*1 観覧席から (閑話)
俺は帝都にある最も大きな商会、『ブラウン商会』で働いている。
『ブラウン商会 運輸部門 東部地方 管轄補佐』
長い肩書きだが、これが俺の役職だ。
わかりやすく言えば東部地方に荷物を運ぶ際の責任者補佐だ。資金部門とかは別にあるから、本当にただ荷物を運ぶだけだがな。
けどこの仕事のお陰で東部地方にはそこそこ詳しい。
明日、シリアドネ公国の首都で武術大会が開かれるらしい。いつも時期が合わなくて見られなかったが、明日は首都に留まる。だから初めて観戦できる。
・・・・・・
「おぉ〜い、こっちこっち!」
仕事仲間の呼ぶ声がする。先に席を取っておいてくれたらしい。しかも気の利くことに麦の発泡酒も、サルサ付きジャガイモチップスやチーズ入り香辛料パンなんかも買っといてくれてある。
『悪い、遅くなった!』
「おー大丈夫だ。勝手にいくつか買ったが、よかったか?」
『あぁ、どれも大好物だ。ありがとな。』
俺たちは乾杯し、初戦の様子を眺め始めた。
「おぉ〜これが例の武術大会かぁ。やっと見れたな」
『あぁそうだな。初戦でもそんなレベル低くないんだな。さすがシリアドネだなぁ!』
軍のレベルが高いせいか、初戦もなかなか強そうな人ばっかだ。
端の方で黒髪の少年が戦ってたりするが、ああいうのがどんどん落とされていくんだろう。
まぁ暫くは飲んでよう。
俺らは暫く食べ飲みを繰り返し、漸く腹が膨れてきた頃には5回戦目が終わっていた。
「あら?今どうなってんだ?」
『次何回戦だ?ちょっと他の人に聞くか』
俺は近くに座っていた4人組くらいの男性客に喋りかけた。
『すいませーん、次って何回戦ですかね?』
「あ?次は6回戦だよ!兄ちゃんら、飲んでばっかであんま見てないな?」
『あはは!いや〜。どうすか?今年は強いすか?』
「んあーまだなんともなぁ。けど今年はチビこいのが残ってんだよ」
おっさんら4人と乾杯をし直した。
『ほぉ?いくつくらいのが?』
「あーどうだろ。遠目ではよくわからんが、まだ少年ぽかったぞ。珍しいくらい真っ黒の髪の。」
「あ、ほれ!出てきた。あいつだよ!」
おじさんらに言われ競技場を見ると、初戦でも一瞬目に入った男の子だった。
『え?あのガキ残ってるのか?』
「あぁ。これが全然余裕そうなんだよなぁ。あ、もう勝った。勝つのも早んだよ」
まじか。あのガキ、全然強いじゃないか。
あの年齢であんなに戦い慣れてることなんてあるか?
「全く攻撃が当たらないし、疲れてる様子も見えないし、飄々としてるんだよ」
『へぇ……もしかしたら決勝戦まで残るかもしれないなぁ!』
「ははっ準決勝からは今までとレベルが違うよ。そんな上手くいくとは思えないがな〜!」
結局そのおじさんらと一緒に観戦することになり、お酒も料理もどんどん注文した。
彼らは毎年観戦してるらしいし、ここに住んでる人らしい。説明も上手でこちらは大助かりだ。
・・・
「あのガキ結局準決勝まで残ったかぁ」
『ほら!あのガキ意外とやるんだよ!すごいな!』
周りは徐々にあの黒髪のガキを応援し始め、別のところでは、ガキがどこまで残るかの賭けも始まった。
「準決勝の相手は…ありゃ軍人だな。それも特攻部隊だ!あー、あのガキはもうだめかもなぁ」
『特攻部隊ってなんすか?』
「凶悪な芸獣が出た時とか、芸獣の群れが出た時に一番最初に突っ込んで殺せるだけ殺す部隊だよ。速さもパワーも根性も抜群なやつらだよ」
へぇ〜そんなのが相手か…こりゃあ…災難だな…
賭けでは殆どの人が軍人の方に掛けていた。
『「はじめ!!!」』
準決勝の試合が始まり、長剣を持った軍人が少年に突っ込んでいった。
「うぉぉぉ!速ぇ!!」
「ヒュー!!いけぇ!!」
少年は足に大きく溜めを作り、
次の瞬間、軍人を上回る速さで突っ込んでいった。
「なぁ!??!」
すごっ……!!一瞬目が追いつかなかった…!!!
軍人の方も急に距離が詰められ、構える暇がなかったんだろう。
そのまま少年の横を通り過ぎ…倒れた。
「なっ………一撃……!!!!!」
「うっそだろ………そんな…あり得るのか?」
『……あのガキ…ハンパじゃねぇな…!!!!』
これはすごい。
いや、これほど強いとは思わなかった。
ここにいるのは酒飲みの観客らなのに、皆、飲み物を置き、食べもせずじっとその少年を見ていた。
「…もしかしたら優勝もあるかもしれないぞ……」
もう誰もがその少年にくぎ付けだった。
なのに当の本人は俺らの事なんか微塵も見なくて、喜ぶ様子も見せなかった。
・・・
「…あー次は…本当にだめかもなぁ」
『え?あれ誰なんだ?』
-決勝戦-
芸も使える唯一の試合だ。
その最後の最後の相手、軍人っぽいな?
「あれはうちの軍の副総隊長だ。もうここじゃあ有名人だ。めっぽう強くて実戦経験も多い。『戦闘狂』だなんてあだ名がついてるくらいだよ」
『なっ!!なんでそんな人が大会に出てんだ??』
「腕っぷしが強いからずっと遠征に行ってんだよ。俺らは遠征行く前と帰ってきたときに街の中を行進するからあの人を知ってんだよ。きっとたまたまこの時期に首都に戻ってきてたんだろうな…」
そんな…分の悪い相手だとは。けどある意味あの少年からしても光栄だろう。そんな有名で強い人がお相手してくれるわけだから。
「うーん…あの少年、死んだりしねぇよな?」
『え??そんなこと起こるのか?』
「ああ、今まで決勝戦で死んだ人間がいるよ。芸がもろに当たったりしてな。それに今回は相手が『戦闘狂』だからなぁ…」
まずいじゃないか!あの少年…たとえ死ななくても、もう一生治らないケガだって負いかねない。そんなのはもったいない。
『治る怪我だけだといいんだがな……』
観覧席は皆固唾を飲んで見守っている。
「『 はじめ !!! 」』
会場のアナウンスと同時に軍人の方が飛び出す。
「あ、風だ!!…それもあんなに強く…!!」
俺らから見ると槍の周りに砂埃が舞い、台風のようになっている。あんなにレベルが強いのか!あんなのに当たったら本当に死ぬぞ!
「まずい!あの少年、動けなくなってるぞ!!」
「ああほんとだ!!おい!逃げろ!!!」
「うっ…もう見れねぇ!!」
皆が口々に逃げるように叫ぶ。けれどその声は届かない。
けど、少年は焦った顔はしていない。
誰もが終わりだと思った時、信じられないことがおきた。
少年が嘘のような速さで避けたのだ。
軍人の方も大きく体勢を崩している。
「…おい。嘘だといってくれ…」
「俺はさっきから幻想の芸にでもかけられてんのか?」
『いや、あの少年。本当に只者じゃない…』
皆が一気にその少年の勝てる可能性を感じた。
…今まで気づかなかったが、あの黒髪の少年、金色の瞳をしてる。
なぜだかわからないけど、目が離せない。
「「「『ああああ!!!」」』」
少年がひどい火傷を負った!観覧席ではみんな声にならない悲鳴を上げた。顔を顰める者や目を逸らすものもいる。
皆が少年の次なる動き注目していた時、
少年の声が聞こえた。
『 治癒 !!! 』
え?今、治癒って言ったか?
俺も、仲間も、おじさんらも、他の人も皆がポカンとした表情をしている。
そりゃそうだろう。治癒なんてできない。
使えるのは本当に一部だ。
しかも普通街にはいない。
いよいよ気でも狂ったかと思ったその時、
少年の体を金色の芸素が守るように囲んだ。
「なっ…………」
俺の周りで聞こえた声はそれだけ。
他の人は、声が出ていない。
出せないのだ。 驚きすぎて。
皆が呼吸すらも忘れ、嘘のようなその少年をただじっと見ていた。
すると少年は目が追いつかないほどの速さで走っていった。
少年の周りにまだ漂っていた金に輝く芸素が、
走っていく少年の体から尾を引き、
それはまるで地上に流れる星のようだった。
あまりにも、美しい決勝戦の終焉に、
皆、言葉を発さなかった。
それなのに少年は、俺らの存在を気にするでもなくスタスタと帰っていく。どうして喜ばないんだ。どうしてこっちを見ない。どうして嬉しがらない。
なぜか、猛烈に歯がゆくて…
『ブラボー!!!ヒュー!!!!!』
俺は周りの目を気にすることもなく、大声でその少年を称えた。
「ブ、ブラボー!!!!」
「わぁ!!少年、よくやった!!!!」
「すごい!本当にすごいぞ!!!」
「さっきのはなんだ?本当に治癒か?」
「いや、そんな!治癒なんてできんだろう。」
「けどあの火傷が治ったぞ?」
皆が口々にしゃべり始めた。少年に賛辞を贈る者、議論を始める者、様々だった。
少年は少し恥ずかしそうに手を振った。
よかった。届いてる。届いてる。
お前 すごいんだよ。 知ってるか?
きっともっとすごくなるんだよ。 気付いてるか?
聞こえてるか?
あぁ直接声をかけたい。
もっと伝えてあげたい。
もっと誇ってくれ。
ありがとう。ありがとう。
最高だったよ。
・・・・・・
あの少年、アグニという名前らしい。
きっと彼はすごくなる。
仕事と私情は挟まない主義だが、俺は定期報告書に武術大会のことと、アグニという名の少年を見つけたらすぐ推薦状を出して雇うべきだ、なんてことを熱烈に書いてしまった。
けど全く後悔してないぜ!
次から本筋戻ろうかな。
帝都着からです。
あ、けどその前に大まかな設定ページ入れとこかな