76 保護者
来年度からの第1学院への編入が決まった。
そしてまだ半年ほど時間があるにもかかわらず、必要な道具などを揃える準備に入っている。曰く、『ギリギリに焦ってやるより今やっちゃった方が余裕があるでしょ?』とのこと。こういう考え方で物事に取り組める人間を俺は尊敬する。
来年度必要なもの、例えば制服(ハーロー洋服店で取り扱っている)。しかし流石、貴族の学校だ。制服はオーダーメイドで作られるらしく、ボタンに家紋を入れたり、少しデザインを変えたりできるとのことなので、俺も少し変化させて制服を注文した。
来年度からは入寮するので私服や部屋着(俺がいつも着てる服はゴミレベルらしい)を揃えて、文房具、鞄、生活用品、教科書など様々なものを集める必要があるのだ。
・・・
「あれ?クルト、この手紙誰の?」
テーブルの上に手紙が置いてあった。クルトはみんなの分のお昼ご飯を作ってくれており、後ろをちらっと振り返るとまたフライパンに目を戻した。
「ああ、それシリウスさんのです。さっき届いたやつですよ。」
「………裏面に『至急』って書いてあるけど……」
封筒の裏には赤い字で大きく書かれていた。
「ははっ。書いてありますねぇ。けどまぁ、大丈夫ですよ。あとでで。」
「ほんとに?……今シリウスは?」
「シーラ様と森に散歩に行きましたよ」
俺は自分の芸素を飛ばし、シリウスの位置を探る。
あ、小川の近くか。
シーラも一緒にいるっぽいな。
「俺今この手紙渡してくるねー」
「あ、はーい!お願いしまーす!」
二人ともこの森が好きらしく、ちょこちょこ出歩いている。しかも意外なことにシリウスは庭いじりが好きでいつも何かしらの花を咲かせている。綺麗に、けれど自然を害するでもなく整えられたこの森は二人が愛情を注いていることがよくわかる美しさだ。
遠くから笛の音が聞こえる。
あ、いた!
シリウスは木の幹に背中を預けて笛を吹いており、その前でシーラが頬杖をついて横向きに寝ていた。もう片方の手を小川に入れ、水を感じているようだった。ゆったりとした時間が流れていて、それぞれが今を楽しんでいるようだ。
「シリウス、シーラ。」
俺が小川を挟んだ向かいから声をかけると、シーラが俺を見上げた。
「もっと近づいて?」
「え?うん……」
言われた通り小川に近づく。するとシーラはにやりと笑って川の中に入れていた手を俺に振り上げた。冷たい水滴が俺に降りかかる。
「うわっつめて!!何?!」
「ふふっ。気持ちいいでしょ?」
「びっくりしたよ。」
シーラが体を起こして黄金に輝く髪の毛を後ろにはらった。
「どうしたの?アグニ。ご飯できたの?」
「まだ。あ、けどたぶんそろそろできると思うよ。シリウスに『至急』の手紙が来てたから渡しにきた。」
俺の言葉でシリウスが笛の演奏を止めた。
『あ、忘れてた。アグニ、君の保護者に会いにいかなきゃだ。』
「え?保護者?」
手紙に心当たりがあったのだろう。受け取りながら説明をし始めた。
『うん。学院に入る時に必要な保護者。君の親代わりとして何かあったら責任を持つ人だよ。』
「なんでその人の事今まで教えてくれなかったんだよ」
『だから忘れてたって言ってるでしょ?』
シリウスの言葉にシーラがため息を吐いた。
「あなたねぇ…あの人を振り回すのなんて、この世であなたくらいよ?」
『光栄だね。』
「褒めてないのよ!んもぅ。私も会いに行くわ。」
「え?シーラも知ってる人?」
シーラが立ち上がり軽く服に付いた汚れを払いながら答えた。
「私の保護をしてくれてる人でもあるのよ」
「えっそうなの?シーラの保護って?」
シリウスが手紙をひらひらさせて言う。
『シーラは人気者だからねぇ。守る盾がたくさん必要なんだよ。その中で一番大きくて頑丈な盾が、この「公爵様」だ。』
「公爵様?」
『アグニ、シーラ。お昼食べたら出かけるよ。』
・・・・・・
クルトに馬車を動かしてもらい、しばらく揺られている。少し眠くなってきた頃にちょうど到着した。
「着きましたよ。」
扉を開けてくれたクルトに礼を言い、馬車から降りると・・・・・
「え・・・ ここはどこですか?」
『 公爵邸だ。 』
目の前には、宮殿が建っていた。赤と白、濃紺の屋根、そして金色の装飾。
規模としてはシャノンシシリーの王宮と同じくらいだ。あんな大きいと感じた建物と同じ大きさ。一国の主であればそれも納得できる。けれどここは帝都で、この家の持ち主は大公家ではない。にもかかわらずこの大きさの邸宅を一等地に構えているとなると……
「もはや王やん。」
『それな~~~』
シリウスが軽いノリで答えながら巨大な扉の前に進んでいく。するとタイミングを見極めたかのようにゴゴゴ……っと重い音を出して扉が開いた。
中に数名の紳士が礼をした状態で立っている。
こ、こわい………
・・・
無限にありそうな部屋やところどころ現れる中庭を横目に南向きに進んでいく。もう絶対に一人では帰れない。
しかしシーラとシリウスは歩きなれた道のようで、すたすたと進んでいく。
今二人は髪や目を隠してはいない。きっとそれは建物の装飾からもわかる通り、噂の公爵様も「天使の血筋」だからだろう。
「こちらでございます。」
案内された巨大な扉の前で執事が礼をしながら俺らに道を譲る。シリウスはそのまま扉に手をかけて押した。
「え………」
待って。絶望。まだあるじゃん。
てっきりここがゴールかと思ったのに、扉の中には大きなホールと二階へと続く、末広がりの階段があった。
『そんな絶望した顔しないの。もうすぐそこだから』
「あ、ほんと?」
「いつ来ても遠いわよね~」
『ほんとに。』
シリウスとシーラが喋りながらホールを進むと…
『だからって窓から入られるのも困るんだがな。』
上から低くて渋い洗練された声が届いた。声の方向を見ると、これまた洗練された美しい紳士が立っていた。薄い金色の髪に黄緑の瞳。ただ立っているだけなのにとても絵になる。
『そんなこと言って、いつも窓の鍵開けといてくれるじゃないか』
『そうしなければ蹴破るだろう?』
『ははっ。強いて言えば叩き割るかな。』
シリウスとシーラがその紳士に近づく。
『やあシーラ。久しぶりだね。』
「ええ。またこっちでお世話になると思うわ」
『そうなのかい?まぁ君たちの場所はあるから、いつでも来てくれて構わないよ』
「ふふっ、ありがと。アグニ、こっちへ。」
優美に振り返るシーラとシリウス、そして穏やかだけど力強い目をした公爵に見られ、ドキッとする。3人が揃った姿はあまりにも完成されていて、息を飲むほど格好良かった。
『君が、アグニだね。』
紳士に差し出された手を握り返して答える。
「アグニと申します。初めまして。」
俺の挨拶に紳士は美しい笑顔を見せた。
『第1学院、合格おめでとう。学長からとても優秀な学生だと聞いたよ。』
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」
シーラが腕を組んで不満顔になる。
「話は後にしてくれる?もう先に行くわよ」
『ああ、すまないな。みんなでお茶にしよう。』
何度かお話に登場した、噂の宰相閣下です。
詳細は次話で!