263 臭い物にも蓋はするな
たくさんの人と話しまくった特別区社交パーティーの後は、泥のように眠った。
改めて俺は公爵やシーラのように社交が得意な人間をすごいと思った。もう俺、しばらくスリーター公国の実家に引き篭もりたいもん。
けれどそうも言ってられない。
なぜなら今日は特別区に建設中のクレルモンホテルの一部完成パーティーが昼にあるのだ。
もらった招待状に記載された場所に行くと、綺麗な庭があった。ガゼボがあったり、端の方にはガラスでできた大きな温室もある。その奥にあるホテルは足場が残っておりまだ全貌は見えない。
どうやら「一部完成」というのは庭のことのようだ。
庭の端の温室にたくさんの人が集っているのを見つけ、俺もその方向へと歩いて行った。
まぁ、あれは俺が悪い。
馬車で向かわず従者も付けなかった俺が悪かった。
のそのそと歩いて温室に入ろうとした黒髪の少年を当然入口にいた護衛騎士2人は不審に思い、刃を向けた。
「止まれ!!!どこの者だ!?ここは部外者の立ち入り禁止だ!」
『………え、まさか招待客ですか?』
俺の身なりで判断したのだろう。一人は敬語だった。
うんうん、そりゃそうだよな、ごめんなまじで。
「あ、はい。これバルバラ・クレルモンから貰ってきました。僕、シュネイです。」
『「し、し、シュ??!!」』
護衛騎士一人に俺が貰った招待状を見せたが、2人は逆にまた刃を向けてきた。
「お前……シの付く名前がどの一族を意味するのか知らないわけないだろうな……そのような妄言断じて許されぬぞ!!!」
『帝国法では天使の血筋の名を語る虚偽は50年の懲役だ!………今なら見逃してやるから、この場から立ち去れ!!』
「クレルモンホテルも落ちたな。」
「お、カール!!」
俺の背後からカールが現れた。カールの一歩後ろには手土産を持っている従者もいた。
「………え、まって。今日って手土産いる系のやつだったの?俺なにも持ってきてないんだけど。」
「天使の血筋はそう易々と手土産を用意しなくていい。それとお前が与えるものは全て『下賜』だ。」
カールの従者がカールの招待状を入口の護衛騎士に渡した。
「……招待状拝見いたしました。確かに、カール・ブラウン様でいらっしゃいますね。」
「ああ。そしてこちらは、天使の血筋であるシュネイ様だ。」
「『 えっ……!!?』」
護衛騎士は困惑の表情で俺の髪の毛を見ている。
「そんなわけ……だってこの方は黒髪ですが……」
「それならば、この入口を開けて私を先に通してみればいい。アグニ、そこで少し待ってろ。」
「お、おお……」
「呼んでくれ。」
『は、はい!ゴホン……ゴホン、申し上げます!!!ブラウン子爵家、カール様のおなりにございます!!」
護衛騎士のその一言で温室内の人たちが全員こちらを向いた。
温室の中を覗き込んだ俺は、近くに立っていたクレルモン男爵と目が合ってしまった。
「っ…!!!!!!!!」
男爵は無言のまま猛烈な速さで俺の元まで来て、礼をした。
そのスピードと迫力に思わずたじろいでしまった。
「っ………」
男爵は礼をしたまま喋らない。
他にも何名か俺のことを知ってる人達がいたようで、その人たちは男爵と同じように頭を下げていたが、その他の人たちは目の前の事態が理解できないようで驚いた表情をするのみだった。
「アグニ、お前から男爵に話しかけないと。」
「あ、お、おおそれか!」
男爵に少し遅れてバルバラもこちらに到着し、同じように綺麗な礼をしてくれた。
その様子を見ていた護衛騎士は訳が分からないとでもいうように、俺と男爵とカールを順番に見ていた。
「頭を上げてください、男爵、バルバラ。本日はお誘いありがとうございます。素敵なお庭ですね。」
俺のその一言で、また場が動き出した。
・・・・・
ホテルの関係者が多く招かれているので、スポンサーはもちろんいたが比較的商人も多かった印象だ。知らない人と会話するのは学びも多く楽しかった。
そしてクレルモン男爵からは護衛騎士の非礼を死ぬほど謝られたが、まじで気にしないでと伝えといた。黒髪である俺が悪いのだ。
「よっす、カール!さっきはありがとな。」
ある程度挨拶を終えたところでカールに話しかけに行った。するとカールが一枚の紙を渡してきた。
「ん?なにこれ?」
「バルバラからです。」
紙に書かれた言葉は『パーティーの後、少し残っててくれるかしら』という言葉だった。
「うっ……こわい……なんだろ……」
「そんなに顔を顰めるな。まぁ、おおかた予想はつくだろう?」
「……もしかして、コルネリウスのことか?」
カールは頷いて周りを確認しながら言った。
「……何があったのか知りたいんだろう。」
「……けど、それならもう帝都外の人だって知ってるじゃん。」
「というか……まぁいい。一応俺も同席させてもらう。」
「お、おう。助かる……。」
パーティーが終わり皆が帰った後、温室には俺とバルバラとカールだけが残っていた。
「……それで、どうした?」
俺が声をかけるまでバルバラは外交的な笑顔を向けたまま黙って立っているだけだった。
「………あの日、何があったの。」
バルバラは笑顔のまま、そう聞いてきた。
やはりコルネリウスが連れ去られた日のことを聞きたかったのか。
「公表している通りだ。バルバラだってあの時学院にいたからわかっているだろう。」
「わからないわ。なにもわからない。」
コツン コツン
バルバラのヒールの音が温室に鳴り響く。
「なにがあったのか、全部教えて。」
バルバラは俺の目の前まで来て、まっすぐにそう言った。
もう笑顔ではなかった。
「……何を知りたくてその質問をしてるのかがわからない。だってもう聞いただろ?芸獣人間と大型の上位種がいて、戦闘になって、、」
「そんなことを聞きたいんじゃない!!!」
ドンッ!!
バルバラは俺の胸を叩いた。
「わからないの!?本当にわからないの?!」
「………。」
バルバラから感じた芸素にはたくさんの感情が混ざっていた。
コルネリウスへの心配と愛情、俺への罪悪感、俺への怒り、無力な自分への怒りと失望・・・
そうか
俺は今、怒られているのか。
俺は怒られることを、しちゃったのか。
なぜだろう。自分よりも大きく感情を出してくれたからだろうか。
それとも、言い訳をしたかったからだろうか。
俺は初めて、あの時に見た事実を人に伝えることができた。
「……ごめんな、バルバラ。俺はコルネリウスが去っていくのを、止められなかった。」
「………え?去っていく……?」
「コルネリウスは、芸獣人間と一緒に去っていった。」
「っ……!!」
「アグニ!それは公表されてない……!!」
「わかってる、わかってるよ。」
けれどバルバラには伝えたかった。
コルネリウスのことを知りたいと、本気で思うバルバラくらいには。
「けどコルネリウスが本当に自分の意思で去ったのか、それとも操られていたのかはわからない。けれど、俺に攻撃をしてきたのはコルネリウスだった。」
「っえ、え……?」
バルバラは貴族社会をわかっている。
伯爵家のコルネリウスが天使の血筋である俺に攻撃をした。その事実がどういう結果に繋がるのか、容易に想像がつくだろう。
「なんで……なんでよ……あなたたち……とても仲良かったじゃない……」
「……ほんとだよな。けど、どこかですれ違っちゃったんだ。」
まるで鼓動が聞こえてきそうなほど、バルバラは緊張した表情だった。
「コ、コルネリウスは………もし、無事だとして、帝都に戻ってきたとして……その後は……どうなるの……」
その質問にカールが割って入った。
「……言わずともわかるだろう。けど、アグニはそうならないために、コルネリウスをそうしないために、『連れ去られた』とだけ公表してるんだ。」
「………それ、本当なの……だってその場にはアグニしかいなかったんでしょ……誤解ってことも……」
「実は、あの場には俺とシルヴィア様もいた。俺たちがアグニに攻撃するコルネリウスを目撃している。」
「っ……………。」
バルバラの瞳からぽろぽろと涙が溢れ出た。それはとても静かな泣き方で、ひどく傷ついているようにも見えた。
「コルネリウスは……もう戻ってくる気はないのね…………」
「「……………。」」
そうかもしれない。
コルネリウスはもう、貴族社会のみならず、人の社会に属することを辞めてしまったのかもしれない。
けれど・・・
「絶対に連れて帰るよ。」
気が付いたらバルバラを抱きしめていた。
肩を震わせて静かに泣いている子を目の前で見続けるのが辛かったからかもしれない。これは俺の自己満足だ。
「……絶対にコルネリウスを連れて帰る。だからもうちょっとだけ、あいつの帰りを待っててやってくれ。」
バルバラは小さく頷いた。
「…………………ありがとう、アグニ。」
・・・・・・
バルバラが落ち着いた後で、俺とカールは温室を出た。
カールがシーラの家まで俺を送ってくれると言ってくれたので、遠慮なく甘えさせてもらった。
「……いや、なんでだよ。」
「なぁ!?え、シっ…!!!」
カールんちの馬車の中にシリウスがいた。まじでどういうことだよ。
『やほー』
シリウスはヘラヘラしながら座席に寝そべっていた。
『この馬車いいね、ふかふかだ。』
「まじでどうやって入ったんだ?よくバレなかったな?」
『僕にできないことなんてないから~』
「え、シ、シリウス様…!!え、そんな急に……なぜ馬車の中に……」
カールんちの御者が当たり前のように馬車のドアを開けて閉めてくれたから、たぶんシリウスがなにかしらの方法で操るか洗脳してる気がする。
『いやぁ、ドラマチックな展開だったねぇ。あの子、あんなに言うなら自分でコルネリウスに会いに行く努力でもすればいいのにね。いるよね、ああいう子。』
「……やっぱ見てたか。」
バルバラとの会話を聞いていたようだ。
まぁシリウスならこの距離の会話は聞けるよな。
『君、すごい責められようだったね。「そんなことを聞きたいんじゃない!ドン!」ってさ。あはははっ!!』
シリウスはバルバラの真似をして笑っていた。
俺はバルバラの気持ちもわかるので、そんな風には笑えなかった。
『君のその淡白さ、僕は好きだけどね。とても僕らっぽくて。』
「……俺、そんな淡白か?けっこう執着してるつもりなんだけど。」
『んーまぁ前よりはマシかな。けどねぇ、なんというか……君って誰に対しても一定以上の関心や執着を持たないよね。』
「………そうかな?俺、シリウスにもカールにも関心あるけど。」
俺の言葉にシリウスはニヤリと笑った。
『ほんと?けどあの事件から今までの間、カールに一度も会ってなくない?連絡すら取らなかったよね?せっかく一緒に戦った仲間なのに、ねぇ?』
シリウスはそう言ってカールの顔を見た。
カールは気まずそうにしていて、芸素からは何かを隠そうとしているように感じた。
「っ……それは、忙しかったから。」
『うんうんそうだね、そうだったね。でもほら、やっぱ自分優先で、あんな事件直後でも人のこと気にしないんだね。』
今の言葉に違和感があった。
シリウスがここまであの事件後のことを、事件後に連絡を取らなかったことをいつまでも言うなんて何か変だ。
「………カール、あの事件の後、何かあったのか?」
「っ…………」
カールは気まずそうに俺とシリウスを交互に見ていたが、ゆっくりと口を開いた。
「いや、何もないよ。特に、何もしてない。」
「……ほんとか?」
「……ああ、本当だ。」
『そうだよね、何もしてないのは本当だよね。その理由は?』
シリウスはずっとニヤニヤしていた。
「っ………特別区に来るまでの間、ずっと熱を出してたんだ。」
「え?そうなの??」
シリウスはカールの額に手を当てた。
『熱は今もあるじゃん。ねぇアグニ、知ってた?カールは意識朦朧で体温が40℃を超える状態が2週間続いてたんだよ。』
「え……」
ドキッとした。
そんなの、全然知らなかった。
「なんで……?」
『あの時、僕の芸素をたくさんカールに流して体内循環をかき乱しちゃったからね。いやぁ、死ななくてよかったよかった!』
「 ………。」
カールは気まずそうにしていた。
「……なんで教えてくれなかったんだよ。」
『あ、ほら!こうやって君は人のせいにするからじゃない?』
「っ…!!!!」
ああ、俺って……
死ぬほど気が利かないし、無神経だ。
(シュネイ様、ご体調の方はいかがですか?)
昨日、カールはこう聞いてくれた。
俺は「問題ないよ」と答えただけで、カールに同じことを問わなかった。
「…………ひどいな、俺。」
『気づいてよかったよ。精神の防御反応だろうな、君は見たくないものに蓋をする癖がある。』
「……どういうこと?」
『例えば……視界に入っているのに見えない、聞こえてるはずなのに耳に入らない。認めたくない現実や不快な事実は無意識的になかったことにする。』
「………コルネリウスのことを言ってるのか?それならさっき俺が言ったこと聞いただろ。」
俺はやっと、コルネリウスが自ら去ったことを認めた。まだ100%認めていない。だって本当に操られている可能性も十分あるから。けれど、そうじゃない可能性も認めたのだ。
ぱちぱちぱち・・・
『うんうん、やっとだったね。少しずつだけど、いい傾向だ。』
シリウスは子どもを騙すような笑顔と軽い拍手を数回した。
『けれど………』
その直後、
恐怖を覚えるほどに、ひどく真剣な表情に変わった。
『わかってるよね? もう1つ、あるの。』
もう1つ、臭い何かに、蓋してる (五七五)( ´∀` )




