266 シュエリー公国 夜会と墓地
『お久しぶりですね、シュネイ。』
「シュエリー大公、お久しぶりです。天見の教会ではお世話になりました。翁は元気ですか?」
『ええ。元気ですよ、特に口が。』
シュエリー大公はにっこりと笑みを深めた。すごい綺麗な人は、笑顔の迫力もすごい。
『昨日のシャルル公国とフォード公国の合同夜会には行ったのですか?』
「あ、はい!シャルルもアルベルトも仲のいい先輩なのでご招待いただきました。」
『あら、そういえばそうでしたね。』
俺は先週開催されたシャノンシシリー公国の夜会の後、レイとレベッカの活躍を見て、その後フォード公国に移動して芸獣狩りをしつつシャルルやアルベルトとだべりつつ、昨日2人の合同夜会に参加していた。
レイもレベッカもすごい速さで成長している。戦闘民族と畏れられている一族としての力を遺憾なく発揮し、もう既に次期エースとまで言われているようだ。けどその成長は、2人の努力の結晶らしい。そんな話をアルダ隊の隊長であるギャラから聞かされた時は感動して泣きそうだった。
『シュネイ、明日は何かご予定ありますか?』
「いえ、特に……」
『そう。それでは、』
シュエリー大公は小さな紙を渡してきた。そこには住所が書かれていた。
『ここに12時にいらっしゃい。』
「……はい、かしこまりました。」
シュエリー大公は鈴蘭のように淑やかな微笑みをみせ、去っていった。
・・・この場所に何があるんだろう?
明日の予定何もないから翁に会いに行こうかな〜なんて思ってたとこだったが…。
「まぁいいや、シリウスに聞こっと。」
とりあえず俺はシュエリー公国が誇る海の幸を存分に堪能し、その日のパーティーを満腹幸せで終えたのだった。
・・・・・
指定された場所はシュエリー公国の首都からは離れた森の近くだった。
周りに民家もない。正直、ここにわざわざ来る人はいないだろう。
「なんでこんな場所を指定したんだろう?シリウスはここに何があるのか知ってる?」
『僕は知ってるよ。』
シリウスはニコリと楽しそうに、意地悪そうに笑った。
この笑い方をする時はあまり良いことが起こらない。
「うっ……嫌な笑顔だな。まぁいいや、シュエリー大公はまだか?……あれなんだろう?」
近くには一本の石の棒が立っていた。
特に装飾はないが、中央に十字のマークが付いている。
「……なんだろこれ?待ち合わせ場所はここでいいかな?」
『ほら、見えてきたよ。』
シリウスの指の先を見ると馬車が1台近づいてきた。天使の血筋の大公閣下の移動にしては随分と護衛が少ない。やはり今回はお忍びのようだ。
「シュエリー大公、おはようございます!昨日は素敵なパーティーをありがとうございました!」
『………やはりお前も来たか。』
『もちろんさ~♬』
シュエリー大公はシリウスのことを苦々しい表情で見ながら馬車から降り、こちらに歩いて来た。
「シュエリー大公、ここはなんなんですか?」
『……ここはシュエリー公国死刑囚の共同墓地だ。』
「っ…!!!」
死刑囚……
ドキリとした。思い出してしまった。
俺が天使の血筋だと証明されるために、犠牲となった人を。
「……じゃあ、あの時の……」
『そうだ、あの男の遺体もここに入れてある。』
「………。」
『なんでアグニにここ教えたの?』
シリウスの質問にシュエリー大公はぼそぼそと答えた。
『あの時……アグニはこの男を殺してしまったと責めていただろう。……だから、せめてあの後にどうなったか、伝えたかった。』
あの時、シュエリー大公は俺に言った。
シーラが天使の血筋として仲間入りする時、天使の血筋しか通れない「取捨の膜」が正常に機能していることを示すための犠牲者はいなかったと。
そんなものが正常に動いていようといまいと、シーラを一目見れば彼女が天使の血筋であることはわかるから。
俺が黒髪だったから、天使の血筋の外見をしていなかったから、俺が疑われたから、あの人は殺されたのだ。
『ねぇシュエリー、彼はなんの罪を犯して死刑囚になったの?』
シリウスは自分の髪の毛を手で梳かしながら尋ねた。
『強盗だ。シュエリー公国北西部にある家に住む男女とその娘を惨殺した。……しかもこの男は、人がショックを受けた時の表情を性的に好んだ。だからまずは力の強い父親を、そして母親の前で娘を殺して、母親の絶叫を楽しんだ後で彼女も殺した。』
「っ……!!!!」
『遺族からの手紙は?』
「……遺族の手紙?なにそれ?」
俺の質問に対しシリウスがニコリと微笑んで答えた。
『帝国では死刑が執行されたら、遺族側に死刑執行された旨の通知を届けることになってるんだよ。そしてほとんどの場合、その通知に対して遺族側から感謝の手紙が届くんだ。』
『………届いたさ。手紙は母方の祖父母から送られてきた。そこにはこう書かれていた。「あの男を殺してくれてありがとうございます。」』
シュエリー大公はちらりと俺の見て、すぐ視線を外した。
『「これでようやく、私たちは救われました。」……と。』
「っ………!!!」
救われた……?
あの人が死んで、俺のせいであの人が死んで、知らない第三者が救われた。
「……なんでだよ……」
もう何が正解かわからない。
俺はいいことをしたのか?
それじゃあ俺が感じているこの罪悪感罪は、なんなんだ?
『ほらねぇ、アグニ?君が死刑囚の死に方なんて気にしなくていいってことだよ。』
シリウスは優しい口調でそう言って、嗤っていた。
「…………死に方。……そうだ、俺はあの人の死に方に違和感があるんだ。」
シリウスの言葉でわかった。
「俺が普通の天使の血筋だったら、あの人はあそこで死ななくてよかった。やっぱり俺のせいで死んだ……俺が殺したことに変わりはないんだ。」
俺の言葉を聞いてシュエリー大公は声を荒げた。
『違う!私が言いたいのは、あの死刑囚はいずれ公的に死刑を執行される人間だった!ただ殺されるはずだった!それをお前が意味のある死に変えたんだ!!だから気にしなくていいということだ!』
シュエリー大公の言いたいことはわかる。
けれど、違う。それは間違っている。
だって……
「それじゃあさ、もしこの世に死刑囚がいなかったら、誰が犠牲になってたの?」
『っ……!?!?』
『これは一本取られたね、シュエリー。』
シリウスは白銀の髪を肩の後ろに放って俺の前に立った。
『そうだよ、アグニ。死刑囚がいなければきっと別の誰かが君の犠牲になっていた。同じような犯罪者か、教会の中で選ばれた人身御供か。』
シリウスの口調は優しかった。けれども目は真剣だった。
『君は選べるよ。あの死刑囚の死を自身のものにすることも、そんな事実を綺麗に忘れてしまうことも、もしくはあの死を社会貢献と考えることもできる。』
「………僕はね、きっと一生忘れないよ。」
あの人が犯した罪も、あの人が死んで救われる人がいたことも、あの人が死の直前に見せた表情も、俺が帝国に殺されないために代わりに犠牲になってくれたことも。
生涯、忘れない。
・・・・・・
6週目 6の日
見事な満月が出ていた。
『お、来たな!』
『シリアドネ大公!』
今日はスリーター公国の夜会だ。
この夜会は特殊で、まず皆で拝火神殿へと向かい、芸素を祀る祭壇で火に祈りを捧げるらしい。
招待状に記載された丘の方へ向かうと、何やら神殿らしき建物が見えてきた。そしてその前には巨大な門があり、その門の入り口にシリアドネ大公が立っていたのだ。
「……もしかして待っていてくれてました?」
俺の質問にシリアドネ大公は大きな笑顔を見せた。
『ああ!最初は不安だろうと思ってな。』
「ええ〜!!ありがとうございます!!」
やっさしぃぃぃ〜!!
まじかよ、あざすすぎる。
『ほら、門の中を見てみろ。』
「うわぁ……!!」
門の中には神殿へと続く石畳の道が続いている。
そして道の両端には灯篭が等間隔で置かれており、その灯籠の下には水が流れていた。小川に灯籠の火が反射し、とても幻想的な風景だった。
『シュネイ、口を覆うものは持ってきたか?』
「はい!言われた通りに!」
祭壇に祀られている神聖な火に、人間の汚い空気が当たらないよう口元を布で覆う必要があるらしい。
『よし!神殿に入る前にここで付けてしまおうか。』
「はい!」
ちなみにこの礼拝に参加できるのは招待者のみ。
この丘に入る手前の門のところで侍従や護衛は待たせておかなければならず、シリアドネ大公は1人だった。
なので俺とシリアドネ大公は互いに口元の布を付け合った。
『ははっ!いつも一人で付けるのに苦労しているが、今回はシュネイがいて助かった!』
「大公……!!」
シリアドネ大公……なんか可愛らしい人だな。
こんな愛嬌があるとは知らなかった。
そういえばシリアドネ公国の武術大会で優勝してご褒美を貰う時、こんなことを言っていたな。
(『私は「天使の血筋」である前に、自分の名を持つ一人の人間だ。』)
(『大変なんだよ。神の代理人で居続けるのはな。』)
この人は……意外と寂しかったのかもしれない。
俺には最初からシリウスがいた。
そして、シーラと公爵、シルヴィアやシャルルといった仲間も増えていった。
きっとそれは、とても恵まれた環境だったんだ。
「………大公、そろそろ行きましょうか!」
『ああ、そうだな!!』
人間なんて、ひとり。
ひとりは寂しい。
けど、
ひとりと、ひとり。
ふたりなら、もう温かかった。
いやぁぁぁぁぁ年末!!!
やらなきゃいけないことも、もうしたくない!!
いやだ!年末の怠惰を満喫したいんだ!!
もっとこの続きをとっとと書きたいんだよ!!
*そういえばスリーター公国の宗教モチーフはゾロアスター教です。




