69 砂漠の灼熱
「あいつにできること」で新しく登場した解名、「芸」の字を変更して「藝」にしました。
エール公国、ハイセン村を出た後
またいつもの通り、シリウスとの旅が始まった。
「なぁシリウス、俺もあの芸できるようになりたい。」
『どの芸?』
「植物を成長させた、『藝』。」
『ああ、あれね。いいよ。』
「……いいのか?めっちゃ難しそうだから無理って言われると思ったんだけど。」
『実はあれ、そこまで難しくないんだよね。君、笛は吹けるでしょ?』
「あぁ、まぁ。シリウスから何回か貸してもらって吹いてるし……」
実は旅の途中めっちゃ暇な夜とかにシリウスから借りて、教えてもらっていた。
『うん、じゃあ大丈夫じゃない?』
「笛吹くのってそんなに重要なのか?別に吹かないとできないわけじゃないだろ?」
『まぁね。でも、気づいたと思うけど、あの笛を吹くと芸素が揺れるんだ。』
揺れる…なるほど。それが一番適切な表現かもしれないな。まるで芸素が動きそうな感じ。でも動くわけではない。動かすのは芸を行う当人だから。
芸素は世界のどこにでもある。人の中にも、建物にも。大地や、風や、川にも。だからこそ我々は自然を扱う技として、それらを動かす「芸」を身に着けたのだ。
『あの笛は芸を伝えやすくする。ある意味、天使の血筋が使える唯一の芸石なんだ。まぁ、君は芸石を使えるわけだけどさ。』
「へぇ、なるほどね。」
『けど面白いことに、あの笛は天使の血筋にしか使えないんだ。その他の人間は笛は吹けても、芸素を揺らすことはできない。』
「え、そうなの??天使の血筋以外だと、ただの笛になるってことか?」
『ああ。』
「…俺もちゃんとあの笛使えるのかな?」
『大丈夫だよ。見てたらわかる』
見てたらわかる?
「ふーん?まぁ使えるならいいや。教えてよ」
『じゃあ…んー…フォード公国に行こうか』
「フォード公国?えっと確か…シャルル公国の東側にある国だったな?前に行った酒場で、オアシスが消えたって話してた気がする。暑い国で…水売りの業者が儲けてるとかなんとか。」
前を歩いてたシリウスが振り返って驚きの表情を見せた。
『おお…!よく覚えてたね~偉いぞ~』
「俺はガキか。」
『ははっ。フォード公国は帝国の最北端に位置してる。帝国は南に行くほど寒くなり、北に行くほど暑くなる。だからフォード公国は暑いんだ。』
「でもそれならシャルル公国も暑いんじゃないのか?」
以前、トラの芸獣を狩るので行ったけど、そんな印象はなかった。
『シャルルは山脈だらけの国で、標高が高いんだ。だから暑い場所にあるんだけど暑くないんだよ。フォードは別に標高が高いわけじゃない。それに加えて結構乾燥してて、湿度が低い。だから砂漠化が進んでて…今じゃ国の大半が砂漠だ。』
「まじで?俺砂漠見たことないんだけど!」
初砂漠!楽しみだ!
どんくらい暑いんだろ??
俺が少し楽しそうに言うとシリウスがにやりと笑った。
『そう……たぶん、楽しめると思うよ。』
・・・・・・
「う、嘘だろ‥‥‥」
『あれ?楽しめない?』
「た、楽しめるわけねぇだろ………」
もう一言で言うと、「帰りたい。」
喉は乾くし、陽の光はずっと降ってくるし、下の砂も重いし歩きづらいし熱の伝わり方がひどい。
「ここ、人の住める場所じゃないだろ……」
『なんなら人どころか植物の住める場所でもないんだよ。だからオアシスが消えるんだ。』
オアシスとは簡単にいえば、砂漠の中にある緑地。地下水等が砂漠の上に沸き上がり、湖のようになった場所。その周りは植物も育ち気温も低くなるため、砂漠を移動する人間の給水地点としてとても重要になる。
「……オアシスが消えるのは、まぁまぁやばいよな?」
『まぁまぁやばいね。オアシスに人は住む。つまり人の住める場所が減ってるってことだ。まぁその分、芸獣の数も少ないけどね。』
「そもそも、ここ芸素少なくね?」
『よく気づいたね。同じ大地でもハイセン村と全然違うでしょ?人によって芸素量が異なるように、大地によっても芸素量は異なる。砂漠は特に少ない。』
「……なのに俺に『藝』の練習をここでさせようとしてるわけだな?」
俺が睨みながらシリウスにいうと、「なにか問題でも?」とでも言いたげな顔をしてきやがった。
「この辺の人がシリウスがいつも着てる民族衣装を着てるわけだな?」
シリウスがいつも着ているのはフォード公国の民族衣装だ。こいつは自身の髪や目を隠くのに都合がよいから着ているが……
『そうだよ。なんでかわかったでしょ?』
「ああ。ああいう服を着て、髪を隠して体を隠しておかないと…焼け死ぬな。」
『そういうこと。君も着とく?』
「お願いします。」
やっと今あの民族衣装の有用さが理解できた。
・・・
『はい、じゃあこの辺でいっか。解名の藝、出してみて。』
「ええ??急に?!」
また指導とか無しですか??
砂漠のど真ん中、もはやここがどこだかもわかんない。見えるのは果てしない砂漠と青空だけだ。
『ああ、そうか。ごめんごめん。』
「おお…教えてくれるんですね…」
俺が胸をなで下ろして安心していたら、シリウスは鞄をガサゴソさせ、いくつもの種を地面に撒き散らした。
『はい。じゃあ芽出させて』
「やっぱ指導は無しなの?!」
彼は教えるってことを知らないのか?!
俺が暑さに汗をだらだらかきながら文句を言うと、うるさそうな顔をした。
『なに~?別にそんな難しいことじゃないじゃんよ。普通にいつも通りだよ。』
「普通にいつも通りって…いつも通り植物を成長させたことないんですけど?」
『あーもー。治癒に似た感じだよ。芸素を感じて~芸をする~。それで終わり。その間に笛吹けばどうにかなるって。』
「えええ?!そんなことある?!それができたら今頃みんなやってるよね?!」
待ってこれは俺がおかしいのか?!
なんでそんな当たり前感を出す?!
俺の要領が悪いのか?!
『説明しづらいんだよね~。自分でやり方探してみてよ。』
「……やり方探してみてよ………」
たぶんこれ以上何を言っても無駄だ。
教える気はないらしい。
もうとりあえず、もがくしかない。
「わかりましたよ……じゃあ、とりあえずやってみますよ…」
『向こうの方にテント張っとくね~』
「はい……」
・・・・・・
全然できない。
種は動きもしない。
それに暑すぎて集中ができない。
俺が今できる芸でこの暑さを凌げるものは風と水の芸だ。それと身体強化でなんとかずっとこの灼熱の中に居続けてるが……その分、芸素を使いまくってる。それに加えて笛を吹き続けてるのも地味にしんどい。
朦朧とする。
一方のシリウスはテントの下で自分に風の芸を送りつつ、優雅に寝そべっている。
もう4日だ。
ずっとこの状態。疲れも取れない。
『藝』がわからないからいっそのこと治癒をかけてみたけどダメだった。芸素を一つ一つの種に流してみたけど…芽は出なかった。
わからない。
何かが違う。けどそれが何かわからない。
なんであいつは…教えてくれないんだよ…
あ、
まずい。
芸素が尽きた…
ドサッ
『あれ? いつの間に倒れた?』