258 認めたくない
「 逃げなさい!!! 」
炎が迫っている。
下からの攻撃で私たちの住む島は次々と撃ち落とされていた。
まさかこんなことが起こるなんて、誰も思っていなかった。
我々の家が、大切に作り上げた神殿が、遊び場が………
幸せが、一つずつ砕けて落ちていく。
まだ幼いこの "シリウス" を全員で守っていた。
私たちは芸で攻撃する術を知らない。
最低限知っている守りも破られた。
花びらが舞うように、
私たちの仲間は一人、また一人と散っていった。
何が狙いかわからない。
けれどこの子、シリウスだけはなんとしても守らなければ……!
「 逃げなさい!! 」
爆撃と爆煙で統率が取れなくなり、私たちは散り散りに逃げ始めた。
シリウスと私だけになった。
けれどずっと攻撃の手は止まない。
わからない…わからないけど……
向こうが狙っているのは私かもしれない。
シリウスの方に、あの光線は向かない。
しかも光線の位置はシリウスの身長よりも常に上。
もし、私を狙っているならば………
「1人で逃げて!!あなたを上手く隠すから!!上にいると危ない!下へ向かいなさい!!」
『いやだ!!!!!』
シリウスは涙を流しながら爆撃の中に立っていた。
『怖い!!シュネイと一緒じゃなきゃ嫌だ!!!』
あぁ…この子はまだ幼い。
まだ幼いのに、私では守り切ることができない……
「一人で逃げて!!あとで絶対!絶対また会えるから!!!だから早く!!!」
シリウスは何かに気づいたように一度目を大きく見開いて、私の方へ駆け寄ってきた。
『シュネイ!!!!!!』
「……あ、シル……ヴィア……?」
『シュネイ!!大丈夫ですか?!!今一瞬、意識が……!』
氷は全て溶け、俺の腹には巨大な穴が空いていた。
シルヴィアとカールが一所懸命に治癒をしてくれていた。
「……昔を…思い出したんだぁ……久しぶりに」
『昔?…もしかして、過去の記憶を?』
「うん……天空が落ちた時の…記憶だった…」
自然と、涙が溢れてきた。
「……ねぇ、シルヴィア、シリウス。……あれは、天空人同士の戦いではなかったんだね。」
『………え?』
「『 なんだって? 』」
涙は目から溢れ頬を伝い、泥濘へと落ちていった。
「……よかったぁ。仲間を……疑わずに済んで。」
俺は、心から安堵していた。
「アグニさん」
「……あ、クルト…?」
「はい、クルトです。」
なぜ学院の中にクルトがいるのだろう。あれ、今まで何してたんだっけ?
「シーラ様にアグニさんを公爵邸に連れ帰るよう申し伝えられました。」
「……っ!!!」
そうだ。思い出した。
コルネリウスが芸獣人間に攫われて、それで……俺は気を失ったんだ。
「あいつ……こんな危ない場所にクルトを向かわせるなよ……」
「私はシーラ様のご命令とあらば、火の中水の中へ死んでも参りますよ。」
「………ごめんクルト。俺はコルを追いかけるから、公爵邸には戻らない。」
『!? アグニさん!?今は無理です!!』
「『そうだよ!自分の腹を見てみろ!まだ巨大な穴が空いてんだぞ!』」
カールにそう言われて見ると、俺の腹にはまだ拳一つほどの穴が開いていた。
けれど・・・
「今コルを追いかけないと、コルが誤解を受けちまう。」
俺の言葉にシルヴィアとカールの芸素が変わった。戸惑っているように感じた。
『………アグニさん、コルネリウスさんは……ご自身の意思で、あの男とともに去りました。』
「いや、そんなことない。コルは操られてたんだ。」
「『 ………コルネリウスは、最後は何もされていなかった。』」
「いや、違う!!コルは連れ去られただろ!?」
どうして!どうして2人とも!!
ちゃんと見てただろ!?見ててどうしてそう思うんだよ!?
コルネリウスはあんな態度を取る人じゃない!
コルネリウスはあんな風に人を傷つけない!
ましてや殺そう……だなんて……
「コルネリウスにあんなことをさせたんだ。俺は絶対にあの男を……許さない。」
『アグニさん……!?』
シルヴィアは驚いた声をあげていた。けれどなぜ驚くのか、俺には意味がわからなかった。
「『……アグニ、シリウス様がお前と話したいそうだ。一旦、シリウス様に代わるぞ。』」
「……え??」
カールはそう言うと、一瞬表情が無になった。
そして次の瞬間、シリウスのような笑顔へと変わった。
『アグニ、災難だったねぇ。』
「え、は、シリウス……なのか?」
『これは一体……どういうことですか?』
事態が読み込めていないシルヴィアは俺とカールの表情を見て不思議そうにしている。
クルトはカールに一礼し、変わらずその場に立っていた。
『あの芸獣はもう帝都を出たよ。コルネリウスも一緒にいた。』
「……は?はぁ?!なんで!!なんで止めなかったんだよ!?」
『調べたかったからさ、あの芸獣がどこへ向かうのか。コルネリウスは精神関与されているのか。』
「っ……それなら早く場所を教えてくれ!」
カールは蛇のような笑顔を見せた。
『あの子ね、自分の意思でついていってたよ。』
「嘘だ!!そんなわけないだろ!?」
『アグニさん叫ばないで!まだ穴は塞がってないです…!』
『アグニ、いつまで否定するつもりだい?』
カールは子供をたしなめる大人のように、仕方がないと言いたげに溜め息をついた。
『あの子は理性的だった。理性的に、君を殺そうとしていた。理性的に、あの男についていった。君もそれを見ていたはずなのに、おかしいねぇ?』
そう言ってカールはくすくすと笑った。
「だから!!それ自体が!!精神関与されてるんだって言ってるんだよ!!!」
『君と僕、どちらが芸素をより正確に読み取れると思う?』
「っ…!!けど!!俺の方がコルネリウスのことをよくわかってる!!」
腹の傷が開いた。また血が出てきた。
幸いにも麻痺してて痛くはない。ただ下半身は痺れている。
『ねぇアグニ? いつまで認めないの?』
カールは下を向いて、ぼそりと呟いた。
『そういえば……これは"シュネイ"じゃなくて"アグニ"の特徴だったね。』
「え?なに…?」
カールは少し怒っているように見えた。
『君はそうやって、肝心なことから目を逸らすんだ。これまでも、そして今も。』
「なんだ…?さっきから……お前は一体誰と話してるんだ?」
『アグニ』
カールは刃を振り下ろすように、俺に告げた。
『認めなければ、前には進めないからね。』
カールは、パン!と一度手を叩いた。
『僕はもうしばらくあの2人の後を追う。カール、クルト、シルヴィア、任せたよ。』
「あ!?おい!!!」
次の瞬間、カールの表情はまた一瞬無になり、そして再びいつものカールに戻っていた。目の色も茶色に戻っている。
「……シリウス様は西へ向かうらしい。もう反応もされない。ここからは俺たちで動く。」
カールは、シルヴィアとクルト、そして俺を順番に見た。
「さて、作戦を考えよう。」
・・・・・・
襲撃後
すぐに帝都軍が学院に到着し、占拠した。
この度の出来事について調査をするらしく、学生はしばらく登校できないようだ。
学生も先生も、全員無事だった。
1か所に集まっていたのが功を奏した。
そして演習場付近にあった大型芸獣の死体については、シルヴィアが倒したということにした。
カールがシリウスの力で倒した事実は伏せておく。
俺は侵入者と戦闘になって重傷を負い、同じくその場にいたコルネリウス・リシュアールも重傷を負い、彼はそのまま捕虜として連れ去られた……と説明をした。
重傷ゆえに公爵邸専属の治癒師に見てもらうという理由で、おれとカイルはクルトの馬車で公爵邸へと戻ることにした。
聞き取り調査は公爵邸で応じると伝えてある。
「アグニ痛い?痛いよな?痛いよなぁぁぁ!!??」
「ちょっ、まじでうるさいよカイル……」
「だって痛そうすぎるだろぉぉぉ!!!!」
馬車で移動中、なんとか治してしまおうと俺は必死に自分の腹を治癒していた。
その横で、カイルはボロボロと涙を流しながら俺の腹をじっと見ている。
「あ~~意外と塞がんねぇな……芸素回復薬ちょうだい。」
「おう!……うあぁぁめっちゃ痛そうだぁぁぁ!!!」
カイルは俺の口に芸素回復薬の瓶を差し込んでまた腹を見ている。
「まじ大丈夫だから本当に!今も身体を麻痺させてるから痛くねぇし!」
「ほんと?ほんとか?いやでも腹側としては痛いと思うぞ?あぁぁぁ俺も治癒できたらなぁぁぁ!!!」
「腹側としてってなんだよ……。」
カイルがまた泣き始めた。ちょっと情緒不安定だ。
けど、不安なんだと伝わった。
カイルは身近にいた家族を、友達を、国を、たくさんのものを亡くしている。だからこそ、このような場面では特に、自分を無力だと思ってしまうのだろう。
「それよりもカイル、一人で怖かったろ。」
「ばっかお前!怖いなんてもんじゃねぇぞ!?爆発音と意味わかんねぇ聞いたこともねえ音がして!!まじでまた戦争起きたのかと思ったわ!!」
カイルは雑に自身の涙をぬぐった。
「なぁアグニ。やっぱ俺さ、刻身の誓いしてぇわ。」
「……そうだな。もしカイルがいいのなら。」
刻身の誓いのメリットは、今回のことで理解した。
何かが起きた時、お互いの状況を共有できる。今回のシリウスとカールのように、自分の力で大事な人を守れる。頼れる。
曲がった主従関係でなければ、刻身の誓いは現状考える中で最も良い守りの方法だ。
シリウスもこう思ってるんだろうな
以前見た、シリウスの身体に刻まれていたあの無数の鎖は、シリウスの守りたいものの数なのかもしれない。
「俺、やっぱちゃんとアグニの役に立ちたいわ。」
「……十分頼りにしてるぞ?」
「足りねぇ。明らかに足りねぇ。」
「あははっ!!……わかった。じゃあ明日、俺と刻身の誓いを結んでくれるか?」
今はもう、その使用が認められていない。
世の中にはその方法すら残されていない、幻の契約。
痛みを伴ってその身に刻む、残酷な契約。
その契約を結ぼうと言ったのに、
カイルは俺にとびきりの笑顔を見せた。
「……おう!!」
結局シリウスと同じ道を歩むんですねぇ
ところでコルネリウスはどしたんだあいつ




