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262 特別区社交パーティー



俺とシリウスは準備をして流浪の賢者の元へと向かった。以前と同じく、シリウスは自身の髪と目を隠すスタイルだ。

ヴァルマンとオンリも前と同じように護衛としてまた一緒に来てくれている。



「うわ〜稲めっちゃ成長してるじゃん!!」


青々と広がる田んぼが風を受けて気持ちよさそうに揺られていた。まるで緑の絨毯のようだった。


「これはこれは、シュネイ様。お久しぶりですな。もう随分と育ってしまいましたぞ。」


流浪の賢者たちは膝をついた丁寧な礼を見せつつも、最近全然農業の様子を見に来なかった俺のことを咎めた。


「ごめんな任せきりで。けどさすが賢者だな。すごい順調そうだ!」


「もちろんでございます。」


賢者たちの案内で田んぼを見せ回りながら、俺らは海岸沿いまで向かった。そこには果樹園や薬草園がある。


『お久しぶりでございますな、シュネイ様。』


「お!ミンス!ここにいたのか!」


ミンスは流浪の賢者の中でもリーダー的立ち位置だ。そのミンスが稲ではなく果樹園の方を見ているということは、こちらの方が順調じゃないのかもしれない。


「どうだ調子は?」


『比較的順調ではありますが、まぁ樹ですから。実際に実ができるのは5年後になるか8年後になるか……。』


「そんなに時間かかるのか!!」


恥ずかしながら樹に果実が成るのにそんな時間がかかると知らなかった。

解名の『藝』をしてしまえばすぐに実はできるだろうが、できる限り余計な手を出したくない。


「んーーそうかぁ。あのな、賢者達に相談があるんだ。」


「『ほぉ? 』」


俺はシモンや、シェフのドロシアやバートと話した内容をそのまま賢者達に伝えた。


「なるほど……そうなりますと、野菜類ですかね。」


『オリーブは植樹したものなので実はできていますが、まだ収穫の時期ではありませんしな……』


「だよねぇ〜……逆に野菜って何がある?」


「夏野菜は豊富に育っております」


「おお!助かる!!」


何がここの土壌に合うかがわからないから、とりあえずブラウン商会にたくさん種を用意してもらって色々と植えていたのだ。


「それじゃあ、まずどれくらいの量ができてるか見せてもらって、その後で輸送について話し合おう!」





・・・




「カミーユ、ただいま。」


「あら、おかえりなさい!」


「やっほー!カミーユ久しぶり!」


「え、え?!ア、シュネイ様?!!」


俺は賢者達と会った後、ヴェルマンとカミーユが住んでる家に遊びに行った。

俺が玄関に入った時には、カミーユはすぐ近くにあったダイニングテーブルで紅茶を飲みながら読書をしていた。


「え?!なんで?!いらっしゃるって話だったっけ!?」


「いや、アグニがどうしてもと…」


ヴェルマンがなんか渋そうな顔をしている。

なんだよ、人をおじゃま虫みたいに…!


「カミーユは元気か?最近調子はどう?」


俺の質問にカミーユはすぐに立ち上がって綺麗なカーテシーをした。


「た、大変失礼いたしました…!シュネイ様、とても楽しく過ごしております。」


そう言って微笑んだカミーユはとても綺麗で、本当に日々楽しく穏やかに過ごせていることがわかった。


「そうか、よかった。」


「あの…シリウス様は…?」


カミーユは遠慮がちにそう聞いてきた。

俺とシリウスがセットで行動しがちなことを理解しているのだろう。


「シリウスも元気だよ。今は別の人のとこに行ってる。」


シリウスはメンベルに帰った後、俺らとは別れてルグルに会いに行った。この後、生活相談所で合流予定だ。


「そう、ですか……。」


カミーユは残念そうな芸素を出した。どうやら会いたかったらしい。

考えてみれば、カミーユはシリウスに命を救われている。その後、この間の戦争の裁判の時までずっと、カミーユを秘密裡に保護していた。きっと俺の知らないところで2人なりの関係性があるのだろう。


「来週社交界があるから、その準備で西の方に行ってたのでしょう?どうでしたか?」


カミーユの質問に俺はサムズアップして答えた。


「そう!西で栽培してる作物とかを見に行ってたんだ。そこで育てた野菜も十分な量があったから、それらを料理に取り入れようと思ってるんだ!」


「それじゃあ成功ってこと?よかったわ!!……楽しみね、特別区初の社交界!」


カミーユは貴族が集う社交界には参加できない。というか、もう今後一生そのような場には参加できないだろう。

カミーユの芸素からは本当に農業の成功を喜んでくれているのが伝わったが、同時に切なさも感じた。



第3学院は、華やかだった。

そして我々が参加した学院交流会のパーティーは、目が痛くなるほどキラキラとしていた。

生まれながらの貴族が集い、本物の王子がいて、おとぎ話に出てくる天使の血筋がいて……カミーユはその場の一人になるのを強く憧れていた少女だった。



カミーユは火傷がある左手を自身の身体の後ろに隠し、右手で俺にサムズアップした。


「頑張ってくださいね、シュネイ様!」


左顔面に大きく残る火傷のせいで、彼女の笑顔は半分だけだった。






・・・・・・






メンベルの町は明るく、穏やかな活気があり、整頓されていた。

以前のような、一歩脇の道に入ると途端に治安が悪くなるようなことはない。


その治安の良さを支えているのが、エドウィンとエッベが働いている生活相談所だ。


「よっす2人とも!元気か?」


「「おお!アグニ!!」」


2人はすぐに近寄ってきた。元気そうでよかった。


「これ、さっき向こうのお店で買ってきたんだ。差し入れ!」


先ほどカミーユにおすすめのお菓子屋さんを教えてもらって大量に買ってきたのだ。

ここには戦争で孤児になった子、元々孤児だった子が集まっている。その子たちへの差し入れだ。



「おお〜ありがとう!あいつら喜ぶよ!」


「なんか社交界?があるんだろ?アグニは忙しくないのか?」


社交界のこと知ってたのか。まぁそうか。国が主催するイベントだもんな、ただ国民全員が参加できないだけで。

……そう考えると、この社交界ってずいぶん独りよがりというか、勝手なイベントだよな。


「おう、大丈夫だ!さっきちょうど視察を終えて帰ってきたんだ。」


「そうか、大変だなぁ。」


「あはは、全然だよ!」




『やほ〜2人とも〜』


「「あ!!シリウスパイセン!!」」


髪と目を隠したシリウスがひらひらと手を振りながらこちらに近づいてきたが、2人の「シリウスパイセン」の言葉で固まっていた。


「ぷっ!!」



   そういえばこの間も固まってたな。

   まじで言われ慣れてないんだ。



まぁ、俺が笑ってしまったのが悪かった。

悪かったけども、シリウスは俺の口を瞬時に凍らせた。


「ん!?!」



   いったぁぁぁ!!!!

   つめたぁ!!!!



シリウスは子どもみたいにジタバタし始めた。


『そのパイセンってやつ美しくない!!』


「え?そっすか?」

「『さん』とか『様』とかってより『シリウスパイセン』って感じだよな?」

「そうなんだよ!リスペクト、リスペクトっすよ!」


2人があわあわしながら一生懸命説明していた。


けれど、俺は気づいている。

シリウスは『いやだ』とも『やめて』とも言っていない。

つまり本当は満更でもないのだ。


『ところで、ルグルに会ってきたよ。元気そうだったから安心して。』


シリウスの一言で2人はピリッとした芸素に変わった。

たぶん2人が表の世界に入ってからはルグルに会えていないのだろう。


「……さすがっすね。やっぱシリウスパイセンは会えたんだ。」


『僕の前で居場所を隠しても無駄だからね。』


「……ありがとうございます。よかった、元気で。その一言が聞けて。」


2人は切なそうに、けれども安心したように笑っていた。






・・・・・・







そんなこんなであっという間に1週間が過ぎ、特別区社交界の日になった。


黒のシルク生地のスーツの上にデザイン性が高い感じでベロア生地がところどころに付いている。とてもオシャレだ。オシャレすぎてなんのデザインかわからない。その上にいくつか赤い装飾品をつけている。これらは全部シモンから借りた。


会場は王宮内にある舞踏会用の場所を使う。俺は主催者側として舞踏会が始まる前に会場内に入り、中央の壇上で来場客が入ってくるのをただ見ている係をする。来場客に挨拶しなくていいのかとシモンに聞いたが、俺は天使の血筋だからしないでいいらしい。


「お!アグニ!じゃなくてシュネイ!」

『お〜アグニシュネイじゃないか!』


「おお!!アルベルトとシャルル!!久しぶりだなぁ~来てくれたのか!!」


シャルルの俺の呼び方が『アグニシュネイ』となっていたが、まあそこは一旦置いとこう。

俺は単純に2人が来てくれたことが嬉しくて、秒で壇上から降りて挨拶をしに行った。


「当たり前だろ!俺たちの国と特別区って近いからな!」


『というか俺の国は山脈沿いで国境接してるからな。』


「そうだったな!来てくれてありがとう!」


2人が学院を卒業してから全然会えなくなってしまった。それが少し悲しかったが、こうしてまた社交界で会えて嬉しい。


「そうだ!卒業パーティーの時に教えてれたハーブ!今順調に育ってる!教えてくれてありがとうな!!」


俺は2人の卒業パーティーの時に、フォード公国特産品である潮風に強い薬草を教えてもらい、シモン通して正式に苗を買った。その栽培を賢者たちに任せており、今回の視察でその薬草が順調に育っているのも確認してきた。


「ほんとか!よかった!農業は全体的に順調なのか?」


「ああ!幸いなことに順調だ。けどまだまだ始めたばかりだからな、油断せずに進めていくよ。」


『……コルネリウスのこと聞いたぞ。その……辛かったな……大丈夫か?』


ドキリとした。

帝都から遠く離れた国の王子たちにも帝都でのことがもう耳に入っていた。まぁ、そりゃあそうだよな。帝国一安全だと言われる帝都に芸獣が侵入し、一人を攫ってそのまま逃げたのだから。各国は防御力を高めなければと慌ただしく準備しているはずだ。


俺は悟られないようにできるだけ普通の笑顔を作った。


「ああ、死者が出なかったのが幸いだった。コルネリウスも、絶対に取り返す。」


『コルネリウスは今も無事なのかな……。』

「おいシャルル、滅多なこというなよ。」


アルベルトがシャルルの脇を小突くとシャルルはハッとしてすぐに首を左右に振った。


『悪いアグニ!いや、お前を責めてるわけでも心配を煽ってるわけでもなくて、ただ純粋に心配で……』


「わかってるよ、ありがとう。……コルネリウスは無事だよ、きっとね。」


2人は互いの顔を見合わせた後、それぞれが俺の肩に手をポンと置いた。


「俺らの国は自然が脅威だからな、そのおかげで軍が強い。」

『ああ、しかも海沿いだ。余計に強い。』

「そうだ。だから各国軍の協力が必要になった時は、真っ先に俺らを頼れ。」


「っ…!!!」


ありがたいなぁ。こんなことを言ってくれる友人がいるなんて。

2人とも生まれながらに王族、言葉の重みをわかっている。だからこそ、助けてほしいと言えば、本当に助けてくれるのだろう。


「……ありがとな。」


俺は少し泣きそうになった。

喉がきゅっと苦しくなって、なんとかお礼の言葉を絞り出した。


そんな様子が伝わったのだろう。

2人とも優しい顔をして、俺の肩をポンポンと叩いた。



・・・




パーティーは大盛況。もう嫌になるくらい参加者が多い。

周辺国の王族や貴族はもちろん、旧ブガラン貴族と旧カペー貴族も参加し、特別区に関わりがある大勢が一同に会していた。

特別区に家を買ったシーラももちろんいる。

そして特別区にホテルを建設中のクレルモン男爵とバルバラや、商会で特別区と関わりがあるカールも、ブラウン子爵の名代として来ていた。


「よ、カール、バルバラ。」


俺は2人が喋っている時にタイミング良く会いに行った。2人は俺を見てすぐに礼の姿勢をとった。


「天空のお導きに感謝申し上げます。いい夜でございますね。」

「天空のお導きに感謝申し上げます。本日は我がクレルモン家をご招待くださいましてありがとうございます。」


「礼はいいよ、2人とも会えてうれしい。……この間ぶりだな。」


同級生とは芸獣人間が学院に侵入し、コルネリウスが連れ去られてから会えていなかった。


「そうでしたね。シュネイ様、ご体調の方はいかがですか?」


「問題ないよ、ありがとう。」


「シュネイ様、突然のお誘いとなり恐れ入りますが、明日我がホテルの一部が完成したことを記念し、簡単な立食パーティーを行う予定でございます。そちらにご招待をさせていただくことはできますでしょうか?」



   ……なんだ?どうしたんだろう。

   突然すぎるお誘いだ。



ぶっちゃけ予定はないから行くこと自体は問題ない。

けれどバルバラが、俺の今の立場をわかった上で、このような急な提案をするのはおかしい。その場にいたカールも驚いた顔でバルバラを見ている。


「……ああ、わかった。」


仲の良い同級生の頼みだ、もちろん参加する。


「バルバラ、俺のことも招待してくれないか?ぜひ参加したい。今後なにかしらブガラン商会でできることもあると思うんだ。」


カールが俺の少し前に出てバルバラにそう言った。やはり何か変だと感じたのだろう。

バルバラはちらりとカールを見て、少し悩んでからコクリと頷いた。


「………ええ、わかったわ。この後すぐに招待状を送らせていただきます。」


「ありがとう。()()()()()()()()()()()()。」


カールの言葉でバルバラがピクリと反応した。

今の謝罪は、ある意味バルバラを咎める言葉にもなっているからだ。


「………いいえ、気にしないでください。それでは、御前を失礼いたします。」


バルバラは綺麗なカーテシーをしてその場を去っていった。

その様子を見届けてから、俺とカールは顔を合わせてしまった。


「………バルバラは、どうしたんでしょうか。」


「わかんない……けど、ものすごい怖い芸素を出してた……。」



どうしよう。もう社交パーティーどころじゃない。

明日の立食パーティーが心から不安になってきた。





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