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259 次の用意

また投稿遅くなってまった!すいません!!




「あ、シーラだ」


珍しい…というか初めてかもしれない。

馬車で公爵邸に入り、屋敷の玄関前で降ろしてもらう。

シーラはそこで、つまりわざわざ外で立って待っててくれた。


「シーラ!」


「おかえりなさい、アグニ。疲れたでしょ。」


シーラは華やかに微笑んでそう言った。

優しい声色に、俺の気持ちは少し静まった。


「コルが……連れ去られちゃったんだ。」


「ええ、聞いたわ。これから取り戻さなきゃね。」


シーラはそう言ってウインクした。

その気軽さに助けられた。


屋敷に入ると、複数名の執事と治癒師が待機していた。

彼らに一旦俺の容態を見てもらうのだ。

ちなみに俺は見事馬車の中で腹の穴をふさいだ!


「肺にも達するほど大きい穴を腹に開けられたら、普通の人間ならば即死、どんなに幸運でも意識不明の重体。穴もさることならが身体の他の箇所も氷を射抜かれていたなら、大量出血死が妥当。それなのにもう全て治して動けるだなんて……なんとまぁ非常識な……まぁでも、この屋敷では常識か……」


老齢な治癒師の女性が頭を抱えている。


「芸素回復薬は1本2本の服用でしたら問題ございませんが、一度にあまり多く摂られるのは身体によくありません。今後は2本以上服用する前に、屋敷に戻ってきて我々に治癒をさせてくださいましね!!」


「あ、はい。ごめんなさい。」


「もう、そんなに怒らないでちょうだいよ。」


シーラがふわりと俺の頭を撫でた。


「シーラ様がそうやって甘やかす……いや、甘やかさないから言ってるんですよ!」


「いやあねぇもう。怒りんぼさんなんだから。」


「シーラ様!!」


俺は毎朝の健康チェックと治癒師が決めた食事、そして服薬を2週間続けるよう指示された。


「なぁシーラ、公爵とシリウスがいつ戻るか知ってるか?」


シリウスは芸獣人間を追いかけて帝都の外へ、公爵も芸素を辿るに現在は軍部にいるようだった。


「シリウスはわからないわ。けれど公爵ならたぶん夜には戻ってくるわよ、リシュアール総司令官と一緒にね。」


「っ……!コルの父ちゃんも来るの?なんで……?」


怒られるのかな。殴られるかもしれない。

当たり前だ、大切な息子が連れ去られるのを止められなかったんだ。

俺が芸獣人間を倒せなかったから・・・


「アグニ、」


シーラは手で優しく俺の両頬を挟み、目線を合わせた。


「あなたが、今回騒動を起こした存在と一番長く対面していたの。そしてコルネリウスが連れ去られた様子も知っている。だからそれを素直に伝えてあげて。そして一緒に考えましょう。この先、どうすればいいのかを。」


「っ……うん、わかった。」


「大丈夫、私も隣にいるわ。」





・・・・・・




その日の夜

公爵は総司令官を含めた軍事・文部・技術部の幹部、そして大量の護衛とともに帰ってきた。

そしてシルヴィアも一緒にやってきた。


『シュネイ、調子はどうだい?』


公爵は心配する様子ではなく、挨拶としてそう俺に聞いてきた。


「ああ、もう大丈夫。」


「大丈夫じゃないでしょ。しばらく安静にするように言われてるわ。」


隣にいたシーラが訂正した。

シーラは今回の会議では表に立たないシリウスに代わって発言する。


「シュネイ様、お身体を労わるべき時に、このような真夜中に事情聴取を行うこと、誠に申し訳ございません。ただ、自体は一刻を争います。どうかご理解賜りたく……。」


リシュアール伯爵は身を低くしてそう言った。

俺はそれよりも低く、頭を下げた。


「……ごめん。コル、連れ去られちゃった。俺が……俺がもっと強ければ、あんなことにはならなかった。」


目線を戻し、俺はまっすぐに伝えた。


「何時間でも付き合います。何時間でも考えます。一緒に作戦を練らせてください。俺は……俺はコルを取り戻したい。」


「っ…!!」


リシュアール伯爵は、申し訳なさそうな顔をしていた。

そして先ほどよりも深く腰を折った。


「……シュネイ様は息子をそのように……いや、なんでもございません。誠に、ありがとうございます。」


全員で会議室に移動し、公爵は一番奥の席に座りながら言った。


『まずは紅茶と何か甘いものを用意しよう。紅茶は濃く作ってくれ。皆に眠気が襲ってこないように。』



・・・



「今回の襲撃犯は……その襲撃犯の存在は先ほどシルヴィア様とブラウン子爵のご子息カール殿の証言を聞いて知りました。愕然といたしました。……芸獣のような人間がいるだなんて。」


総司令官の言葉に公爵は素直に頷いた。


『そのような存在については帝国の歴史に載っていない。我々は初めて遭ったのだ、無理もない。』


公爵はルシウスという実例を事前に見ているが、今の会話でルシウスのことを帝都軍総司令官に伝えていないとわかった。俺も公爵と同じく、他の人には伝えるべきではないと思っていた。少なくとも、今はまだ。


「そしてその……仮に芸獣人間と呼びましょう。その芸獣人間は帝国が持つ技術の結晶を易々と飛び越えて、帝都に、そして第1学院にも侵入することができた。」


「……俺は、その者が学院に入るために防御結界へ攻撃をするまで、芸素を探知できなかった。……芸のレベルは俺より数段上だ。」

 

数段、で済むのだろうか。

実際に武術で相対しても解名を出しても、俺はなんの痛手も負わせることができなかった。


「でも芸素量はアグニと同程度だったわ。つまり単純に、驚くほど手札を多く持っている手練れってことよ。」


「本当ですか!」


総司令官は少し嬉しそうだった。


シーラが武芸に秀でた存在であることはここにいる全員がわかっている。だからこそ、シーラの発言は大きな意味を持つ。

芸素量がわかれば、今後の対策を練りやすくなる。


「我々は帝都そして第1学院に侵入を許してしまった。しかも我々は、2度もその芸獣人間にしてやられたのだ。」


帝都軍が100人規模の中隊で旧カペー最西部の村に遠征に行き、今回の芸獣人間によって隊も村も半壊した。総司令官はそのことを知っていた。


「どうして、同一人物だとわかったんですか?」


俺の質問に総司令官は悲しい顔をした。


「旧カペーの村で、自分の命を賭して芸素探知機を守った隊員がいた。その子はね、芸素探知機を抱きかかえるように守っていて、背中にはいくつもの刺し傷があった。同じ隊で芸獣人間に操られた者がその子を刺し殺してしまったのだろう。………その隊員が芸素探知機を守ってくれたおかげで、今回帝都から去る際に探知できた芸獣人間の芸素と、一致していることがわかった。」


総司令官は強い目をしていた。


「我々……誇り高きディヴァテロス帝国帝都軍は2度もしてやられたまま野放しにしておくことなど、断じてできない。」


「そうね、このままじゃまるで無能だわ。」


シーラは笑顔でそう言い、総司令官は苦笑していた。


「……その通り。帝都に土足で入り込んだ報いを受けてもらう。宰相閣下よ、そろそろ西に新たな土地(へや)も欲しいでしょう?」


『そうだね。使っていない土地(へや)には「埃」が溜まっているだろうが、君は掃除が上手いから大丈夫だね?』


「埃一つない新品の部屋を、献上いたしましょう。」


公爵は立ち上がった。


『楽しみにしているよ、アトラス。貴族や市民の不安は私が抑えよう。各国への応援要請も出すから、好きに編成しなさい。』


「ありがとうございます、宰相閣下。」


『時間が惜しいね。アトラス、君は先に行きなさい。私は少しここで用事を済ませたら文部に行く。』


「かしこまりました。」


総司令官はそう言って、部下を引き連れて去っていった。





場所を移して、公爵の執務室。

そこで俺とシーラとシルヴィアで再度話し合った。


『シュネイ、君はどうするんだい?』


「……え?」


『コルネリウスのことだ。』


「っ…! え、な、なにが……?」


俺の心の中を見透かされてるように感じた。


『まぁ良い。私が今欲しいのは君から見た真実でも周りが知た事実でもなく、使える脚本(シナリオ)だ。』


公爵は目線を卓上に移し、次々と紙にサインを書き始めた。


『その点、君の解釈は都合がいい。そのまま使わせてもらう。』


「は……なにが……?」


『コルネリウスは連れ去られた。』


公爵はシルヴィアとシーラ、そして俺と順番に目を合わせた。


『そういうことにする。』


『お待ちください宰相閣下!先ほど宰相閣下と総司令官殿にはお話した通り…』


シルヴィアがすぐに反論しようとしたが、公爵はそれを手を挙げて静止した。


『わかっている。しかし今言った通り、その方が全てにおいて都合がいいのだ。今後はそう振舞ってくれ。そしてシルヴィア、君が大型の上位種を倒したことも、そのままとする。』


『っ……!!』


「そうね、そうするしかないわ。」


シーラは、ふぅとため息をついて公爵がサインした紙をペラペラ見始めた。


「あなたたち明日空いてるわよね?ブラウン商会に手配してもらうから、明日中にドレスとタキシード10着くらいは作るわよ。」


「『 え??』」


「公爵邸に来てもらうわ。これだけ数が多いと時間もかかるでしょうし。」


「え、待ってシーラ。ドレス?タキシード?なんのために?」


シーラは不思議そうな顔をして俺を見返してきた。


「なんのためにって……もうすぐ社交界でしょう?」


「社交界!?」


『お待ちくださいシ-ラ様!この状態で…社交界は通常通りに行われるのですか!?』


シルヴィアの質問に俺も隣で激しく頷いた。

国の一大事だ。それにさっきの話だと、これから軍部が動く。そんな状況で社交界を行うなんて考えられなかった。


『シュネイ、シルヴィア。このようなことが起こって、この先どのような事態が考えられる?』


「ど、どのようなって……」


『今回のことを公にすれば貴族も市民も……いえ、帝国中が動揺するかと。』


シルヴィアの意見に公爵は大きく頷いた。


『その通り。帝国一強く、防除力も高い帝都に芸獣が侵入。それだけならば歴史上に何度かあった。しかし帝都中央部に位置する第一学院に襲撃があった。そのようなことは歴史上になかった。』


「大勢の人はその原因・理由を考えるわ。そしておおよそとしては、①防御結界がなんらかの理由で弱まっていた可能性 ②歴史上初めて侵入と逃亡に成功した世界最強の芸獣が誕生した可能性 ③帝都内部に裏切者がいた可能性 この3つに落ち着くでしょう。」


『①に関しては技術部が総力を挙げて調べ、現状以上の防御を編み出すだろう。②に関して、これも事実だ。しかし事実を真実として情報を出すわけにはいかない。なぜなら・・・』


公爵はそこまで言うとシルヴィアに言葉を促した。


『……帝国中が動揺するから、です。』


『その動揺というのは、どこまでを考えている?』


『……は、はい?』


公爵の目は鋭かった。鋭く、未来を見据えていた。


『帝都が信用できる土地ではなくなったことから、貴族は帝都を離れ、地価が落ちる。貴族の様子を見た市民は不安を募らせ、市民も帝都から離れ始め、一層人が減る。すると商業力ならびに経済力が落ちる。そうなると不安とともに不満も生じる。生活が不自由になるからだ。不安と不満は宮殿と宮廷に向かう。そして最悪の場合、暴動が生じる。………結果として皇帝陛下のお心を煩わす自体となり得る。』


「簡単に言うとそうね。しかも帝都から出ていった大量の人達は他の公国に流れるから、そこでも新たな問題が発生するでしょうし。」


シーラはまた溜息をついた。

未来を考えると、もう溜息しか出てこないのだろう。


『③も②と終着点は近いな、②より血なまぐさいが。そして③に関しては、私にも矛先が向くだろう。』


「というか侵入を許した時点で公爵も「宰相を降りろ~」って言われるでしょう。」


『ははっ、こんな席でよければいくらでも引き渡すが、残念ながら私以上に修復作業に適した者はいない。宮廷幹部も他国の王も、意地でも私をこの席に縛り付けるだろう。』


公爵が今日初めて笑った。なんか冷めた笑い方をしている。


「要するに!帝国中に動揺が生じないように、公爵に火種が飛ばないように、あなたたち2人が大々的に「英雄」にならねばならないの。」


「『 え??』」


シーラはにこやかに笑った。


「アグニ、あなたは最強の芸獣を見事追い払った。コルネリウスは捕虜として捕まったけど、それでもあなただけが対応できて、犠牲者を出さなかった。」


シーラは次、シルヴィアの方を向いた。


「シルヴィア、あなたはアグニとともに見事大型の上位種を打ち破った。天使の血筋でありながら最前線で他の貴族を守る行動を起こした。」


『ということで、君たちは英雄として今回の社交界で賞賛の嵐を受けてもらう。』


……なるほど。

俺とシルヴィアに意識が向け、『芸獣を逃した』ではなく『芸獣を追い払った』にする。『負けた』ではなく『勝った』にする。そうなれば、多くの貴族は芸獣に対応できる人材が帝都にいることに安心し、まだ帝都(ここ)から離れないだろう。そして軍部が本気を出して討伐隊を組むと知れば、全員が応援する。


シーラは笑顔で頷いた。


「理解したようね。だから2人は英雄ペアとして、今年の社交界に何度も出てもらうわ。あなたたちから話を聞きたいと思う貴族達からたくさん招待されるでしょうね。」


シーラはビシッと俺に指差した。


「アグニ!今年は私の指示通りに動いてもらうわよ!」


「へぇ?」


「どの社交界に出るかはもちろん、その社交界一つ一つの場所で、誰に、どの順番で、どの話題を振ってどう回答するか、全て覚えてもらうわ。ちょうど明日からしばらく休養でよかったわ!」


「へ、へぇ?!!!無理無理無理!!俺、記憶には自信がない!!!」


「いいえ!あなたが大雑把なこともテキトーなこともわかってるけど!今年は私の奴隷になってもらうわよ!!」


『ど、奴隷?!!』


シルヴィアが奴隷という言葉に反応した。

たぶん本当に奴隷になるわけではないが、休養とはいったいなんなのだろう。


「アグニが強いと皆の知るところとなったから、当面は暗殺者も来なそうね。」


『ああ、そうだな。』


「けどあなたを宰相の椅子から引き摺り下ろしたい人は、これを好機と思って暗殺者を増やすかもしれないわ。」


『何度も言うが、私より優秀な者がいればいくらでも引き渡すつもりだ。』


「あははっ!」


シーラと公爵が和やかに会話している。

・・・・・?

なんか怖い話だった気がするけど、俺の聞き間違いかな。そうだよね、うん、そうだよね。

そう思って隣を向くと、シルヴィアも同じように俺の方を向いてきた。え、やめてこっち見ないで俺も知らないからこの話!!!


「さぁ!問題は山積みよ!!」


シーラも公爵も、なぜか晴々とした表情をしていた。


「次の用意をしなくちゃね!」




さぁ問題は山積みよ!!

山積みすぎると笑えてきますよね、ハハッ。

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