260 意見を聞きたい
夕食を皆で食べてシルヴィアが馬車で帰るのを見送った後、俺はすぐ眠りについた。
ぐっすり眠った。
身体は充分に休まった。
けれど頭はずっと冴えていて、結局起きたのは4時だった。
身体はまだそんなに動かしちゃだめって言われたけどさすがに暇だ。
鍛冶をしようにも公爵邸には鍛冶場がない。だからといって夜明け前にフェレストさんのとこに行くのはさすがに気が引ける。
・・・早く起きてしまった原因はわかっている。
シリウスと公爵とコルネリウスに言われたことを、気がついたら考え続けてしまうのだ。
(『認めなければ、前には進めないからね。』)
認める…?
だって、まだわからないじゃんか。コルネリウスが自分から去ったんじゃなくて、連れらされた可能性はゼロではないはずだ。
(『君の解釈は都合がいい。』)
解釈って、なんだよ。
皆には違う風に見えたかもしれないけど、俺にはそう見えたんだ。
(『……どうして君が善人ぶるの? 君のせいでこうなってるのに。』)
コルが、最後に言ったこと。
俺のせい?俺のせいであることを認める?
俺のせいでコルネリウスが自ら去ったと、認めろというのか?
「っ……………。」
いや、あれはコルネリウスの本意ではないかもしれない。
だって最近ずっと、笑顔で冷たい芸素を出してた。裏表があった。
(『君のせいでこうなってるのに。』)
俺のせい?それも、全部、俺のせい?
それを俺は、認めなければならないの?
(『私が今欲しいのは君から見た真実でも周りが知た事実でもなく、使える脚本だ。』)
「っ…あああ~~~~!!!!」
だめだ。モヤモヤする。
誰かに相談したい。けれどシリウスも公爵もカールもシルヴィアも、誰も話を聞いてくれない。
誰か……俺のことを知っていて、コルネリウスのことを知っていて、俺とコルネリウスそれぞれの立場を知っていて、はっきり意見する……
誰か・・・
「……あ、」
一人だけ。
今更だけど、意見を聞いてみたいと思う人がいた。
その人は俺以上の強欲さも、傲慢さも、そして王族的な考えも持っていた。
まだ夜明け前。
少し遠いが、飛べば午前中には帝都に戻って来れる。
「カイルには行くところ伝えとくか。あ、あと連絡もお願いしちゃおう。」
俺は着替えて部屋を出て、向かいのカイルの部屋に行った。
「カイル、ねぇカイル。」
「………お、ンン、なに…?」
「ごめん起こして。俺今から出かけてくるんだけど、」
「は?今から?どこに?」
カイルはベッドから飛び起きて時計を見た。まだ4時5分。まじごめん。
「オートヴィル公国。そんでお願いがあるんだけど……」
・・・・・・
コンコンコン・・・
「失礼しまぁす……」
案内された部屋へと入る。そこは想像していたよりもちゃんとしてた。少しふかふかな椅子と木目が美しいテーブル。窓に鉄格子は付いてるが、明るい光が入ってくるし外の空気も気持ちがいい。絨毯もある。
俺が部屋に入ると、剣を持った護衛3名も俺の後に続いてすぐ入ってきて、俺と相手の背後とドアの前にそれぞれ立った。
「………お久しぶりです。」
そう声をかけてもガン無視だった。
まぁそうか。そうだよな。
「意外といい部屋ですね。」
「………。」
「あ、紅茶を持ってきたので、一緒に飲みましょう。」
「……。」
俺はこの部屋に来る前にティーポットを借りてきていた。相手に紅茶を入れる許可は貰ってないが、許さないとも言われていないのでまぁ勝手にやっちゃおう。
紅茶を淹れると、目が覚めるような紅茶の香りが部屋に充満した。
「まぁ今日来たのは、なんというか…相談?すかね。」
「………。」
ポコポコと紅茶をティーカップに注ぎながら、勝手に話し始めた。
「あなたは王族としてずっと育てられてきた尊厳を持っていて、俺が知る限りあなたが最も……ん~言葉を選ばない言い方ですけど、最も自己中心的な考え方をできる人だったんです。」
ティーカップを相手の方に渡しながら話し続けた。
「それで、あなたの意見を聞きたいと思ったんです。あなたならどうするかなって、初めて思ったんです。」
「………。」
この人には、全部の情報を渡せる。
なぜならこの人に会いに来る人はいないから。
もし何名かいたとしても、このような厳重な監視下で俺の情報を漏らすことはできないはずだ。
……随分とひどい言い分だな。自分で驚いちゃった。
けど同時に、俺はここまで自分自身に余裕がなくなっているんだと理解できた。
そうだ。俺には余裕がないのだ。
だからこそ、余裕がない状態で自分を偽っても、着飾っても、何も意味はない。進展はしない。
「…………………コルネリウスが、俺を刺し殺そうとして……第1学院に侵入した芸獣人間と一緒に帝都から去ってしまったんです。」
「 ……ほぉ?」
その人はやっと、こちらを向いた。
とても面白いものを見つけた子どものように、まるで「ざまぁみろ」と言いたげな表情で喋り始めた。
「あのいけ好かないリシュアールの三男に裏切られたのかお前。あんなにも金魚の糞をしてたのになぁ、黒髪?」
ああ…
この人に相談して正解だったな。
俺は思わず微笑んでしまった。
「ええ、エベル王子。」
・・・
長く喋った。
正確には俺ばかり喋っていた。俺が見た真実も、周りが思う真実も、そして公爵が採用する脚本も。俺はエベル王子に全てを語ることができ、そして心も落ち着いていた。
それはこの人が目の前で楽しそうな顔をしながら俺の話を黙って聞いてくれていたからだろうか。
「はぁ〜。なんなんだ貴様。つまりはリシュアールが殺したいと思うほど実はお前は嫌われてて、それが納得できないって話だろう?何を長々と言い訳がましく喋ってたんだ。」
「あははっ!いや、でもまだ本当に操られていた可能性もありますって。」
エベル王子は紅茶を口に含んで歪んだ顔をした。
「……渋くなった。取り下げろ。」
「はいはいわかりましたよ。それで、何かいいアドバイスとかないっすか?」
「リシュアールに同意する。俺もお前を殺せるほど嫌いだからな。」
「ええ~……」
めっちゃ嫌われとるやん俺。
「自覚がないから嫌いだ。」
「自覚?」
エベル王子は汚いものを見るような目で俺の全身を見た。
「その髪色で何が天使の血筋だ。お前が異常なのを、どうしてこちらが許容しなければならないんだ。どうして我がブガラン王家が断罪されねばならない。多様性?ハッ!馬鹿馬鹿しい。そんなもので権威は守れない。」
初めてちゃんと聞いた、エベル王子の意見。
「普段なら、お前のような者が出て来ても殺すか死刑にして済む話だ。けれどお前は周りを上手く使った。お前は、自分が受け入れられる社会を、お前が生き残る「脚本」を、作らせたんだ。ブガラン王家を踏み台にして。」
「っ……。」
「それを『偶然です〜たまたま持ってた実力です~』みたいな顔をするから嫌われるんだ。当然だな。俺も嫌いだ。」
「そっすか………」
あーーーこれが、、、
これが皆の本音なのかな。
であれば俺は、嫌われるべくして嫌われている。
俺はエベルに淹れなおした紅茶を渡した。
「もっと癇に障るのは、実際お前にある程度の実力があることだ。」
「………へ?」
エベルの紅茶を飲む所作は、やはり元王族なだけあって見事だった。
「頭は切れるし、私のように生まれながらの貴族が持たない価値観を持っている。武芸は……まぁ天使の血筋ならば当然だが。」
「え。」
突然の褒め。
なに、なになになに。
「そして一番は、お前のその目だ。」
「へ!?」
エベルはもう俺と目を合わせなかった。
「お前のその……金の瞳に、私自身が映る。その姿たるや卑小な人間のようで、愕然とする。同時にそう見せるお前に、憤りを覚える。なのにこちらの心などお構いなしに、お前は『人間』そのものを理解したいかのような目をこちらに向け続ける。」
エベルはちらりとこちらを向いて、またそっぽを向いた。
「今も、知りたいとその目で訴えかける。なぜお前の目だけが金色なんだ………お前は今までどう生きてきてそうなったのだ?」
それは、エベルが初めて俺自身についてを問うた言葉だった。
ゴーン ゴーン ゴーン
1時間経過したようだ。
いつの間にか随分と喋っていた。
「……もう去れ。疲れた。」
エベルはそう言って席を立った。
「待って!!俺は、俺はどうすればいいと思う?エベル王子ならどうする!?」
俺の問いにエベルは立ち止まった。
「王族を裏切れば処刑。だから私がブガラン王国の王子であった時ならば、コルネリウス・リシュアールを処刑しに向かう。」
「処刑にし向かう……」
面白い。処刑するというのに迎えに行くのか。
やはり話を聞いてよかった。とても新鮮な意見だ。
「……お前が何をそんなに遠慮しているのか理解できんな。お前はリシュアールの三男によく見られたいとばかり考えているが、お前自身はリシュアールをどう思ったのだ。」
エベルはわずかに振り返り、言った。
「お前の本音を…感情を聞いていない。まずはどうしたいか、勝手に考えろ。」
「………なあエベル、また来ていいか?」
エベルは最後まで振り返らなかった。
「……こちらに選択権はない。」
「っ……ありがとうございました!!」
来てよかった。
話してよかった。
俺は、ちゃんと前を向けた。
・・・
「アグニ!!」
帰るとすぐにカイルが出迎えてくれた。心配そうな顔をしていた。
「どうだった……って、聞くまでもないな。」
「そうか?」
随分と気持ちが晴れ晴れしていた。
帰り道、空を飛びながらも考え続けた。
コルネリウスにどうしたいか。一発目、何をしたいか。
「カイル、公爵はいるか?」
「ああ、まだいるはずだけど、もうそろそろ文部に向かうはずだ。」
「わかった。ごめん、直接執務室に向かう。」
「あ、おい!!!」
俺はシリウスと同じ方法で公爵の執務室に入っていった。もちろん窓の鍵は開いていた。
そして執務室から感じる芸素はもう一つ・・・
『やぁ、アグニ。学院では災難だったねえ。』
「……よっ、シリウス。おかえり。」
シリウスが戻っていた。
そこにはシーラもいた。3人でまた話し合っていたのだろう。
『シュネイ、君まで窓から入るなんて、まるで悲劇だよ。』
『喜劇じゃない?』
「アグニ、あなたどこに行ってたの?安静にって言ったのに初日から破るなんてまるでシリウスと一緒よ?」
『そんな言い方…!!これこそまるで悲劇だ!』
『これこそ喜劇だろう。』
3人とも仲いいなぁと思いながら、俺は窓から部屋に入った。
「決めたんだ。コルネリウスと会ってどうするか。」
『ほう?』
「なになに?」
『それで、君はどうするんだい?』
昨日公爵に同じことを聞かれた時は何も答えられなかった。けれど今はもう、答えがある。
「一発殴らせてもらう。そんで絶対に、連れて帰る。」
一発目にどうしたいか、考えたけどこれしか出てこなかった。
心配かけて、不安にさせて、勝手に去って、勝手に怒って、勝手に裏切って。
コルネリウスがエベル王子と同じように俺の瞳に苦しんだのなら、俺は自分本位に振舞った方がいいのではないかと思ったんだ。もしかしたら向こうが欲しいのは理解じゃない、俺の意見なのかもしれない。
だから俺は、憤りを素直に伝えることにする。
「身体強化して、全力で顔をぶん殴ってやる!!もうそう決めた!!!」
『『「……ははははっ!!」』』
3人は少し固まった後、めちゃくちゃ笑った。
「いいわね、ここまで迷惑かけてるんですもの。殴りましょ!」
『僕も殴りたいから殴っていいかな?』
『シリウスが殴ったら死んでしまうだろう。代わりに私が殴ってやろう。』
「あははっ!」
そうか、これでよかったんだ。
俺は綺麗に生きようとしすぎたのかもしれない。
綺麗に生きようと思うのは大切なことだと思う。
けれどいい塩梅に本音を入れなければ、人は近寄って来ない。
難しいな、社会は。
けれど素直に生きていいんだと知れて、少し心が軽くなった。
「さぁて!まずはアグニの顔でも殴ろうかしら!絶対安静を破った罰が必要よね!?!?」
『じゃあ僕は久しぶりにお風呂に……』
『さて、そろそろ私は文部に……』
「待ってよ二人とも庇ってよ!!!」
・・・
学院間交流はあの事件の日が最後だった。
学院間交流後のパーティーは無くなり、しばらく学院も閉鎖された。
その期間、俺はシリウスに死ぬほど武芸を扱かれて、日々泥のように眠る日々を送っていた。まじであいつおかしいと思う。なんであんなに芸素量も芸力もあるのかわからんし、なんであんな武術もできるのかわからん。
そうこうしている間に社交界前の時期になり、俺は去年と比べ物にならない量の招待状を貰った。
シーラが「さぁ〜選ぶわよ〜!」と張り切っている。
「……あ、リシュアール家も社交界、するんだ。」
貰った招待状の中にリシュアール家の家紋がついた封筒があった。
「それこそやるわよ。」
「そっか…そうだよな。ねぇシーラ、俺リシュアール家の社交界に参加したい。」
俺がそう言うと、シーラは優しく笑って頷いた。
「わかったわ。軍部総司令官のパーティーだから英雄コンビとしてシルヴィアと一緒に出てほしいわね。」
「わかった。シルヴィアにも伝えとく。」
「けどあなたの場合、まずは特別区の社交界よ!いつやるかちゃんとわかってる?」
「あそっか!!え、そうだよな!?やるよな!?」
考えてみれば俺が一番力を入れなきゃいけないのってそれじゃないか!?
やばい、全然シモンに聞いてなかった。
「やべ、全然知らない。」
シーラは呆れたように空を仰ぎ見た。
「あなたねぇ…自覚が足りないわよ?!もう守るものがあるの!ちゃんとしなさい!」
「……はいぃ。」
シンプルに怒られた。
地味に凹む。
「特別区の社交界は2週目の6の日よ。」
「……あ、そうなんだ。それなら早めに行って何か手伝いたいな。」
今は火の月1週目4の日の朝。
今から向かって本気を出せば、明日の真夜中には着く。
何かできることはあるだろうか。
いや、さすがに何か探そう。
ルグルやエドウィン、エッベにも会いたいし。ヴェルマンとカミーユもいる。
新しく始めた農業も大丈夫か気になる。
「………もう行きたい?」
「うん、行きたい。」
シーラは俺の顔を覗き込んで笑った。
「行きたそうな顔してる。」
「シリウスも一緒に行くかな?」
「行くんじゃないかしら。私はクルトとカイルを連れて芸車で行くから、あなたとシリウスは先に向かいなさい。」
「わかった!ありがとう!!」
俺はシリウスの芸素を辿って、庭に出た。
シリウスは木陰で横になって目を瞑っていた。しかし俺が近づくと目を開けてすぐこちらを見た。
『どうしたの?』
「特別区、行く?」
シリウスはニヤリと笑って、身体ごと俺の方を向いた。
『社交界のこと、気づいたの?』
「さっき気がついた。」
『それじゃあ、行こうか。』
シリウスは芝生の上で一度大きく伸びをした。少し動作が猫に似ていた。
「うん、一緒に飛んでいこう!」
『高くを飛ぶよ。何からも邪魔されないように。』
「おう!!」
こうして俺とシリウスは特別区へと向かっていった。




