。』
「………。」
冷ややかな瞳で抗議したつもりだがガン無視された。
『アグニ、これからみっちり、頑張ろうね。』
この世界は男女関係なく爵位が継げます。