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264 夜の相談、初のシリアドネ公国の社交パーティー



コンコンコン・・・



「シーラ、夜中にごめん。……起きてる?」


怖い夢を見て起きてしまった子どものように、アグニは私の部屋へと訪れた。


「……ええ、起きてるわよ。」


「……入っていい?」


律儀に伺うアグニがなんだか可愛らしくてクスッと笑ってしまった。シリウスなんかノックすらしないというのに。


「ええ、もちろん。」


ギィィ・・


「シーラ、何してたの?」


「月見酒してたわ。」


アグニは私のいる窓辺に近づいて空を見上げた。


「あ、ほんとだ。今日すごい綺麗だね。」


「でしょう?月が綺麗な日は大概シリウスが来るのだけど、今日は来ないからどうしてだろうと思ってたの。そしたらアグニが来たわ。」 


「へ?そうなの?いつも??」


「お互い家にいる時はそうね。2人ともお酒が好きだから。」


「へ〜〜!……俺もお酒好きなんだけど。」


「ふふっ、アグニだって来ていいのよ?」


そう言うとアグニはまた空を見上げた。


「月が綺麗な時かぁ…俺気づくかなぁ……」


アグニは あまり空を見上げないのね。


私はよく見上げてしまう。

そして私にその癖がついたのは、私以上に空を見上げるシリウスがいたから。


「あとは2人で何してるの?お酒飲む以外に。」


「そうね……お酒を飲んで、月を見て、たまに喋ったり、黙ったり。」


「それだけ?」


「ふふっ、本当にそれだけ。ただただ、夜が過ぎるのを2人で待つのよ。」


あの人は夜に寝ないから。

静かな夜に部屋で1人でいるのが退屈だから。

だから一緒にお酒を飲んで、先に寝てしまう私を見て暇を潰しているの。


「それで、今夜はどうしたの?」


私の質問にアグニは一瞬固まった。

そして迷いながら、ぼそぼそと言葉を紡いでいった。


「俺ってさ……自分が思うよりも周りの人に不親切なのかなって。気をつけようとはしてるんだ、皆んなは俺とは違う人間だし。でも上手くいかなくて……どうすればいいんだろう?」


あらあら、なんて可愛いのかしら。

こんな可愛い悩みがあったなんて。


「……なんで笑うんだよぉ」


「ふふっ、ごめんね。」


思わず微笑んでしまった私をアグニはブツブツと責めていた。


「昔の私に似ているなって思って。」


「昔の?シーラに??」


アグニは目をまん丸にして前のめりになった。


「私は…自分に感情があるということを忘れていた時期があって。その時は、人にも感情があることを忘れていたわ。」


あの時の私の世界には色がなかった。

色のない世界では、笑うことも喋ることもなくなり……次第に、ありがたいことに痛みも苦しみも消えていった。


「………アグニ、あなたはまだ人に慣れてないのよ。そりゃあそうよね、だって60年近くほとんど1人で生きてきたんですもの。」


少しでも温かさを与えてあげたくて、アグニの頬を撫でた。


「あなたまだ人と触れあってから、社会の中で過ごし始めてから、数年しか経っていないのよ。」


優しくそう言うと、アグニの目には涙が溜まっていった。

この子は本当に悩んでいる。きっと自分だけ何かが足りないと焦っているのだろう。


「……人ってめんどくさいわよね。言いたいことも言うべきこともはっきり言わないし、嫌なことがあったからって敵意を見せないし。んーわかりづらい!」


「………うん。」


「けどね、そのうち気づくわ。」


自分も、

まぎれもなく そのうちの1人だって。


「しかもね、そのことを愛おしく思えるのよ。不思議よね。」


アグニにそう伝えながら思わず笑ってしまった。

ああ、本当に人間って面倒よね。


「世界は広いわ。まだまだあなたの知らないことがたくさんある。」


アグニは金色の瞳をまっすぐ私に向けて真剣に話を聞いていた。


「そして、その全てに人が関わってる。」


大丈夫よ、アグニ。

どうしようと今悩めるなら、あなたはちゃんとなりたい自分になれるわ。


「世界を知りたいと思う心が、人を知りたいという心なのよ。」







・・・・・・







3の週に入り、俺とシリウスとシーラはシリアドネ公国に向かった。

6の日の夜に行われる社交パーティーに参加するためだ。


シリアドネ大公と会ったのは武術大会に優勝して以来だ。その時にお話しして、推薦状も書いてくれた。それらのおかげで俺は無事に第1学院に編入できた。


「考えてみたら、推薦状のお礼をまだ言ってなかった…!!」


『大丈夫、シャルトがやってあるよ。』


以前はエメルが担当していたシリアドネ公国の家に、今はウォーマンという別の男性がいた。大きくて元気のいいおっちゃんだった。


「シーラさまとシュネイさま!明日の服、お部屋にかけときますんで!」


「あら、ありがとう」

「ありがとう、ウォーマン!」


「紅茶の用意ができましたよ。」


「ありがとうクルト!」


カイルも一緒に来ているが、馬車酔いしたらしく今は部屋でダウンしている。


「シリアドネ大公に会うの久しぶりだし緊張するなぁ〜。……大丈夫かなぁ。」


黒髪の俺を、天使の血筋と認めてくれるかな……。


『大丈夫だよ、前に手紙も貰ってたでしょ。』


「まぁそうだけど……。」


「大丈夫よアグニ、シリアド大公はおおらかで明るい方よ。」


『そうそう、シリアドネ大公は代々質がいい。けれどネタと遊びに飢えているから、君のような特殊な存在を面白がれると思うよ。』


「前にも言ってたけどその質がいいってなんなんだよ。」


けど会うのは久しぶりだから緊張はする。


「せめて何か手土産とか持って行きたいな…」


『なら君が剣を作ってプレゼントするのがいいんじゃない?』


「それだ!!!!!」


既製品はちょっと違うかなと思いつつ、俺には刺繍の才能もなければ王家にプレゼントできるような宝石もない。

けれど鍛治ならできる。


「よぉし!ウォーマン、この辺で場所貸してくれる鍛冶屋があるか探してほしい!」


「合点承知です!」


パーティーまであと5日あるから素材から取りに行ける。


「さて、忙しくなるぞ〜!!!」





・・・・・・






そして迎えた6の日

久しぶりに訪れる王宮を懐かしく思いながらシーラと中へ入っていく。

後ろにはカイルもいて、俺が作った剣を慎重に持ち運んでくれている。



   あれ?この芸素……!!



開場前の入り口のすぐ前に正装姿の1人の騎士が立っていた。


「………あの、もしかしてトッポピオ様じゃないですか?」


武術大会の決勝で勝負した、シリアドネ公国軍副総隊長のトッポピオ。

彼は当時より少し大人びていたが、俺の問いかけにすぐ元気な笑顔を向けてくれた。


「はい、アグニ殿……いいえ、天使の血筋・シュネイ様!!」


「っ…!!!」


明るく朗らかにそう言ってくれた。

この一言が、とてつもなく嬉しかった。


「う…わ…!!ひ、お久しぶりです!!」


「お久しぶりですね!あなた様が天使の血筋だと知って大変驚きました!けれど疑問はありませんでした。それは大公様も同じでございます。」


「っ…!!!」


シリアドネ大公がトッポピオをここに配置してくれたのだろう。普通なら副総隊長がいる位置ではない。

きっと、俺への配慮だ。

俺が、中に入るのを緊張しているだろうからと。


その気持ちを感じて、とても胸が温かくなった。


「アグニ、行くわよ?」


シーラは俺の腕に手を回して優しく微笑んだ。

俺はそれにしっかりと頷くと、トッポピオは笑顔で扉を開けてくれた。


「大公様もお待ちかねですよ!さて………天使の血筋、シーラ様ならびにシュネイ様、おなりでございます!!」



開かれた景色は大きく、目の前はキラキラとしていた。



『シュネイ!!!』


「え、あ、大公……!」


遠くの方からシリアドネ大公が走り寄ってきた。

周りの人たちもまさか大公が走って俺のところに向かうなんて思わず、目を丸くしながら急いで傍にどいていた。


「シ、シリアドネ大公……あ、ほ、本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。」


『アグニ!だったな!お主はシュネイだったのか!ははっ!驚いたぞ!!久しぶりだな!!』


明るく朗らかな笑顔を向けられ、肩をバシバシと叩かれた。そう振る舞ってくれることがとても嬉しかった。俺はやっと息を吐くことができた気がして、自分がすごく緊張していたのだと知った。


「……はい、お久しぶりでございます…!!改めましてシュネイです。」


俺がそういうと大公は目をぱちぱちさせて笑った。


『ははっ!そうだな、改めてだな!私がシリアドネ公国の王、シリアドネだ。シュネイの髪の色は他とは違うかもしれないが、私は歓迎する。』


大公の言葉で、この場の方針が決まる。



どうやら俺は、楽しく過ごせるみたいだ。





・・・




『そういえばシュネイ、お主はスリーター公国出身だと言っていたな?』


パーティーが終わって帰る頃、改めてシリアドネ大公に挨拶をしに行ったらそう聞かれた。

シーラは別の人と挨拶している。


「はい、そうです。」


『お主がいた村はインカ村のさらに東だと、言っていたな?』


「はい、その通りですが……?」


シリアドネ大公はしばらく悩んだ表情をしていたが、やがて口を開いた。


『余計なことだが……隣国としてな、秘密裏に調べさせてもらったんだ、その村のことを。そして報告によると……たしかにインカ村の東に村があった。』


「おお!ですよね!」


『だが、やはりと言うべきか……どの地図にも公的文書にもその村の情報は書かれていない。』


「………え?」


大公は言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。


『お主しかいない黒髪の天使の血筋、お主の存在が今まで帝国に知られなかったこと、そしてスリーター公国の名も無き村で生きていたこと……色々考えると少し妙だと思わないか?』


「た、たしかに……」


今までそんなこと微塵も考えてなかった。

けれどたしかに、言われてみれば俺の住んでいた村が地図に載ってないってのは気になる。


『もしかしたら、スリーター公国の王は何かを知っているかもしれない。シュネイは、スリーター公国の夜会には招待されているか?』


「は、はい……6週目6の日のやつに……」


俺の返答にシリアドネ大公は大きく頷いた。


『スリーター公国は毎年6週目6の日に夜会を行う。その日がスリーター公国の第2の建国記念日だからな。』


「第2の?普通そんな何日も建国記念日ってあるんですか?」


俺の質問にシリアドネ大公は首を横に振った。


『いや、ない。しかし前にも言ったかもしれぬが、スリーター公国は帝国の中でも特殊な国でな。宗教観が違うのだ。たぶんその影響だろう。』


そういえば以前シリアドネ大公に教えてもらったな。

たしかスリーター公国は天空王や天使の血筋ではなく、全ての根源である「芸素」を崇めてるって。その中でも特に芸素から作られる炎を神聖視してるって。


「あ、そういえばスリーター公国のお城には炎を祀る祭壇があるって以前シ……知り合いから聞いたことがあります。」



   あっぶね。

   シリウスの名前を出すとこだった。



シリアドネ大公は頷いた後、俺の肩にぽんと手を置いた。


『ああ。スリーター公国の夜会ではまず皆でその祭壇へ向かい、芸素に祈る習わしがある。お主もそれに参加するだろう。私も隣国の王としてスリーター公国の夜会に参加するからな、またそこで会おう!』


「あ、はい!!今日は本当にありがとうございました!!」



こうしてシリアドネ公国の夜会は終了した。



明日はシド公国のヴォナパルト辺境伯のガーデンパーティーに行ってから、シャノンシシリー公国の夜会に参加予定だ。

シーラはヴォナパルト辺境伯ではなく、別のガーデンパーティーに参加するため、一度ここで別行動となる。


圧倒的に移動時間が足りない。

なので家に帰ってお風呂に入った後、俺はすぐにシリウスとシド公国への移動を始めたのだった。





ちょっぴりドラクエっぽい展開にしました。

そうです、絶賛リメイク版ⅠとⅡをプレイ中です。





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