66 天変
洪水から4日目。
シリウスのお陰で村人たちの疲れもなくなり、この日はみんなで畑に種を植えた。いつもはエール公国の首都や別の町から種を買い付ける。だから今現在村にある種はそこまで多くなかった。まぁけどそのお陰で、今ある物分の種は全て畑に植えることができた。
5日目。
シリウスは朝からいなかった。
どうせどっか彷徨ってるんだろう。基本猫だと思ってるので別に驚くことはない。
俺は村の人たちと昨日の作業の続きをしていた。
「ふー……なんとか今日中に終わりそうだな」
俺のつぶやきに、村人達が笑顔で答えた。
「ああ!よかったよ!まさかこんなに早く終わるなんて!もう今年はだめだと思ってたから……」
「ほんとに!アグニとミシェルさんが来てくれてよかったよぉ~」
「二人が来なかったら…俺らの村で間違いなく餓死者が出てただろうからな」
口々に言われる賛辞に少し照れながら言葉を返した。
「いやぁ、俺は別にそんな大したことはしてないよ、みんなの作業を手伝ってるだけだし。」
「いやいや!それが本当に手助けになってるんだよ!アグニがいなければまだ水浸しの畑を前に絶望してたはずだ!」
「そうだなぁ。ここ最近ずっと天気が悪いし…ずっと畑に水が残ってただろうなぁ。……今日も空が黒いな……」
みんなで空を見上げる。昼間なのに暗く、厚い灰色の雲で覆われている。
空を見ながら村長が言った。
「晴れなければ植物が育たない。なんとか天気が回復してくれればよいのだが…」
しかしみんなの期待を裏切るように、
天気はどんどん暗くなり、雨も風も出てきた。
村長さんの家に数人で集まりながら天気の回復を待っていた。みんな渋い顔をしながら空を見続けている。
「……まずいな…雨が降るのはいいことだが…いかんせん多すぎる。このままだとまた土が流されかねない…」
「俺らは農家だ。ある程度天気の読み方もわかる。けど今日は全くそんな様子がなかったのにな…」
「ああ。だからこそやばいんじゃないかって……心配だな……」
ザー ザー ザー
ビュウー ゴロゴロ……ピカッ!!!
雷も出てきた。風もどんどん強くなってる。
雨の量もひどい。
・・・・・・もしかしたらまた洪水が起きるかも
誰もが数日前の恐怖を思い出し、不安だった。
グワアァァァァーーーー……
ビュオオオオオー!!!!!!
ゴロゴロゴロ……ピカッ ッドオオオン!!!
「えっ……ああああああ!!!!雷が落ちた!!!」
「え?!どこだ?どこに落ちた?!」
「うわあああああ!!!あっちの家に落ちたぞ!!!」
「「「「 え??!!!!! 」」」」
「燃えてる!!!!屋根が燃えてる!!!」
急いで外を見ると、少し遠くの家の屋根から煙が出ていた。そこに住む家族がみんな急いで飛び出してきた。
「まずい!火を消そう!!!」
「「「 ああ!!!! 」」」
俺たちは急いで外に出た。
まずい!!思った以上に天気が酷いな!
風が強くて皆立っているのがやっとだ。予想よりも数倍天気が悪化してる。なのに、家に着いた火は雨に当たってるにもかかわらず燃えている。
その家に住む家族が俺らを見つけて駆け寄ってきた。
「アグニ!!助けてお願い!うちの火を消して!!」
「ああ!わかったから落ち着いて!すぐ消すから!村長の家に向かって!」
「ええ!わかったわ!ありがとう!!」
一緒に村長の家から出てきた男たちに子供らを担いでもらい、村長の家に引き返してもらおうとした。
グワァァァァァ
バキィッ! バアン!!!!!!!
その時、木材が吹き飛んできた。
「うわあああ!!!」
「きゃああー!!!!」
子どもと、その子を担いでいた男に直撃し、二人とも吹き飛ばされ、倒れ込んだ。
「きゃああああ!!!!!マリ!?マリィィ!!!!」
母親が倒れた子の近くに走り寄っていく。
「おい大丈夫か!!!!おい!!!!」
数名が倒れた男の方にも近づく。昼に畑の周りを囲うように取り付けた木の塀が吹き飛んだんだ。つまり…他の塀も吹き飛びかねないということ。
他のも飛んできたらまずい!!!!!
「 ギフト!!!! 水鏡!!!」
俺は水の盾をみんなの畑側に大きく張った。降り続く雨も盾の水に吸収されていく。
「今だ!!早く!急いで走ってくれ!!」
「お、おう!!!」
「あああ!マリ!マリ!!」
「運ぶからどけ!!」
「早く急げ!!!」
『随分騒がしいね』
髪の毛も目も隠していない姿だ。
けどまるで何事もないように、いつも通りの姿だった。この状況でいつも通り。それこそがあまりにも不自然。
どうして雨に当たってないんだ…?
あ、水鏡を張りながら歩いてたのか!
なるほど、そんなことができるのか!!
……あー……やっぱり…全然レベルが違うなー…
俺にはそんな発想はなかった。
どうしてシリウスはこんな事を考えられるんだろう。
そしてどうして俺は考えられないんだろう。
「シリウス頼む。向こうで二人、木に当たって倒れてる。治癒してやってくれ」
『こんな雨の中で?』
雨になんか微塵もあたってないくせに掌を空に向けて、雨を見るポーズをとる。
「頼む。雨も風も強くてみんな動けなくなってるんだ。すぐ助けてあげたい」
『ふーん……。じゃあまずこの雨をどうにかしようよ』
「え。どうにかって……」
そんなことできるわけないだろ?
『どうにかできるんだよ、アグニ。力さえあれば。』
金色の瞳が不敵に笑う。
どうしてあいつの「できる」は信じられるだろう。
『いいかい?解名だ。これを一度出すとその後7日間は雨が降らなくなってしまう難点もある。特に僕は力が強いからね。けど失敗しても芸師に代償はない。ただこの暴風雨が止まないだけだ。だから他の人も安心してくれ』
こんな荒れた天気の中なのにみんなが黙ってシリウスを見ていた。
『まぁ……風の最上級難易度の芸だからそもそもできる人なんていないけどね』
シリウスはいつも通りの笑顔のまま、片手を空に突きだした。
『いい加減皆、この自然の音楽にも飽きただろうし、そろそろ黙ってもらおうか』
『空にギフトを 天変乱楽 』
それはまるで 時が止まったかのようだった
どう頑張っても勝てない。
別に弱いわけじゃない。むしろ強いはずだ。
なのにどう頑張っても勝てない。
アグニは今とても、『主人公らしくない』ですね。
けど彼は明らかに主人公なんですよ。絶対的なね