45 予兆
黒の一族が軍の敷地に移って暫く経った。
黒の一族のうち数名が正規軍と同じ訓練を受け始めたところだ。
彼らは身体強化の使い手だがその他の芸には疎く、正規軍はその逆だった。
だからこそ、事は起こったのだ。
「え?イネが正規軍を怪我させた?!」
「ああ。練習試合で力を込めすぎて腕を骨折させてしまったらしい。まぁ、身体強化かけてる相手に木剣で殴られたら、骨折するだろ。」
傭兵隊はシドの街近くの森まで遠征に行っていて、今帰ってきたところなのだ。
「それ…今日のいつのこと?」
「あ~昼過ぎすぐ…とかだったかなぁ。」
「わかった。ありがとう!」
傭兵仲間からその話を聞いて、俺は急いで正規軍の訓練場に向かった。
「おい、アグニ!どこ行くんだ?」
ヘストが走ってる俺に声をかけた。
「ちょっと…訓練場に!」
「お!俺もついていっていい?」
「別に自主練とかじゃないっすよ!」
「あ~そうなの?けどまぁ暇だしついてくわ」
「わかりました!走りますよ!」
「おう!…って、え?!!!」
後ろでヘストが叫んでいるが構わずに風と身体強化の芸で猛ダッシュで訓練場に向かった。
・・・
「はぁ…すいません!ちょっと、中に入らせてください!」
「あ?お前…傭兵隊だろ?場所ここじゃねぇぞ」
「いいえ!あってます!失礼します!!」
「あ、おい!!!!!」
入口で止められたが、半ば無理やりに入っていった。
なぜか、嫌な予感が止まらないんだ
そんで、こういう予感は大体、当たってんだよ
「イネ…さん……?」
「…ちっ。傭兵隊のか。邪魔すんなよ。これも指導だからな!」
イネは
ほとんど裸の状態で身体から煙を出して倒れていた。
「なに…してんすか」
「あ?芸の練習だよ。あいつ身体強化がお得意らしいからよぉ~俺らの芸の練習に付き合ってもらってんだよ!ギャハハハハ!!ほらぁ、動けよぉ~!!!!」
イネは白目をむいていて、辛うじて呼吸を行っているような状態だった。
「どういうことですか……?」
「動く的に火の芸を当てんだよ!俺、一発当てた~」
「俺も一発当てたし~!」
「俺!足当てた~!!」
「ギャハハハ!!お前身体に当ててねぇよな?!」
「は?!けど俺のお陰であいつ転ばせられたんだろ?!」
「当ててないからお前最下位~今度みんなに飯奢りな!」
「はぁ?!おい!汚ねぇぞそれ!」
「「「あはははははは!!!!」」」
はぁ?
何言ってんだ?こいつら。
はぁ?
(相手は非帝国民だ。人だと思うな。芸獣と同じだ。)
いつかそうマースは言っていた。
彼らは芸獣。
彼らは芸獣。
彼らは芸獣?
芸獣は 軍人じゃないか?
「あ!ちなみにこれは本当に指導だぞ~。連隊長の許可も下りてるからな!」
軍人の一人がそう言った。
なに?
連隊長が、指示を出した?
最初会った時、シリウスに見せた笑顔は優しかった。
そんな指示を出すような人ではない。
なにか…あるはずだ。
けどそれよりも今は………
「……どけ」
「……あぁ?」
興奮したようにずっと笑っていた軍人ら4人が俺の言葉で静止した。
「おい、お前今なんつった?」
「傭兵ごときが、こっちは正規軍だぞ?」
「お前…首になりたいのかぁ?」
「どけ」
再度はっきりと告げる。
彼らは引き下がらなかった。
「……どけっつってんだろ!!! ギフト!!! 炎獄!!!! 」
俺は炎の牢獄を作り、4人を囲った。
「ひぃぃぃぃ!!!!」
「あついあついあつい!!」
「や、やめろぉ!わぁぁぁ!!!」
炎獄はぎりぎり4人が入る大きさまでしか作っていない。そこにいるだけで十分に熱が伝わるだろう。
「ギフト!! 治癒!!! 」
イネの方に走り寄りながら治癒の解名を出す。
金色の芸素がイネの体全体を濃く包む。
回復が始まった…!けど…遅い!
まずいまずい!イネさん…!!!
『アグニ、そのまま続けて。私もギフトを…治癒。』
背後からいつもの声がした。
俺の数倍の量の芸素が一気に漂った。
「シリウス……助けられるか」
『…ああ。大丈夫。体の傷は全部治るよ』
「……お前、今、どこにいた?」
俺は後ろを振り返り、問いただした。
シリウスは泣きそうな笑顔を作っていた。
『…………今来たところだよ。』
「……そうか。」
・・・
「そのようなことが……迷惑をかけたな…ありがとう、アグニ」
「いいえ、ドルガ。俺は…来るのが遅かったよ」
ドルガ含め、黒の一族の元へイネを運んだ。イネは今ぐっすりと寝ている。
イネの横に座っているイナが俺を見て言った。
「…そんなこと、ない。アグニが来る、ない…弟、死んだ…ありがとう、アグニ。」
「……ああ。」
黒の一族はみんなイネの周りを囲っていて、口々に俺にお礼を言った。
彼らは、
今回のことを甘んじて受け入れる姿勢だった。
世話になってる立場だから、と言って。
なんだそれ?
世話になってたら、ここまで我慢しなくちゃいけないのか?
世話をしていたら、ここまでしてもいいのか?
この扱いで、世話だというのか?
「アグニ…大丈夫か…?」
後から来たヘストが心配そうに俺に問う。
「ああ、大丈夫だよ。」
なんとか口だけは笑顔を作って答えた。
本当は頭と心を整理する時間が欲しかった。
しかし・・・
「た、大変だ!!!!」
「なに。どうしたのだ!」
黒の一族の一人が部屋に走って入ってきた。
質問したドルガにその男は青い顔で答えた。
「に、荷物!!!さっき島から持ってきたやつ!!…燃えた!!」
「『「『 なんだって!? 』」』」
皆が一斉に立ち上がって叫んだ。
黒の一族全員はすでにシド公国に移ったが、荷物は少しずつ移動している最中だった。皆の大切な荷物だ。それが……燃えた。
「燃えたって……どういうことだ??!」
俺がその男に聞くが、その人はただ首を横に振って答えた。
「わからない……俺、少しいなくなった。帰ったら燃えてた!!!」
……燃やされたのか…!!!!
「ひでぇ……なんで、そんなこと……」
ヘストが苦々しい顔で言った。
俯いていたドルガがはっと顔を上げて
「ま、待て!今日持ってくるものには……祖先から受け継いだ大切なものもある!!!あ、あれも…も、燃やされたのか!!?」
皆の顔色が変わる。
1人の女性が悲鳴を上げて座り込んだ。
小さい子達は泣いている。
「な、なんなんですか?その受け継いだものって…」
ヘストの問いにドルガが答えた。
「……書物。それと家系図や芸石…装飾類…様々だ」
とても大切なものなのだろう。皆顔を俯かせている。
「見に行こう!もしかしたらまだ間に合うものがあるかもしれない!」
俺はそう言い残し、部屋を後にした。
俺の後を追って何人も走ってついてきた。もちろんヘストやシリウスも。
・・・
急いで海岸に着いたときには、もう2艘の船は真っ黒になっていた。
「あぁ……もうだめだった…」
「うっ…ううっ……」
「ちくしょう!なんでだよ!!!」
「そんな……ど、どうして……」
皆が口々に嘆き、悲しみの声を上げていた。
皆が嘆く姿を見ている人物がいた。見つけてしまった。
数名の軍人と、その後ろに立つ連隊長の姿を。
もちろんですが、続きます。




