265 ヴォナパルト辺境伯・シャノンシシー公国の夜会
こっからしばらくは社交会の話が続きそうな予感です
「はっ、はっ、はっ……ま、間に合った……!!」
ガーデンパーティーが始まるギリギリの時間
俺はヴォナパルト辺境伯家に着いた。
さすがにシリアドネ公国からシド公国までは遠い。ヴォナパルト辺境伯領がシド公国の中では南東にあったから助かった。首都開催だったら終わってた。
風の芸素で体温をぶっ飛ばして汗をひかせてからポケットに入れてた香水を念のため振りかける。
『香水くさい〜』
入り口までついてきたシリウスがわざわざ俺の匂いを嗅いでから鼻を押さえてそう言った。
「貴族主催のガーデンパーティーで汗くさいよりは香水くさい方がまだマシだろ。行ってくるわ!!」
『それなら髪の毛をもうちょっと頑張んなよ。』
シリウスは芸素を含んだ円形の水を俺の目の前に出した。全身鏡の代わりだ。
「おお!助かる!……よし!そんじゃ、行ってきます!」
『はいはーい』
ガーデンパーティーの間、シリウスは近場の森で休んで待っていてくれるらしく、そのまま森の方へと向かっていった。
俺はそれを見届けた後、足早に招待状を持って会場内へと入っていった。
・・・
今回は帝都軍芸術指導教官のポーラ・ヴォナパルト大尉のご招待で参加している。
主催者はポーラ大尉の姉であるヴォナパルト辺境伯だ。
軍部に強いシド公国、そして帝都軍芸術指導教官殿の招待者が集っていることもあり、軍服での参加者が多かった(軍部所属の人はパーティーにも軍の正装を着用することが多い)。
ぶっちゃけポーラ大尉と接点はない。会ったのは2回だけだ。一回はリシュアール家の催し物の時。もう
一回はシド公国での狩りの時らしく、俺は認識もしていなければ挨拶もしていない。
けどご招待いただいたし、接点もあるっちゃあるし、今日のお昼空いてるからという理由でシーラに予定を入れられた。
あんま覚えてないんだよなぁ…
黒髪だった気がするんだけど……
とりあえず俺は数少ない黒髪仲間を探すことにした。
するとすぐに黒髪の女性2人と茶髪の男性1人が俺の近くにやってきて礼をした。
服装は、男性は高そうなブラックスーツ、1人の女性は華やかな水色のドレス、もう1人の女性は帝都軍の正装を着ていた。全員が40代くらいで、落ち着いた雰囲気を持っている。
うわっ!!助かる!!
向こうから来てくれた!!
「顔をお上げください。ポーラ・ヴォナパルト大尉、本日はお招きありがとうございます。以前お会いした時はアグニだったと思いますので改めて……シュネイと申します。そのまま名前で呼んでください。」
俺の挨拶に3人は礼をしたまま、まずはドレスを着た女性から返事が始まった。
「天空のお導きによりこの世この時に巡り会えましたこと、感謝申し上げます。ポーラの姉であり、現ヴァナパルト辺境伯爵でございます、ポーリーンと申します。本日はようこそお越しくださいました。」
「天空のお導きに感謝申し上げます。ポーリーンの夫のアルヴィンと申します。」
「………天空のお導きにより再び拝顔叶いましたこと、感謝申し上げます。……改めまして、ポーラ・ヴォナパルトでございます。」
「ポーラさん、リシュアール家の催し物でお会いしましたね。驚きますよね、まさかこんな黒髪が天使の血筋だなんて。」
俺の言葉にポーラは首を何度も横に振った。
「あなた様が天使の血筋様であったこと、もちろん驚きましたが……あの、なんと申しますか……腑に落ちた部分がございました。」
「え?あ、ほんとですか?」
腑に落ちる?
なぜそんな風に思うんだ?そんな接点はないのに……。
「私と夫とポーラは、シド公国の社交界にも参加しておりましたの。」
「あ!!そっか、そうなんですね!」
リシュアール家の催し物で会った時にポーラがそう言っていた。そうだ、3人ともその場にいたのか。
ポーリーンはふふっと軽やかに笑った。
「覚えてらっしゃいますか?あの日、あの場所、あの湖の湖畔に、天空人が舞い降りましたことを。」
「……ブフッ!!!」
やばい、思わず吹き出してしまった。
そうだ、そういえばシリウスが湖の上でリュウを吹いて死ぬほど皆んなに見られて崇められていたな。
シリウスがなぜあの時みんなの前に現れたのかはわからない。けれどシリウスの存在を知らない人からすると、もうこの世にはいない、創世記にのみ存在する天空人そのものに見えたのだろう。
「んんっ…!!あーーーありましたね、そんなことが。まぁアレは天空人じゃなくて……幻影とかですかね。」
なんとか笑いを封じながら、今思い出したように何度も頷いてそう言っといた。シリウスのことを考えてあげるとアレは生身の人間ではなく幻影ってことにするのが一番だと思う。
「……そうお考えですか……まぁ、そうですよね。」
ポーリーンもアルヴィンもポーラもなんだかシュンとなってしまった。ごめん。
「あ、それでその…幻影がどうしたんですか?」
俺の質問にまた3人の芸素が飛び跳ねた。3人とも俺に話を聞いてほしいと言わんばかりに前のめりだった。
「それで……あの天空人様が……あなた様にのみ、微笑まれたのです。」
「あ。」
そうだ、やばい。忘れてた。
あの時あいつ俺のこと見て笑いやがった。
あまり意識してなかったけど、周りの人から見ると俺にだけ微笑んでいるように見えたのか。フィルターって怖いな。
「うえ…?え、そうでしたっけぇ…?」
バカみたいなとぼけ方しかできず目線を空へと逸らした。3人ともまっすぐに俺を見過ぎなんだ。
「はい、天空人様はたしかにあなた様にのみ微笑まれたのです。そしてあなた様が、あなた様の瞳だけが……天空人様と同じ金色の光を帯びているのを知って……私達は理解したのです。」
うおお!!やっべぇ!!
そうだ俺、リュウを吹くと目が光ること忘れてた!!!え、つまりあん時、俺の目も光ってたのか!?しかもそれ皆んなに見られてたの?!嫌だ何それ、恥ずかしいんだけど!!
「……いやぁ、へへっ…忘れてください、へへっ。」
目が光るという意味不明な特性に照れつつ、モジモジしながらそう伝えた。けれど……
「いいえ、忘れることなどできません。」
「ひぃーーー!?!?」
いやぁぁ断言された!!
頼むから忘れてくれよぉぉ!!
「どうしたら、忘れることなどできましょうか。」
いやぁぁぁぁぁ!!!
ほんとに忘れてくれないの?!
やめてよぉぉぉぉ!!!!
俺が恥ずかしがっていたら、3人ははっとした表情ですぐに丁寧な礼をした。
「大変失礼いたしました。私たちにとっては、あれは奇跡のような出来事だったのです……。私たちは、その高貴なる金色の瞳こそが、あなた様の血筋を表していると確信しております。こうしてあなた様と同じ時代に巡り合えたこと、目を合わさせていただけたことに、心の底から感謝を伝えたかったのです。」
それからは、3人とは目線が合わなくなってしまった。
・・・・・・
「すまんシルヴィア!待たせた!?」
『お久しぶりですアグニさん、時間ちょうどですね。』
ヴォナパルト辺境伯のガーデンパーティーは早めを退席し、俺とシリウスはそのままシャノンシシリー公国へと向かった。こちらもなんとか時間ギリギリで間に合うことができた。
シャノンシシリー公国の社交界にはシルヴィアも隣国の王女として参加するとのことなので、俺がパートナーとして一緒に出ることになった。
「ごめんな、それじゃあ早速行こうか。」
『ええ。』
シルヴィアはすっと俺の腕に手を絡め、凛とした姿勢で歩き始めた。この気品はやはり王族ではない俺には無いもので、とても綺麗だと思う。
『……? なんです?』
「あ、そういえば今日のドレスめっちゃ綺麗だね。その……なんて言うんだっけ…長めのワンピースみたいな形。薄紫色もシルヴィアの髪色にも合ってるね。」
ドレスは形によってそれぞれ名前が違う。そして俺は以前、それぞれの名と特徴をシーラから事細かに教わったことがあるが、そんなもん覚えているわけがない。
『……ありがとうございます。ただ……そんな無理して褒めなくても……』
『ぶは!!!!』
「なぁ!?おいシリウス!!」
そうだ、シリウスが後ろにいたの忘れてた!!
……ハズカシイ!!
『シ、シリ……!!こ、この場にいて大丈夫なのですか!?』
シルヴィアは今シリウスに気づいたようで驚きの声を上げた。
『大丈夫大丈夫。アグニの護衛として一緒に入るから。シルヴィア、今日は良い夜だね。そのエンパイアラインのドレスは君にしては珍しくない?』
シリウスが自身の目と髪の毛を隠しながらシルヴィアに問いかけた。
『あ、はい。夏ですし、帝都外での社交界なので……少し気楽な型を選んだのです。』
シルヴィアの答えにシリウスはゆっくりと頷きながら綺麗な微笑みを返した。
『いいね。君の言う通り、夏らしい。それにとても似合ってるよ。』
『あ、ありがとうございます…』
え、なんか嬉しそうなんだが!?
くそう!!
シリウスに褒めを取られた!!
俺は無理して褒めているようで、シリウスは自然と褒めているようなのか?これは年齢と経験値の差が出たな。うん、そういうことにしとこう。
「よし、それじゃあ行くか!!」
そうして俺たち3人は会場内へと入っていった。
・・・
『おお!アグニ!ではないな、もうシュネイか!シルヴィアも!お父上は息災か?』
「シャノン大公!本日はお招きいただきましてありがとうございます!」
シャノン大公は、第一学院に入る前から俺が天使の血筋だと知る数少ない人間だ。
すんなりと俺のことを受け入れてくれて、とても感謝している。
『シャノン大公、本日はお招きいただきましてありがとうございます。お気遣いもありがとうございます、父は変わらず良好な状態で公務に勤しんでおります。』
『そうかそうか!それはよかった!……あ、あれ、もしや……』
さすがシャノン大公。すぐに俺の後ろに立つ存在に気が付いた。
『やぁシャノン。元気そうでよかった。』
『あ、あああ!シ……!!来てくれたか!!久しぶりではないか!!息災か?!』
シャノン大公がシリウスのことを大好きなのは知っていたが、もう俺とシルヴィアのことは眼中に入っていない。いいね、ここまで真っすぐだと気持ちがいい。
『シャノン、まだあと数日はこの国にいるからその時にゆっくり話そう。ここは人の目が多すぎる。』
『あ、ああ!!好きな時に王城に来てくれ!!絶対だぞ!アグニ、ではないシュネイ!必ず連れてきれくれ!』
「はい、わかりました!」
子どものわがままを聞いてあげる大人のように、シリウスはやれやれといった表情をしつつも、温かくシャノン大公を見ていた。
『そうだ、後ほどアルダ隊の演舞がある。レイとレベッカもそれに参加するぞ。』
「ほ、本当ですか!?」
レイとレベッカは今年14歳。
年齢的にギリギリではあったが、見事に芸獣使いになって、昨年正式にアルダ隊に入隊した。
『彼らの成長を見てやるといい。』
「はい!楽しみです!!」
いやぁ12月に入ってしまっただ!!
師走だ〜!!




