67 あいつにできること
ひどい嵐だった。
アグニが手伝ってくれたおかげでなんとか日中に種植えが終わったと安心していた矢先だった。
俺らは何年も天気を読み続けている。
嵐の前には独特の空気や風があり、匂いがある。
雨や、晴れの前にもそれぞれ特有の空気や匂いがある。
何年も何年も俺らはその感覚で天気をみてきた。
みんなが口を揃えて、雨は降るかもとは言った。
けど誰も嵐の予想はしていなかった。
・・・
稀に見る荒れ模様にみんなが焦り、不安になり……
2人が怪我をし、倒れる姿と泣き叫ぶ姿……
あぁ!どうして神は我々も2度も裏切るのだ!!!!
『随分騒がしいね』
まるで地上の喧騒を嘲笑うかのように、
彼の者は優雅な笑顔を浮かべて立っていた。
我々の知らない色を持つお方
我々の命ともいえる、豊かに実る小麦の金色
そして極限まで金を精錬したような特別な白金色
以前、この村の近くを通りかかった「彼の一族」のお方を拝見したことがある。その方ととても似た外見だった。けど、何か…とても違う。
『空にギフトを 天変乱楽 』
芸のない我々には、人間の所業とは思えなかった
その言葉一つで、 降り続く雨が一瞬「停止」した。
止んだのではない。停止だ。雨が空中に留まったのだ。
そして次の瞬間、驚くべき速さで空へと戻っていった。
雲があり得ない速さで渦を巻く。
風が空へと舞い上がり、不自然な流れ方をする。
草木に付いた水滴のシャラシャラという音
空や風が奏でる荘厳な音
まるで何かの音楽を聞いているようだった。
そしてそれらを指揮する白金色の髪と目の彼の者は
まさしく我々が崇拝する 神そのものだった
・・・・・・
「シリウス……今のはなんだ?」
雲が薄くなり、青空が見え始めた。
陽の光がいくつも筋になって地上に降っている。大雨はやみ、今は霧の様に細かい粒子が光と共に漂うばかり。
自然が動いた。 とても不自然に。
きっとあれこそが「芸」なんだ。
『エール公国の首都に行ってたんだよ。植える種が少なかっただろ?だから買いに出てたんだ。』
「俺が聞いているのはここに居なかった理由じゃない。この…晴れを作ったのは、お前の芸だな?」
『……そうだねぇ』
「あんな凄い芸を出しても、お前からまだ芸素を感じる。まだ芸素を使い切らない、余裕ってことか?」
『まぁねぇ』
「……………すげぇな。」
俺の呟きにシリウスがピクリと反応した。そしてじっとその金の瞳を俺に向ける。
「シリウス、お前やっぱすげぇんだな!!!めちゃくちゃ格好良いな!!あんなのが普通にできるのか!!!」
強いやつだとは思ってたけどここまでとは!
あんなのを普通にできるのか!!
俺の興奮ぎみの言葉にシリウスは冷静なまま、俺をずっと見続けた。
『君はどう思った?』
「すごい!!!!」
簡潔な答えにシリウスは目をぱちくりさせた。
『……すごい?』
「ああ!当たり前だろ!!」
『他の気持ちは?』
「あと?ん~……あ!悔しい!! 正直な?正直な話、ここまでレベルの差があると思ってなかったんだ。だからなんか、悔しいな!お前にはできて俺にはできないってのが!ああ~この感情は久しぶりだなぁ。昔、父さんの鍛冶を見て、俺よりも上手で悔しいって思ったことがあったけど…あ~けどなんだか嬉しいな」
『……嬉しい?』
「ああ!なんか「悔しい」っいう久しぶりの感情を思い出してさ。旧友に会えた感じがする。」
シリウスはずっと疑っているような、慎重な様子だった。そして地面に置いていた種の入った袋をこちらに放り投げてきた。
『これみんなで植えて。あ、あとアグニ。彼らを助けるためにできる最大の事をした方がいいって話だったよね?』
「え?あ、まぁ。」
この村を助ける際にシリウスがそう言ったのだ。僕にできることを最大限してあげよう、と。そのことを思い出して頷く。するとシリウスはにこっと微笑んだ。
『わかった。じゃあ、そうだな…今すぐに植えはじめてくれるかい?』
「ああ、わかった……。おーい!みんな!こっち来て一緒に……って、え?」
俺が後ろを振り向き大声で呼びかけようとしたら…
全員、濡れた地面に両膝をつき、腹のあたりで両手を組んで首を垂れる姿勢になっていた。
「…みんな、なにしてんの?」
俺が近寄って村長に話しかけるが、まったく反応がない。周りにいる村人もそうだった。みんな、一言もしゃべらず、動かず、じっとしている。
その様子を見てシリウスが教えてくれた。
『彼らは賢明だね。僕が誰だかわかってる。彼らは僕が許可を出すまで、ずっとこの状態のまま動かないよ。』
「……シリウス」
『ふふっ。このままだと種植えができないね。皆、動いていいよ。僕はまた少し森に出てるね。』
「え、あ、おい!シリウス!」
シリウスはくるっと後ろを向き、森の方へ歩いていった。
・・・
「アグニ……あのお方は……?」
シリウスの足音が聞こえなくなるまで結局みんな動かなかった。やっと最初に動いたのが村長で、立ち上がってすぐに俺に聞いてきた。
「ごめん、みんなに言ってなかったんだけど、ミシェルってのは偽名で、本当はシリウスなんだ。」
「ずっと髪と目を隠されていたのはこういうことだったのか…」
「ごめんな、みんなに伝えてなくて。急ぎで悪いけどみんな種植え手伝ってくれるか?俺はケガ人を治癒してからそっちに合流するから。」
「ああ、もちろんだ。村の者一同、すぐに作業を行う」
「おう!ありがとう!」
・・・
結局夕方になんとか種植えが終わった。といっても、壊れた塀とかはそのままなので、まだ結構ボロボロだけど。するとちょうどいいタイミングでシリウスが戻ってきた。
『終わったかい?』
「ああ。とりあえず言われた通り全部植えたけど」
『それはよかった。じゃあみんなをまた立たせて。』
「え?」
俺が後ろを振り返ると、先ほどの姿勢にまた皆なっていた。
「あ、みんな…。立っていいって。」
「…………はい。」
最低限の言葉しか発さず、みんな目線を合わせないまま、畑から少し距離を置いて並んだ。
『皆、顔を上げてよい。自分の畑を見てなさい』
みんなが少しずつ顔を前に持ち上げた。
「シリウス。なんで笛持ってるんだ?」
シリウスは笛を片手に持っていた。たまに吹いているのを見かけるやつ。
『ああ、これを使おうかなと思って』
「へぇ~」
『アグニ。「 芸 」とは何か知っているかい?』
「え?芸?」
シリウスは畑の道を歩きながらそう聞いてきた。
「そりゃあ、わかるよ。今までお前が教えてくれたような技のことだろ?」
『うん、まぁそうだね。けど本当の「芸」というのは、「植物を植える」ことから始まるんだ。』
「どういうこと?」
『芸とは本来、植物を植えることを意味した言葉なんだ。植物を…命を生かすこと、世界はそこから始まった。』
夕焼けがシリウスの髪を橙色に染める。
しかし変わることのないその両眼の金色は、穏やかな風のように、広がる大地のように雄大だった。
『 この世にギフトを 「 藝 」 』
「………え?」
笛の音が空気を揺らし大地の芸素を呼び起こす。
そして笛の音に導かれたかのように植物が生え始めた。先ほど植えたばかりの野菜も、小麦も、全て。土壌の水を吸い込んで膨れ、実っていく。どんどん成長していく。
シリウスが吹き終わる頃、畑には溢れんばかりの緑色の葉を付けた野菜と、小麦の黄金色の海が広がっていた。
『これが本当の「芸」なんだよ。』
更新が遅れました。すいません!
とても大切な芸についてです。我々の知る芸の漢字の由来ですね。




