68 俺にできること
全てが嘘のようだった。
通常ではあり得ない速度で伸び始めた植物は豊かに実を付けた。
この村の命の源ともいえる小麦は黄金色に輝いている。
『これが本当の「芸」なんだよ。』
小麦と同じ、黄金の瞳で話しかけてきた。
「…………すごい」
俺のその一言で、シリウスがまた先ほどと同じようにじっと俺のことを見てきた。
『どう感じた?』
「…え? すごい。」
ん?さっきからなんなんだ?
どんだけ凄いって言ってほしいんだよ。
何か他の答えが欲しいのか??
「なぁなぁ、俺にもできる?練習すれば。」
俺の質問に、シリウスはやっと穏やかな顔になった。
『……できるよ。君ならすぐに。』
「ほんとに?!まじで?!よっしゃ!教えて教えて!」
『わかったわかった。君は少し視野が狭いね。とりあえず周りを見てみなさい。』
「え?」
俺が少し遠くに立っている村人たちを見ると、ほとんどの人が泣いていた。
呆然とした表情の者、感動している者、驚いている者、膝をつき祈る者…
「え?!ちょっ!みんなどうした?!」
俺が走って村人たちの元へ駆け寄ると、彼らははっとした表情になった。そしてシリウスに対して見せていた、両膝をついて両手を前に組むポーズを俺にも取った。
え??なんで?!
「ちょっ…ほんとにどうしたんだよ?!やめてくれよ。立ってくれ。」
「………アグニ。」
みんな辛うじて顔を上げたが、膝はついたまま。じっと俺の瞳を見続けている。
「アグニ、さま。あなたの瞳も金色なのですね」
「え? ああ…まぁ…」
「……すいません、みんな動揺していたようで。」
「ちょっと、なんでそんな喋り方になってんだよ。普通でいいよ!」
俺があわあわしつつもみんなに声をかけていると、背後からシリウスが言った。
『種、もう一巡分あるけど……もう一回今の、する?』
「え??」
つまりすぐに収穫してもう一度撒いて、またすぐに収穫できるってこと。
「……まじ?」
『まじまじ』
俺はバッと立ち上がり、全員に大きな声で言った。
「みんな!小麦は明日でいいや!とりえあず今日の分の野菜は今収穫しよう!早く!はい、立って!!」
・・・
その後、なんとか立ち上がってくれた村人たちと急いでその日の晩ご飯分の野菜を取った。そして村長の家をまるまる一つ貸してもらい(シリウスが天使の血筋だとバレたため、村で一番大きい家を貸さなければということで)、次の日朝早くから小麦の収穫になった。
そしてシリウスに解名の『藝』をもう一度してもらい、再度収穫した。
『アグニ。どうした?』
「ああ、シリウス。いや、なんかさ、俺だけができることってないな~って思って。」
シリウスは人の疲れを癒した。
女性や子どもの力でも畑を耕せる農機具を作った。
再度起こり得た洪水を未然に防いだ。
芸で植物を成長させ、例年以上の収益を生み出した。
どれも彼らが一番してほしいことで、シリウスにしかできないことだった。
『君だけができること?』
「ああ。シリウスはさっきの芸、俺ならそのうちできるって言ってたけどさ…今、この一番必要な時にできないなら意味がないんだよ。俺が今できる、俺にしかできないことを本当はするべきなんだ。」
『ふーんそんなこと思ってたんだ』
「シリウス…お前は逆になんでそんなに何もかもできるんだ?」
俺の質問にシリウスが噴き出した。
『可愛い質問するね?幼児みたい。』
「いいから!どうしてそんな風に何事も格好良く動けるんだよ?なんか…悔しいし腹立つし、すげぇって思うけど、やっぱ悔しい。」
『ぷっ。あははははは!!!!!』
シリウスが大声で笑いだした。
「なんだよ?!そんな変なこと言ってるか?!」
俺がふてくされながらもキレ気味に言うと、目に溜まった涙を拭きながらシリウスが答えた。
『いやぁごめんごめん。君は随分と純粋でまっすぐだね。そうだなぁ、僕はずっと考えてるよ、人のことを』
「人のこと?どういう意味だ?」
『ずっと知りたい答えがあって、その答えを出すために人のことを学びたかったんだ。』
「なんの答えを知りたかったんだ?」
『くだらないことだよ』
「なんだよ。それで?答えは出たのか?正解は?」
『答えは出たよ。けどその答えには正解が無くてね。僕の行動が、たとえ正解じゃなくても唯一の答えになる。』
ちょっと言ってることがわからんな。
『まぁ、僕はどうしても人のことを知りたかったんだ。けど…残念ながらこの血筋のせいかな?人には無情でね。正直この村より同族の君の方が何倍も重要だ。』
「えっ そうなの??」
『ああ。だから僕が彼らのためになる行動を取っていると思わないほうがいい。まったくをもって、そんなことはないから。』
「けど今実際彼らのためになってんじゃないかよ?」
『いいかい?アグニ。すぐに結果が出る答えなんて本当は結構少ないんだ。何日後、何か月後、何年後、下手したら何千年後にやっと出る答えもある。僕のとった態度の答えは、今じゃない「いつか」に結果が出る。』
「……ほぉ。」
『その結果を見て、君が「人」を判断するんだ。』
「俺が、人を?」
『ああ。話がだいぶ逸れたね。結局何が言いたいかというと、僕は村の人らが「今」必要なものを考えて、準備した。そしてそれは君の成長に必要だと考えたからだ。結局、あらゆることを考えて動かなければ自分の理想通りには進まない。僕は天才じゃないからね』
お前は自分を天才じゃないっていうのか。
だとしたらきっと…
この世に天才なんてのはいないんだろうな。
「わかった。じゃあ俺も…俺にできることを考える。彼らに必要なものを考えてみるよ。」
『うん、頑張って。』
「おう!」
・・・・・・
俺ができること、彼らにできる最大の事…
シリウスは農機具を作った。あれはよかったな。芸ができない人達も使える。
俺もそういうのを作りたい。全員が芸を使わずに農業が楽になるもの……
ああ、そういえば最近鍛冶をしてないな。
スリーター公国の俺の家は今どうなってんだろ?大丈夫かな。埃溜まってそう…。
鍛冶に一番必要なのは火だ。けどそれと同じくらい水も必要なんだ。
だから家の外の排水溝に泥とかがたまると大変なんだよ。帰ったらそこも掃除しないと。
けどあれは案外よかったな。俺の家にした細工。
ある特殊な泥を二種類混ぜ合わせると固まる。それを排水溝に沿って流して、道を作った。
そしたら水の流れもよくなるし、壊れにくくなったし、掃除もしやすくなった。
首都とか帝都とかはあの泥を固めたやつで家を作ってたりもするし、まぁ人に害はないだろう。
………あれを…農業でも使えないかな?
・・・・・・
『アグニ、何してるの?』
夜遅く
俺は洪水が起きた川を見に行っていた。
すると後ろからシリウスが声をかけてきた。
「うわっ。びっくりした~。」
『なんでよ。芸素でわかるでしょ?』
「え?そんな普段から芸素探知なんてしないだろ?」
『……普段からしようね。で、何か見つけたの?』
「ああ!俺にできること見つけたかもしれないんだ。」
『ふーん……よかったじゃん』
「ちょっと今から材料集めてくる。明日の昼までには戻るから!」
『ふふっわかった。一人で頑張るのかい?』
「ああ、一人でやらせてくれ。」
『わかったよ。じゃあ村長の家に戻ってるね』
「おう!」
・・・
「アグニ……これはなんだ?」
「これは~ん~水の流れを抑えるやつ?」
村長を含めた数名に、俺が作ったものを説明する。
俺は、川から畑に水を引いている道に細工を施した。昨日までそこは「土を掘って作られた溝」だった。けど俺がそこを特殊な泥でコーティングし、石の道のようにした。そして川から流れてくる水の量を調整できる仕組みを作った。
これで川から農地に、人工的に水を供給することができる。あとこの水の道に泥がたまりにくくなる。加えて言うと、土じゃないから雑草が生えなくなる。
土の道の時は、木の板で水の量を制御していたようだ。けど今回生じた洪水では、木の板は外れてしまって無意味だった。けどもし、また川が氾濫してもこの石の道は別の場所に水を逃がせるようになってるし、重さも強度もある。つまり畑を守れるってことだ。
「……こんな…こんなものを作ったのか…!!!!!」
「あ、ごめん勝手に。けどっ」
「アグニ!!!!!」
「うわあ!はいぃ!!!」
やっべ怒られる!!
俺は身体を固くし、垂直にぴしっと立った。すると村長が俺の両手を握り、目を見て言った。
「ありがとう…!!!!!!」
「……えっ?」
てっきり怒られると思ってたのでびっくりだ。
「こんな…こんな発想は我々にはなかった!そうだ…こうすればよかったんだ!ははっ!芸ができずとも、これならもっと農業が簡単になる!」
「お、おう……」
俺がびびりながら返事をすると他の人達も口々に言う。
「アグニ、わからないか?!これは画期的なんだよ!土の近くの道はいつも湿っていて使えなかった。けどこれは!この、石のようなコーティングされた道の近くは!土が湿ってない!!もっと農地を広げられる!」
「これでもしまた洪水が起きても大丈夫だ!」
「もっと農業が楽になる!」
「芸ができない我々でも生きていけるんだ!!!」
彼らの目が輝いている。
あぁ、俺はこの瞳を見たかったんだ。
彼らの瞳に、希望の光を見出したかったんだな。
口々に褒められ感謝され…俺はただ、はにかむことしかできなかった。けど、とても幸せだった。
・・・・・・
「あ!軍だ!軍が来た!」
土砂崩れが解消されたのだろう。50人程度の中規模軍が村に向かってきているのが見えた。
「アグニ……そして『天使の血筋』様、」
『ああ。』
「村長、ありがとな。」
俺らは軍と顔を合わせずに村を出ることにした。「天使の血筋」がここに一週間も置き去りにされてた、なんて知られたら国中が大変なことになるし、それこそこの村の迷惑になる。部外者は立ち去るのが吉だ。
「感謝するのはこちらの方です。」
村長のその言葉で村の全ての人が膝をついた。
「我々の、この村を生かす術を与えてくださって…ありがとうございます。この御恩は絶対に忘れません。」
「そんな固くならないでよ。みんなの手助けができて本当によかった。」
「……アグニ、あなたは不思議な人ですね。」
「え?」
村長が膝をついたまま、俺を見上げて言う。
「あなたは…とても「天使の血筋」様に似ている。けど、正反対のようにも思える。」
「……そうかな?」
「ええ。」
ふーん?自分じゃよくわからんな。
村長は再び頭を下げた。
「失礼いたしました。さ、早く。」
「ああ。みんな、元気でな!」
「「「「 はい!!!! 」」」」
村総出のお見送りで、俺らは軍に見つからないように村を後にした。
・・・
軍がこの村に近づいている。村人達はそれを見ていた。
みんなの先頭に立つ村長が、軍を見続けながら言った。
「みんな、わかっているな?」
「「「「 はい。 」」」」
「アグニ様とシリウス様のご希望だ。命に代えてもあの二人のことを話すな」
「「「「 はい。 」」」」
「けれど…この村に神がおられたことは絶対に忘れてはならん」
「「「「 はい。 」」」」
「この世界に神はおられた。我々は神を拝見した。けど決して言ってはならん。」
「「「「 はい。 」」」」
「これから先、我々はあのお方を崇め奉り、日々祈りを捧げよう。」
「「「「 はい。 」」」」
「……皆もう覚悟は十分だな。さて、軍にはどうやって誤魔化そうか……」
もうすぐ近くまで来ている軍を、皆黙って見続けていた
灌漑用水をアグニは使ったんですね。
『固めた泥』はコンクリートのつもりです。




